第六話「初陣」⑤
「そ、それだけは……出来ないッ! そんな事になったら、俺が皇帝になる筋道が……一族の夢が……潰えてしまうっ!」
そう叫ぶと共に、ザウエルの気迫が蘇る。
……もっとも、その動機は頂けない。
帝国の権力の頂点……皇帝という立場がその程度のものだと思っているのだとすれば、その時点で資格も何も無い。
「ああ、ここは……イザナギの次期当主としての意地の張りどころッ! アスカとか言ったなッ! 良いだろう……もはや貴様を名無しとは呼ばないッ! だがッ! 何も持たぬ貴様とイザナギ家の跡取りであり、家の歴史と名誉と誇りを一身に背負ったこの俺では背負ったものの重みが違うのだ! 何も持たない貴様風情が……一体、何を成すと言うのだ! 答えろォオオオッ! クスノキ・アスカァアアアアッ!」
そう言いながら、負けじとばかりに上段の構えから一歩踏み出す……。
まぁ、気迫とその覚悟は見事なんだが……さすがにそれは甘いだろ。
対称的にアスカ様は、すっと目を閉じると敢えて一度刀を鞘に戻す。
……そして、次の瞬間、姿とその気配が一瞬完全に消える。
ザウエルが頭上に振りかぶって今にも振り下ろされようとしている大剣。
それは、相手を一撃で葬らんとする殺意と気迫の籠もった一撃!
だが、その距離はまだ軽く5m以上はあった。
構えるのが早すぎる上に隙だらけ……だから、甘いと言ったのだ。
アスカ様もそれだけの距離があったのに、振り下ろされつつある大剣などまるで意に介さないように、滑るような動きで一瞬で間合いを詰めて懐に飛び込むと、神速の抜刀でザウエルの首元への突きを放った。
だが、その一撃でザウエルの首が飛ぶという凄惨な光景が繰り広げられることもなかった。
彼女は、その神速の一撃をザウエルの喉元で寸止めすると言う信じがたい真似をやってのけていた。
ザウエルも大剣を頭上に掲げたまま、もはやピクリとも動けていない。
そこから、ほんの一歩踏み込む……或いはアスカ様がその気になるだけで、ザウエルは一瞬で即死する。
当然の話だった……如何に全身を覆った甲冑を着込もうが、首元と顎の下だけは装甲化できない。
この辺りは、最新鋭の軍用重装甲服などであっても事情はまったく同じだ。
なにせ、防具と言うものは、首周りまでガチガチに装甲で固めてしまうと自分の足元の確認すら覚束なくなってしまうのだからな。
戦闘用の防具で、そんなものが使い物になるはずがない。
戦場で敵を見失う……それは死と同義なのだ。
そして、首周りの自由を得て、首を自在に動かせることにより視界を確保し、死角をカバーするとなると、まともな装甲化などどうやっても出来ないのだ。
何よりも、生身の人間にとって頸部の傷害は簡単に致命傷になる……それもまた戦場の論理である。
そして、首を落とされたら、問答無用で死ぬ。
例え、四ツ足の獣だろうが、鳥だろうが……ありとあらゆる高等生物にとって、首は共通の弱点なのだ。
要するに首を狙うのは、もっとも手っ取り早く敵を殺す最適解でもあるのだ……。
古代日本の戦闘民族サムライは、相手の首を叩き落して殺すことに特化されていたとも言われているのだが。
まさに、それこそが戦闘技術の粋であり、殺し合いの本質なのだとまざまざと思い知らされる。
そして、何よりもその神速の踏み込みッ!
「……まさか、今のは無拍子かッ!」
刀を抜き構えて、一足のもとに踏み込んで寸分違わず、首めがけて渾身の突きを放つ……。
……それらをすべてを同時に行い一切の無駄を廃した一撃必殺の刹那の剣ッ!
何よりも一切の迷いも無く、首を取りに行くというその発想……どう見ても、スポーツ剣術とかその辺りとは次元が違う。
いかんせん、あの手のスポーツ武道はリアルであっても、対戦相手の安全性だの怪我をさせない、しない為のルールだのでがんじがらめで、リアル格闘技の試合などを見ても、私に言わせれば、どいつもこいつも腰が引けていて、どう見てもゴッコ遊び……お遊戯の域を出ていないのだ。
これは本気で相手を殺すつもりで行くと、手加減もへったくれもなくなるからと言うことで、そして、スポーツで死人を出さないために、割と必然的にそうなるモノのようなのだが、そこが本物の武人と、武道ごっこをしてその気になっている連中との決定的な違いなのだ。
実のところ、これは平時の軍人の訓練にしても、似たような問題を抱えていて、兵達に格闘訓練をやらせると、攻防のテンポがやたらスローリーだったり、互いに間合いを広く取る……つまり、腰が引けているのだ。
まぁ、訓練だからと言って、戦友に要らぬ怪我をさせたり、痛い思いさせたりするのは気が引けると言うのも解る話であり、訓練である以上は互いに手加減するのもむしろ当然の話なのだが……。
普段の訓練で、相手に怪我をさせないようにとか、そんな調子でやっていては、イザ本番の実戦になった時もいつものクセで腰が引けてしまって、相手を殺せず、自分が死ぬ事になるのだ。
その時が来たら、迷わず敵を殺しに行く……それこそが軍人と言う者達の本懐であり、そして、殺し合いを制する事こそが戦士の本質なのだ……。
もっとも、こればっかりは、如何に厳しい訓練を重ねようとなかなか出来ることではないし、簡単に理解できるようなことでもない。
だからこそ、私も白兵戦訓練では、敢えて兵達をVR空間にブチ込んで「今から、全員で本気で殺し合え」と命令し、血みどろの殺し合いを演じさせる等という、狂ってると言われたような訓練を兵達に施していたものだ……。
