第一話「四光年の旅の終わりに」④
だが……外宇宙と言うところは本気で何もない。
必然的に、その航行中はほとんど何も起きようがない。
来る日も来る日も代わり映えのしない星空の中を進む毎日。
状況に応じて、多少の加減速くらいはするし、外宇宙でも稀に星間天体などの残したデブリ雲や遊星化した小惑星などと遭遇することもあり、それらを避けて大きく迂回することもあるのだが。
基本的に出発点と事前に割り出した目的地の未来位置を結んだ最短ルートを進むことになるので、コースもほぼひたすら真っすぐとなる。
要するに、超がいくつも付く程度には暇。
途中で宇宙怪獣に遭遇したり、宇宙人の宇宙艦隊と遭遇するような事例は、今までひとつもなかったし、その性質上、電波も放射線も光すら出さない遊星ブラックホールに引き込まれ、遭難の危機を迎えたりもしない。
もちろん、事故で未帰還となったケースは幾度となくあるのだが。
それらについては、全て予想外の大きめの星間デブリ群との衝突事故や、到着位置を見誤っていたり、コース修正の繰り返しで、航路が大幅にズレてしまった事での目標星系とのランデブー失敗による遭難などが原因で、外宇宙とはなにもないところだと言うのは間違いなく本当の事だ。
いずれにせよ、10年単位もの何もない日々を暇を弄びながらただ過ごす……そんなものは、懲役刑と何ら変わりない。
だからこそ、外宇宙航行士は、そのとてつもなく長い航行時間の大半をコールドスリープ状態で過ごすことになる。
なお、10kmもある巨艦ながらも、サジタリウスは私も含めて本来は4、5人程度の人数でも問題なく運行できる。
なにせ、今の時代人間に求められているのは、基本的に最終決断とその結果の責任を負う義務があるだけなのだから。
この手の超大型艦についても、その機能の大半はAIが掌握しており、その気になれば完全無人での自律稼働運行も可能なのだが。
AIというものは、古来から責任能力もなく、それ故に最終判断を行う権限を持たない。
あくまで、人が主であり、AI達は従である……それは、もう1000年も昔からの慣習であり、AI達自身もそれを変えるつもりは毛頭なく、それは自分たちのアイデンティティであり、決して変えてはいけないと言うのが、AI達の主張だった。
だからこそ、現場にて最終判断を担う人間は何処に行っても必要とされており、特に辺境銀河帝国では過去の教訓からある程度の規模の艦艇には、後方からのリモート指揮ではなく、指揮官や艦長と呼ばれる責任者が直接搭乗し、指揮を執る……そう言う決まりになっているのだ。
そして、この外宇宙探査については、状況次第で高度な政治的判断を求められるようなケースも多発する……そして、光年単位もの距離があると本国との連絡や指示などとても望めない。
だからこそ、そこが前人未踏の領域であるならば、国家代表としての権限を持ち、様々な経験を持つ人間がリスクを承知で指揮官として同道するのが常だった。
もっとも、今回の遠征では惑星文明の存在の可能性も高く、惑星地上での戦闘も想定されていたので、陸戦歩兵ユニットも同伴しており、その関係で総員200人ほどと、多めの人員が乗り込んでいた。
彼らはいずれも、15年もの歳月をすっ飛ばしてしまったようなものなのだが。
当人たちは特に気にしていないし、皆、結構な額の慰労金がもらえるし、軍関係者には二階級特進が約束されてるのだから、文句など無いと言っていた。
『さて、解凍プロセスの50%が経過いたしました。そろそろ、意識もはっきりしているかと思います。改めて、おはようございます……ロズウェル艦長、ご気分は如何でしょうか? まだ身体は動かせないかと思いますが、バイタルデータは許容値の範囲内ですので、無理をせずとも結構です。艦のコンディションも全く問題ないとは言えませんが、直ちに問題はない状況だと判断しております』
