第十四話「カール・ミラー総帥」③
「皆、ご苦労様。すまないねぇ……私のわがままに付き合わせてしまって……。さて、君があのアマテラス条約機構の最果て部隊、宇宙空母フィラデルフィア7のエースパイロット「紅の流星」アマカゼ・ハルカ少佐と言うことでいいかな?」
なんとも軽い調子ながらも、その情報の正確さにこっちが戸惑う番だった。
アマテラス条約機構宇宙軍の最新鋭の宇宙空母……限りなく実験艦であり、ゲリラ戦と言う任務の関係上、その艦艇名は非公式なものであり、公式記録にも残されていない。
如何せん、戻ってくることを考えていない片道切符部隊なのだ。
乗組員やパイロットたちは、私も含めてすでに公式には死人となっている。
その程度には、極秘の艦隊であり、敵にはほとんど情報が漏れていない……私もそう思っていた。
「ア、アンタは……? 何故その事を? 何と言うか、見るからに別格って感じだが……ああ、機上にて失礼した!」
明らかに見下ろしていい相手じゃない……とっさにそう思って、飛び降りようとするのだけど、まだ体が思ったように動かない上に、むしろ床の方に引き込まれる感覚がして、着地に失敗して、そのまま前のめりに床に倒れ込みそうになる。
「ま、まさか、これは……重力なのかっ!」
完全に予想外な事に、この格納庫には重力がかかっていた。
無重力の感覚で機上から床へ飛び移ろうとして、いきなり下から引っ張られたようなもので、当たり前のようにすっころんで無様に床に顔から叩きつけられるところだったのだけど。
それを予想していたのか、彼はすでに床を蹴って、私のところまでやって来ていて、地面にぶつかる前に軽々と拾い上げて抱きかかえてくれる。
「無理は良くないよ。あぶない、あぶない。……聞けば、君は休眠状態から覚めたばかりだそうじゃないか。そんな見栄なんて張らないで、シートの上で大人しくしてればよかったのに」
しかも、そのままお姫様だっこっって……ちょっと待て……。
「貴様っ! 総帥から離れろ!」
周囲の兵士の一人がそう言うと、その場にいた兵士が一斉に銃口を向ける。
当然のように、辺りは緊張感に包まれる。
「待て待て諸君。彼女は一週間以上も飲まず食わずで宇宙を漂流していたのだ……。すでに立っているのがやっとだったのに、無理して我々への礼を尽くす為に立ち上がってみせたのだ。そんな弱りきった女性相手に銃を向けていいはずがない……。すまないね。ハルカ少佐……ひとりで立てるかな?」
そう言って、うやうやしい手つきで下ろしてくれる。
「……なんとか。と言うか、ここ重力ありますよね? これはいったい……」
驚いたことに、外からは遠心重力ブロックに見えなかったのに、こんな格納庫にも関わらず重力があった……。
なるほど、こんなところでいきなり3m近い高さから飛び降りたならこうもなるか。
「ああ、そうか。アマテラス条約機構では、まだ人工重力発生システムの開発には成功していないんだったね」
「人工重力? まさか、重力子干渉技術……そ、そんなものまで……」
重力子干渉……要は、重力を人工的に生み出したり、制御する技術だ。
もっとも、重力制御技術自体は、宇宙環境で人類が生存するためには必要不可欠と言われている技術の一つだった。
なにせ、人類と言うものは地球環境上で生存することを前提としているのだから、1Gよりも大きくとも小さくとも、短期的にはともかくとして、長期的には必ず何らかの形で問題が起きる。
もちろん、薬剤投与や遺伝子改良でそれらの問題への耐性は作る事は不可能ではない。
事実、私のような新世代人類は、ゼロG環境でもそれなりに適応出来ているのだけど、定期的な薬物投与や一定時間を重力環境下で過ごす事はどうしても欠かせない。
人間と言う生き物は、ゼロG環境下で生存していくこと自体が無理がある……だからこそ、宇宙進出などというムチャをせずに、地球こそを人類の終の棲家とすべきだと言う老人たちの御意見ももっともな話であるのだが。
前世紀から蓄積された地球環境汚染と資源枯渇の問題については、地球人口が激減した今であっても、無視できない問題として、人類全体に重くのしかかっている。
だが、重力制御技術を実用化出来れば、この問題もクリア出来る。
すでにスペースコロニーなどでは、遠心型の人工重力により、長期的に人が住める程度には技術も進歩しており、その実験も順調ではあるんだが。
遠心型人工重力環境の欠点として、コロニー自体の回転に伴うコリオリ力の発生が意外なほどのネックとなるのだ。
地球環境では、このコリオリの力は無視できる程度ではあるのだが。
地球と比べると、コロニーなんていたって小さなものなので、それは無視できないものとなる。
要は常に横方向の微細な力がかかり続けることになるので、例えば水平な道で目隠しをして歩くと大抵、左右どちらかへ流されるような感じになるし、高いところから飛び降りると真下ではなく、すこし横に逸れる。
市街地などでは、始めから道に微妙な傾斜を与えるとか、住居も水平ではなく微細な角度を付けることで、違和感を無くすようにはしているのだけど。
それでも、慣れないとUターンしただけで三半規管がおかしくなって、自動車酔いみたいな症状になって苦しむケースもあったり、めまいがしてなにもないところで転んで怪我をするとかそう言う事も珍しくない。
