12話。告げる
週末、職場の飲み会の席。端の方で、いつの三人でオタクトークに花を咲かせている。
「それにしても、色々と事故続くっすねー」
「まあ、黎明期ってやつだからな、このカオスも今しか楽しめないもんだろ」
「ルミエールちゃんの音声切り忘れなんて、身バレしないかひやひやしましたよね」
あれは本当に肝が冷えたが、喉元過ぎればなんとやらで、軽口として話題に出したのだが。
「ん。ああ、あれな。うん」
「……」
吉田先輩は喉を詰まらせてそっぽを向き、三河くんはメニューを手にして視線を滑らせている。
……。
「すみませーん、牛串三本追加でー」
「あ、じゃあオレも壺貝のバター炒め注文するっす」
「渡辺もなんか頼むか?」
露骨に話題逸らしている。
慎重に問う。
「……知ってるんですか?」
「まあ、検索かければわかる範囲なら……かなり初期の頃、変な荒し来てたの知らないか?」
最初期は俺も知らない。以前もちらっとそんな話あったな。首を横に振る。
「知ってもべつに面白い情報でもないけど。胡散臭いし。まあ、興味あるなら匿名系とか怪しいまとめサイトの過去ログでも掘り起こせばわかるよ。あれで適当な名前で呼ぶ流れ出来たんだし」
木を隠すなら森の中と言うことか。
ファン達が光の天使ルミエールを守ろうと、そんな流れを作り出した。
「わたしはひかりのてんし、りゅみみゅーるよ! とか言ってたな」
「ヴぉえ。ま、確定情報でもなければ本人が公言してない以上はただの憶測っすからね。そんな噂で騒ぐのは野暮ってもんっすよ」
美沢ひかるの情報までは、結構知っている人は多いのかも知れない。
昔の芸名を呼ばれ、動揺して噛んだのか。
だが、少なくともSNSやちゃんと管理されている掲示板で見かけることはない。
本当に皆光の天使ルミエールを大切にしたいんだな。
もしくは、今更そんな情報で得意になるのはにわか臭が凄いからかも知れないが。
「あれ? 三河くんって、そう言うのは割り切って見る派なんじゃ?」
「自分が気にしないからって、噂話で適当なこと言うのは、無粋な上に無神経ってもんっすよ?」
「いやぁ三河くん、それ当たり前のように言っているけど、そう言うのを配慮が出来るって言うんだぞ?」
「いやいや、当たり前っすよ」
吉田先輩が三河くんを褒めている。
俺も何度も頷き、酒を注いであげたりして盛り上がった。
そうこうして、宴もたけなわ。
「だからさー、結局つまり、バーチャルアイドルはそれ単品で完結してるんだよ。それが今までのアイドルや、声優アイドル、普通のアニメキャラとは違う所なんだろー?」
話は某超有名バーチャルアイドルに続いて、吉田先輩が推している子が地上波のテレビ出演することになり、その子の界隈がざわついてる件で吉田先輩が熱弁を始めていた。
「まあまあ、新規さんのそんな噂は止めようもないっすよー」
「ったく、どーでもいい噂が好きなやついるよなぁ、素直に芸能人でも追っかけてろよ」
流石吉田先輩は大きく溜め息を吐く。
「大半のファンはバーチャルアイドルにミッキーマウスを求めてるんだよ。つーか、元々キャラクター商売ってのはそうあるべきなんだよなぁ」
酒も入って熱弁だ。
「オレ的には、ネットでバズった物を後からテレビで紹介する文化の意味がわかんないっすけど……あれは本当に誰得なんすかね? うちのじーちゃんでもタブレットパソコン使ってユーチューブ見てるっすよ?」
もちろん公式でスタッフがいたり、突発企画だったり個人で好き勝手やっていたりと、スタイルは色々あるが、自分はバーチャルな存在であると主張する、その一線がバーチャルアイドルをバーチャルアイドルとしたらしめている。
バーチャルな存在はバーチャルだ。
俺はうんうんと頷く。
俺は酒が入るとだいたいこうなる。
「これは俺が好きになった声優さんが言ってただがな……キャラクターってのは一人で出来てる物じゃない、携わった人達皆と、ファンあっての物だから、そのキャラクターをちゃんと見てあげて欲しい……ってよ!」
中の人、と呼ばれることを嫌う声優さんもいるとは聞いたことがある。
俺も最初は着ぐるみやヒーローショーで使う言葉だと思っていたので、それを言うなら声の人では……と微妙に引っ掛かりを覚えている勢なのだが。
オタク用語は色々と難しい。うん。
「それが、キャラクタービジネスとしての正しい形が……今、最大限に叶ってるのがバーチャルアイドルなんじゃないか?」
キャラクターがそこに生きて、喋って、こちらの言葉に反応してくれる。
オタクの夢の実現。
もちろん、これは夢だ。
現実はそんなことはない、一皮捲ればつまらない現実が待っている。
サンタクロースが実在しないなんて、誰でも知っている。
それを寂しく思う皆が、そんな現実を見ないふりをして、空気を作っている。
奇跡のような時代だと言っても過言では無いように思えるのは酒の所為だろうか。
キャラクターを大切にしたい、世界観を大事にしたいと願うファンが集まっているからこそ成立している文化。
ふと気づく。
(これ、AIに変わってしまうと、逆に面白みが減るんじゃないか?)
