第二十話 実食、レイジング・キング・サーモン!!
全員で剥ぎ取り用のナイフを持ち、レイジング・キング・サーモンの前に立つ。
「じゃあ、まずはイッシンからね」
「え、俺からでいいの?」
「ええ。だって、イッシン。すごくおいしそうに食べるんだもの。フリルとボーガンもそう思うでしょ?」
「ああ、賛成だ。確かにお前、妙にうまそうに食うんだよな」
「そうですね、いつも反応を楽しみにしております」
「そっか。じゃあ、みんながそういうのなら遠慮なく……」
俺はナイフで体の一部の鱗を剥ぎ取り、その部位の肉を皮ごと塊で切り取った。
プルプルとした弾力にずしりとした身の重みが伝わってくる。
深紅に染まった切り身が光を宿すようにみずみずしい輝きを放っていた。
「うぉ~~!!」
見るだけでおいしいとわかる。その輝きを前に、誰もがよだれを垂らしていた。
ナビィが俺の肩を叩き、俺の耳元で呟く。
「イッシン、そのままガブッといっちゃえば?」
「えっ?そんな贅沢……いいのか?」
「いいに決まってるじゃない!食べてみてよ!」
「じゃ、じゃあ……」
お言葉に甘えて、深紅の切り身をがぶりと一口で食べる。
重厚な肉なのに皮ごと食べてもものすごく柔らかい。噛んだ瞬間にジュワッと口の中に溶けていき、まろやかな脂が舌の上で広がる。
口の中で肉がほどけて溶けていき、くどさを感じさせないふんわりとした甘みと旨味に体がビクッと震えた。うますぎて体が震える。こんな感覚は初めてだ。
「うんめええええええええぇぇぇ……」
悦に浸り、勝手に顔がとろけていく。肉が喉に通るまでの感覚が余すことなく感じられる。それほどまでに体がこの肉を欲していた。
「はぁっ~うめええ……」
他の三人も肉を皮ごと切り取り、ガブッと食べる。全員が目を輝かせていた。
「うまあああああああああ!!」
「やべええええ!!うんめええええええええ!!」
「おいしい……おいしいです……」
ナビィとボーガンは叫び散らかし、フリルはなぜか泣いていた。
泣きながらも食べることはやめず、おいしそうにモキュモキュと肉をほおばっている。俺も続けて食べていると、ナビィが提案してきた。
「イッシン、焼いて食べましょう!絶対、おいしいわ!」
「おっ、いいな!焼こうぜ!!」
「私が焚火を用意するから、みんなは木の串で切り身を刺して持ってきて!」
「わかった!」
「おう!」
「わふぁりました!」
みんなで木の串をハンターズキットから取り出す。
俺達はみんなで焚火台を囲み、木の串を刺した自分達の皮つきの切り身を置く。
ナビィが自分の道具袋から白雪塩が入った瓶を取り出した。
みんなの切り身に白雪塩がキラキラと輝きながら降りかかっていく。
宝石のようにキラキラと輝く切り身が、香ばしい匂いを出しながら焼かれていった。焼き目がついてくると、切り身からジュッーっと焼ける音が聞こえてくる。
皮がこんがりと焼きあがり、焼き目のついた香ばしい部分から肉汁が溢れ、熱でパチパチッっと水分が蒸気になっていく音が食欲をそそる。
「じゃあ、みんな、いい?」
ナビィの合図で木の串が刺さった焼いた切り身を持つ。
「せーのっ!!」
皮ごと一思いにガブッとかじった。
パリッとした食感の後に口の中でジュワッと肉の旨味が広がっていく。ふわっとほぐれる柔らかな身が噛むたびに旨味となって口の中を溶けだした。
脂のまろやかな甘味と塩の加減が絶妙に互いの旨味を引き立て合い、口の中が幸福感で満たされていく。
「うめえええぇぇぇ」
「おいしいわあ……こんがりとした皮のパリッとした感じがたまんない……」
「うますぎだろこれ……焼いただけでもこんなに味わいが変わるなんて、本格的に調理したらどうなっちまうんだ」
「すごいです……おいしいです……」
みんなでおいしく食べていると、空から何かが聞こえてきた。
「みんなー大丈夫かだモーン!」
ハコビモモンガ達が三匹、空から現れる。
島に着陸し、ハコビモモンガのリーダーが俺達に声をかけた。
「お待たせしましただモン!あれっ?素材袋はないんだモン?」
「あっ、やべ……」
