11話。芯
次の日。職場で仕事終わりの雑談中。
光の天使ルミエールのSNSページに新たな更新はないが、予定通りなら今日の夜から生放送を配信する予定だ。
この荒れている中、どうするんだろうと言った話題。
「やっぱりルミエールちゃんも腹黒い所あったんだな」
「身内がやっただなんて嘘までついて、失望しました。ファンやめるっす」
どいつもこいつも好き勝手なことを言っている。
固めた拳のやり場がなくて、ただひたすら掌に食い込む爪の感触に耐えている。
と。
「なんてな」
吉田先輩が噴き出した。
「あるあるっすね」
三河くんも笑って、二人は爆笑している。
俺は呆気に取られて顔を上げる。
「なに真顔になってんだよ渡辺。え、ガチで心配してんの?」
「この手の炎上は、ここまで込みでテンプレじゃないっすか」
吉田先輩は、みんなノリ良いよな、なんて言いながらスマフォを操作して他の掲示板を見に行っている。
「……先輩達は、炎上芸だとか、思ってないんですか?」
「さあ。普通のアイドルとかはわかんねぇけど、ルミエールちゃんに限ってこれはないだろ。アホな妹か弟とかがやらかしたんじゃね?」
「身内ならバーチャルアイドルを辞めさせたい人の犯行なんて路線も有るっすね、文脈的にそんな気配あるっすよ」
三河くんが微妙に鋭い。
だが、それも結局憶測でしかない。
そんな主張をしたって妄信的な信者だと煽られるだけだろう。
真相を知らない人が何故そこまで言い切れるんだ?
「えっと……そう思う根拠は?」
「? 根拠が必要か? これまであんなに楽しそうな生放送を半年近く続けて来て、いきなり実はこんなこと思ってましたーって、逆に信じられねぇよ。生放送だぞ、生放送」
吉田先輩はおかしそうに笑う。
「炎上芸ならもう少し効果的な方法取るだろうし、こんなこと思ってたなら絶対生放送中にボロが出るつーの。つーか自分の二次創作を一番喜んでたのはルミエールちゃんだろ」
「根拠もなにも、ちょっと考えれば疑う余地がないって所っすよね」
言葉が出ない。
正直うるっと来た。
これまでの照沢さんの活動がちゃんとファンには伝わっていて、光の天使ルミエールを助けている。
「掲示板とか見てねーの?」
「え、ええ、あんまり。胃に悪そうなので……」
「基本、みんなわかった上で炎上を玩具にしてる感じっすね。本気にしてるのは、にわかの一見さんか、炎上好きな連中くらいっすよ?」
わかってくれる人はいる。
「ああ、ガチ勢としてはその玩具扱いも見たくないのか。すまんすまん。文句ない人は声も上げずに炎上収まるの待つだけだから、不安な人はひたすら不安煽られるよな」
「アイドルの内輪揉めとか、公式サイトでもたまーにあるじゃないっすか。なりきって迷惑なことつぶやいたりするの。パスワード漏れ怖いっすねぇ」
吉田先輩は頷きながら、他の掲示板も見に行っている。
「つーか、ファンは真実なんてどうでもいい感じで盛り上がってるんだよな。微妙にアイドルの炎上とは違う空気もある……これも、あくまでキャラクターのフィルターがかかってる効果なのか……?」
「まー、オレはそう言う面があったって、キャラクターさえしっかりしてくれてればべつに気にしないっすけどね。可愛いもんじゃないっすか」
「えー、俺は気になるわぁ、バーチャルな存在には極力プライベートは見せないで欲しい派だわぁ」
吉田先輩と三河くんは俺を見る。
「んー……そうですねー、俺は……」
顔を上げ、腕組みをして考えるふりをしながら言う。
「今後のルミエールちゃんの出方次第ですかね?」
「お、後方腕組み評論家か?」
「それなら大丈夫っしょ、ルミエールちゃんなら普通にしてれば、こんな騒動すぐ収まるっすよ」
吉田先輩達のお蔭で腕組みをして笑えているが、やはり胸中ではその普通が出来るかどうかが心配だった。
こんな心配をしてしまうのは、あの激昂していた照沢さんを知っているからだろう。
老婆とも、どうなっていることか。
(自分だけが知ってる秘密、か……)
あれを知らなければ、きっとこの二人のように頼もしいファンで居れただろうに。
それを羨ましいと思う反面で、この不安を誰かに聞いて欲しくなる心情と、若干、ほんの少しだけ、心の片隅では得意に思っている自分が居て、後ろめたい優越感に自己嫌悪してしまい、益々気が重くなる。
(はぁ……)
心の中でため息を吐く。
いや、もう光の天使ルミエールが無事ならなんでもいい。
