71幕 ハデデス教団と第一王子
「へ!?」
頼朝は自分の予想を超えた光景にぽかんと口を開けて立ち尽くしてしまった。このワンドを使えば、与一の証拠が現れるのではなかったか? たしかにメイドはそう言った。裏切る可能性もあるとは思ったが、シンオー家の当主であるケイトが繋ぎをとった相手だ。現状を考慮するとシンオー家が裏切る可能性は極めて低く、だからこそメイドの裏もとっていたのだろうと思っていた。
「再びここに来るとは……。しかし全てを終わらせるにはちょうど良いかもしれぬ」
「ひょっひょっひょー。ありがとうございまーす、頼朝王子。これだけの魔力持ちを生贄にすれば、じゅーぶんに魔晶卵を育てることができまーす」
ゴーマとケルビム。ハデデス教団の教主と幹部が頼朝を見ていた。敵意からではなく、計画通りですなと、同志を見る目だ。
「こ、これはどういうことだ? ケイト、いったいどうなっている?」
「そ、そ、それがどういうことか……。おい、天音、き、貴様、どういうことだ? 証拠が出てくるのではなかったのか?」
正気に戻った頼朝がケイトへ振り向くと、ケイトはメイドの方へと向いて、焦った顔でツバを飛ばす勢いで叫ぶ。
その様子から、ケイトが裏切ったわけではなく、自身も計画通りにいってないことがわかる。
「証拠はおわたひしたはずれす。そのワンドを使うと持ち主が犯人になる証拠れす」
もぎゅもぎゅと口いっぱいにマカロンを口にして、さらにはマカロンを両手に持ったメイドが素知らぬ顔でいた。ケイトの責める声もそよ風のように流して、罪悪感ゼロの表情だ。テーブルに置かれているマカロンの山盛りもいつの間にかゼロだ。
「ば、馬鹿なっ、『嘘発見』を使ったときは、問題はなかったはずだぞ? いえ、そうか、第二王子が使えば証拠になると言う意味か!」
「貴様、そんな悪名高い魔法を使って判断していたのか? あの魔法はいくらでも抜け穴があるから、頼りにしてはいけない魔法だぞ?」
『嘘発見』は相手の言葉の虚実を見抜く。とされている魔法だが、実際には言葉というものは、『言葉遊び』という言葉があることからわかるとおり、いくらでも誤魔化せる。たとえ『はい』『いいえ』で答えても本人の認識を曲解していればそれは真実にも嘘にもなるのだ。
だからこそ、この魔法は廃れた魔法だ。虚実を見抜けるという効果が一定の信用を得ることができるので、たちが悪い。混乱を助長するだけの魔法である。
「い、いえ、もちろん、裏付けもとりました。第二王子の侍従からも情報を集めていたのですよ。スマートフォンにもこのように撮影しております!」
ケイトが取り出したスマートフォンには数人の侍従が撮影されていた。どうやら、裏付けとして集めた情報を語っている様子らしい。
『絶対に第二王子はハデデス教団と繋がっています。卵から生まれたエッグマンを大量に処理しているのを見ました。人参一箱を賭けてもいいうさ』
『この間、ハデデスを祈る儀式をしていました。新鮮なキャベツを生贄にしていたので間違いないと思います。キャベツはスタッフがあとで食べましたまきゅ』
確実な証拠ですと、スマートフォンを宝物のように見せつけるケイトを見て、頼朝は頭が痛くなった。
「馬鹿な……。ケイト、貴様、当主の継承順位は何番目であった?」
「はい? 私は42番目でした。それまでは傍系の味噌っかすと呼ばれていたので当主になれたのは幸運でしたね」
「くっ、当主であるということで無条件に信用してしまった……。そうか、この戦争で主だった後継者たちは死んでいたのか。細目だから自然と狡猾な男だと思っていた……」
キョトンとした顔で何を聞くのかとアホ面を晒すケイトを見て、クラリと目眩がする頼朝。細目の男性は平気で仲間を裏切り、狡猾に自分の目的を達しようとするのがテンプレなのに、よくよく見ると細目以外はノーンとした素朴な田舎者だとわかった。シンオー家の当主であるということが頼朝の目に色眼鏡をかけていたのだ。
このパーティーはなかったことにしたいが、現実は非情に進む。ここぞとばかりに与一が糾弾してきたのだ。
「兄上! まさか兄上がハデデス教団と繋がっていたとは、尊敬していたのに残念です! 騒ぎを起こしてどうするつもりなんですか? 次代を背負うアカデミーの生徒たちや、優秀な臣下たちを害しようなどとは、皇族として信じられません。これは陛下にもお知らせします!」
与一の糾弾の声に、周りにいる人々もなにが起きているのか段々と理解してくる。
「もしや第一王子がテロリストと結んでいたのか?」
「そのようだ……もはや言い逃れはできまい」
「こんなことで終わるとは第一王子も大したことはなかったな」
ここにいる面々は力を持つ高位貴族が多い。この醜態を見れば嵌められたと分かっていても第一王子から距離をとることは明らかだった。
頼朝もそれを理解していて、悔しさのあまり歯噛みする。だが、ここで引くわけにはいかなかった。
「おのれっ、謀ったな与一! だが俺が無関係なのは己の行動で示してやるわっ! ケイト、アホ面を晒してないで、そこの教主を殺せっ! 道化野郎もなっ!」
