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【暴食の章】決死の訴え

餓鬼の大樹の周囲は、完全な混乱に包まれていた。


「逃げろ!!」


「化け物だ!!」


「こっちに来るぞ!!」


人々が叫びながら走り回る。

荷車が倒れ、腐った野菜が地面に転がり、子供の泣き声が響く。


誰もがただ必死に逃げていた。


だが、逃げる方向はばらばらだ。


狭い通路に人が押し寄せ、転び、将棋倒しになる。

別の場所では恐怖のあまり立ち尽くして動けない者もいる。


上空では――


巨大な蛇がゆっくりと近づいてきていた。


ヨルムンガンド。


街を飲み込みながら進むその巨体は、すでに餓鬼の大樹の目前まで迫っている。


「……このままだと」


灰崎が甲板から地上を見下ろす。


逃げ惑う人々。


恐怖に顔を歪めた子供。


荷物を抱えて立ち尽くす老人。


そしてそのすぐ上に、巨大な影が迫っている。


「……だめだ」


灰崎が言った。


クロノスが横目で見る。


「何がだ」


「このままだと、あいつら全員死ぬ」


灰崎は振り返る。


「俺、地上に行く」


その言葉に、操縦室の空気が凍りついた。


クロノスは一瞬だけ灰崎を見て――


そして、ため息をついた。


「無理だ」


一言だった。


「今の状況が見えていないのか」


クロノスは窓の外を指す。


巨大な蛇。

崩壊する街。

パニック状態の群衆。


「お前一人が降りたところで、何ができる」


「誘導する」


灰崎は即答した。


クロノスは鼻で笑う。


「パニックの群衆が、見知らぬ男の指示を聞くと思うか?」


「……」


それは、正論だった。


だが灰崎は引かなかった。


「でも」


静かに言う。


「この作戦を立てたのは、俺たちだ」


ヨルムンガンドをここへ誘導した。


その結果、住民を危険に巻き込んでいる。


「だから」


灰崎はクロノスを真っ直ぐ見た。


「やるべきだ」


短い沈黙。


クロノスはしばらく灰崎を見つめていた。


そして。


呆れたように息を吐く。


「……好きにしろ」


その一言の直後。


視界が歪んだ。


空間が捻じ曲がるような感覚。


次の瞬間。


灰崎は地面に立っていた。


「っ……!」


足元には腐った野菜。


鼻を刺す臭い。


顔を上げる。


餓鬼の大樹の下。


人々が走り回っている。


「聞いてくれ!!」


灰崎は叫んだ。


「こっちだ!! こっちに来い!!」


だが――


誰も止まらない。


「押すな!!」


「どけ!!」


人々は互いに押し合い、叫び、走る。


灰崎の声は、恐怖の叫びの中にかき消されていく。


「落ち着け!!」


灰崎は別の方向へ走る。


「こっちに安全な場所が――」


「うるせえ!!」


男が怒鳴った。


「お前誰だよ!!」


「ふざけんな!!」


別の男が灰崎を突き飛ばす。


「化け物呼び込んだの、お前らだろ!!」


「俺たちは関係ねえ!!」


罵声が飛ぶ。


「責任取れよ!!」


「死ね!!」


灰崎は歯を食いしばる。


それでも叫ぶ。


「聞いてくれ!!」


だが。


誰も聞かない。


パニックになった群衆は、もはや言葉が届く状態ではなかった。


その間にも――


ズズズズズ……


地面が震える。


ヨルムンガンドが近づいている。


巨大な影が、街を覆い始める。


灰崎は振り返る。


空を埋める蛇。


あまりにも巨大だ。


「……くそ」


どうすればいい。


誘導は無理だ。


この人数をまとめる方法がない。


灰崎は頭を抱えた。


その瞬間だった。


ドォォォォォン!!


突然、近くの建物が爆発した。


瓦礫が吹き飛び、衝撃波が広がる。


群衆の叫びが一瞬止まる。


静寂。


ほんの数秒だけ、空気が凍りついた。


そして――


「全員聞け!!」


鋭い声が響いた。


振り向く。


そこにいたのは――


クロノスだった。


いつの間にか、すぐ後ろに立っている。


灰崎が驚く。


「お前……」


クロノスは群衆を睨みつけた。


「今すぐ避難しろ」


誰かが叫ぶ。


「どこに逃げろってんだ!!」


クロノスは後ろを指した。


そこには――


巨大な影があった。


飛空艇。


いつの間にか、餓鬼の大樹の近くに着陸している。


そしてその船体の下で――


空間が歪んでいた。


青白い光の円。


回転する魔法陣。


「転移ゲートだ」


クロノスが言う。


「飛空艇には、偵察地へ転移できるゲートがある」


群衆がざわめく。


「ここから離れた場所へ飛ばす」


クロノスの声が鋭くなる。


「生きたければ走れ」


「知る限りの友人、家族、仲間を連れてこい」


「時間はない」


その言葉の直後。


ズォォォォン……


ヨルムンガンドの影が、餓鬼の大樹を覆った。


巨大な蛇が、口を開く。


街を飲み込む顎。


クロノスが叫ぶ。


「走れ!!」


その瞬間。


人々が一斉に動き出した。


飛空艇の下で輝く転移ゲートへ向かって――


命を懸けた避難が始まった。

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