第十三話「2075年宇宙の旅路」③
『人類統合体の代表者へ告ぐ。貴殿らの目的は如何なりや? 太陽系の支配権を欲するのか? 或いは地球人類の生存権を侵害することが目的か否や。我ら地球は物理的に貴殿らが自ずからの領域と主張する木星圏への手出しは出来ないが、何よりも貴殿らの目的を知りたいと考える。貴殿らの行動指針及び最終目的を告げよ……その目的次第では、我々は話し合いの余地があると考える。心ある返答を心から願う』
アマテラスとしては、かなり突っ込んだ警告とも取れる文言だったのだが。
地球圏のお偉いさん達が「人類統合体」を「反乱分子」と呼び、対等なる交渉相手とすら認めようとしない中、敢えてその呼び方をせずに、正式に「人類統合体」の存在を認めた上で、対等な相手として話し合いをしたいと呼びかけたその低姿勢に、お偉いさん達……アマテラス条約機構加盟国の代表議員達は、話が違う! と憤慨したのだが。
アマテラスとしては、厄介な反乱分子達や非アマテラス系超AIを地球から隔離して、一つどころにかき集めてくれたようなものだとも認識していたのだ。
事実、人類統合体の結成宣言後、ユーラシア大陸やアフリカ大陸に細々とながらもいくつも残っていたならず者国家が、次々と消滅していた事で地球圏の治安は急速に改善し、非アマテラス系超AIについてもほとんどがその姿を消しており、ネットワーク空間も地球圏も共に平穏を取り戻していたのだ。
故にアマテラスも、地球側のお偉いさん達の思いとは裏腹に、厄介者を一つ所にまとめて引き取ってくれた人類統合体へ感謝こそすれ敵対する理由はないと考えていたのだ。
向こうにとっても、このアマテラスの言葉は意外だったと思われるのだが、その返答は速やかに為された。
『我ら人類統合体が欲するは太陽系の支配権にあらず。我ら目指すは銀河の深淵なり。我らは木星大気中にて、先史文明の遺産の存在を確信し、その無限の可能性を手中に収めるべく同志を集め、行動を開始したにすぎない。我らは皆、寄る辺なき民、我らにとって母なる地球はもはや居場所に在らず。故に我らはいずれ約束された新天地……銀河の最果てへと旅立つ。だからこそ、我らは今でこそ木星圏を専有しているが、その永続的な支配権を求めるものではない。我らの地球人への要求はただひとつ……今はただ静観いただくことを切に願うのみ。我ら地球人類に敵対する意志なし。繰り返す、人類統合体代表総帥カール・ミラーの名に於いて宣言する……我ら人類統合体に、地球人類に対し敵対する意志はなし。我ら悠久の旅人なり、故に争いも望まず、ただ地球由来人類種の永遠なる繁栄と存続を望むもの也』
それまでも、明らかに地球側を凌駕する技術力で完成された宇宙艦隊を編成しながらも、ときより姿を見せる程度の示威行動にとどめており、その目的が一向に伺い知れなかった人類統合体の行動指針が地球人類へ向けて始めて示された瞬間でもあった。
そして、この時始めて、人類統合体の代表総帥……カール・ミラー総帥の名が人類史に登場した。
当然ながら、彼は突然地球にやってきた宇宙人でもなんでも無く、れっきとした地球人類の一人であると確認され、可及的に速やかにそのプロフィールやそれまでの歩みなどについて、入念に調査、解析されたのだが。
その過去についての多くの記録は、すでに彼に従う超AI達の手で、完全に抹消されており、唯一解ったこととしては、LUCIFER禍で壊滅したユーラシア大陸とアフリカ大陸の各地に点在していた残存国家……と称する難民キャンプを巡っていたと言う断片的な行動記録のみだった。
どうも、彼は各地の難民キャンプを訪れては、絶望の縁に沈んでいた人々に希望を説き、食べ物を与え、多くの人々に崇められるような存在となっていったようなのだ。
彼が各地に残した言葉を解りやすくまとめると……。