本当は人がやっているのをわかっているからこそ、弁えて口に出さず楽しんでいる空気は、子供同士で秘密の暗号を共有するような、どこか悪戯めいたわくわく感がある。
確かにAIが発展すれば、それはそれで面白い文化になるのだろうが、こんな風に楽しめるとは思えない。
……それも、完璧なAIが完成すればどうなるかわからないのだが。
(そっか……)
この粋で楽しい娯楽が成立しているのは、今この時代だけかも知れないのか。
だから、出来る限りこの時間を大切にしたいと願う気持ちは、皆一緒なのか。
酒の回った勢いと言うことで、俺は呟く。
「吉田先輩……オタクって、いいもんですね」
「いや、もちろん悪い面もいっぱいあるけどな。聞いても無いのに空気読まず自分の好きなもん延々と語ってうざいし、嗜めたらこっちが空気悪いみたいなこと言い出すし。嫌いな相手には平気で陰湿なことする連中もいるし、愉快犯でファンのふりして嫌がらせするような連中もいる」
突発的に嫌なことでも思い出したのかも知れない。憤慨しながら早口だ。
「好きな物は好きでいいし、嫌いな物は嫌いでいいから、どっちも他人や社会に迷惑かけるなって、ほんとそれだけっすよね」
後輩の三河くんが、壺貝の身を外すのに集中しながら、さらっと真理を言っていた。
好きでも嫌いでも、我の押しつけ合いで争うよりも、お互いに気を使って適度な距離を取る。
そう言った、いい意味でも悪い意味でも内向きな所がある日本文化だからこそ、オタク文化全般含めて、バーチャルアイドルと言った仮想空間や架空の存在がここまで求められて発達して来た面もあるのだろう。
「ま、これだけは言えるよな、このご時世、嬉々として特定やら荒らしをネットで語ってる奴、特にSNSとか登録要るサイトでやってる奴は、逆に特定される覚悟があるんでもなけりゃ辞めとけってな」
「晒しなんて、普通に企業秘密拡散させてるんすからねぇ」
言い切り、吉田先輩はキメ顔で牛串にかぶりついて、ビールを煽る。
親衛隊とはまた表現が古い。俺は笑いながらネタを拾っておく。
「ルルーシュですか」
「フィリップ・マーロウだよ」
吉田先輩はジョッキを置いて、苦笑気味に噴き出す。
「誰です?」
「レイモンドなんとかが書いた小説。こっちがそれの元ネタ。まあ、べつにこの言葉だって、普通に目には目を的な考え方からの引用だろうしな」
「そうなんですか」
ただのネタ被りかも知れないけどな、と注釈して続ける。
「そう言うもんだ。娯楽や文化なんてどんどん移り変わって行くんだからな、今を楽しくなるように全力出せばいいんじゃね?」
そう言うことだろう。
今、奇跡のようなバランスで成り立っている、今を楽しもう。
「そっすねー、難しいこと考えるのは現実だけで十分っすよ。遊びは平和で皆で楽しめるのが一番っすね……あ、現実と言えば渡辺さん、やっぱテントの置き場、コンロの所からもう大幅にレイアウト弄っていいっすか? オレ、テンスタのやつ推して行きたいんで、そっち全面に出せるようにしたいんすよ」
またさらりと真理を言うなこの後輩は。
普通の人は自分の日常のエッセンスとして娯楽を楽しんでいる。
難しいことを考えるのは、そう言う余裕がある人か、その業界の人だけでいい。
ずっと懸念だった嵩張るテントの配置と、推して行く商品の話題だって、店に来るお客さんは大して気にしないだろう。
「そうだね、三河くんの言う通りにやってみようか」
「お、マジっすか。じゃあ動かす順番とか計画立てときますっすわ」
そう、娯楽はそんなに難しく考える必要はないのだ。
娯楽なのだから、楽しめる物を楽しめばいい。
いくらでも飽和している時代だ。
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後日、また近所の喫茶店に照沢さんを呼び出した。
「好きだ。つき合って欲しい」
さらりと言った。
気配と言うか、これも空気と察しか。
きっと俺の気持ちを薄々察してくれていたのだろう、照沢さんはあまり驚かなかった。
