第十八話「ヤクーツク元帥」②
「戦の大義……か。いいかね? 私はモスクワどころか、地球自体をどうでもいいと思っているんだがね。これは君達にも何度も何度も伝えたし、この私の理念自体、君も良く理解するところだと思ったのだがね」
「た、確かに貴様はモスクワにも地球も興味はないと言っていたが……。わ、我々は違うのだ。モスクワ、そして北京……これは我らユーラシア大連合の同志にとっては、魂の故郷であり、何としても地球人から奪還しないといけないのだ!」
「そもそも、モスクワも北京も誰も占領なんかしていないんじゃないのかね? 環境が悪すぎて、誰も住めなくて、所有者の居ない土地なんだから、その奪還という表現自体がおかしくないか?」
御尤も……。
奪還って言うからには、誰かから取り返すって意味だけど。
誰もいない土地を取り返すと言っても、いったい誰から取り返すの?
これって……そう言う話だよな。
「だ、黙れ! モ、モスクワは今も地球人共の占領下にあるのだ! 何よりも、我らの聖地がそんな粗雑な扱いを受けていること自体が許せんのだ!」
どうしろっていうんだ、このジジィは……。
利用価値がないとされているから、放置されているのに、それが粗雑な扱いとか……。
不便な土地に無理くり、多大なコストを掛けてインフラ引いて、管理して拠点化しているならともかく、単に誰も住まずに何年も放置された廃墟なんだから、占領も何も無いだろうに……。
「解った、解った。だが……君達の戦略だと、もう100%負けが決まってるようだよ。私はそう理解したのだが、それでも地球降下作戦を諦めてくれないのかな? さすがに私も負けが決まっている戦いになぞ、許可は出せないし、支援も一切しないぞ。……君達も過去の妄執など捨てて、きっぱりと諦めてしまった方がいいのではないかな?」
「何を言っているのだ! 何故、我らがモスクワを諦めなければならないのだ! それに北京も……どちらもなんとしても、地球人から奪回する必要があるのだ! それでなければ、我らの戦いは……終わらないのだ。そもそも、勝負など時の運……負けると解っているなどと決めつけるな!」
ちなみに、モスクワだけでなく北京跡地にも同時降下する2拠点同時制圧パターンは、エネルギーの供給先が2箇所に増える事で、敵兵力は二分され、補給の手間が倍増される事で、もっと簡単に全滅させられるんで、むしろ楽勝パターンだった。
しっかし、コイツ……奪回、奪回って言ってるけど、ホント……一体誰から奪回するつもりなんだろうなぁ。
モスクワも北京も人っ子一人住んでないし、どの国も別に要らないって事で、朽ちるに任されてるんだがねぇ。
実際、今の世界地図にはそこにあった国家が崩壊したり、住民がいなくなった事で誰も管理してない管理外区域と呼ばれる白抜きの部分が大量にある。
そもそも、地球の人口自体がかつての半分くらいになってるんだから、そんなもんだし、赤道直下の国々なんて、もっと酷いぞ。
総帥も私の話を聞いていただけに、ヤクーツク元帥の頭の悪い狂信者そのものと言った様子に頭を抱えているようだった。
「……借りにも軍事司令官が「勝負は時の運」とか言っちゃ駄目なんじゃないのかい? そもそも、占領と言っても、地球側では利用価値も無く、環境が厳しすぎて居住コストが見合わないという事で放棄都市としているみたいなんだがね。それで粗雑に扱うなって言うのは、さすがにお門違いではないかな?」
「だからこそ! モスクワは我々の手で奪回し、かつての栄光を……」
「ヤクーツク元帥ッ! 私もこちらのハルカくんから色々話を聞いたんだけど、非武装でモスクワ跡地に乗り込んでいって、キャンプでもしている分には間違いなく放って置かれるだろうって話なんだが、それではいけないのかい?」
