第一話「四光年の旅の終わりに」②
「…………」
コールドスリープの解凍蘇生プロセスの間は、意識があっても、やることは特に無い。
身体の大半は、溶けかけの半生肉のようになっているので、下手に身体も動かせないし、神経ブロックが解除されない限り指先一つ動かせない。
ひとまず、現時点で特に問題ないことは解っているが、艦長としてサジタリウスの艦体コンディションデータを確認する。
なお、サジタリウスは全長10kmもあるような超巨艦でもあり、はっきり言って銀河最大の巨大宇宙艦艇である。
形としては、キノコのおばけのような形を想像してもらえれば良い。
直径4kmにも及ぶ傘のような対デブリ重層積層シールドの後ろに、幾重もの鉄骨が網目のように張り巡らされ、あちこちにコンテナやらがチューブ状の連絡通路で複雑につなぎ合わされた茎の部分が長々と連なる……遠目から見た外観はそんな形状をしている。
宇宙を飛ぶ超巨大キノコ……それが一番しっくり来る表現だ。
なお、機関部や重力機関、姿勢制御スラスターなどは、傘の裏の部分に搭載されており、一般的な宇宙船のように後部にブースターはない。
これは構造上、船体を後ろから後押しするようにしてしまうと、キノコの茎の部分があっさり潰れて崩壊してしまうからで、傘の部分が本体……その後ろに様々な物資や機材、居住空間ブロックなどを内蔵した網目状の茎の部分を長々と引き連れる……そんな構造になっている。
なお、10kmと言う大きさは、30世紀の銀河宇宙の基準からしても、完全に規格外の巨大さだ。
あくまで帝国の話と断るべきなのだが。
星系内航行限定の亜光速惑星間旅客船や星間連絡船の全長は大きくても500m程度で、基本的に全長200mくらいの大きさの小型航宙艦が大量に就航しており、このクラスはそれこそ帝国各地で自家用や商用としても使われており、惑星間パトロール艦などもこの大きさが普通だった。
大型輸送艦や宇宙戦艦辺りになると、それなりにデカいのだが……その全長はせいぜい1km止まり。
それらの10倍もの巨艦と言う時点で、その巨大さが知れるだろう。
なにせ、小型のコロニーに匹敵するほどなのだからな。
だが、光の速さでも二年もかかる二光年もの距離を亜光速で十年以上の歳月をかけて往復するとなると、このくらいの大きさでないと、とても持たないのだ。
事実、15年もの長旅を終えたサジタリウスの現時点での艦体コンディションは、もうあちこちがイエローやオレンジ、レッドアラートのオンパレード。
正面のシールド区画については、その表層ブロックは大半がブラック……すでに与圧も機能維持も諦めた放棄区画となっており、シールドについてもどうも大きめのデブリヒットで正面装甲が貫徹されたようで、正面装甲には大穴が空いており、その背後の区画も円状に斜めに直径100m程のトンネル状の破孔が出来ていて、その周辺も尽く壊滅状態で、それが最大被害となっているようだった。
今のところ無事なのは、強固な幾重ものシールドと複合装甲に覆われた重力機関や発電区画と言った重要区画、及び私達がいる中枢ブロック程度だった。
発電機構についても、本来周囲に薄く網目のように展開させていたはずの光電変換パネルの大半はすでに息絶えており、各所の蓄電セルもその稼働率は半分を切っていて、出港時と比較すると恐らく電力出力も30%程度にまで低下しているようだった。
そして、エネルギー源の熱核融合炉も予備も含めて8つもあったうちの半分はすでにお亡くなりになっている。
艦体損傷率は50%どころか70%を超えており、思っていた以上に派手に損傷しているが、その程度は想定の範囲内なので、航行に支障は出ていないだろう。
なにせ、この手の恒星間亜光速航行船は基本的にスッカスカの構造で、多少壊れても支障がないように設計されているのだ。
ここまで帰り着いたのであれば、今この場で全機能停止して航行不能になっても、しばらく待っていれば出迎えの船が来てくれるだろうから、なんの心配も要らない。
すでに出迎えの第一陣の亜光速連絡艇が至近距離にまで来ており、サジタリウスと航路同期の上でまもなく合流するようだった……なんとも忙しないが、何かあったのだろうか?
