第六話「初陣」⑥
「い、いいのか? それで……。私としては納得などしていないのだが……。剣術の試合だったら、フライングで反則負けであろう」
対称的にアスカ様は如何にも不服と言った様子だった。
「……いや、殺し合いだったら、問答無用で君の勝ちだ。もし、君が手を止めなかったら、彼は素っ首叩き落されて、即死。その時点で勝負も何もあるまい。ああ、モドロフ君……そう言えば、この決闘のルールを決めていなかったな……本当は決闘をする際は、そこはきっちりきめておくべきだったんだがな。もっとも、この有様ではなぁ……」
まぁ、首や致命傷になる部位は狙わないとか、そんなルールを課した所で、恐らく無駄だったろうがな。
「そ、そうです! 兄上ッ! 向こうが勝ちを認めていない以上、まだ決着は付いていません! 立ってください! もう一度……兄上ならやれます! 皇帝となって、我が一族の悲願を達成するのではなかったのですかッ! それがなんですか……このザマは! 散々大口をたたいておいて、こんなみっともない結果なんて……あり得ないッ! 僕だけではなく、誰もが兄上を臆病者と罵るでしょうよっ!」
……まったく、見苦しいな。
アレを見て、まだそんな事を言えるのか。
自分が前に出ないくせに、敢えて勇気を振り絞って強者と相対し敗れた勇者を罵倒する……か。
正直、買いかぶっていたかな?
「む、無理だ……。こんなヤツ、100回仕切り直したって、絶対に勝てないッ! ……所詮、俺なんかじゃ……無理だったんだ! 確かに俺も色んなヤツらから期待されて、すっかりその気になってたが……。無理なもんは無理だ! もういいっ! 何もかも投げ出してやるよ……もう、それで……いい……」
……ご尤も。
あんなもの、私がザウエルと同じ立場だったとしても、同じ結果だっただろう……。
なにやら、本人は勝負の結果に納得いかず、戸惑っているようだが、そんな当人が満足するまで続けるなんて、相手にしてみればたまったものではない。
敢えて止めたのはむしろ、武士の情けって奴だな。
「……背負ったものの重みの違い……だったかな。そう言えば、その返答もまだだったな……。それについては、私とて重々承知している。確かに今の私は何も持っていない持たざる者以外の何者でもない。だが、それ故にあらゆる人々の重みを肩代わりする所存だ。何も持たない誰よりも身軽なものだからこそ、それが出来る……そう言うものではないかな? まぁ、これで答えになっているかは解らんが……これが私なりの貴殿の問いへの答えだ」
そう言って、静かに剣を鞘に納めるとニコリと笑う。
一言で言って……。
素晴らしい答えッ!
いや、完璧と言ってもいい!
何も持たないが故に、すべての人々の思いを背負って立つ覚悟がある……まさに、格の違いを見せつける名言って奴じゃないかッ!
そして、何よりも……その覚悟こそが銀河帝国の皇帝に求められる覚悟そのものなのだッ!
思わず、拍手をするとアドミィが続き、空気にでも飲まれたのか他の候補者達も拍手で応える。
……ああ、今の場面……回顧録には一字一句違わず記載させてもらう事にしよう。
ザウエルも震える手で首筋を押さえながら、大きくため息を吐くと、立ち上がって跪きながら、アスカ様と目線を合わせながら、正面からその目を見つめる。
その目には、最初の頃のような濁りもなく、憑き物が取れたような澄みきった目で見返していた。
ほほぅ、これはこれは……。
「やれやれ、本当に格が違う……な。ああ、知ってたさ……お前をひと目見た時、コイツが一番ヤバいってな。だからこそ、真っ先に消えて欲しかったんだが……。よりによってあのロズウェル卿を味方につけて舞い戻ってくるなんてな……。さすが、持ってるやつは違うってことか。それに……実力勝負でもまるで話にもならなかった……か。一応、言っておくとさっき俺は構える前どころか、先手を打ったつもりだったんだ。結果は無様なものだ……お前の動きも何も見えないまま、寸止めされて手加減までされた……。おかげで、死なずに済んだ……それだけの話だろ? だったら、もう勝敗なんて明らかだ……」
「す、すまない! 自分でも何が起こったのか解らなくて……。もっと正々堂々と行くべきだった……これでは、貴殿も納得など出来まいっ!」
「何、言ってるんだかな……。コレ以上無いってほど、納得したぜ……俺の負けだ。再試合なんて冗談じゃない。おい、モドロフ、後は任せた……俺はもう降りるぜ。こんな完璧に負けたんじゃ、もうライバルにすらなれねぇよッ!」
「あ、兄上! そんな身勝手な! 貴方はイザナギ家の皇帝輩出計画の中心人物なのですよ! そんな簡単に降りるなど、叔父上だって……」
「うるせぇッ! 確かに俺も……お前らに煽てられて、その気になってたが、どのみち俺じゃ皇帝になんてなれる器じゃなかった。お前もコソコソと、人の影に隠れて姑息に暗躍するんじゃなくて、真正面からアイツに当たって見るんだな。それとアスカ……お前には恨まれて当然だと思うが、俺に免じて将来皇帝になった時にイザナギ家をお取り潰しとか、そんなマネはしてくれるなよ」
