第四話 久々の再開、夢でじいちゃんに会う!?
ボーガンと別れ、温泉から出てさっぱりした後、更衣室で浴衣に着替える。
更衣室から出ると、行列ができている店から女性の声が聞こえた。
「は~い、こちらクロイス村名産、スパサワードリンクでーす」
どうやら、ジュースが売っているようだ。
だが、残念ながら俺は温泉から出た後はコーヒー牛乳派だ。
コーヒー牛乳の民として、ここは譲れない……。
だが、今思うと、この世界にコーヒー牛乳はない。悲しいが、この温泉から出た後の何かおいしい物を飲みたい欲を満たすには、あの店に並ぶしかなさそうだ。
仕方なく店に立ち寄り、列に並んでスパサワードリンクを購入した。
「ご購入ありがとうございました~」
太めの瓶に入っている水色の飲み物。水の中でシュワシュワと泡が出ている。
恐らく、炭酸のような味わいなのだろう。さっそく、瓶の蓋をポンと開ける。
瓶を口につけ、コクッと一口飲んだ。口の中でパチパチと小さく弾ける感覚と共に、ほのかな甘い味わいが広がる。癖もほとんどなく、飲んだ瞬間に体の中に一気に吸収されるような飲み心地。水のように飲みやすかった。
「うん。炭酸は少し苦手だったけど。これは全然飲めるぞ」
腰に手を置き、ごくごくと一気に飲み干す。
「ぷはぁ~!! うんめぇ~!!」
飲み干した瞬間、温泉の熱で失われた体中の水分が一気に取り戻された感覚になり、体が軽くなるようだった。これは風呂上りにぴったりだ。店に行列が出来ている理由もわかる気がする。飲み干した瓶を店に置き、店員に礼を言って後にした。
そして宿に泊まるため、自分の部屋に向かう。
「ここか……」
鍵で扉を開けると、玄関の先に畳や障子が印象的な和室が広がっていた。
「おお……すげえ~」
一人で泊まるにはもったいないと思えるほど良い部屋だ。木でできた広いテーブルと座椅子があり、鎧を置くための鎧立てもある。部屋の奥には小さなテーブルと椅子が窓のそばに置いてあり、窓から差し込む月の光が夜の雰囲気を残しながら部屋を照らしていた。まるでそこだけが別の空間のようだ。
あの窓から夜景を眺めながら飲む酒はさぞうまいのだろう。
だが、明日はハンターズライセンスの講習がある日だ。
心惜しいが、今日は早めに寝ることにしよう。
ふすまから布団を取り出し、部屋に敷く。布団に入るとふかふかで心地よく眠れそうだった。目をつむり、暗い視界の中、意識を遠ざけて眠りにつく。
だが、眠った瞬間、何かがいつもと違うことに気づいた。夢だと認識しているのに、体の感覚がハッキリしている。
俺はただ、謎の空間に座っていることだけがわかった。
「誰か……いる?」
ぼやけた視界の中で良く見えないが、徐々に真っ白な空間の中で、目の前に誰かがいるのがわかってきた。だけど、誰なのかがわからない。ただ、どこか懐かしい匂いがした。
「……一心?」
その言葉を聞いた時、視界が急に広くなった。
目の前にいた人物がはっきりとわかる。そこにいたのは、俺のじいちゃんだった。
酒瓶から器に酒を注いで飲んでいる。
「なんでじいちゃんがここに?」
「神様がお前に会わせてくれたんじゃ」
「は……?」
困惑したが、これがただの夢であっても、じいちゃんに会えたのなら嬉しかった。
もし会えたら、謝りたいと思っていたから。
あんな形で別れて、じいちゃんは悪くないのに……。
話を切り出そうとした時、じいちゃんが先に話を切り出した。
「すまん、一心。簡単に言えば、わしとお前は死んだんじゃ」
「……え?」
「女の子を助けようとして、トラックに轢かれたことは覚えているか?」
「……ああ、あの時」
そういえば、俺はじいちゃんと口喧嘩をして家を出た後、トラックに轢かれそうになった小鳥さんを助けようとして事故に巻き込まれたんだった。
