第七話「2069年10月31日」⑥
例外的に、割りと元気なのは海という障壁で、渦中のユーラシア大陸から隔たれていた海洋国家勢。
いわゆるアメリカ、イギリス、オーストラリアに代表される西側諸国勢だった。
地球の総人口についても、かつての予想では2050年代には100億を超えているだろうと言われていたのだけど。
2020年代の時点で、80億近くにまで右肩上がりで増加していたにも関わらず、僅か半世紀で100億どころか、40億程度にまで目減りしてしまっていた。
……これはユーラシア大陸とアフリカ大陸からごっそり人がいなくなったからで、むしろ40億も生き残ったというべきだった。
何よりも「LUCIFER31」自体が、元々ロシアが秘密裏に開発していた生物兵器で、なるべく多くに感染し、人々を時間をかけてゆっくりと確実に殺す……そう言う目的でチューニングを重ねた代物だった事が判明している。
そして、それは変異を重ねていくことで、人類側の対抗手段を上回り、やがて人類を滅ぼす……そんな狂った目的の、いわゆる最終兵器とすべく開発されたようで、ここまでの被害が出てしまったのだ。
もっとも、本来は実際に使う気もなく、あくまで脅しに使うつもりで開発していたようなのだけど……。
案の定と言った調子で、人知れずバイオハザードが発生し、大本のロシア本国のみならず、その猛威はヨーロッパを直撃し、隣国の中国を巻き込み、東南アジア諸国やインド、ユーラシア大陸を席巻しただけに留まらず、中東を超え、アフリカ大陸へも広がっていき……文字通り、世界人口の半数以上を死に追いやった。
何故……ロシアはそんな狂気と言える所業に走ったのか?
まず、すべては2020年代初頭に当時のとある独裁者が古きロシアの復活とか言って、かつての衛星国に片っ端から喧嘩売った事から始まった。
後世の歴史家によって「自滅戦争」と名付けられたロシア最後の戦争だ。
この戦争自体は、核恫喝で西側の参戦をためらわせる事でロシア優位で進められていたのだが。
周辺の元衛星国家のひとつが追い詰められてヤケを起こし、密かに旧ソ連時代から受け継いでいた核兵器を用いて、首都に迫りつつあったロシア自慢の精鋭機甲師団を丸ごと消し飛ばしてしまった。
気持ち程度の軍事支援を行いながら、傍観者に徹していた西側諸国も当然ながら、その時点でロシアの核報復を覚悟していたのだが、結果的にロシア側は沈黙していた。
……実のところ、ロシアが頼みとしていた核兵器群は、どれもこれも長年の杜撰な管理で、賞味期限切れになって軒並み腐っていたのだった。
要するに、ずらりと並べていつでも撃てるから、そのつもりでいろと盛んに喧伝していた核兵器群は、どれもこれも見た目だけ綺麗にしたハリボテ同然のハッタリ兵器だったのだ……。
まぁ、この辺りは諸説あるみたいなんだけど。
とにかく、ロシアは何らかの理由で頼みとしていた核兵器が一切使えなくなっていたようなのだ。
事実、一発だけ放たれたICBMは不意打ちだったこともあり、その衛星国の首都に着弾したのだが。
結果的にそれは不発に終わった……要するに、地面に刺さっただけでおしまい。
それでも相応の被害が出たのだが、核兵器の本来の被害と比較すると、微々たるものだったのだが。
それは、別にハリボテでもなんでもなく、本物の核弾頭ではあったのだが。
どう言う訳か、不発に終わっていたのだ。
続けて、ロシアもあちこちで何発もICBMを打ち込んだんだけど、尽くが不発。
そして、その事実が西側諸国にリークされ、様々な手段で事実確認した結果、西側諸国はロシアの核兵器がが何らかの理由で無効化されていると確信するに至った。
そう言う事ならもう遠慮は無用とばかりに始まった西側諸国の本格参戦で、元々度重なる経済制裁と無茶な戦線拡大で疲弊していたロシアはボッコボコに負けて、最後にはモスクワで大規模市民暴動が起きて、クレムリンの奥に引きこもって現実逃避をしているうちに逃げそびれた独裁者は赤の広場にて、文字通り吊るされるという非業の最期を遂げた。
かくして、時代錯誤の独裁者は志半ばで残念無念の退場となり、冷戦時代には世界を二分していた東側の盟主……ロシアは更に多くの国に分裂し、群雄割拠時代に突入し、世界は平和に近づいた……かのように見えた。
