73幕 神とは
召喚されたヨグ・ソトース。たしか旧神の中でも、全てを見通す能力の持ち主だ。旧神って、地球の神とはスケールが違い、宇宙規模だから、その力もとんでもない大きさを持っている。草野球チームとメジャーリーグのチームのような感じ。
たしかにハデスなど比べ物にならない能力の持ち主だ。ゴーマが召喚した理由もわかるというものだけど……。
わかったことがある。
ゴーマはキーマンだ。スキンヘッドのおっさんだから気づかなかったけど、たぶんそう。
「終末の時が来たりて、全ては救われる。この地を聖地として、そして終わりを告げる最初の地として、ヨグ・ソトース様が顕現なされた!」
ゴーマは狂ったように笑い、両手を掲げる。その姿はカルト宗教の終末を騙る愚かで狂った者そのものだ。
その証左がキーマンだと教えてくれていた。
だって、さっきのハデスから早着替えシーンを見なかったことにして、動揺も疑問も見せずに話を進める奴なんか、普通の人間ではいないもんね! たしかに『厄者』って、すぐに世界を滅ぼそうとする厄介者だとわかるよ!
「ゴーマさん、世界を救うといいつつ、世界を滅ぼすとはどういうことですか? 矛盾していると思うのですが?」
「この世界を救うには、人類を幸福のみで覆うのは絶対に無理だ。どのような救世主も幸福の未来を作れると教えを説くが、幸福とは他者との比較をしなければ発生しない。そうではないかね? 常にお腹がいっぱいで、寒さも暑さも感じずにのんびりと暮らしていたアダムとリリムは自分が幸福だと考えただろうか?」
「……感じないでしょうね。それが常識であり、当たり前だから。たとえ100兆円持っていても、周りの人々が100兆円持ってたら、金持ちとは思いませんし、自分も周りも健康体なら、健康体がどれほど貴重なものかも理解しません」
健康体って、若い時は有難みを感じないけど、歳をとると高血圧や糖尿病を気にして、健康体の幸せを噛み締めるものなのだ。
「そのとおりだ。幸せとは比較できなければならない。他者が不幸であればあるほど、貧困な者が多ければ多いほど、己の幸福を感じるものなのだよ。しかし不幸な者がいなければ、幸福を感じることができないというならば、全人類を幸福の地へと導くことはできないのだ!」
「たしかに……最初から矛盾しているとわかりますね。で、それがヨグ・ソトースを召喚するのと、どう繋がるんですか?」
空に浮くヨグ・ソトースは、僕たちの話が終わるまで、なにもせずにいる。目玉のみなので、不気味であるが、おとなしいし、流れをよく知る旧神だ。シグルドもユリアが愛の語らいを続けているので、介入してこない。与一は頼朝とシンオー当主と互角に戦闘を繰り広げていて、こっちを見てこない。
それを僕とゴーマはちらりと確認して、お互いに頷くと話を続ける。
ここからが決め台詞なのだと、スキンヘッドのおっさんはふんふんと鼻息荒い。その様子から見て、寡黙なキャラなのに、突然饒舌に、しかも感情豊かだから、演技が下手くそなことが分かった。たぶん劇団でもセリフの少ない役しかやったことがないのだろう。うぅ、共感するよ、ゴーマのおっさん。
「ヨグ・ソトースは時間を観察する! 流動する世界の未来も現在も過去も! そしてその時間の流れを一つにすることにすればどうなるまっ?」
少しセリフに力を込めすぎで、最後の部分を噛んだ。でもやり直しをできる監督はいないから━━。
「ヨグ・ソトースは時間を観察する! 流動する世界の未来も現在も過去も! そしてその時間の流れを一つにすることにすればどうなるかっ?」
あ、あれ?
瞬きをした瞬間、Take2となっていた。セリフを間違っていない。
「今のは? Take2?」
やり直しをいつの間に?
なにが起きたのかわからない。ゴーマはなにかをした様子はないのに、なにが起きた?
動揺する僕を見て、よほどおかしいのかクックッと嗤うゴーマ。
「驚いたかね? これこそがヨグ・ソトースの力。『回帰』だ。やり直すことができる能力。自身を幸福にするために、未来を知り、適切な選択肢を選び、達成感も得ることができる。これこそが全人類を幸福へと導く手段! 皆は『回帰』をし、人類の数だけの世界を作り、幸福となる!」
とんでもないスケールの全人類補完計画であった。
「た、たしかに幸福の未来を皆は選べますね。全人類が『回帰』できる世界。未来を知っているからこそ自身を幸福に導ける。今まで聞いたことのある全人類を救う理論の中でも、1番もっともらしいです」
全人類の意識を一つにとか、高次元の存在へと昇華させるとかよりも遥かにマシだった。皆、誰しもやり直せればと考えることがあるだろう。本当にやり直すことができれば、やり甲斐もあるし、他者と比べての幸福を感じることもできる。
それが全人類となれば完璧だ。主人公たちのような選ばれた者たちだけではない。脇役も全て世界の中心となる。
完璧だ。止める理由がないよ? これを否定するのは『回帰』もののアニメや小説を全て否定するに等しい。ひどい目にあったけど、回帰でやり直して幸福になりましたと言う物語の主人公がどれほど多いことか。
だが、物語的に反論して、この所業を否定しなくてはならない。否定するためだけに理由なく拒否する国会の野党のように、理由は適当でもいいから否定しないといけないのだ。
いけないんだけど……。思いつかない。
「くくく、この完璧なる世界を否定することはできまい? 不幸になった者は回帰して、自分が幸福となる世界線にいけばいいのだからな! 拒絶できる理由があるのならば言ってみるが良い! 今はまだ私のみで一瞬しか回帰できぬが、この街を生贄にすればヨグ・ソトースは力を発揮するだろう!」
「……」
「……」
「あ~っと、まだか?」
「……」
「えっと……。ほら、待っててやるから、早く言ってみろ!」
僕が無言になってしまったので、オロオロと慌て始めるゴーマ。でも、この理論は完璧なんだよ。否定する隙がない。
ここ一番のシーンなのに黙りこくる役者カナタ。ここに来て脚本を切実に欲しいと感じてます。
ぬぐぐ……。このままだと放送事故だ。やっぱり三流役者は駄目だねと皆に思われてしまう。
考えろ、考えるんだ、カナタ・アマガミ。
理論は完璧。隙はない。隙はないが……。そうだ!
