68幕 混沌が始まります
今日も今日とて、どこかで爆発音が響いてきた。もはやBGMレベルで、毎度毎度、とってもうるさい。
「あぁ、人は争いを捨てられないのでしょうか。重力に引き寄せられた人類はお互いを分かり合うことをせずに、相手を討ち倒すことだけを考えているのですね、悲しいことです」
ウィンナーコーヒーのクリームを舐めつつ、カナタは哀しげに呟いた。やはり、このコーヒーを飲むときは小さなスプーンが必要だねと。
「いやぁ〜、どこも戦争をやめる気はないんですねぇ、7家全てが戦争をしているため、優秀な魔法使いから死んでるらしいです、クオーン様を追い出したシンオー家も、戦力を大きく喪って、なんとクオーン様に戻ってくるようにと連絡をとっているそうです。プライドの塊であるあの家門がそこまで追い詰められるとは、いい気味ですよ、ふふふ」
カナタの髪を梳いている天音がクスクスと笑う。クオーンは7家の一つ、シンオー家から固有スキルを使いこなせないため追放された。英雄へと登りつめても、コンタクトを取ろうとせずに嫌がらせをしていたらしいのに、そこまでするとはかなりの戦力の減少となったのだろう。
━━そう、レオナが7家の当主を殺害して以来、7家は全面戦争へと陥った。レオナが犯人であるのはすぐにバレたので、他の6家は報復しようとした。
普通ならば、それでレオナも家門も終わりである。しかしながら、6家はそこで問題が起きた。
6家はそれぞれ当主が亡くなっているため、後継者たちが我こそはと名乗りをあげたのだ。クジン家を滅ぼした功績をもって、当主となる。それはわかりやすい功績で、誰も文句をつけようがない。
しかし、後継者は一人ではない。どの家門も後継者争いをして、勝ち残った者を後継者とする手段をとっていた。そこで問題が起きた。
当主が死んでいるため、誰も彼もストッパーがいないために、手段を選ばずに行動を開始したのだ。最初からライバルを殺そうとして、部屋に爆弾を仕掛けるのは当たり前、魔物を引き入れたり呪いをかけたりと暗躍をし、すぐに直接的な戦闘を始めることとなった。
さすがは劇の世界。修羅の国と言えよう。それが一門程度なら分かるが、6家全てである。後継者たちはそれぞれ派閥を持っていて、お互いに殺し合い、クジン家への報復もしていたので、足並みはまったく揃わず、足の引っ張り合い、それどころか密かにクジン家と組んでライバルを蹴落とそうとする者も現れて、遂には終わりの見えない消耗戦と相成ったのであった。
そのため当主が生存しているクジン家はレオナを先頭に、これ幸いと他の6家を滅ぼそうとしており、7家は恐ろしく戦力を減少させている。このままだと、潰しあって滅びる結果となると理解していても、止めることはできずに、結果、毎日戦闘音がどこからか聞こえてくる状況になっていた。
「一般市民に被害が出ていなければよいのですけど、大丈夫でしょうか」
「一般市民は、決して貴族が来ない安全な地区にいるので大丈夫ですよ、お嬢様。目立つ人間は入ってこない地味な地区があるんです」
「安全の意味がよく分かっている人たちですね」
「その地区では、戦闘をしたら追放されるのはもちろんのこと、転倒して女の子の胸を触ると追放、街角で若い男女がぶつかったら追放、痴漢にあっている女の子を若い男子が助けた場合、追放です。革命的なアイテムを開発したり、店の衣服を買い占めたりしたり、珍しい料理を作るお店を開店させたりしても追放です」
「追放のルールが個性的すぎる」
「地区の名前はモブブロックと呼ばれてます」
モブ専用の何も起きない地区らしい。たしかにそれだけ徹底していれば、視聴者も興味が湧くこともなく放置されるだろう。最初に考えた人は天才だな。
「ねーねー、おねーたん、まーちゃんもくりーむあ~ん」
ウィンナーコーヒーの生クリームが美味しそうだと、カナタのお膝によじよじと登って、お口を開ける幼女に生クリームをあげつつカナタは考える。
(『厄者』が被害を出す前に、お互いに潰し合うなら『厄者』なんかいらないじゃないですか。『主人公』を倒したのに、今度は自分たちで国を滅ぼそうとか笑えます)
「いやいやカナタさん。カナタさんの暗躍で、こんなことになったんですよ? やはり『厄者』は危険だということですよ」
「僕は何もしてませんよ? ちょっぴりレオナさんを好き放題にさせただけです。クオーンさんの分身を創った時もそうでしたけど、レオナさんも僕とは全く違った分身となりました。彼女は当主というしがらみなく、活動をするとこうなるんですよ。あと、僕の心を読まないでください」
2体目の『マリオネットドール』を作成し、レオナ・クジンを読み込ませたのだ。それによりレオナ本人と同等となった分身は暴れまくっている。6家の当主を殺したのは僕の作戦だけど、後はレオナが好き放題にしている。
「7家が滅びるのも時間の問題でしょう。そうしたらこの国もだいぶ風通しが良くなると思います」
