65幕 カナタという詐欺師
「うらぁっ!」
猛然と襲いかかってくるレオナ。
速い。さっきまでも速かったが、そこに強烈な殺気も合わさり、速さが段違いに見える。レオナの怒りのオーラにカナタの心が無意識に萎縮しているのだ。
萎縮した心は肉体を鎖のように縛り動きを鈍くする。同等の実力を持っていても勝敗に差がつくのは、心が負けているからだ。
だが、カナタの心が萎縮していたのは、ほんの数コンマ秒であった。
腐ってもカナタは役者であり、人々の前に立つ事を仕事としている。プレッシャーはいつものことで、殺気すらも演技する一流役者たちの中で揉まれてきたのは伊達ではない。
「緊急分解!」
リッチの骨の身体を分解させて、頭蓋骨以外は小骨に変わった身体はレオナの剣撃をすり抜ける。
「な、なんだこれ!? リッチの身体が分解した!?」
あまりの光景にギョッとするレオナ。
「ふふふ、驚いたでしょ? リッチの身体を研究した僕は悟ったのです」
「なにをだっ?」
「リッチの身体は骨が組み合わさっただけで自由に組み替えられると。ブロックのように積み替えて、敵と戦えると」
ズガーンと衝撃的な情報を教えるカナタちゃんだ。その自由気ままな心は常に斬新な方法を思いつく。
「というわけで、リッチクラゲモード!」
「アハハハ、美少女がやっちゃいけない戦法キタコレ!」
後ろでセイが爆笑するのをスルーして、頭蓋骨に骨の触手を形成させて空中に浮かび上がる。うん、たしかにこの形態は気持ち悪い。でも、今は演技中だから! 演技中だから仕方ないの!
「気持ち悪っ! 聖女の正体は骨クラゲだったのかよ!」
「なんとでも言ってください! 今度は僕のターンですよ。引き裂け、ブレードボーン!」
頭蓋骨を支点に高速回転し、骨の触手でレオナを攻撃する。回転する触手はブレードローラーとなり、狭い坑道の壁に爪痕を残し、レオナに迫る。
複数の触手での回転攻撃。それぞれが高さもバラバラに回転するので、人間では躱しようがない。受け止めても、受け流しても、次々と他の触手が襲うので、確実にレオナの肉体を削り取る。
「このくそがっぁぁぁ!」
何枚もの刃を持つ扇風機のようにレオナを切り刻み、レオナは苦痛の悲鳴を上げながら悪態をつき吹き飛ぶ。
「ふふふ、ふははは、手も足も出ないでしょ? さぁ、地獄のブレードローラーの次といきますよ! チェンジ、ボーンドリル!」
床に転がるレオナへと、触手を束ねて今度はドリルとすると、回転しながら突き出す。ブレードローラーにより傷つき体勢を崩したレオナへの追撃。胴体にドリルがめり込み、骨の砕ける音と、肉の裂ける音が響く。
「くそっ! 変幻自在の肉体とは厄介な!」
「アハハハ、なんか楽しくなってきました。続いて、骨万力固め〜っ!」
ちょっぴり調子に乗って、再び骨を分解させるとレオナの体を絡めとり、剛力で引き絞っていく。
ギリギリと骨の軋む音がして、レオナの身体が砕けていく音が響く。このままいけば倒せるだろう。骨の身体って便利すぎるよ。
「カナタさん、カナタさん、なんかやられそうな展開になってませんか? 調子に乗って殺られる悪人に見えますよ?」
「大丈夫、最近はこのまま敵を倒す展開が多いんです。このまま、力士男のようにバラバラにしちゃいます。グロいので倫理審査会にかけないとですね!」
「エロよりグロは審査が緩いので大丈夫ですよ。でも、小生はこの世界が魔法の世界だと忠告しておきますね」
「大丈夫、大丈夫です。このまま死ねぇ、レオナ! 最大フルパワー!」
万力のように締め付ける力を込めていく。たとえ、怪力のオーガでも振りほどくことはできないだろうパワー。悪役として大活躍のカナタちゃんだ。
今回は主人公が助けに来るパターンではなく、悪人が残虐なところを見せるシーン。悪いが『厄者』の恐ろしさを見せる時。