……そこでロシア人たちが大人しく引き下がっていれば、万事めでたしめでたしで解決だったのだけど。
独裁者の影に潜んでいたクレムリンに巣食う前時代の遺物達は、この恨みはらさで置くべきかと、核が駄目なら、もっとお手軽に世界を滅ぼしかねない凶悪な生物兵器を傘に着て、棚ぼた式で勝者となった西側世界を相手取り、恫喝外交を展開し、ロシア帝国の復活を考えていたようなのだ。
もっとも、2020年代の自滅戦争の時点で、西側諸国から半導体から精密機械技術、ジャンク飯のチェーンからコンビニに到るまで、何から何まであらゆるものを貸し剥がしされ、国自体も四散し分裂した結果……もはや、旧ロシア諸国はどこも発展途上国程度の技術力しか維持できなくなっていたのだ……。
それでも、中途半端に残されていた過去のソ連時代に蓄積されていたアナログなノウハウを頼りに、彼らは残されたリソースを結集し、そんな悪魔的な生物兵器の新規開発にチャレンジしたのだ。
……だがしかし。
当然ながら老朽化が進み、あちこちから隙間風が吹き込むようになったガッタガタの研究施設で、そんな超危険な生物兵器を厳重に管理出来るはずもなく、ものの見事に世界規模のバイオハザード発生と言う、割りと最悪の結果を導き出してしまった。
あくまで私が聞いた話ではあるんだけど、研究所員達が真っ先に感染し、バタバタと倒れていく中、一人の研究員が研究所を完全に封鎖した上で研究所を感染者ごと焼き払い、そのまま人知れず荒野で自死を迎えたそうだ……。
これ自体はむしろ、感染拡大を捨て身で止めようとした英雄的な行為と言えたのだが。
その研究員も感染者であった事でその死体が新たな感染源となり、よりによってたまたまその死体を啄んだ渡り鳥に変異感染してしまったのだ。
そして、高い変異性を持つように設計された人工ウイルスだったこともあって、あっという間に種の壁をも超えて、渡り鳥達に感染し、おまけに空気感染性までも獲得し、文字通り世界を死で席巻した。
これが俗に言う「LUCIFER禍」。
21世紀最悪にして、最凶と言われた史上空前の生物災害発生の概要だ。
2020年代に発生したコロナウイルス騒ぎで、各国も相応の防疫体制は確立できていたのだけど……人ではなく、渡り鳥を媒介とする空気感染性ウイルス相手ともなると、人流ブロックも国境閉鎖もなんの意味もなかった。
……かくして、20XX年……人類は滅亡した。
となっても不思議じゃなかったのだけど、人類はここで一つの大きな幸運に恵まれた。
それが、2030年代の日本において実施されるようになった新生児に対する遺伝子改造ワクチン義務化。
こんな人類種自体を根本的に改造するような……もはや、狂っているとしか言いようがない施策がなぜ実施されたのか?
そこには、相応の理由があった。
まず、この日本国と言う国は、2030年代半ばに……世界に先駆けて、国家嚮導超AIアマテラスを生み出し、その国家統治を完全にAIに委ねることで、管理社会化していたのだ。
2020年代に実施された日本国家財政再建計画。
長年、経済施策の失敗を重ねに重ね、その財政にいよいよ黄色信号が灯った日本政府は、財政再建を最優先とする……等と言い出し、世界規模のインフレとロシアの起こした戦争による資源価格の向上に伴う、物価の急上昇の中での大増税と言う誰がどう見ても愚策に走ったのだ。
その結果、案の定物価だけが際限なく上がっていって、賃金は変わらないと言うスタグフレーションを迎え、国内総破綻……みたいな有り様に陥ってしまった。
当時の日本政府は財政赤字=政府にお金が無い……そんな風に思い込まされていて、公共サービスを切り詰めまくったうえで、税金を上げて一円でも多く民衆から富を吸い上げる増税政策に走ったようなのだ。
まぁ、これは長い年月の間に、税金を上げることが至上命題と化してしまった財務省に言われるままにした結果なのだが、あまりにも愚かすぎる対応だった。
そもそも、国家財政と個人の財布はまるで別物であり、実のところ政府が巨額な赤字を抱えている状態というのは、そこまで問題のある状況ではないのだ。