「そっか……俺、あの時死んだんだな。でも、どうして生きているんだ?」
「それはこれから話す。実はあの時な、わしもお前を追いかけて一緒に事故に巻き込まれてしまったんじゃ……トラックをはじき返すこともできたんじゃが、その後の被害の大きさを考えるとどうすることもできんかった」
「……えっ!? あの時にじいちゃんが!? そっか……ごめん、じいちゃん。俺のせいで……」
「ばかもん! 恥じるでない! 立派なもんじゃ、人を守ろうとした行動は非難されるべきではない」
「そういえば、小鳥さんは助かったのか?」
「ん? なんじゃ、一心。あの子のことを知っとるのか?」
「えっ……ああ、まあな」
「ふむっ、まあええか。その娘についてもいろいろと事情はあるが、まあ聞け。わしは死んだ後、神様と話してな。いろいろと教えてもらったんじゃ。わしとお前が死んだことが手違いだったということをな」
「手違い?」
「そうじゃ。本来、死ぬのはお前ではなく、あの娘の方だったらしい。だが、お前の身体能力があの瞬間だけ、人間の持てる限界を超えてしまったらしくての。本来の運命が変わり、手違いでわしとお前が死んでしまったんじゃ」
「そっか……」
「まあ、武術を極めるものとして人の限界を超えられることは嬉しくもある。だが、まさか運命まで変えてしまうとは思わんかったのお……」
「そうだな……まあそれだけ、じいちゃんは教えるのがうまかったってことだよ」
「それで大事な孫が死んじゃあ報われんよ。まあ、だから神様にお願いしたんじゃ。わしは良いから、一心をなんとかしてやれんかなと。そしたら、別の世界に転移させることはできるとおっしゃった。だからわしは、お前の力が存分に活かせるような、楽しく、飯がうまい世界に転移させてくれと言ったんじゃ。お前には子供の頃から、うまいもんを食わせられんかったからのお」
「そういうことか、じいちゃん。でも……ありがとう」
「まあ、とはいえ楽な世界ってわけじゃないからの。次死んだら本当に死ぬ。覚えておくんじゃぞ。あと、お前もわしに似て頭が悪いからな。ついでに、言葉が通じる世界にしておいてくれと頼んでおいた」
ああ……だから知らない文字でも読めたのか。
「ありがとうじいちゃん。マジで助かるよ」
「それと、お前が助けたあの娘は、お前と一緒に同じ世界に転移しているらしい。詳しい場所はわからんが、見つけたら保護してやってくれ。あの世界は並の人間には厳しいはずじゃ」
「何……本当かそれ!? 大変じゃないか!」
「神様のことじゃから慈悲はしてくれているとは思うが、わしも心配じゃ。かといって、闇雲に探しても見つかるものではない。頼むぞ、一心」
「ああ、わかった。必ず見つける。命に代えても」
「うむ。その粋じゃ。あとは……神様には、こうして最後に、お前と話す機会をくれと頼んでおいたんじゃ。突然で、何も言えなかったからのお」
「なるほどな、だからこうして話しをしに来てくれたのか。ありがとう」
「わしも、役目を果たせそうで良かったわ。そうじゃ……一心。最後の晩酌、付き合ってくれるか?」
じいちゃんは俺に器を渡す。
「ああ、もちろんだ」
俺は器を受け取り、じいちゃんは酒を注いだ。互いの器を小さくかかげる。
「「乾杯」」
スッと飲み干す。甘くておいしかった。
「うまいのお」
「ああ……うまいなあ」
「なあ……一心。お前さん、わしといて……楽しかったか?」
「ん? なんだよ急に」
「お前は幼い頃、親が死んだというのに、別れを惜しむ時間もなく、わしに引き取られ、一緒に過ごした。わしは武術しか能がないダメな人間じゃ。もし両親が生きていたら、お前は、今とは別の道で幸せに過ごしておったかもしれん。ずっと……後悔していたんじゃ。わしのように武術に明け暮れている人間がお前を育てていいのかと。せめて、施設に預けて、わしとは別の道で幸せに過ごした方が……もしかしたら……」
