表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

13話。サンタクロース




 三日待って、返事はお友達でいましょうだった。

 照沢さんは上京を選んだ。

 もちろん、それでいいと言う話なので、俺は快く笑顔で頷き、出発の日は見送りにも行って、その日はめっちゃ深酒して寝た。


 照沢さんが上京しても、普通にメッセージのやり取りはしているし、光の天使ルミエールの生放送も不定期で回数が減ったとは言え続いている。

 これと言った波風もなく時は流れ。

 季節は夏の終わり頃。


 珍しく電話がかかって来たので通話をしている。

 アニメの収録も概ね終わり、一段落ついたとのことだ。


「それで、こっちの同人イベントに来るって?」

「はい」

「なんでまた?」

「光の天使ルミエールの本を作ってくださっているサークルさんが居るようなので」

「通販じゃ駄目なの?」

「通販はしていないようです。それに成年向けですので、買って頂きたいんです」


 ……。


「ほう。まあ。いいや。それじゃ……まあ、待ってるよ」

「はい」


 エロ本買いに戻って来る女友達ってどうなんだろうな。

 後ろ頭をかきながら通話を終了させた。

 そして約束の日。

 スマフォにメッセージが届いた。


 ――会場の中で会いましょう。先に入っていますね――


 あん?

 あの後調べたのだが、会場限定の突発本らしくて始発で向かったわけだが。

 地方とは言えそこそこの都会なのでイベント会場の前には結構な行列がある。

 一緒に並んで待てば、積もる話もあるだろうにと少し楽しみにしていたのだが、肩透かしを食らった気分で、大人しく列に並んだ。

 会場に入り、所定の場所へ行けば光の天使ルミエールがいた。


「……」


 素晴らしい衣装の出来を微笑と共に眺めながら通り過ぎようとして、脚を止めて、その人を凝視する。

 はにかんで笑っている。


「なんとか言ってくださいよ」

「流石、元ジュニアアイドルで現在アイドル声優の卵……本気出すと凄いんだな」


 平凡な顔立ちが化粧でここまで変わるのかと。

 カラーコンタクトまで入れているので、本当に最初は誰だかわからなかった。

 よくその羽作ったな。


「化粧映えすると昔からよく言われていました。私もまだまだいけるようですね」


 ご満悦の様子だ。


「まて、いや、え、バレない?」

「知らない人にはクオリティ高いコスプレだと思われるだけですよ」


 軽く噴き出して、壁際に寄りかかり羽を気にしながら背を預ける。

 どことなく陰りがあるような、投げやりな言い方だった。


「? なんか疲れてる?」

「……」


 そのまま、コスプレスペースを眺めながら、ぽつりと漏らす。


「事務所の先輩に嫌われてしまいました……」

「……ほう」


 名前までは聞くまい。

 相槌だけ返せば、安心したように続けてくれた。


「空気が合わない、とか、ブイチューバ―で稼いでればいいのに、とか……こう嫌味をねちねちねちと……嫌味だけならいいんですけど……」

「なにか、実害あるようなことを?」

「流石にそこまでは……わかりませんが」


 その口ぶりではおおよそ察してはいるが、証拠がないと言った所か。


「今の現場終わったら次の仕事は入ってないので、事務所に名義だけ残してオファー待ちになるそうです。他のオーディション受けるのも契約で事務所を通さないといけないようで……良くない流れです」


 噂にある飼い殺しの状態と言うやつか。

 まさか自分がそうなるなんて、知識として考慮にはあっただろうが、本気で思ってはいなかっただろう。


「ジュニアアイドル時代の経験も、バーチャルアイドルでの評価も、現場じゃなんの武器にもならないって思い知りました……その道を真っ直ぐ歩んで来た人達と並べられると、どうしても才能の差を感じます」