心の中で静かに祈り、時を待つしかなかった。
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帰宅してパソコンを起動。
今日の生放送も予定通りの時刻に始まったが、最初からソファーに座っている場面からだった。
ご静粛に。と画面端に配信者からのテロップが上がっているのだが、滝のようにコメントは流れ、先日のSNSの件が問い詰められている。
喧々諤々と、コメント欄でも益体もない煽りと叩きの言い争いが続いている。
「……」
光の天使ルミエールは、なにも発言しない。
無音のまま、ずっと俯いている。
微かに身動ぎしながら、たまにお茶を飲んだり手にした石板を確認したりしているので、画面の向こうに人がいるのは確かだと思うが。
――また誤配信?――
――なんか喋れー――
――寝てるのかな?――
様々なコメントが流れて行く。
それでも無言。
そうこうして、コメント欄の勢いがほとんど止まって、今、何してるの? と空気の読めないコメントしか流れなくなって来た頃。
光の天使ルミエールはゆっくりと顔を上げて、第一声を発した。
「はい。皆さんが静かになるまで、13分かかりました」
光の天使ルミエールの鋭く冷ややかな声で、いっせいに湧くコメント欄。
――やべぇ! 先生がキレてる!――
――後で職員室に謝りに行くやつだこれ!――
――ルーミス先生怒らないで!――
――ちょっと男子ー――
他には盛大な笑いのリアクションでコメント欄は埋め尽くされてしまう。
俺はと言えば、キーボードを叩くよりも噴き出してしまって、それどころじゃなかった。
――この空気の中で、ぶっ込んで来たな!――
まさにそれだ。
流れるコメントに心の中で同意しておく。
「ふふっ……ごめんなさい。13分間も待っててくれた人、ありがとうございます。ちゃんと冷静に聞いて欲しくて、時間を取らせて貰いました」
口調を改めて、可愛らしく言う。
大丈夫、今来た所! なんて空気読めてないコメントは無視して、光の天使ルミエールの言葉は続く。
「怒らないでって、コメントにあったけど……わたしも怒ってますよ……わからない人に説明すると……そうですね、コメントでも書かれてますけど、わたしの身内が皆さんへの暴言を、わたしのアカウントで発信しちゃって……」
コメント欄が動き出し、残っていた炎上目当て勢のコメントもどんどん流れているが、一切拾わずに光の 天使ルミエールは語り続ける。
「身内……そう、身内なんですけど……ほんと……もう大喧嘩しちゃいました」
さばさばとした声だが、深刻な含みもある。
――泣かないで!――
――言い訳すんな!――
――家族の謝罪会見まだー?――
そんなコメントが大量に流れる。
「でも、最後はちゃんと言って聞かせたので、こんなことは二度とありません……本当に、ご心配おかけして申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる光の天使ルミエール。
パシャパシャパシャ。なんてカメラのフラッシュ擬音でコメント欄が埋まっているのが少し面白い。
「さて、このお話は、これくらいにしていいかしら?」
顔を上げて、静粛に。のテロップが消える。
様々なコメントが流れるのを待ってから、言葉を再開させた。
「いえ、言葉ではなんとでも言えるので、言い訳はしません。わたしがお伝えしたことが事実ですので。それ以上のことは言いません。それをこれからの活動で信用して貰えるようにしたいです。そうですね、最近色々と緩んでいた所あります。いい機会だと思って、気を引き締め直してやって行きたいと思いますので、これからも応援して頂ければ嬉しいです」
背筋を伸ばして、もう一度頭を下げる。
――パシャパシャパシャ!――
ああ、実際にスクショも撮ってるのか。どうでもええわと笑う。
「ん、あー……そう言う発想ね。彼氏じゃないわよ……家族とちょっとね。言い訳はしないけど、そこははっきりさせて。わたし不誠実なことは嫌いよ。バーチャルでもアイドルを名乗る以上、そこは安心して欲しいわ」
疲れた口調で笑いながら言う。
「さて、それじゃあ、気分を変えて、思いっ切り気分を変えるのに……今日はホラーゲームを用意したんだけど、苦手な人いない? あ、結構いるのね……ん、いいえ、聞いてみただけよ。やるわよ。むしろ苦手な人にこそつき合って貰うわよ。ふふっ」
