第一話「四光年の旅の終わりに」③
ガコガコと遠くから響く不穏な音で、嫌が応にもまどろみかけていた意識が覚醒する。
解凍蘇生もいい感じで進んでいるようで、心持ち暖かさを感じるようになっていて、指先などもさっきと比べると少しは動かせるようになってきていた。
「アドミィ、なんだか騒々しいが、いったい何事だ? こんな風にここまで音が響いてくるなんて、ただ事じゃないな」
サジタリウスのような軟構造船は、与圧区画については当然のように極端に少ない。
各ブロック間の移動は気密服を着て、棺桶のような移送用リニアカーゴに掴まって、頼りないことこの上ない伸縮素材製の連絡チューブを通ることになるのだが……。
全長10kmもあると、トロトロ走らせているといつまで経っても目的地に着かないという事で、リニアカーゴも時速60kmと結構な速度が出る。
そんなものに、生身の人間が鈴なりに掴まっているのだから、危なっかしいことこの上ないのは言うまでもない。
それ故に、こんな風に騒音が聞こえてくるとなると、各ブロックを網目のように繋いでいる構造材経由という事になる。
警告が出ていない時点で、問題はないと解ってはいるが、結構近くで聞こえるように思えるので、あまりいい気分はしない。
『Yes ma'am! すでに帰還軌道に乗り、減速の上で慣性航行に移行しましたので、先ほども申し上げたように、規定に基づき不要区画をパージして分解投棄しております。最終的に、本艦は皆様のいらっしゃる中枢ブロックと惑星試料サンプルを収納したコンテナブロックのみとなりますが。なにか問題ありましたでしょうか?』
「いや、ないな。確かに、構造材の解体分離ともなれば、騒々しいのは仕方がないが……。別にもっとゆっくりでも一向に構わんのだがなぁ……起き掛けにこれは流石にたまらんものがあるぞ」
『いゃあ、申し訳ないです。そうですねぇ……。私ももっとのんびりとカイパーベルトで減速しながら、なるべく均等に残骸をばら撒く方がエコロジーだと思うんですがね。いずれにせよ、予定よりかなり早く出迎え部隊と合流することとなりましたので、色々と巻かないといけないんですよ。なので、船体解体方法についても、乱暴ながらも一番手っ取り早い手法……爆破解体としました。いやぁ、忙しい忙しいっ!』
なるほど、要するに空中分解の真っ最中……と言うことだった。
爆破解体とか言ってるが、恐らく外から見たら、派手にあちこちで爆発があがって、まさに撃沈寸前の巨艦……みたいになっているだろうな。
アラートが出ていないから、問題ないと解っているのだが、このあちこちから響いてくる構造材経由の轟音に破壊音。
これで、低酸素警報の赤照明になっていたら、流石に生きた心地がしないだろうな。
もっとも、10kmもある船体をバラバラにして宇宙に投棄するなんて、なんとも景気のいい話であり、資源の無駄とも思われるだろう。
だが、さすがに……こんなあちこち損傷して、盛大なデブリ発生源と化した超巨艦を惑星軌道内に持ち込むわけには行かないし、相対停止などさせようものなら、もうそれだけで一斉に空中分解を起こすだろう。
元々デブリの巣窟でもあるカイパーベルトラインで余計な部分を分解投棄し、必要な部分だけを回収する……これも恒星間航行艦の帰還時にはいつものことだった。
基本的にこの手の恒星間航行艦は戻ってきた時点で、経年劣化に加え、避けきれなかったデブリや重質量ガスとの衝突などで、あちこちがボロボロで、もはやスクラップ寸前になっているのが常なので、大抵戻ってくるなり、そのまま廃艦処分となる……要は使い捨て前提の宇宙船なのだ。
このあたりは、大昔の打ち上げロケットなどと一緒だな。
あれも重力圏からの離脱だけの為に次々ロケットエンジンを使い捨てていって、帰還の際には、小さな大気圏突入体のみになっている……確か、そんな代物だったはずだ。
いかんせん、古代地球の知識については私もいい加減だ……。
なにせ、そんな資源とエネルギーを浪費して宇宙に出て、なんでわざわざ惑星地上へ戻るのか、そこら辺からして良く解らない。
そもそも、当時は惑星大気圏突入の事を、再突入と表現をしていたようなのだが、これも意味が良く解らない。
地上から大気圏外へ飛び立って、惑星地上へ舞い戻る事を指すようなのだが、それなら普通に「大気圏突入」でいいと思うのだが、何故「再」が付くのだ?