「7家の陪臣たちの家門も戦争に巻き込まれているので、国が滅びる方が早いと思いますけどねぇ。それもまた一興、最近は平和だったので、ここらで1回滅びても良いと小生は考えています」
「そんなことをする前に、シグルドさんが世界を救いますよ。滅亡させるトドメの方法って教えてもらってもいいです?」
悪役としては気になるところです。邪魔な7家はもう終わりなので、安心して暗躍ができるってもんです。
◇
━━7家の争いは続いたが、アカデミーは平穏であった。なぜならば、アカデミーで己の家門の生徒を序列1位にする謀をする余裕などなくなったから。
例年なら生徒たちは派閥作りの実弾が飛び交い、序列1位にするための裏での刺客の送りつけなど、アカデミーは騒がしい。でも今は家門自体がなくなる危機なのでそんな余裕はなかった。しかも序列争いに伴うポイントも無効になっているので、ますます争う必要がなくなり、アカデミーは歴史上最高に平和だったのである。
その期間は実に半年。夏休みもな~んもなくて、ウサギに人参をあげたり、マーモットのギュイーンを見たりと、僕は平和に暮らしていた。明日からは二学期である。
平和である理由は『主人公』を殺したためとの証拠ともなっている。
「おーっす、なんだよ、またゴロゴロしてるのか? そんな暮らししてると太るぞ?」
マーモットとウサギと幼女と一緒に自室の部屋で寝てると、アーシャがノックもせずに入ってきた。相変わらず元気いっぱいの女の子だ。
「訓練はしっかりとしてるから太ることはないでーす。それよりもご機嫌ですね、アーシャさん」
「ん? わかるか? にひひ、ご機嫌にもなろうってもんよ。これ見てよ、これ。明日のクラス替えのお知らせ」
「あぁ、そういえばアカデミーは成績により、学期ごとにクラス替えをするんでしたっけ。その様子だと上のクラスになったんですね。僕はAクラスから変わりようがないので気にしてませんでしたよ」
よいせと起き上がり、鼻歌を歌うアーシャを見る。スキップをしそうな勢いでプリントを渡してくるので見てみると……。
「おぉ、Aクラスに上がったんですか! おめでとうございます、アーシャさん。最下位クラスから最高クラスになるのは大変だったでしょ?」
驚くことにプリントに印刷されていた内容はなんとアーシャをAクラスに異動するとの連絡であった。
鼻をこすり、ニマニマと笑みを隠せないアーシャは胸を張ると、手に持つプリントを振り回す。それだけ嬉しいのはわかる。アーシャはキーマンでもないのに、成り上がった。モブでそれだけのことをするのは快挙だ。キーマンならばレールに敷かれたイベントをこなしていけば、簡単に成り上がっていける。でも、モブはそんなレールは存在しないので、一から自分で努力しなければならないのだ。
「へへっ、やっぱり序列争いが普通になったことがあるな。ほら、訓練場で戦う前にファンですとか言って差し入れの怪しいジュースを手渡してくる奴もいないし、試合時間が変わりましたと、見たこともない教師が告げに来たりもしないからさ」
「それが異常だと誰も思わないのが異常なんですけどね」
「ポイントも無効になったから、後は純粋に戦闘をしたいとか、箔をつけたい奴らばかりだから卑怯な真似は誰もしなかったんだよ」
「7家の戦争の余波でアカデミーが平和になるとは、皮肉なものですけど、それもまた世の習いですか」
どうやら僕のやったことは、平和をもたらしたらしい。さすがは聖女と言えよう。言えるよね?
「まったくの偶然だと思いますけど、聖女らしいとは思いますよ。裏聖女カナタさん」
巫女が何かを言ってるけど、聞こえなーい。
「でももう二学期ですか。平和な時もそろそろ終わり、退屈ですのでなにか面白いことをしないといけませんね」
もう『厄者』を気にする者はいないだろうし、いてもちょっかいをかける余裕のある家門もいないだろう。ほとぼりが冷めたと思う。
「天音さん、第二王子とユリアさんに連絡をしてください。夏休み最後の日を遊びませんかと」
「かしこまりました。ですが、第二王子殿下に急に遊ぼうと連絡をしてもよろしいのでしょうか?」
「最近ハデデス教団も静かですし、警戒する必要もないので、きっと遊びに付き合ってくれますよ」
そろそろシグルドに活躍をさせるところだ。ここまで世界が混乱に陥れば、収拾するための救世主も必要である。
「うわぁ、ものすごい悪い顔をしてるぞ、お前。美少女が悪い顔をすると強面のおっさんよりも怖いんだけど?」
「それは勘違いですよ、アーシャさん。僕は今日なにをして遊ぼうかと考えてるんです」
なぜか顔を引きつらせて後ずさるアーシャさんだけど、世界平和しか考えない僕に失礼である。
(ハデデス教団……今の僕のポイントと、先輩たちのポイントを合わせれば━━)
きっと大きくポイントを稼げるだろう。僕の願いを叶えるためにも、上手くやらないとね。