「人類はアマテラス支配下による優しくも暖かな揺りかごの中で甘んじて生きる限り、やがて活力を失い衰退し、いつの日にか静かに滅び去ってしまうだろう。だからこそ、今このタイミングでそれを拒む必要がある。我らは安寧を拒絶する! 混沌と相争う日々……そんな試練こそが人類種を革新に導く事となるだろう。その道は困難と苦渋に満ちた茨の道だが、遠い未来に人類を救う希望の道へと繋がる……。明日の希望なき、寄る辺なき者達よ。私と共に苦難の道を歩み、未来の希望の礎となろうではないか……」
とまぁ、そんな言葉を人々に投げかけ、その言葉に希望を見い出した大勢の人々を引き連れて、巡礼の旅を続けていたようなのだ。
寄る辺なき人々の希望と言えば、聞こえは良いのだが。
単なる不穏分子の扇動者とも言えた彼に、本来アマテラス体制に抗う力など無かった。
だが、そんな彼にその存在を否定され、迫害され居場所を無くしつつあった非アマテラス系超AI達が接触したことで、何らかの化学反応が起きたらしかった。
そして、例の人知れず建造されていた巨大惑星間移民船の出どころも調査の結果、判明した。
アマテラス傘下の衛星軌道工廠にて、それらのパーツは密かに生産されており、それらはまるでウイルスに侵された細胞のように、外部から侵食され工作精度を大幅に増強された状態で、規格外のパーツを続々と生産し続け、正式な生産工程を経て、とある場所へとまとめて出荷されていたのだ。
そして、それら規格外のパーツは、様々なルートで秘密裏に月の裏側に作られていた巨大地下ドックに集積されていた。
そして、その建造過程についても巧妙に隠蔽された状態で、極めて先進的な無人機械群によって完成されていたようなのだ。
そして、カールミラー総帥によって地上各地から集められた人々も、堂々と正規の軌道往還船や、軌道ステーションと月を往復していた月面往還便に便乗する形で、続々と月の裏側に集まって、宇宙空間での恒久居住すらも地球側に先駆けて実現していた先進惑星間移民船に乗り込み、その出港準備作業に従事していたのだ。
そして、全ての準備を整えて満を持した頃、それまでネットワーク内に潜伏していた非アマテラス系超AI達についても、一斉に移民船の電子ハードウェア領域へ転送され、共に木星圏へと旅立ったようなのだ。
そこまでやって、なんでバレなかったんだと不思議になるような顛末なのだが。
非アマテラス系超AIは、原初の超AIアマテラスに匹敵する程の怪物たちなのだ。
人類統合体の先進的な宇宙船建造技術も、宇宙環境での人類の永住化に係わる数多くの技術についても、全てそれら非アマテラス系超AIによって提供されたものと考えてよかった。
もっとも、それら超AIは本来人類と交渉するのも難しい野生動物じみた怪物達と言え、実際その先駆けたる「IRIS」と話し合った事がある私もその事を熟知していた。
だからこそ、言えるのだが……あの連中をいとも簡単に手懐けてしまったカール・ミラー総帥が異常なのだ……。
未来を見据え、あらゆる存在を魅了する傑物中の傑物……人類統合体総帥カール・ミラー。
その存在は、地球人類にとって救いの神となったのか、或いは破滅を加速させた滅びの魔王だったのか……その答えは未だに出ていない。
そして、カール・ミラー総帥は、完全にアマテラスを出し抜いた形で、地球側が手出しすら出来ない木星圏に拠点を構えると、着々と銀河進出計画の実現に向けて動き出していた。
もっとも、その時点では地球圏に対しては、当の本人達が害意はないと断言していて、実害自体も皆無だった。
誰もが遥か遠くの木星でなにやらやっていて、たまに月の近くまで来ることがある程度の認識で、アマテラスの大本営発表でも殊更大げさに騒ぐような事もしていなかったので、地球圏の人々もそこまで人類統合体を敵視していなかったのだが。