昔の地球人の考え方というのは、なんとも解らん話ばかりではあった。
まぁ、いずれにせよ恒星間航行艦とは基本的にそんな扱いで、その構造についても、一般的な航宙艦のモノコック式やフレーム式と言った剛構造船ではなく、隙間だらけのスポンジのような軟構造船とするのが、第三帝国のトレンドだった。
宇宙船の外殻は硬く頑丈でなければならないと、帝国の宇宙軍関係者の多くや、航宙艦の設計者なども思っているようだが。
無重力の宇宙空間を10年単位もの間、亜光速で駆け抜けることを想定すると、頑丈な剛構造船の方がかえって持たず、こんないい加減な作りで隙間だらけの軟構造船の方がダメージコントロールも容易く、結果的に長持ちするのだ。
ちなみに、ここで言う長持ちとは、原型を留めると言う意味ではなく、動力を維持したまま、積み荷と乗員の損害が許容範囲内で戻って来れると言う意味だ。
これらが無事なら、別に船体の大半を失っていても、問題ないと言える。
この軟構造船と言うものは、低コストで冗長性が高く、経年劣化にも強い大型艦艇を作れるということで、なかなかに悪くない選択肢なのだ。
ちなみに、コスト面でも冗長性も優れる軟構造船がまるで見向きもされず、世間一般では剛構造船が主流なのは、軟構造船は文字通りとにかく軟弱な構造だからだ。
基本的に、風にそよぐ葦のように衝撃を受け止めるのではなく受け流す事でダメージを最小にする発想なのだが、基本的に1Gの重力ですらとても耐えられない……もしも、地上に下ろそうものなら、恐らく傘以外はペシャンコになって、巨大なスクラップの山になるだろう。
いかんせん、重力風とも呼ばれる0.00001Gくらいの微細重力ですらその影響で形が変わるのが解る程なので、基本的に1Gの人工重力を効かせる事となっている軌道ステーションや中継ステーションには入港出来ないどころか、恒星重力圏内に居座ることも推奨されていない。
当然ながら、惑星重力圏に近づく事も厳禁とされている。
なにぶん、動くだけでデブリを撒き散らすような代物なので、そんなものを惑星に近づけたら、惑星上では流星雨が発生し、周辺宙域に亜光速ドライブの緊急速度制限が入って、掃宙艇が山盛りで出動して……と、大騒ぎになるだろう。
そんな、はた迷惑な宇宙船でもあるので、惑星軌道内の宇宙艦艇に採用されることはまずなく、もっぱら誰にも迷惑をかけない外宇宙探索用の宇宙艦艇で用いられるのが常とも言え、建造自体も限りなく外宇宙領域でひっそりと行われる。
まぁ、超巨大宇宙船をたった一回の航行で使い捨てるというのも豪快な話だが。
宇宙と言う環境は過酷に過ぎるので、最新鋭の軍用宇宙艦艇でも、その寿命はせいぜい五年程度、割と丁寧に扱われる民間船でも、長くて十年くらいが耐用限界と言われている。
この5-10年という数値は、各部位の気密維持やら、外装ナノマシンの寿命……ジェネレーターや蓄電セルの効率低下などを加味すると、その辺りであからさまに性能が劣化してくるので、細々と修理するよりもまるごと取り替えた方が早いと言う考えに基づく。
何よりも、誰だって薄汚れたオンボロ宇宙船よりも、キレイでピカピカな宇宙船に乗りたがるものだからな。
この辺りは、民間船でも似たようなもので、見栄えが重視される客商売の旅客船やチャーター船などは5年くらいで買い替えて、個人所有艦や輸送艦などは10年くらい使い倒す……と言うのが一般的だ。