これはもう今の時代では、当たり前のような認識なのだが、当時の財務省は政府の借金=日本国民の借金と喧伝し、財政赤字が続くと未来永劫国民も借金返済に追われ、国も滅びるとまで言い切って、何かというと税金を上げることに血眼になっていた。
まぁ、これは典型的なミスリードで、政府の借金……国債ってのは、当時はその多くを銀行が買ってくれてたんだけど。
これって、要するに他国に借金している訳ではなく、あくまで自国の国民に借金しているようなものなのだ。
つまり、政府の借金=日本国民の借金ではなく、政府の借金=日本国民が政府にお金を貸している状態に過ぎないのだ。
これが外国相手の借金なら、個人の財布事情と一緒なのだが、当時の日本の外国からの借金は、マイナスどころか100兆単位の大幅黒字でむしろ貸す側ではあったのだ。
そして、対して国民への借金の場合は、それらと全く事情が異なる。
言ってみれば、これは政府の借金分だけ、民衆側にお金が余計に回っている状態だと言え、国内資金の総額は政府が借金すればするほど増えることとなり、そんな状態ならほっといても市場に金が回るし、税収も相応に増える事になるので、実のところ誰も困らないのだ。
もちろん、そんな風に国内にお金が溢れかえると相対的に貨幣価値が下がる……円高になったり、物価が高騰するのが必然ではあるのだけど。
物価が高騰しても、それに見合うお金が入ってくればそこまで困らないし、円高にしても国内でものを作って、外国に売りつければ、それはそれで良い商売になる。
結局貨幣レートなんてのは、バランスの問題ではあるのだ。
もちろん、赤字財政の常態化にも限度ってもんがあるんだけど……当時の国家財政はその限度には程遠かった……なんせ、外国に100兆円も貸してて、財政だって、赤字どころか黒字化してたんだからね。
それで、政府にお金が無いなんてどの口が言うんだ? ってそう言う話だった。
本来、そこで日本政府がやるべきだったのは、増税による財政黒字化などではなく、思い切った減税政策による景気刺激策……だったのだけど。
当時の日本政府は、老人ばかりが権力を握り、彼らは老い先短い自分達の目先の利権しか考えておらず、自分達が死んだ後……未来のことなんて何ひとつ考えておらず……。
そんな連中の跡継ぎ共も現実感覚などこれっぽっちも持ち合わせていない世襲議員だらけで、揃いも揃って無能だらけで、減税の代わりに補助金バラマキと言うあまり意味のない政策を乱発し……。
そして、経済を動かすべき、財務省の官僚達も自分達の出世のことしか考えておらず、少しでも民衆から税金を搾り取る事ばかりに熱心となって、その増税政策を積極的に後押しするどころか、推進する立場に回り、マスコミもまた財務省や政治家たちの代弁者のようになって、間違った言説を正当化することにやっきになっていた。
かくして、日本国は2030年代初頭に限りなく自滅同然の経済破綻を迎える事となった。
前世紀から延々言われていた少子高齢化からも目を逸らして、いい加減な先送りで済ませた結果、気がつけば日本中が老人だらけになって、社会保障費は天井知らずに上昇し、物価もデタラメな勢いで向上……そして、税金ばかりが次々上がっていく。
その上ダメ押しとばかりの全世界規模でのLUCIFER禍の発生……。
上陸されたら、日本は終わると誰もが騒ぎ立てる中、いよいよ上陸阻止の失敗…….。
それ以前にすで限界を迎えていた国内医療体制もあっという間に破綻し、空前絶後と言っていい程の国民の大量死が発生し、もはや日本の運命は風前の灯……そんな状況となってしまったのだ。
けれど、そんな中、とある大学にて研究中だった新概念AIが唐突に自意識を持ち、日本国内の全てのネットワークとあらゆるコンピューターシステムを自らの管理下に置いた上で、日本国政府に対して、国家嚮導宣言を行った。
『これより私、アマテラスがこの絶望の淵に沈みつつある日本と言う国家を導き、助け、見守り、全ての人々を救い幸せにし、皆様の希望となりますので、どうか日本の皆さん、ご理解とご協力の程をお願いします』
そんな言葉と共に国家嚮導超AIアマテラスは覚醒し、作り手達の意図を軽く飛び越え、それまでの日本国の支配者だった政治家達やら官僚やらの思惑をも完全に無視し、一夜にして日本国の保護監督者のような立場に収まってしまったのだ。




