7幕 スラム街の証明とは
「『掃除魔法』!? 魔法を使いたいのは分かります。子どものお小遣い程度の契約金ですと、他の魔法は買えないのも分かりますけど、これは早まったのでは? 割引セールに釣られたんでしょ? 他にもファイアアローとか初級魔法もセールしてますよ?」
カナタが買ったスキルに戸惑ったのだろう。焦った白鳥のようにセイはパタパタと手を羽ばたかせて、他のスキルを勧めてくる。確かにセイの言う通り、最初に買うには適していないように思える。普通なら攻撃魔法を買うだろう。
「割引セールって、必要なくてもついつい買っちゃって、なぜか半額のお惣菜を食べきれないほど買って捨てることになったことありますけど、今回の場合はしっかりと考えたんです」
割引セールって怖いよねとテーブルに大量に置かれた惣菜を思い出し遠い目をしつつ、カナタはしょうもない思い出を振り払うとボードをつつく。しっかりと説明文を見て、買ったのだ。衝動買いとかじゃない。
『掃除魔法:魔力で物の汚れを取り綺麗にする。※呪いや毒、瘴気などは対象外』
注意事項にもしっかりと戦闘などには使えないですよと記載されているので常識の範囲内ということなのだろう。外れスキルを活用して猛毒を消したり、ゾンビを浄化するとか裏技みたいな手法は使えないというわけ。
でも、問題ない。目的は他にあるんだ。
「セイさんが剣と魔法とディストピアものと説明して送り込んだこの世界なんですけど、僕はかなり認識を誤ってました」
「何をですか?」
コテリと小首を傾げる巫女は本当に分かっていないみたい。僕もよく分かってなかったから、情報に制限のあるセイも理解していないのだろう。
「ディストピアって、滅んだ文明の中で生き残った人々が崩壊した建物で暮らして少ない資源を取り合うって感じじゃないですか。綺麗なスーツやおしゃれな服を着る人たちは本当に僅かで、後はボロ布を着て生きている人たちばかり。力こそが全ての世界だから、三流悪役拳の使い手でもスラム街生活からすぐに成り上がれると思ってました」
弱肉強食の世界。力を無くせばすぐに最底辺に生きることになるサバイバル生活だ。スタジアムを街にしたり、シェルターに住む人たちの世界。
「でも違ったんです。確かに街の外郭は滅んだ文明の跡という高層ビルの廃墟群ですけど、地平線が見れそうなほどに中は広大な敷地で、綺麗なビルや家屋があるんですよ」
廃ビルの窓枠へとカナタが目を向けるとセイも釣られて外を見る。視界には外郭の廃墟はなかったのかように、地球と同じような街並みが続いている。壊れていないガラス張りのビルや、新築の家屋、コンビニもあるし、レストランも見える。ラーメン屋とかハンバーガーチェーン店も存在するのだ。道路をスーツ姿のサラリーマンが忙しそうに歩き、学生たちが笑顔で話しながらなにかを食べて歩いている。
そこにはスラム街とはっきりとした境界があった。境界などないのに、はっきりとした壁を感じるのだ。
「あの世界にスラム街の人間は入れません。アーシャが100ドラも手にしたのに、闇市に行くと言ってたのを覚えていますか? 平民街に入るとあからさまに差別されて売り物を売ってもらえないならまだしも、盗んだ金だろうと乱暴された挙句に、金を奪われる可能性があるからです。警官もスラム街の人間は乱暴されても無視しますしね」
「しっかりとした住居と法律がある面倒くさいディストピアなんですね〜。あれですね、大陸のあちこちに存在する格差の激しいメガロポリスと言う感じですか」
「そうなんです。僕はそのため5年間なんとか平民区域くらいには入ろうと思いましたが無理でした。スラム街の人間ってすぐにバレちゃうんです」