もっとも、銀河連合諸国辺りになると、こっちが鉄くずを売り払ったつもりでいた10年落ちの使い古しの宇宙船を修理して、当たり前のように現役で就航させたりしていると言う話で、当然のように事故ったり、ちょっとしたデブリとの衝突事故でバラバラになったりしているとか、そんな話も聞く……。
銀河連合では、艦齢50年なんて代物が現役で宇宙を飛んでいるそうなのだから恐れ入る……まぁ、元々の作りが良くて、メンテをちゃんとやって、アップデートを重ねていけば、100年くらい持つ例もあるようだが……そんなのは例外中の例外だ。
いずれにせよ、十五年もの過酷な外宇宙の長旅を経て、ここまで持ってくれただけでも御の字と言え、艦長としては、任務完遂ご苦労さま……この一言に尽きる。
コールドスリープ明けの猛烈な寒気と眠気と戦いながら、カプセルを満たした循環液が溶け切って程よい温度になっていくと、やがて内部照明が灯るのを感じて目を開ける。
まぁ、当然ながら水の中にいる……。
肺の中まで循環液で満ちているが、別に窒息の心配はいらない。
酸素マスクが装着され、ゆっくりと空気を入れながら、肺の中に溜まった循環液を吸い出していく。
解凍蘇生もこちとら慣れっこだ。
慣れないとここで反射的にむせ返って、溺れかけたりするものだが、こんなもの慣れればどうと言うこともない。
そもそも、このコールドスリープについても、かれこれ1000年も前に確立された枯れきった技術で、安全性についても問題ない。
なお、本来は宇宙開発用ではなく、長期間のVRダイブの際、身体を保護するための技術として開発されたと言う意味の分からない経歴を持つ技術で、今の時代では、稀に医療用途として使われる程度で、長らく塩漬けになっていた技術ではあるのだが……。
第三帝国の外宇宙探査計画の本格化に伴い、このコールドスリープ技術を外宇宙航行用の技術として復活させたのだ。
なにせ、今の恒星間航行技術……亜光速ドライブでは、光速の2、3割程度の速度しか出せない。
もちろん、そのスピードは秒速六万キロという尋常ならざる速度なのだが。
宇宙の広大さから見ると、光速の秒速三十万キロという速度ですら、ほとんど止まっているようなモノなのだ。
今のところ、銀河最高峰の外宇宙航行技術を誇る第三帝国でも、エーテル空間非接続星系については、せいぜい三光年くらいまでの範囲しか踏破出来ていない。
なお、この場合……片道で軽く15年はかかる。
往復だと30年はかかる計算だ……30年も経てば、世間では軽く一世代は代替わりしており、なかなかのウラシマタロウの気分を味わえる。
ちなみに、ウラシマタロウと言うのは、古代地球の童話の一つで、一説によると時間渡航者の物語ではないかと言われており、こんな風に時間をすっ飛ばした者達は、その逸話に基づいてそう呼ばれるのだが、当人たちにとっては別に嬉しくもなんとも無い。
今回のサジタリウスについては、15年前に開発された「トリプルアクセル亜光速ドライブ」という新加速技術と、それまで硬軟合わせていた船体の大半を軟構造化する新設計により、積載量が大幅に増えた関係で30%亜光速の平均速度が達成出来た事で、二光年を七年という割と短時間で踏破出来た。
だが、それでも往復十五年もの月日を要した……。
従来航法だと、往復二十年のところを五年も早く往復できた……この時点で、進歩といえば進歩なのだが、あんまり大差ないとも言える。
つくづく気が長い話ではあったが……外宇宙探査と言うものは、そんなものなのだ。
計画総年数が百年単位の計画案だって、いくつもあるのだから、そこは折込済みではあるのだ。