ちなみに、この非1G環境における問題がもっとも多く発生するのは、火星や月のようなゼロGではないが、1Gには満たない……そんな環境下の方が弊害が大きいと言われている。
そんな環境では、長期的な視点で見ると、骨密度の低下やら循環器の異常やら、様々な問題が発生する事が確認されている。
なので、宇宙暮らしには身体コンディション維持用のサプリやら薬剤投与が必須とされており、食事のたびにジャラジャラと錠剤を飲み込むってのが定番になってる。
実際、アマテラス条約機構でも、それらの問題を解決出来る重力制御技術については開発中で、現状は0.1G程度ながらも、局地的に重力係数を変化させることに成功したと言う話は聞いているのだが。
どうやら、この技術についても人類統合体は、地球人類のはるか先を行っているようだった。
もっとも、重力制御技術を重視する理由も先に述べたような弊害を身を持って知るだけによく解る。
この様子だと、1Gには満たない……0.5Gほどのようだが、地球が地上での重力を微妙に上下させるのがやっとと言うことを考えると、この時点で驚くべき話だった。
「むしろ、人類が他の惑星に移住するとなると、重力制御技術は必需品だろう? なにせ人間というのは、1G環境が前提の生き物だという事は説明するまでもなく解るだろう。だが、宇宙の地球外惑星ともなると、それらが1Gの重力で統一されている訳がない。軽重力惑星ならともかく、高重力惑星ともなると、なかなかの問題が起きるってのは、想像に難くないだろう?」
「確かに……火星や月を例に出すまでもなく、他所の星、他の地球型惑星の重力ともなると、1Gのはずがないからな。確かに、重力制御技術は宇宙空間での居住に際しては、最優先の技術と言えるな」
「そう言うことさ! もっとも、この人工重力発生システムもまだまだ完成度が低いから、とにかくエネルギー効率が悪くてね。現状、1Gを維持することも出来なくもないんだけど、常用するとなると0.5Gとかそれくらいが精々なんだ……。もっとも、0.5G環境程度でも無重力で慣れきっている状態で、さっきみたいに派手に飛び降りたりすると、ああもなる。まぁ、ハルカくんもそのうち慣れるだろうから、あまり気にしなくていいさ」
言われて違和感を感じる。
そう言えば、私はフルネームを名乗ったかな? それにこの妙に親しげな様子はどう言う事?
いきなり、くん付けで呼ぶなんて、まるで長年の知り合いのような気安さすらあった。
「確かに随分と顔色が悪いですね。多分重力酔い……ですね。我々もグランティアに乗船した直後はしばらくこんな調子でしたから、解りますよ。少佐殿……申し訳ない。我々も撃つ気はなかったといえど、いきなり銃を向けられていい気分ではなかっただろう。こちらも気遣いが足りなかった」
周囲を囲った兵士たちのリーダーと思わしき人物がヘルメットを脱ぐと柔和な笑顔を浮かべながら、優しげな言葉を告げる。
すると何故か、周囲の兵士たちも苦笑すると一様に緊張を解く。
さすがに、人工重力をこんな格納庫ブロックにまで発生させるような船は少数派なのだろう。
要は、皆あるあるでそれ故にシンパシーを感じた……と言うことなのだろう。
いや、これ……わざとだな。
まがりなりにも私は戦争相手の兵士なのだ……むしろ、向こうの兵士の殺気立った当初の対応のほうが正しい。
当然ながら、ここらでゲリラ戦をやってるアマテラス条約機構軍のはぐれ部隊みたいな艦隊の事は知っているだろうし、実を言うと現状捕虜の扱いに関する協定なんてない。
なにせ、宇宙の戦いで捕虜が出る事はあまりない。
宇宙の戦いというのは、そう言うもので……被撃墜時の生存率は極めて低い。
もしも、運良く機体脱出……ベイルアウト出来ても付近の味方に救出されなかったら、艦隊側でも数日ほどは電波ビーコンの応答信号の追跡調査をしたり、捜索隊を出すくらいはするのだけど、48時間以内に見つからなかったり、相対位置的に救出不可能と判断された場合、直ちにKIA認定されておしまいだった。
シビアな話ではあるのだが、生きているのかどうかすら定かではない行方不明者の捜索に長々と時間をかけたり、リスクを犯すような余裕は少なくともこちらにはない。
なにせ、ここは敵地同然なのだ……味方を捜索に出て、敵に見つかって捜索隊がやられて二重遭難となる……まさに本末転倒と言える。
ましてや、こんな風に機体全電源喪失なんてなると、その生存率は限りなくゼロに近い。
こんな風に一週間以上も宇宙を漂流していた所を救助されるなんて、滅多にあるものじゃない……ぶっちゃけ奇跡のようなものだ。
向こうの事情までは良く解らないが、少なくとも人類統合体の有人機のパイロットを救出する機会があっても、それは限りなく死体回収のようなものとなってしまっているのが実情だった……。
そもそも向こうの宇宙機は大抵無人機なので、戦場で生きている敵の兵士と直接相まみえるのだって、これまで一度もなかった。
だからこそ、相互協定がなくても誰も別に困ることもなく。
もしもの場合は、現場指揮官の気分次第……そんな風になってしまっていたのだ。




