表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/147

【暴食の章】犠牲を避けた先の犠牲

街の景色が変わり始めた。


整然としていた食都の街並みが、次第に荒れていく。

石造りの店や塔は消え、崩れかけた建物や錆びた倉庫が目立つようになる。


空気も変わっていた。


腐敗した匂い。

湿った食材の臭気。

甘ったるく、そしてどこか酸っぱい臭いが風に乗って流れてくる。


「……来たな」


クロノスが低く呟く。


窓の外に見えてきたのは、異様な光景だった。


巨大な“山”。


いや、山ではない。


それは――食材だった。


野菜の山、穀物の袋、腐りかけた肉、干からびた果物。

それらが積み重なり、押し潰され、腐敗しながら固まり、巨大な塊になっている。


まるで一本の樹のように、空へ向かって伸びている。


「餓鬼の大樹……」


誰かが呟く。


食都一番街で使われなかった食材が、すべてここへ流れてくる。


傷物の野菜。

規格外の穀物。

少し形が悪いだけの果物。


料理人の手に渡れば、いくらでも食べられるものばかりだ。


だが、それを料理する者はいない。


だからここでは、

それらはただ“ゴミ”として捨てられる。


そして、そのゴミを頼りに生きる者たちがいる。


迫害地区。


食都から追い出された者。

仕事を失った者。

居場所をなくした者。


飢えた人々が、ここで食材を漁りながら生きている。


餓鬼の大樹の周囲には、小さな小屋が並んでいた。

木材や廃材で作られた粗末な家だ。


その間を、人影が歩いている。


「……あれ?」


見張りが声を上げた。


「人が……いる」


操舵室に一瞬、沈黙が落ちる。


クロノスが眉をひそめた。


「……そんなはずはない」


今回の作戦は、すでに街の住民を城へ避難させた前提で動いている。


餓鬼の大樹にいる人々も、当然避難している――

そう考えていた。


だからこそ、この場所を選んだ。


ヨルムンガンドをここへ誘導する。


城へ避難している人々から遠ざけることができる。

そして同時に、暴走を止めるだけのエネルギー――


巨大な食材の山を用意できる。


そのはずだった。


だが。


「……避難してない」


甲板から街を見た者が呟く。


下では、普通に人が歩いている。


子供。

老人。

荷車を引く男。


いつも通りの生活が、そこにはあった。


「避難命令は出ていたはずだ……」


クロノスの声が低くなる。


「届いていないのか……?」


その答えは、誰にも分からない。


もしかすると、最初から伝わっていないのかもしれない。

あるいは――


迫害地区だから、後回しにされたのか。


嫌な想像が頭をよぎる。


その時だった。


見張りが叫んだ。


「後方! ヨルムンガンド接近!」


誰もが振り返る。


そこにいた。


巨大な影の蛇。


街を破壊しながら、一直線にこちらへ向かってくる。


ズズズズズ…………


地面が震える。


建物が崩れ、瓦礫が転がる。


その巨大な身体は、すでに街一帯を覆うほどになっていた。


「くそ……」


クロノスが舌打ちする。


「もう来たか」


飛空艇は餓鬼の大樹の上空に入っている。


ここで引き寄せれば――

作戦通り、蛇は食材の山を飲み込むはずだ。


だが。


「……人がいる」


甲板の誰かが呟いた。


下を見れば、小屋の間で人々が立ち止まっている。


何人かは空を見上げている。


まだ状況を理解していない。


ただ、空を飛ぶ飛空艇を珍しそうに見ているだけだ。


その背後から――


巨大な影が近づいているとも知らずに。


「まずい……」


サミエムが低く言う。


「気付いてない」


その瞬間。


餓鬼の大樹の周囲の人々が、一斉に空を見上げた。


誰かが叫んだのだろう。


視線の先には、飛空艇。


そしてその後ろに――


空を覆う巨大な蛇。


一瞬、静寂が落ちる。


そして。


「な、なんだあれ!!」


「ば、化け物だ!!」


「逃げろ!!」


一人が叫んだ。


それを合図に、恐怖が一気に広がる。


人々が走り出す。


荷車が倒れ、子供が泣き、怒号が飛び交う。


「うわああああ!!」


「こっちに来るぞ!!」


「逃げろ!!」


餓鬼の大樹の周囲は、瞬く間にパニックになった。


人々が押し合いながら逃げていく。


だが――


逃げ場はない。


後ろには腐敗した食材の山。


前には壊れかけた街。


そして上空には――


世界を飲み込む蛇。


ヨルムンガンドの頭が、ゆっくりと持ち上がる。


まるで獲物を見つけた捕食者のように。


巨大な口が、開き始める。


クロノスが叫んだ。


「まずい!」


「このままだと――」


「住民ごと飲み込まれる!!」


飛空艇の上で、誰もが息を呑む。


作戦は成功するかもしれない。


だがその代償は――


下にいる人々の命だ。


サミエムが前へ出る。


その目は、すでに決まっていた。


「……止める」


「時間を稼ぐ」


蛇はもう目の前まで来ている。


逃げる時間はない。


餓鬼の大樹の上空で。


世界を飲み込む蛇と、逃げ惑う人々。


そして。


その間に立つ者たちの――


最後の戦いが始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