こちらを見て心配そうなゴーマとヨグ・ソトースを前に、僕は指を突きつける。
「ゴーマさんっ! 貴方はヨグ・ソトースに騙されていますっ。たしかに回帰を行えて、人の数だけ世界線が分かれれば、幸福な未来となるのは間違いない。それは認めましょう。でもヨグ・ソトースはそのような力を持ってましたか?」
「ヨグ・ソトースは時間を観察する能力を持ち、全てを一つに━━」
「そこですっ。ヨグ・ソトースはあくまでも観察し、時間を操作するだけなんです。そこに無数の世界線を作る能力などない。一つの世界線をやり直すだけなんですよ」
ヨグ・ソトースの能力を思い出したのだ。そこには無数の世界線を見る能力などなかった。ましてや回帰するたびに世界を創るなどという途方もない力など持っていなかった。
名探偵カナタの告げる真実に、ゴーマはオロオロと慌てて、ヨグ・ソトースへと顔を向ける。
「そのようなことはありませんよな、我が神よ。回帰するだけやり直すのでは、世界は決して時間を進めない」
幸せになる人と不幸になる人。不幸になる人は自分が不幸だと思ったら回帰するだろう。必ず不幸な人間は生まれるし、そのたびに回帰していけば、時間は歩むことなく停滞する。地獄も生温い世界となるのは間違いない。
努力も経験も苦労もなにもかもリセットされていく世界。己が幸せになるのだと、一つの世界のリセットボタンを皆が押し続ける世界だ。
巨大な目玉は、口もないのに笑ったように、身じろぎをすると、
「そのとおりだ。この世界は閉じられた世界となり、始まりも終わりもない世界となるであろう。幸福も不幸も延々と同じことを繰り返す巻き戻されていく世界となるのだ」
まるで電気でも流すかのように強烈な刺激と共に脳内に語ってくる。ファイナルアンサーは当たっていた模様。
「しかし、バレては仕方あるまい。ここにいる全ての人間の魂を、我の世界に閉じ込めることで無聊を慰めることとしよう」
「騙したなっ、ヨグ・ソトース!」
『烈火球』
激しく燃える烈火の球をゴーマはヨグ・ソトースへと解き放つと、講堂の外へと向けて素早くダッシュし始める。
「ここで私は卒業させてもらうっ! フハハハ、もうポイントは充分のはず。これで次の世界では、私は才能ある役者として生まれることができる! ここまで地道に稼いできた甲斐があった!」
『瞬間移動』
そして懐からスクロールを取り出すと、その姿は掻き消えるのであった。キーマンとして、願いを叶える前に死ぬわけにはいかなかったのだろう。自己の保身を優先するとは、役者にあるまじき行動である。
しかし、そう都合よくは進まなかった。
◇
ゴーマはキーマンだ。しかもその能力は『ポイント取得百倍』であった。システムの前提を崩す能力を得た時にはすぐに願いを叶えられると思っていた。
しかし、ハデス教団の教主の息子として産まれたとき、自身の悲惨さを知った。生贄を求める悪役とは聞こえは良いものだが、ラスボスとしての存在であるため、他のキーマンと違い、劇に参加することが少ないためだ。
ラスボスがチラチラと出演していたら、それは単なる小悪党となるのである。なのでポイントを稼ぐには、一か八かの脚本を作るしかなかった。
即ち、世界滅亡のシーンだ。案の定、投げ銭は滝のように流れ込んでおり、自身の願いまで、あとたった一億ポイントに迫っていた。
残りは、ヨグ・ソトースが倒されてあとにちらりと出演をして適当に稼げば良い。なにしろ、ポイント百倍取得ができるのだから。
故に、瞬間移動でこの場から離れたのだが━━。
「ここで私は卒業させてもらうっ! フハハハ、もうポイントは充分のはず。これで次の世界では、私は才能ある役者として生まれることができる! ここまで地道に稼いできた甲斐があった!」
空間転移をした瞬間、瞬間移動のスクロールを手にしている時点に戻っていた。
動揺して、手に持つ瞬間移動のスクロールを使うのが遅れる。ゴーマの意識では使った後なのだ。すぐに対応できるわけがない。
そうして、ヨグ・ソトースの目玉が光るのを見た。自身が巨大な光線に焼かれることも。
「か、回帰。ち、ちくしょう、元から願いを叶える気など━━」
最後のセリフすら口にできずにゴーマは消滅するのであった。