「ふぬぅぅぅ! バラバラになれーっ!」
「そ、そうはいかないさね……。クジン家の固有スキル、この力にはもう一つ能力があるのを見せてあげるよ!」
『生命返却』
骨の触手を掴むレオナの手が赤く光ると、締め付けていた骨の触手がまるで空気でも注入されたかのように膨れ上がっていく。なにか力を使われたらしいが、ヤバそうな予感。
「なぬ!? これは?」
「これは奪った生命力を任意の相手に注入する奥義さ。怪我をしていたら癒すが、健康体なら行き過ぎた生命力により腐り落ちるし、アンデッドなら━━!」
「まずいっ、万力固め解除!」
レオナの告げる意味を悟り、慌てて骨の触手を解除しようとするが遅かった。骨の触手は風船のように膨れ上がってしまい、レオナはしてやったりと笑みを浮かべて、脱出する。
「アンデッドには多すぎた生命力だろう? 風よ!」
『暴風針』
レオナが暴風を巻き起こし、鋭き針へと圧縮するとカナタへと撃つ。風船と化したカナタの骨の触手はふよふよと浮くだけでまともに命中し、爆発してしまう。
「くっ、僕の触手がっ!」
「これで終わりだっ! ヘッドクラッシュ!」
頭蓋骨だけとなったカナタへとレオナは肉薄するとボールのように掴み、地面に叩きつける。その威力により地面にはクレーターが生まれ、頭蓋骨は粉々とされてしまうのであった。
「はっ、めんどくさい敵だったけど面白かったよ。と、でも言うと思ったか!」
すぐさまその場を離れて、レオナは身構える。何度も着ぐるみだと言っていたことを忘れるわけがない。忘れてもらったら、復活の不意打ちアタックで終わってたんだけど、そうそう上手くはいかないか。
「では、ラストラウンドといきましょう。僕の最終形態でお相手します。コーホーコーホー」
なので、素直に空間の裂け目から姿を現して、ラスボスっぽく両手を広げて迎え撃つ。
「??? 舐めてんのかい? なんでガスマスクをした姿が最終形態なのさ!」
「なんかカッコいいと思いませんか? これからは死神と呼んでもいいんですよ?」
僕の姿を見て怒鳴るレオナだけど、ガスマスクを被った姿はカッコいいと思うんだよね。なんか強そうに見えない?
「それにカッコいいだけじゃなくて、こういう攻撃もできますしね。てい」
催涙弾を放り投げると、勢いよく噴出した煙により、狭い坑道は白煙に覆われる。白煙に気づいて逃げるマーモットとウサギ。
「ふははは、卑怯というなかれ。合理的な戦法こそ、確実な勝利を齎すんです」
「凄いです、カナタさん。どこからどう見てもド外道のヴィラン! 視聴率もうなぎ上り、小生も嬉しく思います」
褒めてくれるセイとは違い、レオナは怒り心頭に達していた模様。
「こんな小細工であたしを倒せるなんて思うなよっ、この卑怯者がっ!」
『烈風』
レオナが一振りすると、突風が巻き起こり、催涙弾の白煙はあっさりと散らされてしまうのであった。
僕はその光景を見て、小さく嗤うのでした。
◇
レオナは強敵だと思っていたのに、リッチを倒した後の本当の姿のカナタに落胆していた。楽しめると考えていた。リッチまではそう思っていたのに、手札を失った少女の対抗手段がしょぼすぎる。
「魔法使いに、普通の催涙弾が効くかっ! さっきの頭蓋骨よりもスカスカの脳味噌が詰まってるようだね」
「そんなにポンポンと悪態をつかないでくださいよ。汚い言葉を使い続けると、心も汚くなりますよ?」
「はっ、減らず口がどこまで続くのか見ものだね!」
拳に魔力を込めて、カナタへと間合いを詰めるべく駆け出す。こんなふざけた終わり方はがっかりだが、相手が『厄者』なら確実に殺しておかないといけない。
「ふんっ!」
「まだ魔力が残ってるとか、タフネスすぎます」
レオナが拳を突き出すと、ガスマスクを被ったカナタは、手をヒラヒラと揺らすと、放った拳をパチリと弾く。
