第十四話「カール・ミラー総帥」④
「えっと、そっちは名前なので一応アマカゼ少佐と呼んでいただければ……。そもそもフルネームでは名乗っていなかったはずなのですが、何故私の名を?」
私がそう答えると、彼は興味深そうにじっと見つめてくる。
「ああ、そうか……ハルカ君はまだ……そうだった! そうだった! いやはや、確かにそれは失礼したね。ひとまず、アマカゼ少佐のことは客人として歓迎させてもらう。それでいいだろう?」
破顔……彼は、そうとしか言いようがないようないい笑顔でニッと笑うと満足そうに頷いた。
何と言うか、一瞬で警戒心も何もかもなくなるような無邪気な笑顔だった。
……なるほど、アマカゼ少佐ではなく、敢えてハルカくんと呼ぶことで、軍人としてではなく一人の遭難者として扱おうとしていた……そう言いたいようなのだけど、なんで私の名前を知っているんだ?
いくら最前線に出ずっぱりとは言え、私の個人情報については、最高機密レベルとして扱われているから、いくら人類統合体の超AIが優秀でもそんな簡単に解るようなものではないはずだった。
私が困惑しているのが解ったのか、目の前の人物はポンと手を打つ。
「ああ、そう言えば……私もまだ名乗っていなかったね。改めて自己紹介させていただくと私は人類統合体を率いさせてもらっているカール・ミラーだ。一応総帥なんて役職名で呼ばれてるけど、なんとも偉そうな響きで、実はあんまり好きじゃないんだ……」
さすがに、驚きを禁じ得ない。
総旗艦って時点で、この船には相当な重要人物が乗ってる可能性が高いとは思っていたけど。
まさか、向こうのトップでもあるカール・ミラー総帥が、こんな捕虜の見聞にわざわざ出張ってくるなんて!
思わず、飛び退いて反射的に敬礼を捧げると、向こうもニコリと笑って敬礼を返してくれる。
「総帥……一応、我軍には捕虜に対する規定がありますので、彼女は独房室へ送りますが、よろしいでしょうか」
「ああ、そう言えばそんな規定を決めたって、ヤクーツクが言っていたね。少し彼女……アマカゼ少佐と話をしてみたかったのだが、なら仕方ないな。くれぐれも人道的に丁寧に扱い給えよ。女性には優しくするものだからね……そこは敵も味方も関係あるまい?」
「はっ! 総帥の御心のままに……アマカゼ少佐、すまないがご同行いただけるだろうか? 私は楊俊宇少佐だ」
白マントの兵士のリーダー格……彫りの深い顔の角刈り青年が前に出てくると、すっと手を出す。
名前からすると、どうやら中国人らしい。
ヤン少佐とか言うと、20世紀の銀河SFの主人公を思い出すけど、中国人のヤンさんは実はめちゃくちゃいっぱいいるらしい。
日本人の佐藤さんや山田さんみたいなもんだって聞いてるんだが。
……まぁ、それはどうでもいいか。
「少佐となると、私とは同格って事か。……ああ、そっちも階級は同じと考えて良いんだよね。こう言うときに階級ってのは割と重要だから、昔からあえて軍人の階級による格の優劣は万国共通としていると言う話なんだが、その辺りはどうなんだい?」
そう言って、その手を握り返す。
実を言うと、私には男性アレルギーのケがあって、男性にはあまり触れたくないのだが。
握手を求められて、拒めるような立場でもないし、あまりに自然な物腰だったので、思わず握り返していた。
ちなみに、軍隊における階級はそれが例え敵軍の将校であっても、絶対的なものとして扱われるのが古来からの軍人たちの慣習であり、暗黙のルールと言えた。
要するに、例え敵軍の将校と言えども、少佐相手ともなると尉官程度では、常に敬語を使わないといけないし、廊下ですれ違う時は相手が捕虜でも先に敬礼を捧げないといけないのだ。
実際、私は技術が付く少佐であり、一般の少佐とは別物で、兵士たちへの指揮権限も初めから持たされていないのだけど、兵士たちは当たり前のようにすれ違いざまに立ち止まって、姿勢を正して敬礼とかしてくれていたし、整備兵達になると親方だのアネサン呼ばわりとかもされてたものだ。
どうやら、その辺りの軍人特有の習慣も普通に通じるらしい。
それにどうもこの様子から、このヤン少佐が艦内での私のエスコート役を努めてくれるつもりのようだった。
要するに体の良い見張り役なんだろうが、それはむしろ当たり前の話だろう。
「そうだな。確かに同格と言う事なら、お互い敬語やら、目上目下と気遣いもしなくていいからな。階級や軍の習慣などはそっちと同じと思ってくれて良い。ちなみに、私はかつて大陸同盟軍所属だったんだ。まぁ、あっち風に言うと少校……と言っても少佐と一緒だから、そこは気にしないでくれよ」
要するに、お互い要らない気遣いは不要と言いたげに、敢えて砕けた口調で話してくれている。
何と言うか、こいつ男前なヤツだな……正直、気に入った。