 ずるずると座り込んでしまった。

 俺も隣に座る。


「驕りがあったんでしょうか」


 その気配は無きにしも有らずだったかも知れない。

 そもそも人づき合いが苦手な所もあるんだろうなとは思っていたが。

 舞台の裏側は良くも悪くも協調性が大切だ。


 しっかり人づき合いが出来る上で、自分の才覚を真っ直ぐブレずに発揮するのは、また特殊な才能が必要なのかも知れない。

 もしくは自分の実力で全てをねじ伏せられるような、本物の才能か。


「どんな業界でも、上には上がいくらでもいるからな……」


 本物の成功を収めるのは、大量の志望者の中から本当に一握りの人間だけだ。

 いつか吉田先輩が言っていた、努力や才能はあって当たり前の世界だ。

 照沢さんは、小声で、囁くように言う。


「渡辺さんのお誘いは……まだ有効でしょうか」


 照沢さんは、才能がある。努力もしている。

 上京して半年、仕事が一段落ついて次の仕事待ちで兼業状態の人なんていくらでもいるし、そこで挫折する人も多い、第一関門でもあるだろう。

 どんな業種でもそうだろう。ここが踏ん張り所だ。そこは、声優業界にわかの俺でもわかる。


「……模範解答なら、今の現場を全力でがんばってから決めればいいとかなんだろうけど…俺、がんばれなんて言ってやらないぞ? 疲れて弱り果ててる所に容赦なくつけ込むぞ?」

「……幸せにしてくれます?」

「それでいいのか?」

「……」


 最終確認として、真剣に問いかける。

 照沢さんは無言。


「それでいいなら……俺が全力で幸せにするよ」

「じゃあ、それでいいです……よ」


 俯いたままなのは、赤くなった顔を見せたくないからか、耳まで赤い。

 お互い無言で、楽しそうな人並みを眺めている。

 ふっ、と息を吐いて照沢さんが言う。


「光の天使ルミエールも引退ですね」

「べつに、続ければいいんじゃ?」

「不誠実でしょう」

「それはそれ、これはこれだろ。照沢さんと俺は仲良くするけど、光の天使ルミエールには彼氏なんていない、でいいんでは?」


 光の天使ルミエールの公式設定はそうなっている。

 彼氏がいるなら彼氏のいないキャラクターを作るななんて、漫画家にサッカー選手でもないのにサッカー上手いキャラクターを作るなくらい理不尽な話ではないだろうか。

 ……いや、にわかな雰囲気は伝るか?


 どうなのだろう。気にする人はそう言う雰囲気を察知して離れて行くこともあるか。

 プライベートからがっつり設定順守して、パーフェクトなキャラクターを提供してくれる人は、それはそれで報われて欲しい、報われるべき、と言うかそこまでプロ意識あるなら報われるだろうと思うが。

 それも、それぞれの考え方やスタイル次第だろう。


「私が嫌です。一途な所あるんですよ、私」

「……さよか」


 照沢さんは、こう考える人なわけだ。

 喜ぶべきなのかどうか、複雑な心境だった。

 正直に言えば。


「勿体無いって気もするけどな……」


 コミュニティーも中規模まで育ち、熱心なファンもついている。

 俺もそのうちの一人であり、口に出して気づいた。悲しい。

 突然の引退宣言を聞いて心臓が凍るような、自分でも引くほど悲しみを覚えていることに驚く。

 一瞬だけ、どちらを優先すべきか考えてしまった。

 俺が身を引けば光の天使ルミエールの活動は続くのだろうか。


(……選ぶなら)


 一瞬だけ考えて、どちらかを選ぶなら、なにを捨ててでも俺は照沢さんを選ぶだろうと言う答えが、当たり前のように出てくれたことに胸を張る。

 例え引き裂かれるような悲しみを覚えようと、その痛みと喪失感を享受してでも、選ぶべきは目の前の現実だ。

 これが答えだ。清々しさと寂寥感を胸に、思う。


(俺を選んでくれた、この人を幸せにしよう)