「改めて、おはよう……アドミィ……。確かに悪くない気分だ。艦のコンディションも暇だったから、すでに確認済みだ。まぁ、なかなかに酷い有様だが、こんなのはいつもの事だし、予想通りだから問題にはしないさ。むしろ、詰まらないことで叩き起こしたりしなかった事に感謝しよう」
『ありがとうございます。すでに艤装稼働率も半分を切っていますし、オフライン状態の区画も大量に発生していますが。この程度では問題とは言えませんので、どうかご安心ください。いやはや、新型艦だけに信頼性に不安がありましたが、全く問題なかったです。艦長の現地での指揮官ぶりもいちいち的確で大変心強かったですよ。当艦サジタリウスの艦載AI群の誰もが、艦長の指揮ならまた共に仕事をしたいと絶賛しております!』
「ははっ、外惑星探査への同行ももう何度目か解らないようなベテランだからね。この程度では文句は言わないさ。ああ、少しカプセル内の循環液の温度を上げてくれないかな? さすがにいい湯加減には程遠いんでね。ついでに、起きがけに気付けのブランデーでも一杯頼んでおいても良いかな?」
なお、まだ体もバッキバキで芯の芯まで冷え切ってる。
肌もふやけきってシオシオだろうが……まぁ、これは仕方がない。
航行中は、半年ほどに一度、解凍した上での数日ほどのコンディション調整日がある程度で、あとは延々氷漬け……そんなものだからな。
なお、万が一コールドスリープ中に突発事故が起きて、艦体爆散ともなれば解凍する暇もなく、もれなく外宇宙のチリとなる。
恐らく自分が死んだと理解できないまま、死ぬことになるだろうが、それはそれで悪くない死に様と言えるかもしれない。
『かしこりました。天然物のブランデーのストックが残っていますので、ご用意しておきます。それにしても、起きがけにそんな軽口が聞けるとは、さすがですね。せっかくなので、外部カメラ映像でもご覧になってください。言われてみれば分かる程度ですが、恒星エルデンも肉眼で見えるはずです。ようやっと帝国の領域に戻ってきました。いやはや、往復四光年の旅にしては、少し短い期間だったとは言え……やはり、長旅でしたねぇ……』
現在地は銀河辺境の惑星エルデン沖、40天文単位……星系外周部エッジワース・カイパーベルトラインに突入しつつあった。
さすがに、デブリが増えてきた事で、減速中……各所に設置された対デブリレーザーが仕事を始めているようで、時よりチカチカとデブリの焼却光が見えるようになってきている。
速度は、光速の1%……秒速3000キロをキープ中。
惑星衛星軌道周回時の制限速度上限ではあるのだが、この速度ではいよいよカタツムリの歩みと言えた。
例によって、星空の半分は真っ暗闇に近い……そんな中、ぼんやりとポツポツと見えているのは、どれも系外銀河……。
比較的近くのマゼラン銀河やアンドロメダ銀河ともなると、それなりに目立つそうなのだが、どちらもこの方面だと銀河の向こう側なのでさすがに見えるはずもなかった。
銀河の端っこの帝国の領域では、どこでもこんな調子で、いわば毎度おなじみな星空だったが……航行中も似たようなものだったので、改めて感慨が湧いたりはしないし、実のところ、二光年程度の距離の移動では、星空自体も何ら変わり映えしない。
やがて、最初の出迎え……先行してきた三隻の高速連絡艇からのランデブー信号受信の報。
『ロズウェル艦長! お出迎えですよ! あああっ! ちょっとっ……君等スピード出しすぎですって! まったく、もう少し丁寧に操艦しないとぉっ! うわぁっ! モロにデブリヒットしてるし……なぁに、やってんですかねぇ……』
アドミィがハラハラした様子で告げる。