「そうか……今はなき大陸同盟軍か。ユーラシアはLucifer禍で大変なことになっていたようだからな。……心からの哀悼の意を表させていただく」
大陸同盟軍は予てからアマテラス体制化した日本を目の敵にしていて、週一ペースで核ミサイルを撃ち込んできたり、日本上陸も何度も試みて、その度に返り討ちにあって盛大に戦死者を出して……と言うのを何度も何度も繰り返していた。
そして、そんな風に無意味に大量の人死をだしているうちに、いい加減兵力も何もかもが底をつきたらしく、随分前に自然消滅して久しかったのだが……こう言う形で生き延びていた者も少なからずいたと言うことだった。
もっとも、ヤン少佐は見た所、20代で私とそう変わりなさそうだから、普通に昔のことと割り切っているのかも知れない。
「……それはこちらのセリフだな。アマカゼ少佐は日本人なのだろう? 例の「FeardOracles落着事故」の件は、我々にとっても痛恨の事態だった。結局、我々も何の寄与も出来ずにむざむざと……大変申し訳ない事をした。すまなかった!」
そう言って、ペコリと頭まで下げてくれる。
何と言うか、いいヤツなんだな……と思う。
もっとも、あの一件については、ヤクーツク元帥やその配下達は、全てはお前らの自業自得だと至って冷淡なもので、挙げ句に地球環境を無為に破壊した罪がどうのとか、神の怒りの裁きが下ったとか、そんな調子だったんだが……。
こっちは当たり前のように、大変申し訳ない事をしたと来たか。
少なくともあの一件では、人類統合体は事前に地球の重力圏を抜けるまでは手出しはしないように、再三警告はしていたし、地上落着の予測が出た時点で一部の艦艇は独断で衛星破壊の試みを開始していた。
結果が伴わなかっただけで、あの時は人類統合体も最善を尽くしてくれたのだ。
あれから……私は、一年近くも病院に強制入院させられた。
退院後についても、軍医からはPTSDの症状がはっきり出ており、軍からも引退して、長期療養生活を送る事を勧められていたのだけど……。
私は、退院したその日のうちに宇宙軍に復帰願を提出すると、まるで死に場所を求めるように宇宙の最前線勤務を志願した。
私の復帰願いはその扱いに際して色々とあったようなのだが、結局アマテラスの気遣いか、或いはどこぞの誰かが忖度でもしたのか、技術畑の道を進むことにはなったのだが……。
結局、私は自ら進んで宇宙の戦場に繰り出して行って、まさに生きるか死ぬかの境を何度も経験してきた。
今回のは極めつけと言えたが、それでも私は生き残った。
間違いなく確率的には天文学な確率だと断定できる。
何と言うか、いい加減定められた時が来ない限りは絶対に死なないんじゃないかって、幻想すら抱きそうになっている。
我ながらまったく、大したものだ。
要は、ここで死ぬ定めではなかったから命拾いしたと言うことだ。
実際の所、休眠状態ながらも半分くらいは覚醒していて、長々とこれまでとこれからのことについて、考えを巡らせる事もできたのだ。
そして、痛感したのは……私は何をやっていたのだと言う思いだった。
だからこそ、この船に拾われた時点で、色々と棚上げして、少しは自分の思いに忠実に生きてみよう……そんな風にも思ったのだ。
いずれにせよ、助けてもらった借りもあるし、私も色々と棚上げすると決めたのだから、ここは大人しく言うことを聞くとしよう。
「どうした? なにか気になることでもあるのかな? 少なくとも君に危害を加えようと考えるものは、ここには私を含めて誰もいないから、安心して欲しい。銃を向けたのは……言ってみれば、捕虜に対して力関係を理解させるパフォーマンスでね。我々もこんな風に地球軍の将校を捕虜にするなんて、一度もなかったから、マニュアル通りにやるしかなかったんだ。だから……あまり気にしないで欲しい」
……この人、大概お人好しだな。
捕虜に抵抗の意思がある事を想定して、先に銃を向けるのは軍人なら当たり前の対応だ。
そもそも、別にアマテラス条約機構宇宙軍では、捕虜になった際に完全黙秘を貫けとか、潔く死ねとか、そんな決まりは無いし、そんな話自体聞いてもいない。
もっとも、私はあくまで技術将校であり、おまけにアマテラス推薦と言うお墨付きだったので、軍に入った時も本来は課せられる一般将校の教育課程はすっ飛ばしている。
そう言う事情もあるので、実は裏ではそんな洗脳教育が行われているのかもしれないが。
さすがに、今どきそこまではやっていないと思う……第二次世界大戦だの大昔の頃とは違うのだ。
どのみち公開情報の範囲なら、何を言っても構わないだろうし、命を助けられておきながら、無意味な抵抗なんてするものじゃないと思うし、実際そんなもんだろう。
まぁ、向こうが割とぶっちゃけるなら、こっちもぶっちゃけるとするかね。
これだって、良い情報収集の機会だ。