 きっと同じ、いや、俺よりも強い痛みを胸に抱えている照沢さんのためにも。

 俺は平気な表情で立ち上がり、泣きそうな顔をしている照沢さんに手を出し差す。

 照沢さんは俺の手を握って立ち上がる。


「最後に思いっきり遊びましょう。今日はそのつもりで、はっちゃけに来たんです」


 光の天使ルミエールが降臨するときのポーズを取った。

 俺は察して、お決まりの合いの手を入れる。


「お、瑠理香ちゃんだ」


 すぅ、と息を吸って微笑み、胸に手を当てて胸を反らす。


「わたしは天使ルミエール、光の天使ルミエールよ!」


 人知れず始まった光の天使ルミエールの引退式。

 その声は混雑しているコスプレ広場でも、綺麗に響き通った。



============



 その現場を見ていた有名プロデューサーの目にかかり一気に有名声優へ、なんてことは勿論無く。

 カメコの囲いが出来たり、コスプレの合わせに誘われたりと、結構注目を浴びていたが、普通にイベントを楽しみ、その日の内に東京へ帰って行った。

 ちなみに買った同人誌は俺が持っていてくれとのことだ。どうしろと。


 ネットを見ても、声真似とコスプレで凄いなりきりの人がいたという噂が小さな界隈で話題になり、その界隈でも三日後にはもう別の話題に移って行った。

 照沢さんは事務所の宣材写真で普通に顔も晒してるのにな。これもメイクや髪型が大きく違うから比較検証までしないとわからないか。


 そして、月日は流れ。

 季節は俺と瑠理香が出会ってから、二年目の春。

 瑠理香は結局来季の仕事は入らず、東京でアルバイトを続けながらオーディションを受けたりオファーを待つかどうか選ぶことになり、こっちに戻って来ることを決めた。


 そこそこ上手い専門学生が一作品だけ学校の実績作りに出演せて貰って、以降は仕事無しで帰郷と言うパターンと同じような物だった。

 俺はここぞとばかりにマンションを引っ越し、瑠理香と同棲を始めて二人の生活リズムが落ち着いてきた、そんなある日の昼下がり。


「そう、地上でのごたごたもやっと落ち着いたの。そうね、これからも不定期になるけど、もう少し続けて行きたいと思ってるから、良ければまた応援して欲しいわ! これからは輝きの天使、シャイニールをよろしくね!」

 

 最近のバーチャルアイドル界隈はVR配信が主流となり、いい加減ヘッドマウントディスプレイ欲しいなぁと思うが、立体ディスプレイの実用化の話しなんかもあり、今が買いなのかどうか、未だにずるずると様子見している今日この頃。

 俺は瑠理香が作ってくれたトマトレタスサンドを頬張りながら、自室のパソコンの画面で光の天使ルミエール改め輝きの天使シャイニールが元気よく喋っている姿を眺めていた。


 まったく同じアバターの髪色が白になっているだけで、実質光の天使ルミエールの復活宣言に、概ね好意的なコメントが流れているが、やはり以前程の勢いは無くなっている。

 バーチャルアイドルも一つのジャンルとして定番となり、大小のいざこざや問題もありつつ一段落ついて来た時勢もあるだろうし、ファン達は休止期間中に新しいバーチャルアイドルを見つけてそちらに移ってしまった。さもありなん。

 最新技術で世の中は少しずつ変わっているが、とりあえず今はまだ完璧なAIは開発されていない。


 俺も一言、おかえりとだけコメントして久しぶりの放送を視聴者として楽しんだ。

 生放送が終わってからしばらく。部屋の戸がノックされる。


「どうぞー」


 開く扉の方へと椅子を向ける。

 照沢瑠理香。

 アイドルになる夢を諦めて、俺と正式につき合うこととなった。

 地元に帰って来て、猛禽類カフェのアルバイトに戻り、本日同棲先の自室にてバーチャルアイドルの活動も再開した。


「……メンヘラ気質ありますよね、私」

「知ってた」

「……」


 睨むくらいなら言うな。


「可愛いもんだ」

「メンヘラついでに前から聞きたいと思っていたこと、聞いていいですか?」

「うん?」

「私とルミエール、ほんとうはどっちが好きなんです?」


 不安なら再開なんてしなきゃいいのになんて思うのだが、瑠理香自身、自分で上手く説明出来ない感情に振り回されている所があると、再開前に相談されていたので、色々落ち着くまでこちらから深くは踏み込まなかったのだが。