「バカな! モスクワも北京もそんな扱いを受けていいような場所ではないのだぞ! それが廃墟だと! 誰も寄り付かないだと! そんな事はありえないっ! そもそも、衛星画像だけで何が解る! 地球人共はモスクワに眠るロシアの遺産を狙って……」
いよいよ、話がファンタジーになってきたなぁ……。
確かに、モスクワのクレムリン跡地とかって、旧共産党の隠し財産とかがあるって話で、一時期はトレジャー・ハンターが乗り込んでいってたりとかしたけど、結局放射線汚染が酷くて長期間の滞在は危険過ぎるということで3日で撤収ってなってた。
一応、金塊だの色々とお宝も見つかりはしたんだけど、どれも放射性廃棄物扱いされるレベルで汚染されていて、結局、持ち出し厳禁ってなったんだよなぁ……。
「君はそう言うけど、それが現実みたいだよ。もはや、誰も顧みない過去の遺物……誰も欲しがらない、誰も住まない……そりゃ、廃墟にだってなるだろう。要するに、侵略とか復讐だの物騒な考えで地球へ降りて、武力でモスクワを奪回とか考えてる時点で、的外れ……そう言うことなんだよ。すまないが、繰り返しになるが……私は君達の言うモスクワ奪回には、何の意義も見出だせない……。そして、君達の主張もまた然りだ……せめて、もうちょっと理性的な説得力のある言葉は出てこないのかな?」
火の玉ストレートで反論って……。
総帥も容赦ないなぁ……でも、実際全くの正論。
地球人を殺して、奪回するというプロセスが重要とか言ってる時点で、訳解んないよ。
「そ、そもそも、そんな小娘の言う事など信じられるものか! 誰も住んでいない? そんな事はありえない! モスクワとは……我らロシア人の魂の故郷なのだ! いいか! これは聖戦……聖地の奪還なのだ……徒に地球を汚染する、愚劣なる地球人共に鉄槌を下し、その上で我らが聖地を取り戻す……! その暁には、偉大なるロシアの魂を引き継ぐ者達が一斉にモスクワのを地を目指し集い、偉大なる大ロシアが復活するのだ!」
聖戦って……ああ、コイツ本格的にダメだな。
ちなみに、私も見当違いな事を言っている訳じゃない。
実際、オフラインエリアに勝手に住み着いて、独立国家宣言とかやってるバカもいるんだけど。
そう言う連中に対しては、アマテラス達はもう見なかったことにして放置ってのが基本対応になってる。
もちろん、武装してオンラインエリアへ集団で略奪とかしてくるようなら、容赦なく武力鎮圧するだけなんだけど……。
なんだかんだで、そこまでやったようなバカは、これまで一人もいない。
……結局、オフライン生活してても、モノや金が足りなくなったからって、命がけの略奪行に赴くくらいなら、どこかの街の配給所にシレッと並んで、ディストピアタダ飯をもらうとか……住民登録をして、お役所で困窮者申請をすれば、お金だってもらえる。
結局、略奪者の道……悪事に走っても割に合わないって、誰もがどこかで気付く……それだけの話なのだ。
実際、今の御時世、犯罪者ってのは、かつてに比べると驚くほど少なくなってる。
犯罪ってのは、結局カネがないから犯罪に走る輩がほとんど……そう言うこと。
もっとも、ゼロには決してならない。
損得勘定というものを考えずに、感情で暴発する……そんな輩はいつの時代にだって存在するのだから。
「せ、聖地奪還って……まさか、そう来るとは思わなかったよ……」
さすがの総帥も、聖戦なんて言葉が返ってくるとは思ってもなかったらしく、困ったようにこっちに視線を向ける。
ごめん。
私も狂信者相手に付ける薬の心当たりなんて無い。
しかも、大ロシアの復活って……賭けてもいいけど、世界各地で生き残ってる旧ロシア人たちに、モスクワに移住しろとか言っても誰もが拒否すると思う。