もっとも損傷率7割超えとか、まるで轟沈一歩手前の戦争帰りの宇宙戦艦のようではあるし、ボロボロの有様で帰還した星間航行船から乗組員を急ぎ、救出するのも解らなくもなかったが……私に言わせると、まだまだ慌てるような時間ではない。
むしろ、これは随分とマシな状態で、もっと酷いケースだと、損傷率95%……帰ってきたら、ガワ全壊で何もかもが何処かに行ってしまっていて、まともな部分は中枢ブロックだけで半ば宇宙を漂流しながら戻ってきたような事もあったくらいだからな。
もっとも、目的地に大半の資材や物資を置いてきた事で、元々スカスカな中身は、いよいよ空っぽのドンガラ船状態なので、穴だらけになって、何か問題があるかと言えば、別に問題はない。
なにせ、元々隙間だらけのただデカいだけの船なんだからな。
全長10kmもあっても、その中身は剥き出しの鉄骨を組んだ網目状になっていて、奥に入っても、外の風景が見えるくらいには、スッカスカな構造なのだ。
事実、統制AIのアドミィは、私達乗員を緊急解凍させたり、救命ブロックに移送することもなく、ここまで幾度となく発生したであろうトラブルも淡々と処理していたようで、私も現状、問題ないと判断していた。
見てくれは、まるで宇宙に浮かんだスクラップの塊のようにも見えるが、内宇宙と違ってロクに探査も整備もされていない外宇宙空間を、秒速3万キロだの5万キロだのと言った亜光速でかっ飛ばせば、こうもなる。
基本的に外宇宙には、ほとんど何もないのだが……亜光速の領域では、ミリ単位の微細デブリですら、直撃すると大口径レールガン並の破壊力となる。
もちろん、対策として幾重もの対デブリ防御機構は備えているのだが、それらも万全ではない……故に、光年単位の長い宇宙の旅の果てに、こんな風に船体はボロボロとなるのが常だった。
要するに、壊れてボッコボコになることを前提に作られているのが、この手の外宇宙航行艦であり、多少壊れても支障がないように、とにかくデカく頑丈に……ひたっすらに冗長性ガン振りで設計されているのだ。
最初は外宇宙航行艦も2km程度のこじんまりとした船だったそうなのだが、その程度の艦艇では、そのほとんどが未帰還となり、冗長性を高めるべくあれこれ工夫しているうちに、4km級になり、やがて8km級……今では10km級が当たり前で、20km級の計画艦も存在するらしい。
なお、こんな超巨大宇宙船を作っているのは、銀河広しと言えど辺境銀河七帝国くらいで、その七帝国でもここまでの超巨艦を建造する施設や設計、建造ノウハウを持っているのは、我が第三帝国くらいで、それ故に外宇宙探索事業は第三帝国が一手に引き受ける事になっている。
反面、銀河人類の要と言えるエーテル空間の軍備については、第三帝国は七帝国随一の弱小ぶりを誇っている。
戦闘国家にして、七帝国の守り手を自認する第一帝国辺りになると、常に千隻単位の大規模常備艦隊を持っているのに、第三帝国は100隻にも満たない程度……。
軍事部門の従事者も、他の帝国では国民の一割から二割、第一帝国ではその半数近くが軍事産業に従事しているのに、我らが第三帝国は人口比で凡そ2%くらいとブッチギリに少ない。
まぁ、七帝国はそれぞれ得手不得手があるから、そこは問題とは誰も思っていない。
食糧生産事業と外宇宙探査事業を得手とし、大半の国家リソースをつぎ込んでいる第三帝国や、科学技術開発研究を司る第六帝国などは言ってみれば、他の帝国に守ってもらうべき立場の非軍事系後方支援国家であり、代々軍備については二の次とされており、元々軍事をあまり重視していないのだ。
それに、今日日の宇宙戦闘もだが、エーテル空間の戦闘についても、その主力は無人艦艇主体であり、軍人の頭数が軍事力の差異とは言えなくなっている。
その気になれば、いつでも自動工廠をフル稼働に持っていけるだけの生産体制が準備できていて、その為の膨大な資源をストックしているなら、多少軍事リソースを疎かにしていても、問題視はされない。
もっとも、帝国軍同士の対抗VR演習などでは、ガチ過ぎる武闘派の第一帝国艦隊あたりと比較すると、もはや負けるのが当然といった体たらくで、演習観戦武官として立ち会ったときなどは、私自ら兵達にハッパを入れて、やいのやいのと大騒ぎするのが常だった。
もっとも、拠点揚陸戦闘や惑星地上戦闘に関しては、第三帝国の揚陸陸戦隊は本気で銀河最高レベルの練度を誇っている……。
他はわざわざ生身の陸戦歩兵を徹底的に鍛え上げて、戦闘マシーンとして練成するような真似はやっていないと言うのもあるし、私自ら、何世代にも渡って、無茶な訓練を施したりと、色々と鍛えまくったのが原因ではあるのだ。
要するに、概ね私のせい。
この時代、本来ならば地上戦闘が起きるとすれば、いよいよの事ではあり、いくらがんばったところで、陸戦歩兵など飾りにしかならない……そう思われていたのだが。
我が第三帝国は、外宇宙探査に伴い地球外惑星文明と幾度となく接触する事となり、格下の文明相手や、惑星固有の未知の大型現住生物やらとの惑星地上戦と言う、割とロクでも無い戦いの経験を積む事となり、嫌が応にもそのノウハウを蓄積することになった……それだけの話だった。
なお、私はその辺りの第三帝国惑星揚陸戦闘団の設立や、人知れず行われた数々の惑星地上戦闘にも関わっている。
人によっては、第三帝国陸戦隊の母だの、帝国陸戦長官等という非公式の役職名で呼んでおり、これまた第三帝国独自艦種の惑星揚陸戦艦の司令席の後ろには、私の肖像画が飾られているのがお約束……どうしてこうなった?
なお、今回の遠征にも陸戦隊歩兵が200人ほど同伴しており、陸戦兵器や自律機械歩兵もそれなりに用意していたのだが。
事前に、想定されていたような地上戦闘が起きること無く、兵器の大半は現地処分して来た。
要するに、想定と現実がまるで違った……よくある事だったが、致し方ない。
……それにしても、我ながら、帝国に深く関わりすぎたと思う。
だからこそ、しばらく骨休めとばかりに、なり手が居なくて困っていた外惑星探査に参加してみたのだが。
……体感では一年程度しか経っておらず、むしろただひたすら退屈との戦いだった。
事前想定や準備もほとんど無駄に終わり、ただ行って帰ってきたようなもの……。
徒労感だけが残った……そんな遠征行だった。
こんな事なら、何処かの有人惑星の片隅で、身分を隠して引きこもり生活でもしていた方がまだマシだったかもしれない。