 そう問われるなら答えるしかあるまい。


「正直に?」

「正直に」


 正直にか。


「前、コスプレしてくれたときの瑠理香が最強に可愛かった。またやってくれないかな」

「……配信を続けるなら、流石に不誠実でしょう。あれは引退するつもりでやったんですし、一度だけです。衣装も乱暴にするから駄目にしちゃったの忘れたんですか?」

「また作って貰えばいいじゃん、俺の財布から全額出すよ?」


 給料は全額共用の通帳に預けて瑠理香が管理している。

 毎月の貯金と家計を圧迫しない程度なら自由にやり繰りしてくれと丸投げし、俺は毎月二万円をこづかいとして貰っている。


 ちなみに前とは、同人イベントでの話ではない。

 誕生日プレゼントになんでもしてくれると言うので、拝み倒して頼んだ。

 譲歩案として、この衣装を棄てたいので、破くか汚すか乱暴にしてくれと提案して来たのを忘れてる筈はないと思うが、野暮なことは言うまい。


 壊れてもう着れなくなった衣装を見て、少しだけ泣きそうな表情を浮かべていたのも覚えている。

 なにもかもが新し過ぎて、光の天使ルミエールの存在をどう受け止めればいいのか、わからなくなっていたのは瑠理香も同じだったらしい。


 今もまだ、自分の中で光の天使ルミエールをどう扱うのか、結論は出ていないようだ。

 光の天使ルミエールを改め、輝きの天使シャイニールを始めたことで余計に混乱しているのかも知れない。


「光の天使ルミエールと瑠理香は俺の嫁で、輝きの天使シャイニールはバーチャルアイドルを続けるって設定でいいんじゃないのか?」


 てっきりそう言うつもりだと思っていたのだが。


「二股ですよ……それに、シャイニールまで貴方のこと好きになったらどうするんです」


 ややこし過ぎて笑うしかない。真顔で睨まれるが、笑うしかないだろ。

 難しそうな表情の瑠理香に、俺は優しく言う。


「まあ、あれこれ手探りして行けばいいよ。そのうちなるように落ち着くさ」


 これも月並みだけど、俺が支えるよ。


「そうですね」


 別に、誰が困る訳でもない。これはあくまで娯楽。遊びだ。

 光の天使ルミエールの存在で、俺と瑠理香の距離感がややこしいことになっているのはややこしい問題だが、他人に迷惑はかかっていないからいいだろう。


「まあ、キャラクターは自分の一部なのか、別の人格なのか、架空のキャラクターを演じているのか、その辺のスタンスはなるべく早めにはっきり決めてくれ。こっちも触り方って物を考えるし」


 どれが正解なんてないとは思うけど、どう言う方針で行くのか定めておいてくれないと対応に困る。


「……ご迷惑をおかけします」


 俺は肩を竦めて、なんてことないと微笑んで見せる。


「ルミエール以外のコスプレでもしましょうか?」

「なんで?」

「好きな人には私を見て貰いたいですから。一度、別キャラのコスプレでもすれば、コスプレをしている私は私であって、そのキャラではない、つまり私はルミエールではないと、そう言う風に確認出来ませんか?」