食べるのに夢中だった俺達は素材を解体するのを忘れていた。
「みんな、すぐやるわよ!!」
ナビィの指示で大急ぎで素材を解体し始める。
レイジング・キング・サーモンの体を剥ぎ取り用のナイフを使い、手分けして素材を解体した。頭部、ヒレ、腹部と全ての部位を解体していく。
腹部を解体すると、赤い宝石のような巨大な丸い玉がたくさん入っていた。
「ナビィ、これは?」
「あっ、レイジング・キング・サーモンの卵じゃない!とってもおいしいって聞くわ!それも持ち帰りましょう!」
「すげえデカいけど、どうやって食べるんだこれ?」
「その玉の中をよく見てみて」
「ん?」
玉の中を見てみると、玉の膜の中に小さな赤い粒が大量に入っていた。
「その玉一つに、大量の卵が入っているの。それは卵を守るための膜に過ぎないわ」
「じゃあ、このデカい玉じゃなくて、中の小さな粒を食べるってことか」
「そういうことよ」
「へえ~こんなにいっぱい、すごいなあ」
「そうね、早くギルドに帰って食べましょ!きっとすごくおいしいわよ!」
「おう!!」
俺達は各素材を切り分けて袋に入れる。持ち切れない分はハコビモモンガに渡して、ギルドに持ち帰ってもらうことにしたのだが……。
「それで、君達はどうやって帰るんだモン?」
「えっ?」
「ん?」
「へっ?」
「そういえば……お嬢様。帰り道がないですね」
そうだった。俺達はこの島に来るために砂岩の道を通ってきたが、俺達が島に上陸した瞬間に砂岩の道は消えてしまった。つまり、島から出る方法がない。
「やべえよ、ナビィ。どうする?」
「そうね……すっかり忘れていたわ」
「ハコビモモンガに俺達も運んでもらうか?」
「重いから嫌だモン……。僕達の腕が千切れちゃうモン」
ハコビモモンガ達はフルフルと首を震わせている。
どうやら、俺達を運ぶのは無理らしい。
「とはいえなあ、泳いで帰るってのもなあ……」
その時だった。急にドゴォン!!と物凄く大きな音がした。
「な……なんだ!?」
周囲を見渡すが、何かが落ちてきた様子はない。だが、自分の体が震えていた。
いや、自分の体だけではない。島全体が、揺れていた。
ドドドドドドと大きな地響きが起こり、やがて徐々に収まっていく。
「ただの地震か……?」
「イッシン、あれ見て!」
「えっ……?」
ナビィが指で差す方向を見ると、通ってきたはずの砂岩の道が出現していた。
「なんで?さっきまでなかったのに!」
「でも、これで帰れるわよ!残りの素材袋を回収して脱出しましょう!」
「あ……ああ、そうだな!」
俺達は素材袋を回収し、急いで砂岩の道を歩く。
「じゃあ、僕達はギルドに帰るモン!気をつけて帰るんだモン!」
ハコビモモンガはプクーッと顔を膨らませ、体の皮膜を広げて浮き上がる。そのまま空高くまで上昇し、ギルドまで帰っていった。
俺達はしばらく歩いていると、またドドドドドと地響きが聞こえてくる。
「やべ、まさか!!」
「みんな……走るわよ!」
俺達は地響きで砂岩の道が揺れている中、走り抜ける。
湖の周りの森に足を踏み入れた瞬間、島と砂岩の道は湖の中に沈んでいった。
そして、消えた島を見て俺達はあることに気付く。
湖の中心、島が消えた場所に太陽の光が反射して輝いていた。
「ねえ、イッシン。島が出現したり消えたりする条件って、太陽の位置なのかな?」
「さあ?気になるのか?」
「ええ。もし、出現する条件がわかるのならギルドに報告できるから。多分だけど、湖の上に太陽が出ている瞬間だけ島が出てきて、もう一度太陽が昇った時にまた島が湖の中に沈むのかなって私は思っているんだけど」
「そうだな。俺もそう思うけど、確信はないな」
「そうなのよね。何かヒントがあればいいんだけど……」
「確かにな。じゃあ俺、ちょっと見てくるよ!」
「えっ!イッシン!?」
俺は湖に飛び込んだ。ただの好奇心だが、俺も気になる。
湖の中に入ると、思っていたよりも水温が高かった。
水の中で崩れていく砂岩の道を見てみると、大量の泡が砂岩を覆っている。
(どうして、あんなに泡が?)
泡は湖の底からボコボコと浮き出ている。よく見ると、砂岩の道に連なるように、泡ができていた。あの泡が湖の底にあった砂岩を押し上げていたのだろうか。
俺はもっと深くまで潜ることにした。
湖の底に近づくごとに水温が上昇するのを感じる。湖の底の地面に大きな亀裂があった。赤い液体がドロドロと出ている。
(溶岩か……さすがにこれ以上は進めないな)
湖の底はモンスターがほとんどいなかった。恐らく、溶岩の熱で近づけないのだろう。何かないか、辺りを見渡していると大きな水圧が押し寄せてきた。
(うおっ!?)
水圧で少し押し流される。島の亀が、湖の底まで降りてきていた。
だがその時、亀の下の甲羅が黒くなっていることに気付く。
(なんだあれ?……火傷?)
亀が湖の底に辿り着く瞬間、ズシンと大きな音がする。その瞬間、地面から噴き出ていた周りの泡が一気に止まった。亀は湖の底で眠り始める。
俺は息が持たなくなってきたため、急いで湖から浮上した。
「ぷはぁー!」
「うわあ、びっくりした!! 全然出てこないから溺れたかと思ったわよ!」
「いやあ、すまねえ。結構時間かかっちまった。でも、一通り見ることはできたぜ」
俺はみんなに湖の中で見たことを説明した。
「ええっ!? あの島、亀だったの!?」
「そういや言ってなかったっけ。まあとりあえず、あの亀、甲羅の下に火傷のような跡があったんだよ。多分、湖の底にある火山が原因だと思う」
「火山? どうして湖の底に?」
「わからねえ。だが、火山の熱で発生する強烈な水蒸気の泡で地面にある砂岩が押し出されたとなれば、砂岩の道ができるのには納得がいく。亀を中心として地面に亀裂が走っていたからな。それに、亀が湖の底で眠った瞬間に、その泡が無くなったことを考えると、恐らく、あの亀が火山を噴火しないようにせきとめているんじゃないかな」
「へえ~。でも、なんで亀はたまに浮上してくるのかしらね」
「……う~ん。食事かなって気はしているんだが……」
「食事?」
「ああ。俺が初めて亀を見た時、何かを食べていた気がしたんだよ。多分、湖に生息しているプランクトンか何かを食べていたんだと思う。ただ、なんであのタイミングで食事をするのかはわからねえ」
「なるほどね。確かに、食事をするためとはいえ、湖の上に太陽が出た瞬間に浮上するのは不思議ね」
「う~ん。どうしてだろうな?」
すると、急にボーガンが言葉を漏らす。
「見やすいからじゃないか?」
「え、どういうこと? ボーガン?」
「だってさ、飯を食うんだろ? 見やすい方がおいしいじゃねえか」
「ん? もしかして、水の中だと食べるものが見づらいからってこと? でも、そんなの関係あるのかしら?」
「いやまあ、俺はただ、せっかく飯を食うならおいしそうなものをおいしく食べたいからさ。そういうもんなんじゃねえのかなって」
その時だった。ボーガンの言葉で俺の脳内に一つの考えが思い浮かぶ。
「なあ、ナビィ。もしかして、逆じゃないか?」
「逆?」
「おいしいものを食べるためじゃなくてさ。変な物を食べないために、太陽が湖の真上にきて、光が水の中に入る瞬間に食事をしているんじゃないか? 過去に変な物を食べちゃったとかでさ」
「ああ! そういうことね、それなら納得がいくわ! しかも、普段は湖の底にいるから、太陽がちゃんと湖の真上に来ないと光が届かない。だから、太陽が湖の真上にきた瞬間から浮上を開始するってことね」
「で、食べ終わるまでに一日かかるってことか。でも、そんなにかかるのか?」
「そうね。他にも理由があるのかも」
新たなる疑問にもう一度うーんと考えていると、フリルが助言をしてくれた。
「お嬢様。イッシン様の発言にヒントがございましたよ」
「うそっ!? わかったの、フリル! 教えてよ!」
「お嬢様、頑張ってみてください。きっと、わかりますよ」
「う~ん。そうね……」
ナビィは険しい顔をして考える。俺も考えるが、わかりそうにない。
俺の言葉にヒントがあるのに、俺がわからないなんて……なんだか、悔しいな。
しばらく考えていると、ナビィがふと思いついた。
「あっ、そういえば、亀の甲羅の下に火傷の跡があるって言ってなかった?」
「ああ、確かに言ったな」
「もしかして、甲羅を冷ましているんじゃないかしら? 噴火しそうな時は湖の底にいて、噴火が収まってきたら浮上して食事をする。そして噴火する時まで甲羅を冷まして、噴火のタイミングが近づいてきたらまた湖の底に戻って、噴火をせき止める。これを繰り返しているんじゃない?」
「なるほどな……だから甲羅の下に火傷の跡があったのか。どうだ、フリル?」
「はい、お見事です。更に加えますと、あの亀は島亀と言いまして、熱を感知する器官が体に備わっています。恐らく、水温を感知して、火山の噴火の周期を察知しているのだと思いますよ」
「へ~なるほどな」
「ってことは、正確な島の出現条件は湖の底の火山の周期によって島亀が食事をするために浮上したタイミングってことね」
「そういうことです。お嬢様」
「じゃあ、これでギルドに報告できる出現の条件は整ったわ。帰ったらライスさんに伝えてみましょう」
疑問が解けた俺達は、そのままラッテル湖を出てエアリア草原からギルドまで帰った。ギルドに戻り、俺達は受付に素材袋を持ってライスさんに報告をしに行く。
「ホワイト・ガレオンのみなさん、クエストお疲れ様です! おかえりなさい!」
屈託のない笑顔でライスさんは俺達に言う。
ナビィがライスさんに素材袋を持ちながら泣きついた。
「もう~本当に大変だったわ~! ライスさぁーん!!」
「あーあ、ナビィさん。そんなに泣かなくても。よ~しよし」
ライスさんがナビィの頭を手でよしよししている。まるでママだ。
「でも、ナビィさん。レイジング・キング・サーモンの討伐、成功したんですね! おめでとうございます!!」
「そうなの!! みんなのおかげよ!! もうすっごかったんだから!!」
「それは良かったです。では、素材を拝見させて頂きますね」
ナビィはライスさんに素材袋を渡す。ライスさんは素材袋の中身を確認すると、受注の時に使用したクエスト用紙に受領印を押した。
「はい、素材確認しました! パーティー、ホワイト・ガレオンのみなさん、Fランククエスト、レイジング・キング・サーモンの討伐、完了です! おめでとうございます!!」
「やったあ!」
「よっしゃあ!」
「おっしっ!」
「やりましたね、お嬢様!」
「こちら、今回のクエストの報酬、一千万ゴールドです!!」
一千万ゴールドを四つに分けた二百五十万ゴールドの袋がテーブルに置かれる。
みんなで袋を手に取り、ハンターズベルトにつけた。