「何いってんだよ、じいちゃん。じいちゃんが俺を引き取ったんじゃない。俺がじいちゃんを選んだんだぜ」
「……?」
じいちゃんが見たことないような不思議そうな顔をしている。きっと、今までずっと抱えて生きてきていたんだろう。
でも、それは違うんだ。ちゃんと言わないと、後悔しないように。
「俺さ、ずっと父さんから聞かされていたんだよ。じいちゃんの話。父さん、言ってたんだぜ、じいちゃんはすごい人だって。ずっと、先代から受け継がれた流派を守るために、必死に努力して格闘技で世界王者になったって。あんなに夢を追いかけられる人はいない、私の自慢の父だっていつも言っていたんだ。だからあの日、俺はじいちゃんの手を取ったんだよ。だって、父さんがすごいと憧れた人なんだぜ。じいちゃんに育ててもらうことに、後悔なんてしてないよ」
「……一心」
「だからむしろ、俺の方こそ謝りたかったんだ。あの日、家を飛び出しちまってごめんって。まさか、じいちゃんも巻き込んじまって事故に会うなんて思ってもなかったから。本当にごめん」
「いいんじゃ、一心。わしは武術のことしか考えられない、愚か者じゃ。お前のことを立派に育てられているか、いつも不安じゃった。わしは……わしは……」
「そんなことねえよ。俺はちゃんと覚えてるよ、じいちゃんがしてくれたこと。引き取られた時、飯の作り方を知らなくて、俺のために料理教室に通ってくれたり、どれだけ喧嘩しても授業参観だけは毎回見に来てくれたり、運動会とか受験とかも必死に応援してくれて、俺が馬鹿でも優しく見守ってくれた。じいちゃんが俺を育てようと本気で頑張ってくれたこと、俺は覚えてるぜ」
「……一心。わしなんかで良かったのか? お前の親で本当に……」
「当たり前だろ、じいちゃん。楽しい人生だった」
「そうか……それは本当に、よかった」
涙を流しながら笑うじいちゃんを見たのは初めてだった。本当に、良い人だ。
ずっと俺のことを考えてくれたんだな。
「なあ、じいちゃん。もっかい、乾杯しようぜ」
「……うむ」
「「乾杯」」
二人で酒を酌み交わす。この少ない時間を大切にしながら俺達は、話のタネが尽きるまでひたすらに語りつくした。
俺が生まれた時のこと、じいちゃんがどんな人生を歩んできたのか、ばあちゃんの出会いとか、父さんが生まれた時の話とか、俺が生まれて、父さんと一緒に笑った宴が人生で一番楽しい時間だったとか。本当に、たくさん語りつくした。
「そろそろ……最後の一杯じゃな」
「……そっか」
互いに、最後の一杯を器に注ぐ。
「一心。最後に、わしからお前に伝えることがある。心して聞け」
「……ああ」
じいちゃんは酒の入った器をかかげた。
「人生は桜なり、咲き誇るは一瞬だが、その一瞬はどんな花よりも美しい。一心と生きた人生は、この酒のように、真に美味であった。後悔なく生きよ、一心!! 名酒、桜酒。ここに散る! 乾杯!」
「乾杯!」
共に酒を酌み交わし、一気に飲み干した。
「うむ、うまい!!!!」
その瞬間、じいちゃんは笑顔と共に、まるで桜が散るように消えてしまった。
目が覚めると、俺は涙を流していた。いつぶりだろうか、泣いたのは。
だが……この涙は悪くなかった。
「ありがとな……じいちゃん」
とりあえず、当面の目標が決まった。小鳥さんを見つけて、保護をする。
今度こそ、ちゃんと助けなければ、そして、できることならもう一度……。
いや、今は探すことだけに専念しよう。
窓から差し込む光が、朝を告げる。
この世界に来てから、最初の一日が始まろうとしていた。




