74幕 ヨグ・ソトース
「フハハハ、愚か者よ。自身が回帰できるようにと願ったであろう? なのに忘れて逃げようとするとは、間抜けにもほどがある。ゴーマよ、この先も永遠に時の一つに生きるがよい」
自らが放った光線でゴーマを焼き尽くしたヨグ・ソトースが、してやったりと嗤っていた。
「いや、願いを叶えたくないから殺しましたね? なんの固有スキルを持っていたかはわかりませんが、ゴーマはすぐに願いを叶えられる状況だったはずです。セコくないですか?」
カナタは正確に状況を把握していた。ヨグ・ソトースの焦りを感じたのだ。ゴーマに逃げられた際に、慌てるヨグ・ソトースが回帰を使ったのだろう。
ヨグ・ソトースは来世の願いを叶えるポイントを惜しんで、常にギリギリのポイントでキーマンを殺してきたに違いない。セイ曰く、借金まみれで首が回らないという意味がここに来て理解できたカナタだ。
「先ほどから気になったが、なぜお前は『回帰』の記憶を持っておる?」
不思議そうな邪神の言葉に、カナタも変だと気づく。確かに変だ。『回帰』とはその特性上、己のみが記憶していないといけない。そうでないと、他の人間も未来の記憶に従って対応するからだ。回帰の利点が取り消されてしまう。
なのにカナタは記憶していた。先ほどゴーマがセリフをとちって回帰した時も本来はカナタは記憶していないのだから、セリフを間違えた事自体覚えてはいないはずなのだ。
それなのに覚えていたのはなぜだ?
疑問に思うカナタだが、その疑問はすぐに解消された。
宙に半透明のボードが映し出されたのだ。
それはウサギとマーモットであった。
「アクセス権限をクラッキング。回帰の対象を死んだゴーマに追加して、カナタ・アマガミにしたでつよ!」
「こんな詐欺をしているなんて、落ちるところまで落ちたんですね、あいつは。親分、こっちもオーケーでさ。これであいつはアクセス権限を無効化されやしたよ」
つぶらな瞳をキラリンと輝かして、ウサギが手元のキーボードを操作して、マーモットがなにかのモニターを見ながらボタンを押していた。
吸い込まれていった二匹がどうやら敵の管理室に入り込むことに成功した模様。
「ナイスです、テテさん、まもさん。助かりました!」
なにか様子がいつもと違うが、それでも助かったよ。あの二匹が役に立つ日が来るとは思ってなかった。
それはヨグ・ソトースも想定外であったようで、目玉をプルプル震わせて、その驚きを示していた。
「な、なぜだぜ!? この世界は閉じられた世界。絶対に誰も入ることができないはずなのに……。はっ、しまった! あの二匹がいるのは狭間の世界だった!」
厳かな重々しい声音は消えて、なにやら可愛らしい少女の声となり、ヨグ・ソトースはなにかに気づいたかのように動揺していた。自身の世界の絶対さを認識していたのに、脆弱性があったようだ。
「そのとおりでつ! ここならリモートで操作できまつからね」
「お前の所業の酷さに、なんとかしたほうが良いですよと教えてくれた少女がいるんだよ!」
ウサギとマーモットがテシテシとキーボードを操作し続けて非難の声をあげ、ますますヨグ・ソトースは身体を震わせるが━━。
「うるっさーい! 今度はうまくいくんだ。黒字まであと少しなんだぜ! 今は赤字だけど黒字に転換するはずなんだ。願いを叶える奴らが全員契約上の穴を探していなければ、黒字だったんだ。デバッグお願いしてるんじゃないんだぜ!? なんであいつら契約条件を曲解して、ポイントを稼ごうとするわけ? そのたびにセキュリティの更新、新システムの導入、人件費の増大で利益が吹き飛んでるんだ! もうこうするしかねーんだぜ!」
怒りに震えるが、その感情には自暴自棄なことも含まれていた。赤字続きの経営者がヤバい売り方をして赤字を解消しようとするのと同じだ。
わかるわかる、悪魔との契約で最初に行うのは契約の穴を探すことだもんね。
でもそれは一部のみだろう。
「ヨグ・ソトース! よくわかりませんが、僕らは真面目にポイントを稼いでました! 一部のキーマンが悪辣なことをしていたのだろうことはわかります。でも僕たちは真面目にポイントを稼いでいるんです!」
僕たちは真摯に劇をしている。誰にも後ろ指をさされることはないのだ。
「嘘つけ! お前、管理権限にどうやってアクセスしようか、いつもショップを見て考えただろ! 知ってるんだからな!」
いや、まぁ、そういうこともあるかな?
「悪役として雇われましたから、親を殺したり、財産を奪うのは当然ですよね? なにせ、悪役なのですし」
ふわりと銀髪を靡かせて、コテンと小首を傾げ、うるうると瞳を潤ませる美少女カナタです。ほら、よくあるじゃん、ラスボスと思っていたら、部下に殺されてその力を全部奪われるパターン。それを実践してたんだよ?