実際、末期のロシアについては、当のロシア人たちですら、クソ国家扱いしているので、そんな呼びかけをされても誰もが全力で拒絶するだろう……なんせ、野垂れ死にしに行くようなもんだからな。
何よりもLucifer禍の元凶となったロシアなんて、今も昔も世界中の人々の憎悪の対象でしか無い。
そう言う意味では、ヤクーツク元帥達がモスクワで大ロシア帝国復活……とかやっても、全力で四方八方からタコ殴りにされて、もう一回弾道弾ブチ込まれて、核の炎に包まれてジ・エンド……間違いなく、そんな風になるだろうな。
なんせ、核汚染地域にもう一度、核を投げ込んでも誰も困らないんだからな……。
そういや、地上軍の殲滅にはその手もあったんだよな……。
「はぁ……君はいつから、そんな前時代の狂信者そのものみたいな狂った理論を振りかざすようになったんだい? かつての君は、もっと理性的でまともだったんだがね。だいたい、モスクワなんてLucifer禍と狂人達のやらかした核兵器の自爆で、誰も住めなくなったから放棄された……だから廃墟になったんじゃないのかい? その辺りは君のほうが詳しいと思うんだが……」
「……わ、我々は、モスクワの遺志を継ぐ最後の番人として……お、愚かなる地球人共に、あの地を好きにさせるなど我慢が……」
「そこは、我慢すべきじゃないかなぁ……。確かに、最後の墓守として、モスクワの残滓と共に朽ち果てようとしていた君達に、ささやかなる食料と明日への希望を与えたのは、この私だ。そして、君達もつまらない使命を捨てて、私と共に遠い宇宙の深淵を目指す……そう誓ったのは、他ならぬ君じゃないか。それがなんで、元の鞘に戻りたいなんてなるんだい?」
「ああ、我らも一時期は貴様の言葉通り、モスクワの事は忘れて、銀河の深淵の希望の大地を目指す……そう考えていた。だが、ロシアという国がなくなってしまって、我らの聖地がゴミのように朽ち果てるに任されるなど、どうしても許しがたいのだ! いいか、我々の悲願は宇宙の彼方へ行くのではなく、聖地モスクワの再建なのだ! いくら貴様に救われたからと言って、そこだけは絶対に曲げぬ!」
……妄執ってヤツか。
けど、誰も見向きもせず朽ちるに任されるのが我慢ならないとか、それどうしろってんだろ?
多分、コイツ……モスクワが元ロシア人達の手で再建されてたとしても、地球人が作り直した偽りのモスクワの存在が許せないとか、言い出すんだろうなぁ。
……ただのワガママじゃん、それ。
何よりも、モスクワを武力奪回すると言う手段が完全に目的になってて、それ以外の手段は受け付けないとか酷いことになってる。
拗らせ過ぎだろ……総帥もなんで、こんなのを生かしておいたんだかね……。
「……君もどうせモスクワ再建をやるなら、場所なんてこだわらずに、似たような都市を銀河の何処か遠い惑星に再建すればいいと言っていたじゃないか。いつから、そんな狂信を抱くに至ったのかい? むしろ、そっちに興味が湧くんだが……」
確かに、それは悪くない提案だよな。
変に場所にこだわるからこそ、面倒なことになるんであって、場所にこだわらないなら、別にモスクワと称する都市が二つ、三つに増えようが、宇宙の彼方にモスクワと称する宇宙都市が出来たって、誰も困らない。
ちなみに、モスクワに限らず内陸部の大都市は、核融合エネルギーへのエネルギー転換革命の結果、軒並み廃れてしまったようなものだった。
だから、ユーラシア各地にあった海なし国やら、海岸線から遠く離れた都市なんかは、モスクワに限らず軒並み放棄都市になってしまっている……要するに、モスクワだから廃墟になったとかそう言う訳でもなく、ベルリンとかパリもやっぱり、廃墟になってるんだよなぁ……。