それを見て右足を支点に、回転力を加えての連続打をレオナは放ち続ける。残像が残り、高速の拳撃はカナタを殴り殺そうとするが、予想外にカナタも拳撃で迎え撃ち、さらにはレオナの拳撃の軌道をずらされてしまう。
「へぇ、意外とやるじゃないのさ。最初からそうしとけよ、まぁ、受け流すのに全力を込めて、力ではなく速度を重視しているみたいだけど」
「残念ながら、貴方のスピードとパワー両方に対抗はできないので、スタミナが切れることを願ってます」
軽口を叩きながらお互いに拳を突き出す。が、レオナが見切ったとおり、カナタの攻撃は軽く、わざと拳を喰らっても、限界まで身体強化をして鋼よりも硬くなっているレオナは全く痛痒を感じなかった。
(まぁ、少しは楽しめるか。でもあたしのスタミナ切れを狙うなんて愚かなことを。リッチとの戦闘を経てもまだあたしには魔力は残っているし、体力だっていくらでも回復できる)
スピードに身体強化を限界まで振っているのだろうカナタに対して、レオナはまだまだ余裕があった。最強の戦闘狂との噂は伊達ではない。
そう思っていたのに、視界が僅かに揺れる。なぜか息が切れ始める。頭がズキズキと痛み、体の動きが鈍くなっていく。
「な、なんだ? これしきで疲れたって? そんなはずは……久しぶりの強敵を前に体力配分を間違えたか」
「やっぱり疲れてきたようですね。後は僕が疲れ切った貴方を倒すだけです」
嘲笑うカナタに、レオナは可笑しく思って、思わず笑ってしまう。もうこのスポンジ頭はレオナの能力を忘れたらしい。
「そりゃピンチだね! でも、あたしにはこの技があることを忘れたのかい? 体力なんぞいくらでも回復できるんだよ!」
『ライフスティール』
哄笑しながら、レオナはカナタの腕を掴み、生命力を吸収しようとする。クジン家の奥義であるライフスティールは、生命体への特効だ。負けることはない。
そう思っていた。カナタの肉体が漆黒に染まり、消えるまでは。
「これは!?」
「それはシャドウサーバント。冥府術の奥義であり、一発食らうと消えてしまいますがその他は僕と同じ能力の分身ですね、コーホーコーホー」
戸惑うレオナへと、坑道の離れた場所にいつの間にか立っていたカナタが可笑しそうに告げる。
「こいつ、舐めた真似をっ、すぐに殴ってやるからそこを動くな……あれ?」
カナタはまたもや安全圏にいたことに怒り、レオナは駆けようとするが、なぜか膝をつく。
「う、動けないほど疲れてはいないはずなのに……なんで」
そのまま崩れ落ちて、地面に倒れ伏してしまう。もはや虫の息となり、レオナは身体を動かすことができなくなっていた。
「それは簡単です。坑道に僕はたくさんルーンを刻んで置いたんです。足らないルーンもウサギとマーモットに刻んでもらいました」
「る、ルーン? な、なんのルーンを」
「『二酸化炭素上昇、酸素減衰』のルーン。簡単に言うと『窒息』のルーン」
トントンとガスマスクをつつき、カナタは言う。
「骨の時は呼吸はいりませんでした。そしてこのガスマスクは酸素ボンベ代りだったんです。催涙弾を防ぐためじゃないんですよ。身体強化をしていたから呼吸が苦しいことに気付かなかったでしょう? 己の魔力をメインに肉体を動かしてますからね。でも呼吸はしっかりとしていたんです。この狭い坑道で二酸化炭素だけとなった空間で」
隠された無数のルーンが光り、カナタを照らす。
「さようならレオナさん。でも安心してください。貴方の肉体は僕が有効活用しますので、誰も貴方が死んだことにすら気付かないでしょう」
いつの間にか手にした剣を持ってカナタが近づいてくるが、レオナはもはや動けなかった。
「来世では幸せな人生が待っておりますように」
優しい声が耳に残り、坑道にて肉を断ち切る音が響くのであった。




