第七話「2069年10月31日」②
『報告……現在地はアマテラス条約機構日本管区中日本エリア諏訪シティ……旧赤砂崎公園跡地です。現在時刻はまもなく17:00となります。バイタルチェックの結果報告。体温、及び脈拍、血圧、酸素飽和度全て正常値の範囲内。24時間以内の不整脈の発生や呼吸停止など、致死的な兆候は確認されず。引き続き、ディープメディカルチェックを実行しますか? その場合は、より正確なバイタルデータ取得の為に、その場にて安静にしていただくことを推奨します』
内耳インプラントデバイスから、マシンボイスが響く。
これもまた、現代っ子の標準装備……要は骨伝導ワイアレスマイクとヘッドホンを耳の中に直接埋め込んで、完全ハンズフリーを実現するもの。
携帯端末での音声通話はもちろん、音楽とか音声放送なんかもいつでもどこでも聞ける。
電力も体温で発電するセルフ給電仕様だから、インプラントデバイスが機械的に壊れない限り半永久的に使える。
埋め込み手術も、注射器で耳骨に貼り付けるだけで、そのうち耳骨に定着するので、ほとんど血も出ないし痛みも無い。
最新テクノロジーをフル活用したサイバネティックスイヤホンマイクって、なかなかのハイテクの無駄遣いって思うんだけど。
この手のインプラントデバイスも、今やそんなに珍しいものではない。
ズームレンズ内蔵のマシンアイなんてのも開発中らしいし、防弾装甲皮膚なんてのも近い将来実用化されるだろうと言われている。
いわゆる人体改造ではあるんだけど。
なにかと便利な機能が身体の一機能同然に使えるってのは、ちょっと便利過ぎだと思うな。
「ああ、せっかくだからついでに頼むよ。言われなくとも、さっきから寛ぎまくり、安静にしてるってばさぁ……」
ディープメディカルチェックの実行許可コマンドを口頭指示。
傍目には独り言を言ってるように見えるのだけど、こんなのだって最近は当たり前だ。
昔のボイスコマンドは、なまってたら駄目とかちょっと文法がおかしかったら認識しないとか、大きな声でないと認識しないとか、それって使い物になるのか? と聞きたくなるような代物だったらしいんだけど。
このインプラント式のボイスコマンドシステムは、感度も高くささやく程度の小さな声でもボイスコマンド認識してくれるし、文法だの発音とかも別に意識しなくても普通に認識してくれる。
コマンドショートカットで、舌打ちなんかでもコマンドとして登録できるんで、舌打ち三回で周辺マップ表示とかも出来るんで、どっちかと言うとそのお手軽さと融通さ加減がウケてる。
AI技術の進歩で、こんなインプラントデバイスにすら、低級ながらもAIが搭載されるようになった事で、ここまでのものが実用化されている。
いかんせん、ボイスコマンドシステムの難点って、町中とかで使ってると独り言言ってるようにしか見えないって事と、長々と言葉でコマンド入力するより、端末操作した方が早くない? って事だったんだけど。
利用者に最適化し何かと気が利くAI支援のおかげで、端末操作の手間がほとんどなくなって、その手の欠点もほとんど目だたなくなっている。
なお、これら内耳インプラント式のボイスコマンドシステムは、いずれ頭の中で考えただけでそれをコマンドとして認識する思考制御コマンドシステムに進化するだろうと言われている。
なにせ、私自身その思考制御コマンドシステムの実物の被検体として、その試作実験に参加してて、本当に念じるだけでマシンアームとか、ロボットカートが動き回るのを体験している。
もちろん、今は実験室レベルの段階なので、被験者はピッチピチの電極だらけのボディスーツを着た上で、ゴツいケーブルまみれのヘルメットやブーツ、手袋などを着けてとか、そんな調子じゃあるんだけど……原理自体は、人間の頭から直接思考を抜き出し言語コマンド化とするとかそんなオカルトじみた方法ではなく……要するにパターン蓄積学習。
例えば右手を動かすときには右手の筋肉や神経活動の活性化のみならず、右手と連動してる脳の特定領域の神経活動も活性化するものなんだけど。
そんな細かい身体反応パターンの蓄積による行動予測や、被験体の心理傾向や選択傾向などを分析して、その思考を先読みすることでコマンド化する……そんな手法を使っているらしい。
確かに、まだまだ実験段階なこともあって、自分が考えたイメージと違う動きをしたり、思ったように動かせないことも多々ある。
被験者も固定で、制御AIも何度となく学習や洗練化を重ねてるんだけど、現状はそんな有様なので、まだまだ実用化には程遠い。
もっとも、いずれ実用化に繋がるであろう、数多くの人々の行動パターンや各種反応データについては、至って順調に集まりつつあるようなので、これも時間の問題で解決できると言われている。
当然ながら、そんな行動パターンデータを何処から収集するのかと思うところだけど、そこは結構簡単に出来るようになってる。
日本国民全員が所持する事を義務化されている国民IDチップと、至るところに設置された監視カメラ群、そして、数多くのインプラントデバイスからのフィードバック情報。
これらにより、チップ所持者の行動は24時間事細かに記録され、定期的にAIによって行動履歴を確認の上で精査されると言うのが、今や常識となっている。
それだけでなく、犯罪抑止から新技術開発までありとあらゆる分野で、この国民IDチップ情報や行動記録情報は活用されるようになっている。
