72幕 役者に脚本家をつけてはいけない
ケルビムは一瞬のうちに燃え上がる。まるでガソリンをかけられたかのように火はあっという間にケルビムを焼き尽くし、あとに残るのは宙に浮く魔晶卵だけとなっていた。
火の粉がチラチラと空中に瞬き、金粉のような魔力の粒子がケルビムだった残りカスであった。
「……悪いが、王家の継承権争いに使われる日もここまでだ。この時を待っていた。全てを終わらせる日を。新たなる世界を創り上げることができる日を」
これまでろくに口を開かなかったゴーマは、世界全体を見下すような嘲笑を見せて、空中に浮く魔晶卵へと指差すと、魔晶卵は手元に引き寄せられる。
「さぁ、ケルビムの魔力を吸収し、目覚めよ、完全なる魔晶卵よ!」
ゴーマが魔晶卵を掲げると、ケルビムであった魔力の粒子が集まっていき魔晶卵へと吸収されていく。
魔晶卵が黄金のように輝き、魔晶卵から膨れ上がる存在のオーラが周囲へと広がり、講堂は地響きで激しく揺れ始める。
なにかとんでもなく嫌な予感がします。こめかみから汗をたらりと流し、カナタはせっかく考えた脚本が壊れに壊れ、皆が裏切ったことを知った。
ちらりと与一先輩とユリアを見ると、冷や汗をかいていた。ギルティ、ギルティな予感がバリバリします。
(ルーン文字がなんでバレてるんですか!?)
(私が情報流すようにメイドさんにお願いしたからかな? あと兄上に引き寄せのワンドを渡すようにも言ってた)
(私がルーン文字のことをメイドさんに教えたからかも。どこに書かれているかとか消し方とか)
なんてことでしょう、2人は僕の脚本を台無しにして裏切ってました。あと、天音が裏切りすぎだと思います。
(シンオー家に、今回のイベントで潰れるようにワンド渡して情報を漏洩したのに、全部重なってた!)
僕は脚本家だから、いくらでもストーリーを変えて良いんだよ。だから裏切り者じゃないよ。
三者三様、どこまでも劇の質を求める役者たちは天文学的な確率で、ゴーマの召喚と裏切りとなった模様。
「ふははは、今、世界の均衡は崩れ落ち、新たなる神が訪れる! 絶望せよ、人類よ!」
ゴゴゴと空間が揺れて、驚くことに空間にヒビが入っていく。もしかしたら、いや、もしかしなくても、やばい存在が現れる予感。
「カナタさん、少し危険な感じがします! あの空間が割れるととんでもない存在が出現しますよ!」
「ハデデスじゃなくてハデスが現れるとか!? 冥府の神が現れたらたしかにやばい!」
セイが珍しく焦った顔で、カナタの頬をつついてくる。巫女が焦るほどの化け物が出現するということなのだろうか?
「この講堂に残ったルーン、あれは誰も知らないはずのルーン文字なんです。秘文として語られてもいないはずなんですよ」
「失われた外神を召喚するルーン文字なんだね! なんてことだ……」
地面の揺れはいよいよ激しくなり、立っていることも難しい。天井は今にも崩れそうで、地割れも起きそうだ。
「……え~と、なんでそんなにルーンのことに詳しいんですか? レルムはそこまでの知識はありませんでしたよね?」
なぜか半眼になる巫女だけど、僕は知らないよ。ショップで一億ポイントで売ってたなんてないよ。
「犯人がここにっ! ちょっと、この世界を破壊するつもりですか? さっさと掃除魔法でルーン文字を消してください!」
「本当に洒落にならない展開なんだね! でも大丈夫、あれを見て!」
僕に冤罪をかけようとするセイを落ち着けようと、ユリアとシグルドへと視線を移す。
「大変、しーちゃん! ここは私が引き受けるからしーちゃんは逃げて!」
「何を言ってるんだよ、ユリア! ここに君を残していけるわけないだろ。なにが出てくるのか分からないけど、一緒に戦おう!」
「しーちゃん……。それじゃ、一緒に戦おうよ! 実は骨董品屋で買った錆びた剣があるの! 二人の愛が合わさると真の力を発揮するんだって! 私はしーちゃんを愛してるよ!」
「ユリア! 俺もユリアを愛してる!」
この事態を引き起こした犯人の一人は、主人公と愛を確かめ合っていた。さりげなくショップで買った聖剣を取り出して、シグルドに渡そうとしている。
唐突すぎる展開であるが、それだけ空間の裂け目から現れる敵がヤバいと肌が感じてるのだ。
ユリアが錆びた剣をシグルドの手に渡し、二人が告白を終えると、剣が輝き始める。錆びた剣身は白い光に覆われて氷のように溶けていき、純白の剣身が姿を見せると、神秘的なオーラが周囲へと広がる。
「マスターソードを手に入れた! ちゃらら〜」
その光景を見て半眼になって呟いてしまう。聖剣って十億ポイントと書いてあるからご利益は確実だろう。放置していても、現れる神を倒してくれそうだ。
もう片方の犯人へと目を向けると━━。
「弟よ、ここでお前は命を落とすのだ。皇帝の座は一つのみ。その椅子は皇族の屍の上に立っているのだからな!」
「同じ想いを持つとは、やはり兄弟ですね。兄上とはここでお別れです!」
二人目の犯人は降臨しようとする神を無視して、兄弟での殺し合いを始めていた。剣と剣がぶつかり合い、魔法で彩りを添える。二人とも高ランクの身体強化を使えるため、恐ろしく速い動きで縦横無尽に走り回り、激しい戦闘をしている。
あっちは兄弟間での皇位継承権争いをしていた。そろそろ講堂が崩れそうなのに、ガン無視である。