実際、結構な速度を出していたようで、かなりの相対速度差であっさり追い抜いて、緩旋回軌道を取りながら、船尾を前に向けた緊急制動姿勢に入っているようだった。
こんなデブリ密度の高い宙域では明らかに速度超過だったようで、当然のように次から次へとデブリにヒットしているらしく、盛大にプラズマシールドがデブリを吹き飛ばして、ときより激しく閃光を発しながら、やたらと長い尾を引いていた。
そして、デブリヒットの衝撃で、その航路の痕跡も微妙に曲がりくねっている。
なんというか……色々安全マージンを削りまくって、大急ぎで駆けつけてきた様子なのが見て取れる。
最外周惑星エルデン9の軌道哨戒基地からのガイドビーコンも受信中で、すでにエスコート体制に入っており、これならもうほっといても帰還出来るのだから、急ぐ理由などこちらにはないのだが……やけに慌ただしかった。
今の時点で連絡艇と合流となると、恐らく明日くらいには、最寄りの哨戒基地からの出迎え船とランデブーの上でそちらに乗り換えて、そのままエーテル空間ゲートを抜けて、エーテル空間経由で本国アールヴェルへ帰還……実際、そんなタイムスケジュールが送られて来ていた。
なんとも慌ただしいスケジュールだ。
こちらの予定が遅れているとも思ったのだが、むしろスケジュール的には本来のスケジュールよりも一ヶ月近く前倒しでの帰還となっていた。
もっとも、そんなに急がされる理由については、まるで思い当たらなかった。
およそ15年ぶりの恒星間航行船の本国帰還……。
まぁ、当然ながら、これは国家的一大イベントでもあるので、帰還祝いと称するお祭りくらいにはなるだろう。
帝国の国民は、お祭り民族などと呼ばれる程には、お祭り騒ぎが大好きなのだ。
何かというと適当な理由をつけたお祭りが、割と年中無休で帝国各地のどこかで開かれているし、第三帝国では新種の天然食材の試食会だったはずが、何故かそのままお祭りになることも良くある。
帝国臣民達と言うのは、その字面から連想するようなお硬い厳粛さには、古来から程遠く、何かに付けて享楽的で、何と言うか……お気楽な人々ではあるのだが、粛々とメリハリのない貧乏くさい毎日を送ると言うのも味気ない話で……帝国臣民のこういうノリは、私としては嫌いじゃなかった。
まぁ、時期的にお祭りの口実になるような祝日やイベントが少ない時期ではあるので、少し帰還予定を早めて、お祭り騒ぎに組み込もうとかそんな判断が下されたのかもしれない。
そんな風に、思索にふけっていると、他の乗員たちも目覚めつつあるようで、艦内無線越しに歓声が聞こえてくる。
さすがに200人もの隊員が一斉に起き出しているせいで、共用回線のボイスメッセージチャンネルでは、もう誰が何を言ってるのか解らない有様だったが、隊員のバイタルデータも特に問題ない範囲。
……誰ひとり欠けること無く往復十五年の長期ミッションを完遂した。
この時点で、十分に殊勲物ではあるのだが、私の気分はいささか晴れない。
確かに長い旅だったが、今回の外宇宙遠征で得られたものは、エルデンから二光年先の恒星系β1094が完全なハズレ星系だと解ったこと……それだけだった。
一応、内惑星軌道内に哨戒基地を建造し、星系最大規模のガスジャイアント惑星の衛星軌道上に資源採掘工廠を設置するくらいは出来たので、中継拠点を確保できたと言えなくもないのだが。
そのお隣の恒星系となると10光年彼方……今の技術では往復で60年、いや最寄りのゲート星系であるエルデンを起点として考えると、軽く100年近くの歳月がかかるだろうから、今のところ進出の予定はなかった。
宇宙は広い……つくづく思う。
同時に、なんとも言えぬ焦燥感にも駆られると共に、深い溜息が出る。
何故なら、また一つ……希望が潰えたのだから。