公共交通機関の利用傾向や移動履歴、いつ起きていつ寝て、何時にどんな食事をしたと言った生活パターンなど、そりゃもうありとあらゆる情報が管理される事で、健康アドバイスや病気の兆候を捉えることでの救命にも繋がっている。
もちろん、プライバシーの問題などもあったんだけど、その辺りは人間は一切ノータッチとした上で、それら個人情報に関しては、AIが厳格に管理しているので問題にはなっていない。
なにせ、AIと言う連中は予め禁則事項を設定しておけば、何があっても絶対に厳守する。
割と融通が利かないと言う難点はあるものの、人間のように買収されたり、つい魔が差してやら、個人的な興味だの……そんな事は連中の成り立ち上ありえないといって良かった。
実際、行動履歴の傾向からインフラの効率運用化などが行われているし、特定情報を目にした際の人々の反応なども蓄積情報化することで、有効活用されている。
また、国民IDチップ自体も体内埋め込み式……要するに、インプラント化することも可能で、その場合、紛失や不所持の心配は一切なくなるし、政府も当初の頃はインプラント化を義務付けていた。
もっとも、その昔……国民管理ナンバーを付けようとした程度でも抵抗があったそうなんだけど……。
それよりもっと踏み込んだインプラント情報収集デバイスを体内に埋め込むことについては、中高年世代を中心にかなりの抵抗があったようで、AIによる人類支配がいよいよ始まったとか大騒ぎする人達が大勢出てきて、その過激な反対運動の前に、必然的に社会不安が急速に広がった。
そして、反対者達の言葉に、誰もが少なからず不安を覚えた様子を見て、統治者側も国民IDチップの運用要件を引き下げることとし、カード型で常時携帯を義務付けるIDカード式や携帯端末のシステムチップに組み込む事を提案してきた。
もっとも、自分の個人情報やクレジット情報と言った重要情報が、落としたり壊れたりしかねない携帯端末やIDカードに集中させてしまうのは冗長性の点からも明らかに問題があり、何よりも万が一このIDカードや携帯端末を紛失してしまうと、極めて厄介なことになる。
なにせ、AI達からすると個人IDチップ未所持者と言う時点で、もう誰だか解らなくなってしまうのだ。
通常、AI達は人間の個人的特徴などではなく、個人IDカードの登録情報を以って、個人確認を行っている。
これは、向こうに言わせると、人間はそれぞれ微妙な個体差があるが、自分達には皆ほとんど一緒に見える……との事で、その微妙な個体差から、個人識別を行うとなると、別に不可能ではないようなのだが、ぶっちゃけ面倒くさいらしい。
もちろん、顔や外観、声や指紋のような個人特定情報による識別は可能なのだが、何より人間側の抵抗でその手の個人識別情報が厳格に管理されるようになったことで、AI達にとってもID以外での個人識別情報による個人識別については、そこそこの手間と時間がかかるようになってしまったのだ。
そう言うのもあって、AI達も個人IDのインプラント化を推していたのだけど、それも義務化ではなくなったことで、色々面倒が生じることになった。
他にも、体の表面にバーコードの入れ墨をするとか、腕時計型にするとか、色々提案はあったようなんだけど。
バーコードは外観上の問題もあり、怪我や日焼けなどで読み取れなくなることもあり、腕時計型デバイスにしても、故障や紛失の可能性が付きまとう。
皮下埋め込み式のインプラントデバイス方式なら、物もせいぜい米粒大で別に目立たないし、体温発電式なら電池交換などの必要もなく、理論上持ち主が死ぬまで半永久的に動作する。
まぁ、そう言うお手軽さもあって、国民IDチップについては、インプラント式が今や圧倒的多数派になりつつある。
当然ながらプライバシーの侵害とか、そう言う問題もあるんだけど。
指定した期間、行動履歴収集や監視機能をオフにするプライバシーモードもちゃんとあって、自宅にいる間はプライバシーモードに設定しておけば、記録は残されないし、外出の時だけ自動的にプライバシーモードをオフにするとかそう言う使い方も出来るようにはなっている。
もっとも、家の中の家電製品やホームセキュリティのAI連中もプライバシーモードオンだと、個人識別がいいかげんになってしまうので、オフにしたまま外出したりすると、家の中から締め出されてしまったり、家電製品がまともに使えなくなるとか弊害も多いので、割り切って常時オンラインにしてる人も少なくない。
なお、国民IDの拒否や外出時のIDチップの不所持については、原則認められていない。
なにせ、不携帯だとその時点で誰だか解らない不審人物と認識されるからで、うっかり忘れて外出したりすると、割とソッコーで治安維持局の無人パトカーやら警備ロボに保護拘束される。
そして、当然ながら国民IDチップなしでの当人確認は当たり前のように揉める。
そのうえで、当人確認が済んでIDチップが再発行登録されるまでは、基本的人権すら失った誰だか良く解らない不法滞在者扱いされ、確認が取れるまで収監され事実上、軟禁状態とされてしまうのだ。
その話が広がると、必然的に絶対に無くしようがないインプラント方式を選択する人が急増し、反対派についても、政府側の別にどっちでも良いし、IDカードを持たない選択もありと言えばありだが、その場合についての基本的人権は政府側は一切保証しないし、何かと面倒くさいことになるよとの説明に返す言葉を失い、そのうち反対運動も活動家達も静かに消えていった。