「だから、それは瑠理香がどうして欲しいか次第だって言ってるだろ?」

「……ほんとうは私よりルミエールが好きな癖に」


 睨まれる。

 だからどんな立場で、いったいなにと張り合ってるんだ。

 はっきりさせてくれれば俺はそれに従うと言っているのに。呆れ気味に笑う。

 ずるずると結論の出せない瑠理香は、不貞腐れ気味に頬を膨らませて黙ってしまう。


 たぶん、その辺は彼氏が二次元キャラに熱を上げていて面白くない乙女心と言うやつも多分にあるのだろう。

 ただ状況が特殊なので、素直にキャラ萌えするなとも言い悩んでいるだけで。

 可愛いもんだ。可愛い。可愛いです。

 俺はお言葉に甘えて、なんのコスプレをリクエストしようかと真剣に悩み、思いつく。


「コスプレ、スク水とか駄目かな?」

「……」

「ごめん、今のなし」


 片手を上げ、刺すような視線から逃げる。

 自分自身の迂闊な発言に、全身から冷や汗を噴き出しながら言い訳を高速で考える。


「いいですよ。一応、あれは私ですし」

「……えーと、その……じゃあ、感謝します」


 高速回転する思考でそのまま出した答えの結論は、余計なことを言って気が変わらないよう、このまま素直に頭を下げて拝んでおこうだった。


「お互い様ですよ」

「いやいやいや、絶対俺の方が感謝してるから、安心してくれ」


 深い意味を込めて言えば冗談にもなるだろうと、鼻息を荒げて言えば。


「……お互い様です」


 瑠理香は意味深に頬を赤らめて顔を逸らした。


「……」

「……」


 その可愛らしい仕草に、俺の顔も熱くなる。

 瑠理香は火照った顔を冷やそうと、逃げるように俺の部屋から出て行き、ベランダへ向かうようだ。

 俺も続く。


 ベランダで二人、並んで自分達の住む街並みを見下ろす。

 春風が心地よい。新居からの眺めは未だに新鮮だ。

 誰の人生にも、平凡ながらも、非凡ながらも、それなりに波風があるだろう。

 なにがあっても。

 いや……。


(なにがあるか、わからないからこそか)


 この先、なにがあっても互いに助け合えるように、人は人生の伴侶を求め、子を成し育むのだろう。

 身も蓋も無い言い方をすれば、打算と保身のためにある強固な協力関係だ。

 これからどんな風にこの世界が変わって行くのか、それはわからない。


 新しい娯楽や文化と共に、これからもきっと予想もし得ない未知の困難も生まれるのだろう。

 だが、どんなことがあっても、自分の家族を大切にすることが出来れば人は概ね幸せになれる。

 またそうでなければ不幸を量産することになる。

 それは人類が誕生してからこれまで、同じように変化と激動の中を生きて来た先人達が証明してくれている。


 べつに打算と保身でもいい。

 最初の動機や切っ掛けはなんだっていい。

 俺も最初に瑠理香を見て思ったことは、根暗そうな人だったし。


 恋愛感情的には、結局の所、趣味も合ってオタクな話も出来るし、まあ普通だし、笑うと可愛いし、料理上手いしと……そんな具合だ。普通だ。

 特別な所に惚れたわけじゃない。むしろ瑠理香の尖った部分はややこしい問題として頭を悩ませているくらいだ。


 悪いところを上げて行けば、結構我侭言うし、気に入らないことがあれば黙って拗ねるし、怒るときはぐちぐちと怒るし、普段は本当に根暗で抜けてる所あるし、服とか買に行くと三時間とか平気で悩むし、前髪短くしたの気づかなかったから機嫌悪くするって、流石にベタ過ぎると喧嘩しかけたし、本人は言わないが未だにアイドルに未練あるんだろうなと察はついているし。


(あの時、声優じゃなくてバーチャルアイドル続けたら、どうなってたか……)


 バーチャルアイドルの売り方もグループやユニット単位が主流となり、現実のアイドルと似たような道を辿っている。

 その流れで、中堅所まで育ったバーチャルアイドルは、軒並み企業から声がかかるのも一つの流れだ。

 当時、中堅所だったキャラ達は概ね事務所に所属することになり、今も人気があるユニットもあれば、鳴かず飛ばずで終わった人達もいる。

 これも現実と似たような物か。


 今からでも遅くないかも知れない。

 そんな迷いもあるのだろうし、本当にこのまま俺と結婚していいのか、迷いもあるのだろう。

 そんなこんな、全部黙って飲み込んで――前髪だって可愛くなったと素直に褒めれば、そのうち言い過ぎたと仲直りを申し出てくれるのも可愛いわけだが。結局のろけになるな。

 一緒に暮らしていれば楽しいことばかりではなく、腹立つこともあるが、そこは彼女が不安にならないように、波風立てないように、男の俺がどんと構える所かなと。


 バーチャルアイドルを趣味で続けて芽が出ればそれでいいし、出なければそれまでだ。あくまで娯楽だ。

 バーチャルアイドルとして設定ごとスカウトされるなら、プライベートの詮索はされないだろうし、流石に結婚までしているなら俺達の関係も続けて行けるだろう。

 本当に、せっかく誰にとっても都合が良いバーチャルな存在なのだから。


(……海、見えるのか)