この上は冤罪を証明するため、ハデデス教団の教主たちを皆殺しにするしかないと悟る。
「は、ははっ! かしこまりました、シンオー家の奥義『マリオネットドール』展開!」
頼朝の怒声にビビり、ケイトは己の分身を作る。その数は20体。底辺の継承者とはいえ、その固有スキルは他の人間とはレベルが違う。ケイトと同じ能力を持つ分身たちは、死の恐怖もなく、死兵となって敵を倒すのである。
「雷よ!」
『ライトニングチェーン』
戦闘の火蓋を切ったのは無数の雷。射出速度と耐性に強い貫通能力、さらには敵を麻痺させる追加効果もある魔法。
雷は鎖となりゴーマとケルビムを襲う。だが、迫る雷鎖を前に、道化はニマニマときみの悪い笑みを崩すことはなく手を広げる。
『魔法吸収改!』
薄膜がケルビムを覆うと、雷は吸い込まれて霧散してしまう、嵐のように振り注ぐが、その薄膜は壊れることはなく、ケルビムに焦げの一つも与えることはなかった。
「なに!? ルーン文字は全て消去したはずなのに、それでも吸収できるだと!」
「そのとぉりでぇす! 仕掛けたルーン文字を消したようですが、私自身を守る程度の魔法吸収はできるのですよ! そしてぇ、これこそが新たに完成した必殺の魔法!」
『ブラックホール』
ケルビムが手を振り、魔力を空へと打ち上げると、虚無の塊が空へと出現する。光をも呑み込む超重力の塊。小指ほどの大きさでも惑星の地軸に大きな影響を与え、全てを無とする恐ろしき現象のレプリカ魔法はレプリカであり、その威力は比べ物にならない小さな力だが、それでも十分だった。
「うぬっ、俺の魔力を吸い出すというのか!」
頼朝は身体が一瞬浮いて、魔力が引き出されるようにゴッソリと抜けていくのを感じて顔を顰める。
普通の魔法吸収ではない。本来なら、魔法吸収はそれほど強い魔法ではないのに、壺に入った水をひっくり返して全て呑み込まれた感じを受けたのだ。
それでも、頼朝はまだマシであった。魔力を抜かれはしたが、それでも7割以上は残っている。戦闘に支障はない。
だが、魔力に頼ったスタイルの人間が横にいた。
「うわぁ、わ、私のマリオネットが!」
魔力にて形成されているケイトの分身たちはその攻撃を逃れることはできず、風船のように浮くと、掃除機に吸い込まれるようにブラックホールに吸収されていってしまった。
シンオー家にとっては致命的な魔法であり、悲鳴を上げるだけの木偶の坊へとケイトはなってしまったのだ。
「うさ〜」
「まきゅ〜」
ついでにテーブルに置かれた料理も吸い込まれ、意地汚く料理に食い付き離れないウサギとマーモットも吸い込まれていったが無視して良いだろう。
そうしてブラックホールは、周りの魔力を一通り吸収すると、漆黒色の球体を透き通る球体へと変えてゆく。
明らかに完全になにかが成ったとわかる状態だ。
そして、ケルビムはそれが何かを十分に理解していた。
「にょほほほほ、どうやらホワイトホールに成ったようですね! このホワイトホールを魔晶卵に充填させてぇぇぇ、吾輩が呑み込むとぉぉぉぉ」
魔晶卵を掲げ、透明な球体を吸収させる。ケルビムの笑みは不気味にして不吉な深い笑みへと変わってゆき、魔晶卵を呑み込んでしまう。
「ふはっ、力を、力を感じます。偉大なるハデス様の力をぉぉぉ、吾輩こそが絶対者として君臨する時がきたようでぇえす!」
ケルビムの身体が徐々に膨れ上がり、膨大な魔力が視認できるほど噴き上がり、なにが起きるか分からなくても、皆は死の恐怖を感じて後退るか、腰を抜かして座り込んでしまう。
「わざわざ変身を待つ愚か者はおらぬわっ! 秘剣流星!」
魔力にて剣を形成すると、頼朝は加速し、名前通りに流星の如き速さで剣を繰り出していく。もはや達人でも追えぬ速さの連撃はケルビムの急所を確実に攻撃するが━━。
服を切り裂き、表皮を少し傷つけるだけに終わってしまう。流星剣の無数の剣撃は命中はするが、その身体にはナイフで指を切ったかのように僅かなものであった。
それを見て、堪えきれぬと哄笑するケルビムは、あっさりと高速の剣を小枝でも掴むかのように止めた。
「ぬっ!? 馬鹿な、俺の秘奥義は光速、効かぬどころか、止められるだと!?」
いくら力を入れようとしても、剣を取り戻せない頼朝が唸るのを見て、ますます嘲笑うケルビム。
「ぶははは、脳筋ここにあり、ですねぇ。吾輩の力も分からずに闇雲に攻撃してくるとは。呆れたものでぇす。そんな愚か者には吾輩の力を━━」
見せてやろう。そうセリフを続けようとしたケルビムであったが━━。
ズブリ
胸に剣が刺されていた。
いや、背中から胸にかけて貫いていた。
「こ、これは、ゴーマ様?」
信じられない光景に震えて、後ろを見ると、ゴーマはなんの感情も浮かんでいない目でケルビムを見ていた。
「お前はよくやった。さらなる力を求めるにはケルビムよ、お前という生贄が必要だったのだ」
ボソリと言うと、ケルビムの身体は一瞬のうちに燃え上がるのであった。