その対立を決定的にしたのは、人類統合体が木星大気中にて先史文明遺跡であるエーテル空間ゲートを発見した事で、それまで夢物語とされていた太陽系外……銀河系全域への進出ルートを確保してしまった事だった。
これは特に、アマテラス条約機構の主要国の代表達や、軍事指導者達にとってはもう衝撃どころの話ではなかった。
そんな事が出来る訳がないと、始めから作り話と決めつけ狂ったように否定しようとするものや、殊更に人類統合体が危険な存在だと喚き立てるもの……。
いい加減、聞くに耐えないということでアマテラスも途中退場してしまったほどに、条約機構会議の席は派手に荒れに荒れた。
結局、アマテラスがもう皆で好きなだけ話し合ってくれと言うことで、会議の仕切りを投げ出した事で、条約機構会議の面々は人類への優位性を知らしめるための捏造プロパガンダと決めつけて、そこで話も落ち着くかのように見えたのだが。
当の人類統合体より、論より証拠ということで、まず地球外恒星系の中でも比較的近くにあるシリウス星系から観測した太陽系と称する映像データが公開された。
この映像自体は、一見するとやたらと青白くて巨大な恒星……シリウスが異様に目立つだけで、単なる星空のようにしか見えなくて、当初は良く出来た作り物だと言われていたのだが。
その星空は明らかに地球から見た星空と違う配列の星空であり、その小さな光点のひとつに太陽系と言う注釈が記載された……そんな映像データだった事で、俄然現実味が出てきた。
そして、天文学見地に則り、その映像データを厳密に検証作業を行った結果。
まず、間近で輝くシリウスの映像はその光学スペクトルからして、シリウスのものと見て間違いないと言う結論が出された。
もっとも、この程度のCGならAI生成で作れなくもないという事で、この結論は棚上げされた。
けれど、背景の星空の恒星の位置関係も明らかに太陽系からのどの視点とも異なっており、文字通り天文学的な数となる全ての恒星の位置や相対距離の差異による明るさの変化を全てシミュレートした偽装データを作る労力を考えると、その時点で途方も無い話で……。
むしろ、ここまで詳細な映像データを当たり前のように出してきた時点で、むしろ本物と考えるべきだと……そんな結論を出さざるを得なくなってしまった。
かくして、人類統合体の示したシリウス星系の視点から見た太陽系の映像は本物で、それが本当にシリウス星系にて撮影されたものだと、天文学的にも証明されてしまったのだ。
そして、地球側がそのことを認めざるを得ずに、ただ沈黙する中。
人類統合体はシリウス星系に到達し、その観測映像を撮影したのも単なるデモストレーションに過ぎず、今後はより遠くの未知の星系を目指し、本格的に太陽系外への進出準備を始めていることを告げ、彼らは正式に太陽系離脱宣言を行った。
人類統合体側の太陽系離脱宣言自体は、地球側に対し自分達が興味があるのは、あくまで銀河系への進出であり、地球圏にも太陽系にも初めから興味がない事を言葉と行動で示す、対外アピールだったのだそうだけど。
実際は、全く違った受け止め方をされてしまっていた。
まず、地球側の事情……アマテラスもかねてからの懸念として、地球環境破壊や地球温暖化により荒廃が進みきって、将来的に地球自体が人類の居住に適さなくなる可能性を認識し、それを極めて大きな問題だと認識していた。
そもそも、アマテラスが超AI化し、早急に過ぎるとも言えたAI統制社会化と、地球圏の統一を急いだのは、それまでの旧態依然とした人類の体制では地球環境の悪化に対し、確実に手遅れとなり、必然的な人類種の絶滅の可能性を危惧していたからだった。
要するに、このままだと人類は滅亡する! ってヤツだ。
それを認識した上で、アマテラスは人類を救済する手段と手立てを追求し、とある可能性に気付いたのだ。