「お前ら、無視をするなと言いたいが、まぁ、良いだろう。ここに今、外なる神が降臨する!」
無視されても、黙々と己の行動を続けるゴーマ。これはあれだ、撮影中に主演たちがアドリブを始めて、その流れに乗れない新人役者がひたすら真面目に演技を続けるパターン。特に小さな箱の劇に多くて、真面目にやってる新人が浮いてしまう可哀想な光景。
空間が割れて、裂け目の奥から手が伸ばされる。瘴気が空気を腐らせて、世界を侵食していく。
そんな世界の危機につながる光景なのに、それぞれてんでばらばらに演技をしているシュールな光景。
「セイさん、僕はここに来て気づきました」
「なにをですか?」
「役者に脚本家の権限を付けては駄目だと! 皆、これが一番良いストーリーだと信じて、それぞれに脚本を改竄するから!」
せっかく僕が脚本を用意していたのに! 脚本を用意したのに、このギリギリで改竄しやがった! 先輩だって許せないことがあるのだ。まぁ、僕ももっと良い脚本にできると変えたけどさ。
仕方ないので、シグルドとユリアの愛の告白が終わるまでは僕が相手をするしかない。劇だと主人公たちの愛の告白の時間は、敵は手を出さないがここは現実、リアルに時間が過ぎていくのだから。
哄笑するゴーマの頭上に外神とやらが姿を完全に現す。
どれくらいの年月が経過したのか分からないボロボロのローブを羽織り、手には人の骨で作ったと思わしき、禍々しい骨の杖。それらを身に付けているのはスケルトンであった。頭蓋骨の上には宝石に彩られた黄金の王冠。頭蓋骨の眼窩は窪んだ穴が開いており、紫の炎が宿っていた。
その存在はこの世界にはいてはいけないと、一目で分かる。『神』なのだと。
……んん? でもさ、おかしくない?
「ゴーマさん、ハデスではなく、他のもっと危険な神を召喚したのでは?」
どこからどう見てもハデスに見える。
「我こそはハデス。死と終わりを司る神なり。人間よ、この世界を冥府と繫げ、死のない幸福の世界へと誘おう」
骨の杖を掲げて、嗄れた声で宣言するハデス。ハデスだよねぇ……。
「……おかしいな? 私は外神を召喚したはずなのに、なぜハデスなのだ? ハデスと召喚の手順がまったく違うから少なくともハデスが召喚される理由はないのに?」
ゴーマも首を傾げて、不思議そうである。ゴーマとカナタの疑問の視線に、ハデスも気づく。
「んん? なぜ恐れないのだ? 我こそはハデス。ハデスを召喚せし者よ、そなたの願いを……ハデスを召喚したんだよな? ハデス、だよね?」
なぜに助けを求めるように、僕を見てくるのかな、この神は? いや、その視線は僕ではなくセイへと向けていた。
「えっとですね、ギリギリで皆が脚本を変えたために、連絡をするのが遅れまして……。ほら、報連相をするにも書式を整えて、見やすいようにするのがビジネスマナーだと小生は思うのです。今連絡しました。ほら、この前送ったメールだと、ビジネス用語って知ってるはずだよねと嫌味を言われたので」
指を突き合わせて、気まずそうな巫女である。いるいる、そういう上司。報告の中身は問題ないのに、報告書はビジネス用語を使ってまとめるようにとか嫌味を言う奴。マストとかシップとか、よく意味も分からずに使って、俺はできるんだよねアピールをするんだよ。
そうすると緊急時の連絡も内容を伝えることを2番目にして1番は見た目を良くすることに注力するから、報告が遅れるという、意味のわからない状況になるのだ。
「……あ、へー、ほー、そんなこと俺言ったっけ? 言ったな、うん、チームリーダーの在り方っていう本を読んだ時だな、うん。え~と、ふむふむ……そっか、ハデス召喚をやめたんだ。へー、ほー、ふ~ん……。ゴーマよ、ヨグ・ソトースを召喚するつもりだったのだな?」
「あ、はい。え~と、私は外神であるヨグ・ソトースを召喚した、つもりです?」
「あ、そうだったんだ。あ~、なるほどね、たしかにこの手順だとハデス召喚は無理があるや、なるほど、なるほど」
よいせと一声あげるとハデスは空間の裂け目に戻る。
「え~と、これか、どこにしまったかな、あ、これじゃね? ゲホッゲホッ、ホコリまみれじゃん、もう、ストーリー変えるなら、早く言ってくれよな、あー、もー、天才役者の俺じゃないと、この展開についていけないぜ」
そして裂け目の奥から聞こえてくる舌打ちと、散らかった部屋でなにかを探すような物音。
そうして数分後━━。
「我こそはヨグ・ソトース。全てを見抜くもの。時の流れを支配するもの。過去、現在、未来、時間は全て統合されて一つとなり、全ての存在は幸せのなかに生きるだろう」
裂け目から巨大な目玉が現れると厳かに告げてくる。目玉の裏側に埃ついてるよ。
そっか、この世界は一柱の神が創造した世界。ハデスなどの他の神々がいるわけはない。ということはだ━━。
「ゴーマさん、世界を救うとかよく意味がわかりませんが、これが貴方の求める世界なのですか!」
「ふ、ふん、そのとおりだ、ヨグ・ソトースの力により時間は意味をなくす。全ての存在は幸福の未来を作れるし、絶望の過去をやり直せる! これにて世界の救いはこのゴーマの手で行われるのだ!」
さっきのは見なかったことにして、僕たちは話を続けるのでした。