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァ。もう、なんでこういう奴らばかりなんだよ! もうポイントが貯まりそうな奴に、システムのクラッキングばかり考えている奴ら! ……もういい、次の契約者に賭ける! 今回は失敗だ、全員消し飛ばしてやる!」
狂ったように叫び、ヤケになったヨグ・ソトースが目玉を光らせる。一瞬の光、膨大なエネルギーを含む光線が放たれる。
「くっ、やけになったか!」
光った瞬間に横っ飛びに跳んで、光線が薙ぎ払うのを横目で見る。講堂はチーズのように切れていき、なにが起きたのかもわからない人々が一瞬で消滅していく。
「邪神が暴走したのか! でも、ここで逃げるわけにはいかない!」
キーマンの会話をまったく認識できないシグルドが黄金の光に覆われている聖剣を片手に突進する。たった一歩で間合いを詰めて、ヨグ・ソトースへと肉薄する高速の動き。
斬撃はヨグ・ソトースの身体を奔り、軌跡が無数に残るが━━。
ヨグ・ソトースはかすり傷一つ負わずに無傷であった。
「操り糸の人形が! その程度の剣で我を傷つけることができるとでも?」
「なにっ!? 神殺しの聖剣のはずなのに、傷一つない?」
「ふははは、馬鹿め、その聖剣はハデスを倒すための聖剣、この我を倒すほどの威力を持たないのだ!」
哄笑するヨグ・ソトース。本来の脚本ではハデスが召喚される予定だったから、ユリアは聖剣を用意していたのだ。だが、ヨグ・ソトースはその力がハデスよりも大きいために、聖剣が効かないのだろう。
「ちっ、与一先輩っ、そこで王位継承戦をしている場合じゃないですよっ! ヨグ・ソトースを倒さないと、全部無駄になりますっ!」
頼朝と剣を打ち合い、互角の戦闘を繰り広げている与一先輩へと声をかける。ここでふざけていると、絶対に死ぬ、おっと!
ヨグ・ソトースの目玉が光るのを見て、その視線から光線の射線を予測して、カナタはダッシュする。
後ろに光線が飛んでいき、悲鳴をあげることもできずに死んでいくエキストラたち。だいぶ酷いことになっている。
「ショップオープン、最高級身体強化薬を買う!」
一千万ポイントでたった10分しか効果のない最高級身体強化薬を買うと一気に飲み干す。飲み干した途端に、肉体が細胞レベルで強化され、五感全てが強化されたことを感じ取る。
この十分間はどんな敵と戦っても勝てるだろうと思わせる力がみなぎり、光線が遅く感じて時間の流れから逸脱した動きを取れるようになった。
「あーもー、愛と告白からの女神の加護だよ! しーちゃん!」
「仕方ありませんね、クズのプロデューサーには退場してもらいますか」
ピストル型の最高級身体強化薬を買ったユリアがシグルドと自分に撃ち、与一が同じ薬を飲み干す。
「な、なんだこの動きは!? ゲッフォ」
今までとは違う与一の動きは、頼朝には視認もできず、腹に拳を食らいあっさりと吹き飛んだ。
壁にめり込むどころか、貫いて飛んでいく頼朝。そうなのだ、キーマンたちは本気になれば、あっさりと敵を倒せる力を持つ。それはポイントショップのアイテムが破格すぎて、強力すぎるのである。
最高級身体強化でも、たった一千万ポイント。それで最高の身体強化をできるのだから、カナタには少し厳しい値段だが、与一やユリアにとっては格安なものだ。
以前から思っていたが、このショップはセコい邪神が経営する物にしてはおかしい。もしかしたら誰か他の人に委託してるのかも。
「むにゅにゅにゅ……。とやーっ、神剣に進化するカードも購入、聖剣を進化するよ!」
一億ポイントする進化カードを血涙を流しながらユリアが買うと、シグルドの聖剣へと使用する。使用された聖剣は黄金から白金の光へと変わり、その剣が振るわれると、目玉に傷がつく。
「くっ、こんなものまで……お前らッ、演技中だぞ!? こんな展開にすると視聴者が黙ってないぞ! 炎上間違いなしだぞ!」
「大丈夫ですっ、以前使った『編集カード』がありますからね。上手く編集してアテレコもするので、視聴者は気づかないはず!」
カナタもヨグ・ソトースへと飛び上がると、蹴りを食らわす。最高級身体強化薬の力は大したもので、あれだけ頑丈だったはずの目玉は大きくへこみ、後ろへと押し下がる。
「これくらいでやられるかっ! ヨグ・ソトースの力はこんなものではないぜっ!」
目玉がピカリピカリと瞬き、光線が放たれていく。講堂は完全に崩壊し、外のアカデミーの学舎すらも破壊して周囲は燃え盛る地獄絵図へと変わっていく。
だがヨグ・ソトースの挙動を見切ったカナタたちには命中しない。ひらひらと蝶のように舞うとヨグ・ソトースへと攻撃を加えていく。
「むむむ、そんなバカなっ! スキルがロックされた。こら、お前ら、それに触るじゃないんだぜ!」
「スキルフォーマットしてあげたでつ」
ヨグ・ソトースのスキルを使おうとして、スキルが封印されてしまったのだろう、慌てている。恐らくは光線のみしか今は使えないのだ。
与一とユリアは最高魔法のスクロールを惜しげもなく使っていき、全てを凍りつかせる極寒の吹雪が舞うと、稲妻が奔り、ヨグ・ソトースを痛めつけていく。
カナタはもうポイントがほとんどないので、後ろで応援だ。
でもカナタが手を出さすともヨグ・ソトースは終わるだろう。
となればだ━━。
「これは忍び込むチャンスだね」
こっそりとカナタは開いている空間の裂け目に入り込むのであった。