 現実世界では、遠くに海が霞んで見えている。

 夏になったら海にでも行くか。

 でも水着姿、他の男に見せたくないな。

 じゃあ山か。山なら俺も職場で身につけたアウトドアの知識で少しは――


「夏になったら、海か山に行きませんか?」


 俺は瑠理香をじっと見る。

 視線に気づき、瑠理香は首を傾げながら俺を見上げた。


「丁度俺もそんなこと考えてた。山にしようか。川で泳げる所探していい?」

「……そこでスク水ですか?」

「いや、そうじゃないけど」


 なにがあっても、自分が幸せになるために、俺はこの人を一生愛し続けるだろう。

 そして、自分が幸せになるため、愛する人から愛して貰えるように、日々の気遣いや努力を忘れず、ありがとうとごめんなさいを忘れないようにしよう。

 なにがあっても、なにがあるかわからないからこそ、この人と全力で力を合わせて生きて行きたい。


「子供は男の子がいいですね」

「……」


 街並み眺めたたまま、面倒臭そうな溜め息交じりに呟かれた言葉は重く、子供には自分と同じ面倒事を背負わせたくないと言う含みが読み取れた。

 あとスク水リクエストに引いているのかも。それには気づかないふりをしておく。


「男の子は母方に似るって言うけどな。普通に男性アイドルとか目指せるくらい尖った才能持った子が産まれたらどうする?」

「それは、その時考えますが……女の子なら貴方似ですか? 優し過ぎて苦労しそうですね。駄目な男の子とか好きになって、甲斐甲斐しく世話焼いたりしそうです」


 瑠理香は申し訳なさそうに笑う。どう言う意味だと俺も笑う。

 その後も、俺達は自画自賛なのか自虐なのか相手への褒め言葉なのか、よくわからないやり取りをしながら、幸せな未来予想図を交わして行く。


「私、一人っ子でしたから、兄妹羨ましかったです」

「二人以上か。がんばらないとな」

「……」

「いや、そうじゃなく……え? まあ、いや、その、うん、がんばるけど……」


 なんて顔を赤くし合ったりしつつ。


「ひ孫になるんですよね、おばあちゃんにも見せてあげないといけないんですよね……」


 瑠理香は露骨に溜め息を吐いて、だるそうに言っている。

 あの人にひ孫なんて見せたらどうなるんだろうな。

 流石にもういい歳なんだし、ころっと子煩悩なおばあちゃんに落ち着いたりしないかな。

 瑠理香の両親とも、いつかちゃんと話をしないといけない。


 前途多難だな。幸せになるのも楽じゃない。

 苦笑を浮かべそうになって、ふと気づいた。

 ふと、美晴さん――老婆、瑠理香の御祖母――の言葉の真意がわかった気がした。


(そう言うことか……)


 夢に破れた人も、夢を叶えた人も、平凡な人も非凡な人も、万事全てを人生の内にやれる訳じゃない。

 どんな人生を送っていても、誰だって歳を取ればやり残したことや、やってみたかったこと、やれなかったこと、わからなかったこと、わかった気になっていたこと、今更どうしようもないこと、取り返しのつかないこと、後悔が思い浮かぶ。


