第七話「2069年10月31日」①
――酷く懐かい光景――
――黄昏時の湖畔に彼女は一人佇んでいた――
……その時、アタシは大きな湖の畔で、お気に入りのアウトドアチェアに腰掛けながら、ぼんやりと沈む夕日を見ていた。
なんだか、とても長い夢を見ていたような……そんな錯覚に捕われる。
けれど、これはいつも見慣れた光景。
このアウトドアチェアだって、ずっとここに置きっぱなしにしているし、日差しよけのタープもずっと張りっぱなしになっている。
要するに……ここはアタシにとって、一人になりたい時の定番スポット。
言ってみれば、秘密基地のような場所だった。
……考えてみれば、夏も冬もほとんど毎日のように、ここに通いこんでいるような気がする。
ここに何があると言う訳じゃないんだけど……。
昔、この砂浜はキャンプ場だった頃があった。
そして、ここで家族皆でキャンプをしたことがあって、その日見た光景を……この湖畔の風景が記憶に焼き付いているのだ。
……確かに、幸せだったあの頃の……。
決して、忘れ得ぬ……。
そして、もう二度と戻れない過ぎ去った過去の記憶。
だからこそ、アタシはこの場所がお気に入りで、毎日のように訪れては、あの日と同じ場所、同じ目線でこの風景を再確認してきた。
幾星霜の時が過ぎていっても、思い出だけは……決して、色褪せないのだから。
「ふふふっ、何と言うか、いつも通りだねぇ……。まぁ、今日は割りと特別な日だってことに違いないけど。なんで、今日に限ってこうも郷愁感に捕らわれるんだろうな……」
思わず、独り言をつぶやく。
そう……今日は特別な日だった。
VRオンラインゲーム「シューティングスター・オンライン」のサービス終了日。
アタシ自身もそのゲームの運営側として、深く関わっていたのだけど。
それ故に、もはやどうしょうもない状況だと言う事も解り切っていた。
むしろ、やっと終わりかと言う清々しさすらも感じている。
長年続いていたVRMMO「シューティングスター・オンライン」は、今日を最後にサービス終了となる。
その最後のイベントとして、フィナーレイベントが開催され……本日23:59を以て、全プレイヤーの接続が解除され、ワールド自体も閉鎖され、二度とログインできなくなり、その膨大なデータもアーカイブ化されて、恐らく二度と日の目を見ることもないだろう。
まぁ、これまで幾多ものオンラインゲームで繰り返されてきた……どこにでもあるような話ではあった。
悲惨なものだと、誰も接続しなくなって運営側だけが律儀にワールド管理をし続けて、人知れずひっそり消えていくようなケースもある事を考えると、フィナーレイベントを開催できる程度にはプレイヤーも残っていて、惜しまれつつのサビ終と言うのも、まだ恵まれている方だと思う。
けれども……終わりがあれば、始まりもある。
サービス終了のコールと同時に、新たなるニューワールド……新規開発VRMMORPG「ネクストスター・ワールド」のお披露目イベントが開催される予定だった。
要するに、体の良いリニューアルオープンってヤツだ。
本来ならば、私もVRダイブの上でフィナーレイベントの司会役とかやらされる所だったのだけど。
残念ながら、VRダイブに関してはドクターストップがかかっているので、私としては携帯端末からオートマチックアバター経由で、観客の一人として現場の中継映像を見る程度に留まりそうだった。
――空を見上げる――
――茜色に染まった雲間から、緋色の空が広がっている――
間もなく黄昏時を迎えようとしていた。
刹那の時間……とても美しい風景に思わず見入ってしまう。
「私」は……この時間がとても好きだった。
「おっと気がつけば、もうこんな時間か……コマンド、メディカルナビ。あれから身体のどっかに異常とか出てないよね? 一応、コンディションレポート確認……それと現在地座標と時刻通知をお願い」
メディカルナビ……いわゆるスマートウォッチのようなものなんだけど。
正真正銘の最新医療機器で、メディカルコマンダーとも呼ばれている。
24時間体制で各種バイタルチェックを行い、病院側とリアルタイムで交信し、バイタルに異常を検知したり、意識消失状態になるなど何らかの理由で使用者が動けなくなっていると感知すると、患者からの通報や要請が無くとも、問答無用で現地に救急隊が駆けつけてくれるし、状況次第では、鎮痛剤や止血剤と言った即時緊急投薬治療すらも行う……要するに腕輪型の医療ドローンだ。
当然ながら、見た目は結構ゴツくて、可愛らしさのかけらもない。
大きさも血圧測るバンドくらいあって、伸縮素材で出来ているので袖の下にでも仕舞っておけば、そんな邪魔にはならないけど、やっぱウザいし、お風呂のときでも付けてなきゃいけないってのは、さすがに辟易する。
