70幕 夏休み最後の日
「弟も分かりやすく俺の牽制をしてくれるものだな。自分の勢力を広げて、この俺に対抗するつもりだとは小賢しい真似をするものだ」
入室した者に威圧感を与えるように考えられた豪奢な部屋にて、ソファに座った大柄の男が手にする手紙を見て侮蔑を浮かべ、ふんぞり返っていた。
「既に殿下の王太子の道は石造りの道のように踏み固められております。もはや何もせずとも、玉座は殿下の手に入りましょうぞ」
「ふん、そのとおりだ。あやつもだいぶ焦っているようだな、『夏休み最後の日を楽しむパーティー』? ネーミングセンスはないし、罠なのは明らかだ」
「ご指示のとおりパーティー会場を調べたところ、ルーン文字と思われる刻印が多数見つかりました。既に削除してあるので、安全となります」
「くくくっ、やはりな。入学式のことを耳にしてハデス教団と与一は繋がっておるのではないかと考えていたが大当たりだったわけだな」
対面に立つスーツ姿の男に口角をつり上げて語る男の名は、アトランティス帝国の第一王子、頼朝・アトランティスだ。捻れた太い眉毛と力強い目つき、与一とは異なり猛将と例えるとちょうど良い。歳は24で、既に王としての貫禄を持つ男である。
彼は立太子を目指して、自分の持つ軍と、事業にて稼いだ財を持って勢力を広げていた。本来は与一第二王子とは歳も離れており、立太子において負けるわけがなかった。
頼朝は顔は強面で、武の面でも強いが、第一王子として事業展開をしていたため、財力もあった。
なによりも、古代の『名封じ』という術を使い、第二王子は決して第一王子に勝てないようにされていたのだ。頼朝という名前に対して、与一という名は仕えるという意味を持っていた。それほど強い効果はないが、歳の差もあり武も財もあるため、それがとどめの一撃となっていたはずなのだ。
しかしながら与一第二王子は勢力を伸ばし続け、遂には第一王子に比肩する勢力を形成している。
これは、ここまでお膳立てがされているにもかかわらず、第二王子を抑えることができなかった第一王子に問題があるのではと、頼朝の実力を疑う声も上がってきている。
そのため、余裕のある態度とは違い、実のところ頼朝はかなり追い詰められていた。未だ皇帝は健康で在位に不安はないとはいえ、頼朝は焦っていたのだ。
そこにパーティーの招待状。さらに勢力を伸ばされると危機であると考えていたのだが━━。
情勢を一変させる情報を手に入れたのだ。
「しかし、与一がハデデス教団の教主と繋がっていたことが知れたのは幸運であった。大きな功績ゆえ、そなたには俺が皇帝になった暁には、多大な報酬を与えると約束しよう」
「ははっ、ありがとうございます、殿下」
対面に立つスーツ姿の男が恭しく頭を下げる。その礼は文句のつけようもない綺麗なもので、彼が本当に忠誠を捧げていると思うくらいだ。
頼朝も表向きは忠臣に対する笑みを向けている。だが、内面は冷ややかであった。
(7家の大乱で没落する一歩手前まで落ち込み、もはや手がなかったかシンオー家め。しかし……予想以上に7家は弱まっているようだな)
スーツ姿の男。細目で中肉中背、あまり存在感のない空気を醸し出すが彼は帝国を支配する7家の一つ、シンオー家の当主である。いや、新当主と言ったほうがよいだろう。当主は先日殺されたのだから。
ニコニコと笑みを浮かべるが、なにを考えているか分からない男だ。油断はできないが、使える男でもある。
この7家の大乱の前は、どの王子につくか日和見していた癖に、急にすり寄って来ていた。
(……それも無理はないか。与一が王太子となれば、戦力を大きく減じたシンオー家は確実に潰される。なにせ、与一のそばには漆黒の聖女であるカナタ・アマガミと勝家・シンがいる。それはクオーン・シンがついているということだからな)
クオーン・シンがシンオー家を追放された話は有名である。あの英雄を追放した家門は、それでも大きな勢力を持ち、シン家になにかと嫌がらせをしていたことも。誰かしらが仲を取り持ち、シンオー家に取り込めば良かったのに、愚かにも彼らは固有スキル『マリオネットドール』を使えないクオーン・シンをあくまでも認めることはなかった。
これまではそれでも良かっただろう。たとえ第二王子が勝利し、王太子となっても巨大な勢力を持つシンオー家には手を出すことは難しい。しかし、現状ならば、シンオー家は対抗できないだろう。
だからこそ、シンオー家は頼朝にすり寄って来ていた。手土産にハデデス教団と与一との繋がりという情報を持って。
「あとは、パーティー会場でルーンが発動すると思って現れる間抜けなハデデス教団の教主を捕縛。そして与一第二王子との繋がりを暴露すれば、自ずと殿下の手元に王太子の座は転がり落ちるでしょう」
「うむ。そなたの忠誠有り難く思う。では、与一の笑みを剥がしに行くとするか」
堪えきれない笑いを浮かべ、頼朝はソファから立ち上がり、ふと小さな疑問を口にする。
「そういえばこの情報はどこから得たのだ?」
「あぁ、どこにでも雇用に不満を持つ者はいるものです。先物取引で大損をしたメイドの天音というものが、シンオー家に情報を売りに来たのですよ」
「そうか。いつの時代も金が全てを台無しにするものだな。クオーンも使用人に金をかけなければ、破滅するとわかるだろう」