「私、アイドル志望で声優のオーディション受かったことは言いましたよね?」
「うん。ここで聞いた。それ辞めて俺とつき合わない?」
「……」
「俺は今、とりあえず安定した生活送れてるし、貯金も少しはある。保険も入ってるし、税金もちゃんと払ってる」
自慢する程の事でもないが。
「あとはオタクな話がわかる、可愛い嫁さんが欲しいなってぼんやりと思ってた所でこの出会いだ」
色々とややこしいこともあったが、詰まる所は。
「キミと一緒にいたい。つき合ってください」
娯楽はあまり難しく考えない方がいい。
そう割り切って考えたとき、この考えが自然と浮かんだ。
「ま、待ってください。よ、よめ?」
珍しくどもった。
「俺は遊びでつき合わない主義だしな。あ、でも重く捉えないでくれよ、その意思があるし、そうなればいいなってくらいの話だから」
「ま、まままっ、ま、待ってください!」
珍しく凄くどもっている。
「うん。待つよ」
穏やかに言う。
「あの、考えがまとまりません……」
「待つよ」
俺は笑って繰り返す。
「……?」
「アイドルの夢、追いかけるんなら、俺は友達として待つよ」
「……」
娯楽は難しく考えないが、仕事は、人生は、真剣に考えないと駄目だ。
真面目に考えて、この考えが浮かんだ。
「アイドルも少しはわかるから、そう言うのはちゃんと弁えるし、まあ……俺より良い男見つけたなら教えてくれりゃいい。そしたらきっぱりと諦めるけど、東京行く前に伝えておきたかった」
娯楽は難しく考えないが、娯楽を提供する側のお仕事は大変な仕事だ。
特殊な才能が必要な上に、真面目に努力しないと生き残れない。楽な仕事ではない。
現実のアイドルだって、お題目通りにただ楽しいことばかりではあるまい。
リアルのアイドルファンの多くは、その人の人間性その物を応援してお金を出しているのだ。誰か一人を特別扱いするのは良くないと言う理屈もわかる。
真っ直ぐその期待に応えるには天性の才が必要だろうし、努力でトップアイドルに追いついて行っている人達のプレッシャーは計り知れない。大変な仕事だ。
もちろんそれは照沢さんの方が俺よりもわかっていることだろう。
「なんで、そんな……そんなの、わたしに都合が良過ぎませんか?」
「都合が良くて、なんか困る?」
「心苦しい……です。どう考えても……」
「好きな人は応援したいし、応援して好きになって貰いたいって打算だから安心してくれ」
「……好きなのは、ルミさんのことなんじゃないんですか?」
なんだろう、この質問すげぇ面白いな。
リアルでこんな話するのか。
「説明が必要?」
「勿論です」
「そうか、それじゃあ……」
出会うきっかけをくれたのは確かに光の天使ルミエールだ。
だが、会話を交わせば交わすほど、声の良く似てる別人としか思えない。
光の天使ルミエールと照沢さんは別人だ。
「ルミさんはそりゃ好きだし、最初は照沢さんとルミさんの間で違和感あったけど、今はもう気にならない。光の天使ルミエールの放送見始めたら照沢さんのことは完全に忘れて楽しんでる」
「……」
照沢さんの表情はなんとも言えない、複雑な感情を表している。
「やっぱり口調が違うのが大きいのかな、それとも3Dモデルの動きがあるからか、配信始まって三分もすれば完全に忘れて引き込まれてる」
「……最初は気になります?」
「まあ、俺の場合は自分から見に行ったんだから、自業自得だけどな」
「……」
「俺は光の天使ルミエールのファンだけど、光の天使ルミエールはバーチャルアイドルだ。現実には存在しない」
そう、そう言う設定だ。
周りの無責任な噂も、勝手な憶測も、知ったことか。
公式が認めない限り、全ては個人の妄想、憶測、推測、仮定の話でしかない。
そんな物、言ってしまえば二次創作だ。
俺は原作派だからな。公式設定に従うまでだ。
公式設定以外で盛り上がるのも好きにすればいいけど、公式が二次創作を拾い上げたり、ユーザーの意見を取り入れ過ぎると、ろくなことにならないことは過去の騒動でいくらでも立証済みだろう?