 人の欲望は果てしない。

 成功した者には失敗した者の気持ちや経験はわからないし、その逆も然りだ。

 新しいことが理解出来ない人もいれば、昔のことを理解出来ない人もいる。

 人は、その一生で全てをわかる訳じゃない。悟れる人間なんていやしない。


 心の奥底では、もっともっとと意地汚く求め続ける生き物だ。

 全てを手に入れられないから、次世代に希望を託す。


 いつか必ず終る人の生に、成功も失敗もない。

 絶望が定められている人生において、希望を育むことが出来れば、それだけで救いある人生になってくれるのか。


(子供に過度な期待をかけるのは親のエゴとか言われるのかも知れんが、キミも大人になればわかってくれるだろ)


 期待じゃなくて、希望だ。

 サンタクロースがいないことを、本気で寂しく思えるくらいに大人なればわかってくれるだろう。

 まだ見ぬ我が子へ思いを馳せる。


 どんな人生でもいい、生きてさえいてくれれば、それだけで希望になる。

 新しい文化だ娯楽だなんて話は、新しい世代の子供達で楽しくやればいい。

 その上で、過去から続く、人が生きて行く上での大切な教訓を、変わらない物を、変えちゃいけない基本的なことだけは、大人としてしっかり教えてあげたい。


 その上で失敗するんなら、失敗もおまえの人生だと割り切るしかないんだろうが、時代の都合でころころと変わる理想と綺麗事だけを押しつけて、無意味に迷走させて身動き取れなくなるようにだけはさせたくない。


(例えばそうだな……)


 生き物が生きるのに一番重要なのは歯だぞ、奥歯から丁寧に磨くこと。

 成長期はごたごた言わず、とにかく食って規則正しくして寝ろ、身体作れるのは今だけなんだぞ。その身体を一生使うんだからな?

 無理して多数意見や常識に背くのが個性じゃねーぞ、むしろ多数意見に合わせることも出来ない奴が虚勢で突っ張ったって、一握りの結果出せる天才以外は鼻で嗤われるだけだったよ。

 娯楽に振り回されるな、大事な物はなにか、考えて最優しろ。

 家族も一人の人間だ、気遣い合って仲良くしろ。無理なら無理でもいいから、割り切ってさっさと適度な距離を取れ。

 等々。


 自分達の失敗を、自虐と共に思い返して苦味を覚える。

 そんなこんなを、俺がきちんと教えられるのか、今から重圧でもあり、楽しみでもある。

 きっと全ては上手く伝わらないだろう。自分を顧みてそう思う。


(……キミの人生にも、それなりに困難が待ってるだろうけど、一生懸命頑張っていればそれなりに楽しいこともあるさ)


 そう胸を張って言えるように、一生この人と一緒に笑っていたい。

 最愛の人へ微笑みかければ、瑠理香は上目で俺を見返し、途端に可愛くなる笑顔で踵を伸ばしてくれた。

 芳ばしいお茶の残り香が、春風の中にふわりと流れた。



============



 月日は流れ。


「サンタクロース、おるわ」

「……どうしたんです?」

「いや、ふと思い出して……サンタクロースがいないことを、寂しく思えるのが大人だっなんて思ってたんだけど……いやいや、サンタクロースはいたよ」


 ありふれていた言葉が、自分の中で形を持って溢れそうになる。

 タフなヒーローはこの世にいないし、バーチャルアイドルは架空の存在だが――架空の存在を実在する体でのロールプレイが楽しい――サンタクロースはいた。


 サンタクロースだけは、現実に存在していた。

 確信を持って言える。


「そうですね」


 陽光の中、母になった女性は、胸に抱いた子へ、慈愛の眼差しを向け微笑む。

 俺もつられて微笑む。


「この子に早く教えたいな。サンタクロースは、いるぞって」

「……こう言うことなんですよね」


 そっと俺にも寄り添ってくれる。言葉は要らなかった。自然と瞳に涙が滲む。

 俺は産まれたての赤子の手を――驚くほど小さな手を――握り、微笑みながら言う。


「キミも大人になればわかる。サンタクロースはいるよ」


 そう、何度も、何度でも、どれだけ否定されても、これから先、一生言い張ろう。

 サンタクロースは存在する。

 無邪気に信じてくれるのは何歳までだろうか?