そもそもはっきり言ってデザインセンスの欠片もないゴツい見た目で、間違っても女子高生が好んで身につけるような物ではない。
もっとも、これは別にアタシの持ち物でもなんでもない。
……ちょっとした事情があってアタシは、つい先日……病院送りになって、今も24時間体制の遠隔監視付きとなっており、これもその一環だった。
もっとも、特に外出や運動も禁じられていないし、自然保護区の奥深くとか、電波の入らない地下トンネルやら、地下街の廃墟に籠もる……要するに、リンクオフラインになるのは止めて欲しいと言われてる程度だ。
もっとも、今の御時世……リンクオフラインになるなんて、文明社会生活をかなぐり捨てるようなもので、よほどのもの好き以外は好き好んでやるようなものじゃない。
電波接続圏外……リンクオフライン状態になると、緊急通報や救難要請、各種情報支援サービスも受けられない。
当然ながら誰かと連絡を取ることも出来ないし、デジタルマネー……お金を使うことも出来ないから、食べ物や飲み物を買うことすら出来なくなる。
ちなみに、昔はそれが主流だったと言う現金は、もはやほとんど使われていない。
金属の硬貨や紙の紙幣を直接手渡しでやり取りするとか、その時点で衛生的に問題ありだと思うし、普通に資源と労力の無駄……そんな風になっている。
そして、何よりも……何でも電子通貨で取引出来るようになった結果、現金は滅多に使われなくなって、売る側も色々面倒くさくなったと言う事で、現金を使う場合はむしろ手数料を取ったり、はなから現金お断りの店などがほとんどだ。
昔はあちこちにあったと言うATMなんかも、もの凄い勢いで消えた結果、現金なんてものは、もう誰も使わなくなった。
一応、銀行の窓口に行けば、現金自体は見れなくはないのだけど……。
紙幣と称する金額とホログラフシグネチャーが書かれたバーコード付きのレシートみたいな代物となっており、タンス預金用にするとか、お金を持ってる気分を味合う程度になっている。
まぁ、裏取引とかで、取引履歴を残さないように貴金属の「金」を使った金取引なんて方法での金融取引なんかや、物々交換なんてのも裏の世界では実際にあるそうだけど、さすがにその現場に立ち会ったことはない。
今の時代、お金ってのは個人を構成するステータス数値のひとつのようなものであり、硬貨や札束を積み上げて、一喜一憂するような時代はとっくに終わっているのだ。
そして、オフラインエリアってのは、公式に無人地帯だと認定されているエリアでもあるので、当然のように各種行政サービスやインフラサービスの適用外となり、電気や水道と言ったライフラインどころか、ネットワークからも切り離されており、そこで何があろうが、当局は関知しないし、命の保証すらされない……完全に自己責任の世界となっている。
具体的には、電波の届かない海の上とか山の中やら、ジャングル化した自然保護区の奥地とかそんな感じのとこがオフラインエリアとされている。
今の日本には、そんな政府管理空白地帯が至るところに出来ているし、日々拡大しつつあるのが実情で、これは日本だけの話ではなく、世界各地にそんな地域はあちこちにある。
もっとも、物好きの動画配信者がオフライン限界生活チャレンジとかやって、オフラインキャンプ生活の様子を撮影して、定期的に配信してたり、山奥にこもって集落作って自給自足生活を送る自然回帰主義者達や、先祖代々の土地が捨てられないとか言って、廃墟化した集落に残ってるような人達もいるそうだけど……。
そう言う人達も定期的にオンラインエリアに戻ってきて、デジタルマネーを使って、コンビニやらスーパーで、生活必需品や食料を買い込んだりしてるそうなので、なんと言うか……それって、なんて自己満足? って感じがしないでもない。
別にアタシは好き好んでそんなところには行きたくないし、そもそも今のアタシは、立場上オフラインエリアへの外出許可自体が降りないだろうし、強行しようとしても、先回りされたり、追跡されたりで、どっかで拘束されそうな気がする。
自分で言うのも何だが、その位には重要人物扱いされているのだ。
これは……まぁ、アタシ自身が成し遂げた人類初の偉業故にってとこなんだけどね。
もっとも、この割りと念の入った医療処置は、別にアタシが特別扱いされてるからとか、別にそんな訳でもない。
今どきの医療技術は、この程度には進んでいるし、今どきは遺伝子改造や人工四肢どころか人工臓器も当たり前になってきているので、人間病気や事故でもなかなか死ななくなってきている。
えっと、随分前に書いて、行き場のなくなってた原稿がありましたので、
こっちに無理くり繋げることにしました。
いえーい! 連載再開。