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光の天使ルミエールの放送が終わり、ネットの通話アプリで吉田先輩達と話をしている。
「完璧だな」
「最初の13分っすね」
「ああ、あれで自分のことを応援してくれているファンと、騒ぎに便乗して見に来た一見さんを大幅に選別したんだろう……味方の方が多くて、いつもの流れ作られたらにわかの中傷コメントなんて寒いだけだもんな。テレビとかじゃ出来ない荒技だなぁ」
三河くんも感心しっぱなしだし、吉田先輩は深く頷いているのだろう、うんうん唸っている声が聴こえる。
「事実と、話の顛末はしっかり伝えて、騒がせたことに対してきちんと謝罪して話を終わらせる。終わりだと宣言した以上、これ以上続けても公式からの動きはなくてお寒いだけだからな。そして、はじめて見せるホラーゲームで空気を一転、盛大に怖がって、弱みを見せることで重い空気は吹っ飛び、また弄り易い空気も取り戻せるのと同時に、謎解き要素のアドバイスでコメント欄も埋まって守護らなければと意気込んでた信者達の庇護欲も消化させられるって寸法よ」
「ホラーに半泣きになってるルミエールちゃん、善きだったっすねぇ……どこまで計算なんすかね?」
「ルミエールちゃん天然入ってるからなぁ……嗅覚持ってる奴は計算しなくても正解を導き出せるって言うし、そう言うのが天才ってもんだ。天才だよ」
吉田先輩は大絶賛で熱弁している。
ネットの感想も、概ねホラーのリアクション善きで埋まっているし、再生数も過去最高で、コミュニティー人数もプラスマイナスで言えばプラスになりそうで。
丸く収まってしまえば、結果として炎上芸になってしまうのは仕方ないか。
しばらくはその辺で叩かれ、話も続くかも知れないが、この調子なら大丈夫だろう。
一先ずは安堵の息を吐き、俺は通話から抜けて教師姿のルミエールの絵でも描こうかとペンを動かしていた。
そして、それも杞憂だった。
同じ日にルーンちゃんがやらかした。
要約すれば、例のビルドゲームをやろうとして、カメラの切り替えでやらかして、ご尊顔が一瞬だけ晒されることとなってしまった。
俺は生放送を聞きながらお絵描きソフトの方に目線をやっていたので見逃したのだが、聞こえていた音声はかなり慌ただしくて、それで放送は中断、再開することはなかった。
再度通話アプリを起動して、三人で話す。
「……まじ?」
「完全に騙されてたっすねぇ」
俺達だけじゃない、現行でネット上も大混乱だ。
いわゆる、魂の人が予想されていた人と全然違った。
今まで断定されていた人とはまったく別人で、声真似をしていただけの名も知れない新人さんだった。
大手だっただけに界隈全体に衝撃が走り、光の天使ルミエールの件は完全に吹っ飛んでしまっていた。
「これは、どうなんだろうなぁ……」
「……荒れてるっすね」
様々な解釈や意見が飛び交っているが、要約すれば詐欺だと言う声と、それに対しての反論で大荒れしている。
他にはさっさと忘れろビームやキャラクターとは関係ないとの主張も強いが、それに対する反論も荒れる原因となっている。
真似されていた声優の気持ちを勝手に忖度している代弁者が一番うっとーしくて邪魔だな。
「投げ銭とかグッツで収益出してたしなぁ……」
「うーん、そのキャラクターに払ったってことで、納得しないんすかね?」
声優さんのファンか、リアルは知りたくない派かはわからないが、結構な人数がコミュニティーから抜けている。その数も中規模の光の天使ルミエールとは桁が違う。
掲示板の意見を拾って、吉田先輩が呟く。
「虎の威を借りる狐、か……それも微妙に違う気するよな、元々アバターの力借りてんだし、公式がその声優だと騙ってたわけでもないし……」
「でも最初のバズりって重要っすからね。声優さん目当てで集まった客も少なくはないっすから……うむむぅ、複雑っすねぇ」
「真似されてた声優も否定してないんだろ? そこはなぁなぁなだったんじゃね?」
「初期はちらほら別人説もあったんすよね、多数意見に完全封殺されてたっすけど」
「ほんとだ……いや、でもこれはわかんねぇよ」
そんなこんな、議論は続いている。
(……そうだなぁ)
バーチャルアイドルの人気は、どれだけ自分の作る世界観にリスナーを引き込めるか、またリスナーがその世界観に浸っていて面白いかどうかだと、俺は思う。