 ある日、夢の裏側を知って、騙されたと失意の中、憤りを覚えるだろう。

 思春期になり、全てを斜に構えて、尖り、我に執着して他者を無意味に見下し、噛みつき、荒れることもあるだろう。

 青年期になれば、もっと楽しい娯楽にハマっていて、サンタクロースなんて所詮商業戦略のマスコットキャラでしかないことに気づき、しらけた気分のまま上辺を取り繕うことも覚えることだろう。


 そして社会に出て、更に色んな物を知り、分別がつき、物事の良し悪しの取捨選択が自分の意思で出来るようになる頃になれば、日々の忙しさに追われ、気づけばサンタクロースは思い出となりガラクタ置き場の一番下に埋もれていて、寂しさを覚えることだろう。


(それでも……)


 それでも、本物のサンタクロースはずっと存在し続けていた。

 この子も、大人になって自分が守るべき物を前にすれば、きっとわかる。


「うち、記念日は毎年ゲームとか小遣いを貰ってたんだけど……なんかこう、ちゃんとした物を贈りたいな」

「おもちゃとは別に、毎年一本スプーンを贈るのはどうです?」

「ああ、あれね。いいね、そうしようか」


 微笑み合う。

 サンタクロースはいる。


 大人になればわかる。

 君も大人になれば、子供の頃には気づいていなかった親の愛を、想いを、思い知ることになるだろう。

受け取った愛は、確かに自分の中にあった。


 サンタクロースは、ずっとここにいた。

 自分達が愛を贈る側になって、はじめて理解した。


(そして……)


 いつか大人になる君へ。

 伝えたいこと、伝えないといけないことは思っていた以上に沢山あって、きっと上手く伝わらないことも多いだろう。

 まあ、凡人の人生なんて、上手く行かないことの方が多いもんだ。

 そんなとき、サンタクロースもなにかに縋りたくなる。


 そのためにバーチャルアイドルなんて文化があるのかな、なんて思ったりするのは少々こじつけがましいかと苦笑する。

 そう、バーチャルアイドルだけじゃない、現実で辛くなったらいつでも休める楽しい場所がある。

 その場所は、本当はただ楽しいだけじゃなくて、裏では身近な誰かが努力し頑張って整えてくれている。


 だから、少し休んだらまた歩き出して、今度は頑張っている人を休ませてあげよう。

 そうして支え、支え合い、伝えて行く。多くの人の善意と願いによって成り立っている。

 そのために、サンタクロース達は今日もまた、重い荷物を背負って真っ直ぐ歩いて行くのだ。


(上手く行かないことの方が多くても……)


 いつかサンタクロースになる君へ。

 上手く行かないことだらけだって、後に続く人にはなるべくかっこいい背中を見せてあげたいじゃないか。

 この想いを、いつかわかってくれればいい。

 そして君がサンタクロースになったとき、受け取っていた愛を、想いを、また伝えてあげて行って欲しいと願う。


 君の未来へ、願いを込めて。

 陽光の中。

 三人で手を重ねて、静かに祈った。








 最近流行りのVtuberにインスピレーションを受け、旬の物をテーマに書いてみようと志したのですが、どんどん出て来てネタ被りかあったりが怖くてとにかく急いで書きあげようとすると、なかなかどうして一ヶ月弱で書き上げられました。

 かなり突発的な勢いで書き始めた物語ですが、僕が物語を書いて行く上で言いたいことが結構綺麗に詰め込めたような気がします。作品の調子が良いときの方が筆も早いとはこのことかと。


 現代物を書くとき、メタをどう扱えばいいのか、悩みます。

 あと表現も、実在の物の固有名詞って現実過ぎてあんまり使いたくないんですよね。

 ついでにローマ字とか英字表記も多用し過ぎると文章として歪になる気がするので、読み苦しくならない範囲ではなるべくカタカナで通しましたが、どうなんでしょう。どれが正解ってないとは思いますが。

 なるべく読みやすい形がいいですね。


 と言うことで、次書くのはまたファンタジーかなーと思いつつ、この辺りで筆を置いておきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