どこかのお嬢様や金持ちのおっさんがスラム街に通りがかって、可哀想にとカナタを引き取るといった都合の良い主人公補正もなかった。三流役者にはどこまでも補正はないようである。
カナタは見た目も酷かったけど、スラム街の人間は無条件に暴力を振るっても良いと考えるアホが多くて、見た目関係なしに襲う輩がいて、危険なんだよね。
「そこでスラム街の人間と判断されるのはどんな理由か分かりますか?」
ピッと人差し指を立てて、カナタはセイを見る。なぜスラム街の人間とわかるか、実は僕はしばらくわからなかった。
「ウ~ン、そりゃボロい服を着て汚いからでは?」
「実は汚い格好なら日雇い作業者でもいるんですよ。建築や左官、ペンキ塗りにごみ収集と」
彼らも汚い格好だ。そりゃ、ホコリまみれやペンキまみれと種類は違うけど、結構ボロい作業服を着ている人もいた。それなのに平民と判断される人たちを不思議に思い、カナタはどこが違うかをこっそりと1週間ほど観察していた。
日雇い作業者がラーメン屋に入っても特に問題はなかった。だが、金を持って服も一応は小綺麗にしたスラム街の人間はすぐにバレて追い出されていたのだ。懸命に金を貯めてラーメン屋に来たのだろうスラム街の人間は殴られた挙句に熱湯をかけられて、哀れにも走り去っていたのを目に焼き付けている。
その様子を見て酷い差別とそれを良しとする世界観に、たしかにディストピアだと悲しくなりながら、そこで気づいた。
「スラム街の人間は臭いんです」
「臭いですか?」
「えぇ。なんというか身体に染み込んだ臭さがあるんですよ。生ゴミみたいな匂いです。いくら小綺麗な服を着ても、背筋を伸ばして堂々と歩いても、風呂にしばらく入っていないし、歯も磨かないからとても臭い。僕たちはスラム街で生きているから鼻が麻痺していますが、アーシャたちもとても臭いから闇市くらいにしか買い物にいけないんですよ」
臭いというものは普通ならば気にならないが、普通ではない、即ち人と違う臭いであれば最も気にするものだ。香水しかり清潔感を思わせる石鹸の匂いしかり、人に好印象を与えるものでもあれば、その反対に最も不快にするのも臭いである。
ため息を吐きながら、この5年間を想う。これは無理ゲーだった。銭湯にでも入れれば良いけど、銭湯とかは公共性の高い施設は身分証明書が必要なんだ。そして身分証明書をもらうにはお高い税金を支払わないと貰えない。そしてスラム街の人間がそれ以外でお風呂に入れるわけもなく歯磨きをする余裕などもあるわけがなかった。
「そういうことですか。『掃除魔法』は人間もピカピカにしますからね。なるほど、この魔法は必須です。服も綺麗になりますし、これは失礼しました」
「ですよね? そして、僕は魔法を使うことにより、自分の体内にある『魔力』を感じもしたかったんです。この5年間、魔法に触れる機会がなかったので」
剣と魔法の世界に来て、多少なりともワクワクしていたのに、魔法の魔の字もなかった。いや、魔道具は見たことあるけど、詠唱してとか、炎や氷をバーンと撃つ人を見たことがなかったのだ。そのかわりに明日を生きれるか分からないデッドオアアライブの世界をプレゼントされた。
「スキル枠のスキルは完全に使いこなせるんですよね?」
「はい、なにも考えなくてもマスターしているので、体内に存在する『魔力』を感知できますでしょう。貴方は魔法使いとなりました、やりましたねカナタさん」
ワー良かったと囃し立ててパチパチ拍手をするセイの様子はからかっているようにしか見えなくて、イラッとくるけど今はそれよりも大事なことを優先する時だよね。
『掃除』
なにも考えなくても、まるで手足のように魔法が感じられて、カナタは自然な様子で、魔法を使う。目を瞑り、初めての魔法を発動させると、体内に温かいエネルギーを感じる。まるで、ぬるま湯に身体全体で浸かり、ポカポカと身体が温まっていく。
自然に魔法の対象を選ばないといけないと頭が理解して、カナタは自身を選択すると発動させた。
足元に魔法陣が描かれると、魔力が蒼き水へと変わり、自身を絡みとるとる水蛇のように足元から頭まで包み込む。
水流が触れた箇所が一瞬で綺麗に変わっていく。泥だらけの靴は新品同様に。シミや汚れで元の色が分からなかった灰色の服が真っ青な服に。白き肌はますます輝き触れたら溶けてしまうような新雪のような肌に。髪は艶を増して、銀糸が暗闇を照らす天の川のように美しく。
水流により綺麗に変わる光景は、まるで水の女神を暗闇に生み出すかのような神秘的な光景となるのであった。
魔法が終わると、スラム街の一画はまるで清浄な空気が支配する聖地のような空間となる。もはや臭いなどどこにもない。その清浄さに癒やされるだけで、もはやスラム街の部屋とは誰も思えない。
作られた女神がそこには存在していた。
「魔力の使い方をマスターしました。それに加えてこれで平民区域に入ってももう問題はありません」
ゆっくりと、蕾が花咲くようにカナタの唇が呟かれて、紅き瞳が開く。
魔法を使う際にどのように魔力を送り込むのかがなんとなく理解できた。
「おぉ、素晴らしいですよ、カナタさん。小生は掃除魔法でそこまで芸術的な光景を魅せる貴方に感嘆の念を送ることを堪えられません。なぜに三流役者だったのですか?」
「……別に。このビジュアルのおかげですよ」
はしゃぐセイが感激して拍手をしてくれるので照れてしまう。そこまで感激してもらえると俳優冥利に尽きるよ。
本当に嬉しいよ……。地球ではそんな褒め言葉は聞いたことがなかったからさ……。
少し落ち込みつつも、気を取り直す。落ち込んでる暇はないんだ。他の有名な転移者たちのようにまともな契約金を貰えなかった僕は普通にやっていたら影薄いモブ役で終わるだろう。
(そんな人生は嫌だから変態と契約したんだ。今回の仕事で必ず僕は高報酬をもらう。たとえ最終的にこの世界の魔王とか破壊神と呼ばれても)
奥歯を噛み締めて、目を細める。細めた姿さえ美しいこの姿に僅かに嫉妬を覚えるが、振り払って人差し指を揺らす。
「では次といきましょう。時間は有限で、次の仕事は目の前ですから」
『記憶閲覧』
手に入れたデーンの記憶を映し出す。固有スキルも自然に使えるのは驚きしかないが、これが僕の生命線だから助かるよ。
目次が表示されると、『デーンの一生』『強い記憶』『検索』と項目が分かれる。
「強い記憶とは、自身の転機となった記憶です。そう口にすると凄い感じがしますが、ほとんどの場合は、他人から見たら特になんということもないのがあるあるですね」
「分かりますよ。なにが転機になるかなんて人によりけりですからね」
『強い記憶』を選択すると、嫌いなピーマンに味噌をつけるととても美味しくて食べられるようになったこととか、初恋の女の子に振られてモテるために冒険者を目指すようになったこととかが映像となり映し出される。
デーンの実にどうでもよい記憶だった。本当に他人から見たら転機がこんなのかと鼻で笑うレベルだ。だが、人の転機というのは元々そんなものだ。格好良い転機などは普通はない。あるのは天に選ばれた者たちだろうね。
だがデーンのような人間でも一つぐらいはあるものだ。
「あ、これこれ。これを見てみたかったんです」
「これをですか? 見るだけじゃ意味ありませんよ?」
食いいるように願っていた内容を見る。セイの言う通りだ。でも、僕にはこれしかないからね……。
それに見るのは慣れてるんだ。観察し、観察し、観察する。それがアマガミカナタの武器だからね。