合わないと感じればいくらでも他のバーチャルアイドル移れる上、なるだけなら自分がバーチャルアイドルになるのだって難しくない時代だ。
それを踏まえて、自分が表現したいキャラクターの方向性、誰をターゲットになにを売りにするのか考えてアピールし、事故や失敗があっても、リスナーとの距離や空気を見極め、しかし芯はブレずに対応して行けばなんとかなるんじゃないかな。
よっぽどやらかさない限り、真摯で誠実な対応をすればそのキャラクターとその世界観自体のファンはついて来てくれるだろう。
誰にとっても都合が良い、バーチャルな存在なのだ。
雑なまとめかも知れないが、都合が良くて誰が困ると言うのか。
だからこそ業界としても売り出したい思惑もあるのかも。たぶん。知らんけど。
不謹慎だろうが、光の天使ルミエールの話題が吹っ飛んでくれて正直気が抜けた。
議論はまだ熱く盛り上がっているようだが、通話から抜けさせてもらい、そのままふにゃふにゃとパソコンの前でうつ伏せて寝落ちしてしまった。
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後日、ネットではまだルーンちゃんの話題で騒いでいる頃、家の近所の喫茶店でまた照沢さんと会っている。
「もしかして、ルーンちゃんのこと気づいてた?」
「ノーコメントです」
名目はなんだろう、危機的な状況を乗り越えた労いの会?
本当に大丈夫かどうか、直接会って確かめたかったと言うのが本音だ。
軽く雑談を続けて、先日の生放送の話もする。
「つまり、最初に時間開けたのが効果的だったんだろうって分析されてたよ」
「そこまでは考えていませんでしたが、とにかく落ち着いて聞いて欲しかったので、流れが穏やかになるまで待ってたんです」
照沢さんは珈琲を飲みながら淡々と答えてくれる。
「初手の先生ムーブは?」
「……あれは、珍しくコメント欄が静かでしたので、まあ、そんな空気かなと思ったんじゃないですか?」
真顔で言っている。天然か。
真面目で努力家だし、天性のエンターテイメント性はしっかりある。
活動を続けていれば、いつか本当になにかしら芽が出るだろう。
(こんな風に、一般人の俺と遊べるのは今のうちだけかもな)
アイドルとして活動を始めれば一気に忙しくなるだろうし、プライベートも色々と制限もかかるなんて、あり得る話だ。
「渡辺さんが……」
照沢さんは一度言い淀んで、続ける。
「おばあちゃんと大喧嘩したんですけど……前に、渡辺さんがいいって言ってくれてなかったら、おばあちゃんに言い負かされてたかも知れません」
「そんなことないだろ」
笑って返せば、むっと睨まれた。
俺は余裕を持って聞き返す。
「本当に、お婆さんに辞めろって言われたら辞めてた?」
「……応援してくれて、心強かったのはほんとです」
照れ臭そうに口を尖らせている。芯に強さと優しさもある。
きっと一角の人物になれるだろう。
将来を想像して寂しく思っていると、照沢さんのスマフォに着信があった。
「失礼します」
「うん」
照沢さんはスマフォの画面を眺めてしばらく、ぽつりと言った。
「……声優オーディション、受かりました」
「え?」
「秋アニメのレギュラー役は確定方向で……事務所に所属して欲しいと、メールにはあります」
「……」
メールを見せてくれる。結構長い。
要約すると、つまり、そう言うことらしい。
予定は合わせるが、可能な限り早くとある。
間。
「お。おお。それは凄いことなのでは?」
「そうですね」
二人で顔を合わせて、また間が空く。
照沢さんは突然のことで戸惑っているようだが、俺が言葉を繋げなかったのは、その事務所は東京にある事務所だったから。
上京するのか。と、言葉が止まった。
(そっか……)
どんな業界でも、今は芽が出さえすれば登り詰めるのは早い。
本物の実力があるなら一瞬だろう。
「そうだ、お祝いに奢るよ。ほら、なんでも頼んでいいよ」
「……」
デザートメニューを広げて向ける。
(そっかー)
照沢さんとこんな風に遊べるのも、本当にこれが最後になるのか。
寂しく思うが、彼女の努力が実るのは純粋に喜ばしい。
「ありがとうございます」
まだあまり現実感がないようで、力の抜けた表情で可愛く微笑んでくれた。
よかったよかった。




