第十八話「ヤクーツク元帥」①
「ああ、それはもうほぼ確実に……だろうね。絶対色々準備はしてるだろうし、人類統合体の技術も狙ってるだろうさ……。今に至るまで、地球と正面衝突を避けて来たのは、実はすごく賢明な判断だと思う」
戦争における技術優位が覆される……これは、正面から戦って兵器鹵獲されるってのが一番可能性として高い。
実際、地球と人類統合体とでは、技術力に半世紀くらいは格差が出来てるんだけど、その格差を埋めるとなると、先進的技術の塊でもある……宇宙戦艦辺りを鹵獲するのが一番早い。
まぁ、無人偵察機とかが撃墜されて、回収されるくらいなら、余り問題にはならないと思うんだけど、その程度でも侮れないんだよなぁ……。
なにせ、無人偵察機なんて撃墜されるのも織り込み済みで、どちらかと言うと枯れた技術で低コストで作るのが基本となる……そこは、人類統合体も似たようなもん。
実際、人類統合体がしきりに地球圏に送り込んで来てる長距離戦略偵察機なんて、レールガン弾頭にカメラと通信ユニット、それに姿勢制御バーニアを付けた程度のお粗末な代物だった。
運用としては、レールガンで思い切り加速を付けて、地球周辺まで投げ込んで、スイングバイとバーニア使って、コース調整して、1年後くらいに回収するとか、そんな気長な方法を使っているみたいなのだ。
要するに、本当に近くまで行って見て帰ってくるだけ。
恐ろしく安普請で、ローコストな代物で……一回で1000機くらいは投げ込んでいて、1割くらい戻ってきたら上出来とか、そんな調子なんだけど……。
これにより、人類統合体は地球圏のかなり正確な情報を入手できているので、決して馬鹿にできたものではない。
もっとも、そんな程度の代物でも私達地球側にとっては、鹵獲した時点で値千金の代物だった。
実際に、私もその偵察弾頭の実物の解析作業をした事があるから、解るんだけど。
使用されていた素材技術や耐熱コート剤、高効率太陽光パネルに、やたらと長持ちするバッテリーに低電力でも動作する省電力機構……宇宙用の光学レンズやら超高画素カメラなんかも地球よりも遥かに進んだものばかりだった。
実際、イフリート系の宇宙戦闘機が短期間で戦力化出来たのもだけど、アステロイドベルトまで進出出来る程に宇宙艦艇技術が進歩したのも、人類統合体製宇宙兵器のリバースエンジニアリングで得たものが結構なウェイトを占めている。
安普請の使い捨て偵察ポッドを鹵獲した程度でも、軽く数世代分の技術アップデートが出来たのだから、万が一人類統合体の先進宇宙戦艦辺りを鹵獲されると、恐らく地球側も速攻で同等レベルにまで技術格差を詰めてくるはずだ。
そうなったら、この戦争の行方はかなり怪しくなる。
実際、私達が人類統合体の宇宙戦艦にダメージを与えた際、なぜ鹵獲できなかったのかと一番お冠だったのは、アメリカ系の軍事技術者だったらしいからなぁ。
先の衛星落着の際も、アメリカ軍は原型を留めないほどまでに破壊された人類統合体の護衛艦の残骸を太平洋の底から拾い上げて、熱心に研究してたって話だし……。
地球側が大人しく見えるのも、勝ち目なんて無いのに、やたらと威勢がいいのも、人類統合体の技術が欲しくてたまらないから、むしろ戦争大歓迎……恐らくそう言う事なんだ。
その為ならば、無謀な戦いを仕掛けて、ド派手に負けるのだって一向に構わない……アマテラスの思惑はともかくとして、それが恐らく地球人類側の本音なんだと思う。
恐らく、アメリカが考えているのはそう言う戦略で、だからこそ、今は大人しくしている……そう言う事なのだろう。
であるならば、人類統合体は、地球との技術格差が狭まらないうちに、地球なんか無視して、さっさと銀河に進出してもらう……それこそが、未来の平和のためになる。
私もそんな風に思うようになっていた。
「なるほどね。正面切って戦わなければ、兵器鹵獲の機会もなく、技術格差が追いつく事もなく、結果的にむしろ長期に渡る平和が保たれる……か。君の戦略眼はなかなかのものだ。ありがとう、実に参考になったよ」
ん? そこまで言ってないつもりだったんだけど。
どうも、見透かされたようだった。
この人はそう言うところがあって、私が口にしないことも理解してしまうのだ。
そして、また別の日。
今度は、ブリッジ……。
それも艦長席の隣というポジション。
良いと言うまで隣で黙って立っていてくれと言う話だったので、私としては拒絶も出来ず、身だしなみも整えて言う通りにした。
ちなみに、服装もヤン少佐たちと同じく、白基調の白マント。
もうこれは私の正装のようなものになっていた。
一体誰と話をするのかと思っていたら……。
相手は、痩せぎすのロシア軍の制服とジャラジャラと勲章を付けた顔色の悪い老人だった。
「やぁ、ヤクーツク将軍……直接顔を合わせるのは久しぶりだが、火星軌道の居心地はどうかな?」
「良いはずがないであろう……総帥。まったく、定時通信などお互い部下に任せておけば良いものの……わざわざご指名とは、一体何ようですかな?」
「ああ、まず私の側近として、元地球軍のエースパイロット、アマカゼ・ハルカ少佐を起用することにした。ハルカ少佐……自己紹介をすると良い。こちらは我が人類統合体の遠征艦隊を任せているヤクーツク元帥だ。まぁ、君にとっては、戦略シミュレーションのお相手としてお馴染みかもしれないね」
……聞いてないぞ。
こう言うサプライズは勘弁して欲しいんだがなぁ。
「なんだと! このところ実施していた戦略シミュレーションで立て続けに我軍敗退の結果が出ていたが、この小娘がアグレッサーだったのか! おのれ……貴様のおかげで……」
「まぁまぁ、たかが戦略シュミレーションの結果だ。むしろ、問題点が見えてきたと感謝すべきだろう? 彼女のお陰で地球側の戦略の予想精度も向上して、君達の立案した作戦の問題点も解って、悪いことなどひとつもあるまい。敵を知り己を知らば、百戦危うからずと言うだろう? すまないが、結論から先に告げさせていただくが、現時点で君達の提案した地球降下作戦は許可できない……彼女との戦略シミュレーションで、そこは嫌と言うほど理解させられたと思うのだがね」
むしろ向こうはコテンパンに負けたってのが、実情だった。
10戦して、全戦全敗とかそんな作戦やるやらない以前の問題だろ。
なにせ、ユーラシアに固執してるって事がわかってる以上、始めからがら空きにして、戦力をおくりこんで来ても、基本放置!
場所が場所だけに核融合エネルギーの燃料となる水素の補給は、衛星軌道からの補給コンテナ投下でちまちま送るしかないし、別にこちらとしては、ユーラシア大陸の奥地なんて戦略的には何の意義もないんだから、放っといても害もない。
もちろん、沿岸部へ進出しようとしたら、相応の迎撃行動くらいはするけど、いかんせんモスクワって、沿岸部までどうやっても軽く1000kmコース。
今の時点でも軽く半世紀近く放置されてるので、道なんてとっくに無くなってるし、核自爆の余波で放射能汚染が酷いことになってるから無人兵器でもヤバい……そんな土地ばかりだ。
もちろん、太陽光発電と言う手もあるのだけど、気象兵器で雨やら雪続きにしてやるだけで、そこら辺は無効化出来る。
なにせ、モスクワって冬期ともなれば、氷点下‐20度とか行くような極寒の地でもあるからな。
衛星軌道上からの無線レーザー給電という方法についても、給電を続ける限り、艦隊の場所を動かせないのがネックになるし、あれはあれで間に雲でも入るだけで、効率がダダ下がりする。
実際、モスクワ上空にエネルギー送信の為に艦隊が固まってる所をネチネチと長距離ステルスミサイルやら、レールガン狙撃でじわじわいたぶるってだけだったんだからなぁ……。
そして、電力不足で地上の無人兵器の稼働率が下がってきた頃を見計らって、地上部隊による全周同時進軍で包囲殲滅戦を挑む。
それだけで、どれだけ優れた無人兵器を大量に送り込んできていても、地上戦ならほぼ確実に勝ててしまった。
狙いが解ってる以上は、前半戦でどれだけ派手に負けても、本戦の地上戦で勝てれば、なんとでもなる。
このヤクーツク元帥は、何回負けても絶対に初手でユーラシアのモスクワ跡地を狙ってくるんで、こちらもそう言う事ならと、対応しただけの話。
イロハの話だと、すでにヤクーツク元帥はなんども地球側と直接言葉を交わし合っていることで、プロファイル分析なども行われており、モスクワ奪取に強いこだわりがあるって事は、すでにアマテラスも理解できているだろうとのことだった。
である以上は、防衛戦略もモスクワにあらかじめ十重二十重のトラップを仕掛けるとか、モスクワへ地上降下の上で拠点を作るという事を最初から織り込んでしまえばいいだけの話だ。
要するに、このヤクーツク元帥が艦隊の軍事指導者である限り、人類統合体の地上降下作戦は必敗する……そんな状況なんだよな。
「おのれっ! 嫌がらせのように、せっかく奪還したモスクワの地下から大量の無人兵器が湧いてきたり、降下するなりモスクワの地下で核融合弾が爆発したのも全部、そいつの発案だったのか! ふざけるなっ! 我らが聖地モスクワを何だと思ってるのだ! カール・ミラー総帥! 貴様もだ! あんな結果を見せつけて、我らの戦の大義を冒涜するつもりなのか!」
んっと……モスクワって、ただの廃墟と違うの?
我ながら人が悪いと思いながら、思いつく限りのトラップをモスクワに仕掛けて、何度も何度も軍勢を吹き飛ばしたり、ちょっとした地獄を演出してやって、いい加減心折れろと思ってたんだが。
なるほどねぇ……。
何が何でもモスクワを取り返したい……単なるロシア狂信者の生き残りだったって訳か。
やれやれ、モスクワなんてクソ寒いだけの僻地中の僻地じゃないのかね。
かつては、モスクワ川なんてそこそこの大河川もあって、あちこちにダム湖やらもあったんだけど、今はもうそんなものはなくなっていて、カラカラに干からびた不毛の土地と大量の廃墟しか残ってない。
なにせ、最近はどこも雨が降っても、沿岸部にダバーと降っておしまいで、ユーラシアもアフリカ大陸も内陸部なんて、全然雨が降らなくなってるんだよなぁ……まぁ、これも地球温暖化の影響。
幸い沿岸部は海が近いので雨も降るし、海水の淡水化で飲水や農業用水も確保できてるから、そこまで水不足が起きて困ったりはしてないんだけど。
衛星写真とかで見ると、大陸の内陸部はどこも砂漠化が進行していて、大変なことになっている……。
いずれにせよ、モスクワなんて、長らく誰も住んでない単なる前世紀の廃墟なんだから、欲しけりゃ非武装で降りて、ロシアの国旗でもなんでも立てりゃいいって話なんだよな。