「それが落ちこぼれのクオーンの限界。成り上がりは自分で墓穴を掘るものなのですよ」
「なるほど、たしかにそのとおりだな」
2人は軽く笑うと、パーティー会場へと向かうのであった。
◇
パーティー会場は、アカデミーの復旧された講堂であった。与一はレンタル料を弾んだらしく、金に困っているアカデミーは二つ返事で了承したらしい。
アカデミー前には多数の高級車が駐車しており、護衛の数も多い。恐らくはアカデミーの生徒たちのほとんどを招待しているのだろう。
「ふ、ここが己の最期の栄光となることも知らずに気楽なものだな」
頼朝は冷笑してパーティー会場に入る。チラホラと知っている顔もいることに顔を歪める。知っている顔ということは、それなりの力をもつ家門の者か、有能な人間であることを示す。そいつらがここにいるということは、即ち頼朝を見捨てたということなのだから、ここがパーティー会場でなければ、怒り狂っていたことは間違いない。
頼朝は有能ではあるが、猛将とも言える相貌と比例するように短気であり感情的になることがままあった。
それでも理性がパーティー会場で怒りを見せることはしなかった。多少足音が荒々しくなり、その目つきが恐ろしいものになることは隠せなかったが。
「ようこそ、兄上が私のパーティーにいらっしゃるとは思ってもいませんでした。招待状をいくら送っても、返信もないので兄上のもとに招待状か届いているのか不安に思っていたところなんです。ほらよく言うではないですか、天上の人は目と耳を塞がれることが多いと」
「はっ、俺がそのような暗愚だと? 招待状は見てはいたが、なにぶん俺は王太子として忙しくてな。あぁ、まだ王太子とはなってはいないが事前にどのような仕事かを把握するのも重要であろう?」
パーティー会場に入ると、にこやかな笑みを浮かべて、すぐに寄ってきた弟の言葉に、苛立ちを覚えながらも、頼朝も笑みで返す。
以前はここまであからさまな皮肉は言っては来なかったが、随分と状況は変わったらしい。
(くそっ! これも7家のせいだ。愚かにもお互いに潰れるまで戦争をしおって。あんなことがなければ、俺の王太子の座は動かなかったものを)
3家ほどは王太子側だったのだ。残りは4家だが、シンオー家もそうだが、本来は日和見で、どちらに天秤が傾くかを見定めているので、ほとんど問題はなかった。隙を見せずに3家が離れないように無難に動けば、王太子の座は転がり込んできたのだ。
「では兄上も夏休み最後の日を楽しんでください。私の学生生活はすぐに終わりますから、兄上の椅子を磨く時間も取れると思います」
「それは親切か? お前が俺の椅子を磨くとは、臣従するという意味なのか?」
「いえいえ、すぐに私のものになると思うので、綺麗にしておこうかなと。ほら、兄上の執務室は本来は王太子の使う部屋でしょう?」
「はっ、随分と偉くなったものだな。その余裕がいつまで続くか、見ものであるぞ?」
「兄上こそ、私のパーティーに出席するのではなく、しっかりと足場を固めておいた方が良いと思いますよ?」
2人とも笑みは浮かべてはいるが、その内心は稲光を発生させている。側に近づくのも躊躇われる重い空気を発生させており、その様子を見て皆はそそくさと距離をとる。
皆が遠巻きに眺める中で、先に引いたのは与一であった。
「少しお茶目な冗談が過ぎましたか。兄上も楽しんでください、それでは」
先に引くことは弱気に見られることもあるのに、与一が引いたことに意外に思いつつも、それこそが余裕の現れなのだろうと鼻白み、去っていく与一を見送る。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな? あのムカつく顔も見飽きた。ここで抑えることができなくては、貴様はタダでは済まさぬぞ?」
「はい、メイドが隙を見て私たちに第二王子の企みを示す証拠を持ってくるはずです」
「そうか、それならば良い」
ここでなんとしてでも、与一を潰さなければならない。もはや頼朝にとっては与一は弟ではなく、不倶戴天の敵であった。
━━そうして、憎き与一のパーティー開始の合図と共に、しばらく宴が続き、いつ証拠が来るのかとイライラしていた頼朝であるが。
「殿下、お酒のおかわりはいかがでしょうか?」
カクテルを運ぶメイドがさりげなくワンドを手渡してきた。小さな手のひらに収まるサイズの銀製のワンドだ。
「これは?」
「このワンドが第二王子の証拠となります。人々の中心にて使ってみて頂ければと。全ての証拠がさらけ出す作りとなっております」
「ほう……。このワンドにあやつの証拠が入っているのか、よくやったメイド」
手の中でひんやりとするワンドを握りにやりと笑う。
「よろしい。ではやってみるか」
飛び上がりたいほど喜びたい頼朝はズカズカと会場の真ん中に向かうと、皆の注目を集めるためワンドを掲げる。
「皆のもの、俺の名は頼朝・アトランティス。第一王子の名のもとにこれを見てほしい!」
突然の宣言に皆が注視する中で頼朝はワンドに魔力を流し込む。
「見よ、この悪行を!」
ワンドが光り、第二王子の証拠が現れる。
「ひょーひょっひょっ、ハデデス教団、再びの再会でぇす!」
「これが終わりを告げる時である」
道化のような装いの魔法使いとスキンヘッドの魔法使いが出現するのであった。
「へ!?」