「あ、ああ……誓おう……イザナギ家を軽んじることはけしてないと」
それだけ告げられると、ザウエルも満足気に笑みを浮かべると、操作パネルを呼び出すと、キーコードの入力を始める。
恐らく、休眠ログアウトの設定。
まぁ……これは、選定の儀からリタイアする場合の意思表明のようなものだ。
基本的に、自分の意志でしか出来ない操作なのだが。
これをやってしまうと、VR世界からも追い出されて、選定の儀が終わるまで、VRカプセル内で休眠状態のまま眠り続けることになる。
皇帝になれない……さりとて配下に下るのも良しとしない……そう言う者たちへ与えられる選択肢でもある。
だが、相手に負けを認めさせた上での勝利……か。
これは、ただ力付くで打ち負かすのは訳が違う。
後者の場合、それなりの恨みを買ったり、復讐戦を挑まれたりもするのだが。
格の差を知って、自ら敗北を認める……その上でとなると、恨んだり復讐戦などと思うはずもない。
一応、入れ知恵くらいするつもりだったが、何も言わずとも自力で最善の勝利を勝ち取った……か。
ザウエルの気持ちも解るような気がする。
私ですら、格が違うと思い知ったくらいなのだからな。
「誓い……か。つまり、お前は自分の名誉をかけて確実にそうしてくれるってことだな。なら、取引としては上出来だろう。次にお前と会う時は、皇帝が決まった後って事だな……おい! 選定者! 俺は降りるぞ……リタイアだ! っても、もう休眠ログアウトの承認コードを送っちまったんだがな」
「ま、待ってくれ! 私はそこまでしろとは言っていないぞ!」
「ははっ! どのみちもうおせぇよ……。そこのロズウェル卿が言ってたように、本来なら今ので俺は、首を刎ね飛ばされて死んでたんだ。だからこそ、仕切り屋気取りだった死人は盤上から潔く退場する……それだけの話だ。モドロフ……後は任せたぜ。じゃあなっ!」
そう言って、清々しい面持ちのまま、ザウエルの姿が消えていった。
まぁ、これは見送らざるを得ない。
むしろ、潔し……そう褒めてやるべきだろう。
だが……これで主導権は取り返した。
確かにコイツが事実上のリーダー格で、色々おかしな事になっていた一因なのは確かだっただろうからな。
それにアスカ様も今の鮮烈なるデビュー戦で、この場に居なかった候補者達にも強烈な印象を与えたことだろう。
武力とは、力を誇示する上で最も解りやすい指標でもあるのだからな。
正直、私の出る幕でもなかったとすら、思っている。
まぁ……背中を押す程度の事は出来たと思うのだが。
あっという間に、その背中は遥か高みへ駆け上ってしまった。
まさに、そんな感じだった。
……だが、問題はまだまだ残っている。
ここで、手頃な神輿が消えたとなると、妙な仕込みをしていた連中の思惑も完全に崩壊したことだろうが……。
これで諦めるほど、可愛げあるような奴らには見えない。
事実、そこのモドロフですら、まだ心が折れきる所までは行っていない。
心底悔しそうな様子でアスカ様を睨みつけているのだが……睨みつけられた本人は毒気のかけらもない様子で、モドロフに向かってペコッと一礼すると、嬉しそうな笑顔を見せる……。
そして、その様子を見て、モドロフも毒気を抜かれたようになっているのを見て、思わず苦笑する。
……多分、アスカ様も同年代の男の子と目が合ったから、挨拶をしたとか、そんな感覚なのだろうな。
つまり、モドロフ……脅威とも見なされていない。
なんとも不憫なやつではあるのだが、能力自体は高いようなので、これで終わるということもないだろう。
それに、私は見たぞ。
微笑まれた瞬間に、真っ赤になってキョドっていたのを。
ふふっ、腹黒かつ悪辣な小僧だと思っていたが、同じ年頃の女子に微笑まれて、動揺するとか可愛げがあるじゃないか。
まったく、黒幕を自称するほどに、色々悪辣な真似をやってくれていたようだったが。
いまいち詰めの甘さは否めなかったし、なんだかんだでモドロフも人がいいところがあるのだろう。
だが、それは皇帝候補としては、むしろ当然の話なのだ。
非道なもの、悪辣なもの、欲深いものは皇帝になぞ、なり得ないのだから……。
さて、滑り出しは順調。
それではこちらも気を取り直して、選定の儀を始めるとしよう。
「では、これより正式に第十八代目第三帝国皇帝の選定の儀を始める事を……この私、選定者ロズウェル・クシュリナーダの名において宣言するッ! 今ここに集いし、候補者達よ! 今日より互いに切磋琢磨し、より高みを目指し……銀河最高の皇帝を決めるのだ! いいか? 皇帝を決めるのは他でもない君達自身なのだ! さぁ、我こそと思うのは手を上げろ……そして、皇帝の器でないと思うのであれば、道を譲り先を行くものを支え、その人生を捧げる覚悟を決めるのだ! この選定の儀は権力争いの場などでは決して無いっ! 帝国の未来がかかっているのだ! 未来を切り開き、人々の希望となる覚悟があるのならば……我こそはと思うものは立ち上がれっ!」
高らかに宣言する。
かくして、万難を排し選定の儀が始まった。
そして、それは……アスカ様の伝説の第一歩となった……。