「少女漫画も読むけど……正直恋愛とかいまいちピンと来なくてあれなんだが……照沢さんのことを好きだなって思うのは確かだし、誰かと一生一緒にいるなら、照沢さんがいいなと、思うし」
「……」
流石に照れて来た。
照沢さんは複雑そうな表情のまま、真っ赤だ。
たぶん俺の顔を見て、照沢さんも顔を赤くしているのだろう。それを見て俺もまた顔が熱くなる。
珈琲ではなく、水を一口飲んでクールダウン。
「光の天使ルミエールは、光の天使ルミエールを応援してくれる人に笑いかけて、照沢さんを応援してくれてる人には、照沢さんが笑ってくれればいいんじゃないかなってことで……」
咳払いを一つ。
「アイドル目指すのを応援してるから、俺のことは気にしなくていいんだけど、俺がこう思ってることは知っておいて欲しい」
「……」
黙り込む照沢さん。
「……なんでそんな難しい顔してるんだよ?」
「告白されたんですよ、こんな顔にもなりますよ」
あ、照れてるのか。
赤いし、難しい顔なので怒ったのかと思って心臓に悪かったのだが。
「気にしなくていいって、今すぐどうこう答え出して欲しいわけでもないし」
「不誠実な気がします」
「声優になったらガチ恋勢なんていくらでも増えるだろ。一々誠実な対応取るのか?」
「……それは出来ませんけど、その分きちんとアイドルをして、お返し出来ればと思っていますよ」
「真面目だな」
そう言う所も好きなんだけど。
「渡辺さんは、アイドルの私を好きになった訳じゃないじゃないんですよね。でしたら対応が変わって当然だと思います」
「でも、照沢さんはアイドル志望なんだろ?」
照沢さんはしっかり頷く。
俺も頷く。
「つまり照沢さんは今、道を選べるんだって考えればいい」
告白しているのはこっちなのだから、当然向こうが選べる立場だ。
「俺はキミの努力が報われて欲しいと思う。でも、願が叶わなず、望む形で報われなかったとしても、俺の所に来ればいい。俺が幸せにしてみせる」
堂々と言い切って、男を見せる所だろう。
「夢を追いかけて、駄目なら俺の所来ればいい。保険があるって感じだよ」
好きな人が頑張っているんだ、背中を支えさせて欲しい。
「……いいんでしょうか」
「まあ、アイドルに本気で恋してる人って、だいたいこんなもんじゃない?」
邪魔にも負担にもなりたくはないし、応援しているし力にもなりたい。
だから、出来ればでいいので俺を選んでくださいと、そう言う打算的な構えだ。
その辺も丁寧に説明して行く。
「本当に、打算でも計算でもなんでもいいから、照沢さんがどうしたいのか、それを最優先で考えてくれるのが俺の望みだよ」
照沢さんは全てを聞き終えて、珈琲カップへと視線を落として考える。
静かに顔を上げた。
「……20歳まで、答え待ってもらっていいですか? それまでに、鳴かず飛ばすのままでしたら……いえ、やっぱりこれは、打算的過ぎませんか?」
「告白したんだ、そう言う本音を聞かせてくれる方が嬉しいよ」
俺はほっと息を吐いて。
「脈なしってわけじゃないんだな。よかった」
笑う。
照沢さんは恥ずかしそうに俯いてしまった。
しかし……今、照沢さんが16歳か17歳か?
それで俺が23歳だから。
「……そっちが20歳のとき俺、四捨五入で三十路か」
「それは大丈夫です。私の初恋は撮影スタッフのおじさんでしたから。お父さんともあんまり交流が無かったので、父性に飢えてます。おじさん属性有ります」
「さよか。それじゃ安心だ」
照沢さんは真顔だったので笑いはしなかったが、むしろ真顔なのが面白かったわけだが。
「渡辺さんはいいんですか?」
「うん?」
「若い方がいいのでは?」
なにを言い出すのかと思うが、真顔だ。
真面目に答える。
「永遠に若いのはバーチャルアイドルとかあるし、それで十分だろ。好きな人とは、現実で一緒に歩いて行ける方がいいよ」
「……もう少し、考えさせてください」
「うん」
余裕を持って、微笑んで頷いておく。




