8幕 浄化の日
━━3日後。いよいよ『浄化の日』がやってきた。
「よ~し、良い場所取れたぜ。あたいらが一番乗りは確定だなっ!」
「そりゃ、魔物が彷徨く明け方から場所取りしてましたからね」
廃ビルの瓦礫の陰からぴょこんと頭を出すのは、カナタとアーシャ、そしてアーシャの仲間でも比較的力がある者たちだ。
「あの、質問があるのですがよろしいでしょうか? 小生、すこーし疑問の声をあげねばと視聴者からバシバシ希望が飛んでくるんですけど?」
はてなマークを目に浮かべて、セイがカナタの顔の前に乗り出してくる。相変わらず息遣いさえ感じられるのに、誰にも感知できない不思議な巫女だ。
「なんでしょうか? それとストーリーはまだ始まってないのに、僕の動画を流してるのはおかしいのでは?」
だいたい聞きたいことはわかっているけど一応聞いてみる。
「えっとですね。アカデミーに入るのは大目標です。その間の2年間を遊ばせるわけにはいきません。なので、サブクエストとして誰でも役柄に準じたクエストを作れてクリアすれば報酬は貰えるのです。スピンオフとか前日譚とかいうやつですね」
あぁ、契約金を支払っている以上、稼げるだけ稼ぐために働けってことですか。でも、それはそれで助かります。2年間無収入で成り上がるのは大変だと思ってたし。
「そんなことよりも、スラム街を浄化していく日なんですよね? 汚物は焼却とかではなく?」
「そうですね。セイの言う通り神官と神官見習いが癒やしを与えるイベントです。スラム街の人間を殺して浄化作戦とかいうイベントだったら、僕たちが集めるわけないですよね?」
「な、なら、あれ変じゃないですか? なんで皆さん隠れて様子を窺っているんですか? それに加えて、ぬゎーんで、神官たちの集団に変な奴らが混ざってるんですか? わけわかりませーん! そしてここは炊き出しを行う場所にはぜーったい見えません!」
怒鳴るように叫んで頭を抱えるセイ。なぜ叫ぶのかは分かりますよ。
カナタとアーシャたちは廃ビルの階層の上の方に隠れている。瓦礫の影に隠れて、神官たちの集団を眺めているんだけど、アーシャたちだけでなく、他にも大勢のスラム街の人間が集まって息を潜めていた。
眼下にあるのは元は地下駐車場だったのだろうか、地下まで床が崩れており吹き抜けになっていて、奈落のようにぽっかりと穴が開いている。
そして、その穴には多くの蠢くものがいた。
「ウゥぅぅ」
「あぁぁぁぁ」
蠢く者たちは、人を呪うようなうめき声をあげて今にも倒れそうなくらいによろけながら歩いている。だが、シルエットは人であるが人ではない。
血だらけで零れ落ちた腸をぶら下げて歩く者、顔の半分が腐り落ち、歯茎だけとなって歯を剥いている者、ほとんど肉が存在しなく、白骨化が進んでいる者。
白目を剥いて、地獄の底から憎しみを投げつけるかのような呪われたうめき声を上げるのはゾンビたちであった。数十匹はいるだろう。100匹には満たないが、腐った肉と砕けた骨で埋め尽くされた床を踏みしめて、疲れを知らずに歩いていた。吹き抜けとなり、本来の通路は瓦礫で埋もれているため、天然の檻となりゾンビたちは這い上がる事も出来ずに無限の時を永遠に歩くことだけをさせられていた。
そして、神官たちはその檻の縁に立っている。
「なんですかあれ!? なにかの生贄ですか? もしやあの神官たちは邪教の集団で今から邪神召喚の儀式でもするんですかっ?」
見るも悍ましい光景に、ワクワクしたセイはホラー的な展開も大好物ですと、期待に満ちた瞳を見せる。たしかにこの光景だけを見るとそう思えるだろうね。でも違うのだ。
「違います。スラム街では死体を捨てる場所が決まってるんですよ。下手に外に捨てると魔物を惹きつけてしまうので、自然と死体廃棄場所が作られたようです。でも見ての通り、死体を集めておくとどうしてもアンデッドが数%の確率で生まれてしまうんです。放置しておくと高位のアンデッドとなって街に攻め込んでくるので、必ず神官たちが定期的に見回って浄化していきます」
魔法のある世界ならではの公害ともいえる事象だ。僕も初めてこの光景を見たときには気持ち悪くなったよ。人間の業というものを心底理解したね。
「……そんなことをするなら、格安で葬儀をしてあければと思いましたけど、スラム街の死体を無償で葬儀する費用を考えると、一桁代のゾンビ発生の方が安上がりなのでしょう。それに神官見習いたちの実践にもなるみたいですし」
宝石のついたネックレスをジャラジャラとつけた金糸の入った豪華な司祭服を着た豚のように太った男と、明らかに未成年であろう子供たちが眼下には集まっている。その周囲にはピカピカの金属の鎧を身に着けた警戒する護衛兵たちの姿もある。
「なるほど。アンデッドは神聖魔法に弱いですから、ちょうど良い獲物というわけですか。そして、倒されたゾンビたちは灰となりますが、その持ち物は消えません。金目の物を拾うというわけですね? 死体を集めて捨てる人たち、それらがアンデッドとなるのを待って魔法の練習台とする人たち、最後にお溢れを拾う者たち。なるほどなるほど。ここまで腐った連鎖は小生なかなか知りません。さすがは人間たち。地獄の底よりも地獄らしい世界を作る想像力には感嘆を禁じ得ません」
おかしそうにケタケタと嗤うセイ。その皮肉めいたセリフのとおりだ。どこまでも人は残酷になれるのだ。
「神官たちは分かりました。でも、あの集団は違いますよね? ちょっと毛色が違うような気がします」
ひとしきり笑うと、セイはおかしなことに気づき指差す。その先には、頑丈そうな革鎧を着た荒くれ者たちがいた。手入れはされていないようで薄汚れていて、その雰囲気も荒事を仕事にしている荒くれ者たちだ。
そして、神官たちとは毛色の違う者たちは人を荷物のように担いで運んでいた。
「……あれは女衒ですよ。別名奴隷商人の集団。娼館や鉱山で働いて死んだ人たちを捨てに来てるんですよ。アフターサービスとか笑って話していたところをみたことがあります」
苦々しく答える。正直言うと話すのも忌まわしい内容なんだよね。
「この世界は一応奴隷制度は禁じられてますが、端金を契約金として、十数年をほとんど無償で働く者たちは奴隷と変わりません」
女衒は古くは日本であった制度だ。田舎の少女を端金で親と契約し、借金として莫大な金額を負債とし少女を娼館で働かせる。娼婦となった少女たちのほとんどは年季が開ける前に死ぬ。奴隷と何も変わらないのに、奴隷制度は存在せず、正式な制度とされているのだ。笑っちゃうよね?