だが、それも軍人として一人前として認められるためには必要な事なのだ。
こればっかりは、ボタン一つで人を殺せる機動兵器乗りや、宇宙戦艦の砲手あたりと比べると、地上戦闘要員がワケが違うと言われる所以なのだ。
もっとも、アスカ様については、そんな心配は要らないようだった。
おそらく、彼女はその時が来たら、当たり前のように人を切れるし、本気の殺し合いで相手が武器を持っていようが、遥かに大きい相手だろうが、躊躇いゼロで平然と刃に向かって飛び込んでいき……敵の首を叩き落とす等という真似をやってのけるに違いない。
予想していたとは言え、案の定……刀を持ったら化けたな。
見事なまでの後の先カウンター。
あれでは、ガードも回避も何も出来ずに、本来なら首を貫かれて即死だっただろう……。
もっとも、それをやった当人はむしろ戸惑っているように見えた。
「す、すまない……気が付いたら、すでに身体が動いていたのだ。なにせ、いきなり重力が90度傾いたかのように身体が前に向かって落ちて行ってな。びっくりするほどの距離をとんでもない勢いですっ飛んでいって、いつのまにか刀までも抜いていた……。もしかして、始めの号令なり、卿に投げかけられた言葉に返答なりするべきだったのだろうか? い、一応……既の所で手を止めることが出来たのだが。まさか、眼の前まで迫っても、剣を振り下ろそうともせずに棒立ちのままだとは思わなかった……。すまない、初めての本格的な剣術の試合でつい逸ってしまったようだ。面目ない……」
そんなアスカ様の邪気のない言葉と、戦いはまだまだこれからと言いたげにフンスと鼻息を荒らげている様子を見て、ザウエルも涙目になると、頭上に構えたままだった大剣を後ろに向かって投げ捨てて、そのまま両手を上に上げて、大きく首を横にふる。
誰がどう見ても、命乞い。
今の一瞬で、誰がどう見ても決着は付いていた。
そもそも、棒立ちも何も、ザウエルはしっかり剣を構えて、先に動いていたんだがねぇ。
単に、完全に後の先でいかれて、何も対応できなかった……それだけの話だ。
それにしても、前に向かって落ちた……ねぇ。
もう認めるしかあるまい。
アスカ様はユーリィ卿に匹敵するッ!
ああ、年甲斐無くワクワクして、鳥肌立っているほどだ。
「……は、はぁあああああーっ! な、なんなんですかっ! 今のは……この私の高速記録機能でも完全にコマ落ちしてましたよ! そもそも、あの刀も一度鞘に戻してましたよね? 一体いつ刀を抜いてたんです? 動画解析でもコマ落ちだらけで、何も解りません……。今の……人間の動きじゃなかったですよ! 何と言うか、VRの処理速度すらも超越した……そう言うことですか?」
「そうだな……処理速度云々は知らんが。アレこそが、かの有名なユーリィ卿の白兵戦奥義……「無拍子」だ。まさか、自力であの領域に至っていたとはな……」
私も直接生身で体験したことはなかったのだが。
記録映像でなら見たことがある……なお、その時のお相手は、あまり言いたくないが我がオリジナルだった。
当時のオリジナルは、化け物揃いのスターシスターズと生身で白兵戦を演じられるほどの技量を持つと言われた達人中の達人でもあったのだが……。
ユーリィ卿は、そのオリジナルとの一騎打ちの最中に「無拍子」を放ち、一刀のもとに斬り伏せたと伝えられ、以後も誰一人として再現出来ないと言われた帝国で半ば伝説として語られる奥義だった。
今しがたアスカ様が見せたのは、それに匹敵する……もはや瞬間移動したとしか思えないほどの完璧な「無拍子」だった。
アレを見切るのは私ですら難しいだろう……と言うか、無理。
あんなのに反応できるなんて、それこそユーリィ卿くらいのものだろう。
何よりもだ。
そのユーリィ卿が、一瞬で自ら負けを認めたオリジナルに「今の手品は何かコツでもあるのか」と問われて、ユーリィ卿もこう答えていたのだ。
『前に向かって落っこちる感じでどーんって行く!』
その言葉を聞いたオリジナルは、なんのこっちゃとしか思わなかったようで、この記録映像を見たものは私も含めて、何を言ってるかわからないと言う感想を抱いたものだが。
……あの言葉の意味がようやっと解った。
例え銃火器を持っていたとして、あの動きに照準を合わせるなんて、不可能だ。
そもそも、武器を構えた自分より遥かに大きな相手に敢えて真正面から飛び込んでいくという時点で、凡そまともじゃない。
そして、間合いに入られた時点でもう終り……。
どんな強力な装甲を身にまとっていても、首を狙われたのでは、簡単に殺される。
まさに、見敵必殺……!
VR世界といえど、現実で出来ないような動きは出来ない……少なくとも、このレベル5のVR世界ではそう言う制約が課せられている。
要は、この程度の動き……この娘は現実でも造作もなくやってのけると言うことだ。
さすが……軍神と呼ばれたユーリィ卿のクローン体。
オリジナルの技を誰にも教わらずに再現するに至るとはさすがとしか言いようがない!
そして、首を一刀のもとに叩き落とすのではなく……敢えて寸止め。
この時点で、コレ以上無いと言うほどには、実力差を見せつけていた。
もはや、周囲は水を打ったように静まり返っていた。
「……勝負ありっ! 仕切り直しなどやるまでもない……そうだな? ザウエル」
軽く一回臨死体験したからなのだろう。
ザウエルももはや焦点のあっていない目で座り込み、すでに戦意のかけらもなかった。