この世界では、女だけでなく、鉱山や魔物が徘徊する下水道掃除など辛い仕事をさせるため、男たちも需要があるらしい。
「なるほど。彼ら彼女らはそうして死んだ人たちですか。わざわざ死体廃棄所まで持ってくるんですね」
「下手に放置すると、殺人罪とかになる可能性もあるので、ここまで持ってくるらしいです。僕の推測としてはどんなに酷い労働をさせていたかバレると大変なので、証拠隠滅をするのだと考えてますけどね。ほら、彼らは死体に紙切れを貼り付けてるでしょ? あれは証文ですよ、証文を死体に貼り付けて借金を返し終わった者たちとするらしいです。しかも神官に葬儀をしてもらったとの言い訳もできます」
あの人達は死体となって初めて自由を得ることができるのだ。その哀れなる環境はスラム街で住むよりも悲惨かもしれない。
「うへへ、見ろよ、今日は死体が多いぞ」
「あぁ、死体の襟とかをよく調べろよ。靴は必ずゲットするんだ」
少し離れた場所で隠れているおっさんたちが、よだれを垂らしそうなほど爛々と目を輝かせて、その光景を見て笑っている。
彼らだけではない。他の人達もだ。もっと最低なのは僕たちだった。僕たちは死んだばかりの死体からは様々な品物が剥ぎ取れることを知っている。だから死体が多いことは良いことなのだ。
でも、そんなことでもしないと死ぬ。スラム街はそれだけ厳しい環境だ。
女衒の部下たちが死体を投棄し始めて、女衒の親玉らしきおっさんが司祭服を着たデブに揉み手をしながら、小袋を手渡している。なにを手渡しているのかは、推測する必要もない。
後は死体の投棄が終わったあとに、神官たちが死体に群がるゾンビたちを浄化して終わりだ。
「あたいたちが先頭だかんね。神官たちがゾンビを片付けたら、一気にいくよ。絶対に噛まれないようにね? グールとあたいたちは絡んでくるチンピラたちを蹴散らす━━ん? なんか、あそこ変じゃないか?」
作戦通りに行こうとアーシャが話を始めて、何かを見つけたのか眉をしかめる。
なにか変なのを見つけたのかと、カナタもアーシャの視線の先を見て━━。
「ゔぁーん! ママを捨てちゃダメ~! ママ治るもん、ビョーキ治るって言ってるもん!」
小さな幼女が女性の死体を掴んで泣いていた。しっかりと服を掴んで絶対に離さないと強い意志を感じる。
「女郎の子供か? なんでこんなところまで連れてきてるんだよ。こういう場合、娼館に置いてくるもんだろ!」
「アーシャさん、あの女性はまだ生きているようですよ。呼吸しているのが見えますし、死んでません」
女性はまだ胸が上下しているのが見えるが弱々しい。咳込んでいるところを見ると肺炎か結核か。どちらにしても長くはなさそうだ。
「くそっ! あいつら、次の死体廃棄まで日があるから面倒だから死にそうな奴らも連れてきたんだ! あのクソ野郎たちめっ!」
罵るアーシャは鬼のような形相だ。カナタたちが見ている間にも死体が順番に捨てられていき、女性と幼女の番に近付く。このままでは、女性ごと幼女も一緒に捨てられてゾンビに食われるだろう。あいつらは泣いている幼女のことなど煩い虫のように無視をしているから間違いない。
「くそっくそっくそっ! あんなのを見過ごせるかぁ〜っ!」
アーシャが飛び出すと、釣られて子供たちも走り出す。瓦礫を器用に踏み台として降りていくと、まさか降りてくるとは思ってもいなかった女衒たちも、神官たちも驚きすぎて唖然としていた。
「逃げるよ、お前らっ!」
女性を担ぐと、アーシャは駆け出して幼女は仲間が抱き上げて逃げていくのであった。
「な、なんだあいつら!? だ、だが奴ら皆子供だぞ、可哀想だから保護してやれっ、一人捕まえるたびにボーナスをやるぞっ!」
「へいっ、わかりやした親分っ!」
保護するとは名ばかりで、女衒たちは下卑た笑みで追いかけていく。
ドタバタと駆け出して、あっという間に事態は移り変わってしまったよ。アーシャって本当に正義感が強い。輝いていて眩しいくらいだ。
「さて突発的イベントですけど、どうしますか、カナタさん。このまま助けるのであれば貴方のクエストにはなりませんけど」
興味津々な巫女の視線に晒されて、そのセリフの意味を考える。なるほど、僕は主人公でもないし、主人公の仲間になるための善行列伝を持つ役柄でもない。
僕は悪役なのだ。ならば悪役らしく行動をするべきだろう。
「セイさん、この作戦では悪役となりますか?」
「ウ~ン、広義的に悪役となるでしょう、オーケーですよ」
カクカクシカジカと話すとセイは指で丸を作る。
「ならオーケーです。では僕なりの仕事をしますね」
廃ビルの通路に駆け込むアーシャたちを見て、薄く嗤うと、カナタは『ショップ』を開くのであった。




