64幕 レオナという戦闘狂
肉を突き刺す感触もなく、傲慢の短剣はカナタの胴体を貫いた。
傲慢の短剣の権能はこの世界のあらゆる存在を傲慢にも受け入れないことだ。即ちオリハルコンといえど、存在をはじかれて消えてしまう。その権能はあらゆる物に有効であり、触れた箇所は消えてなくなる。
短剣で貫かれたカナタの胴体はまん丸にくり抜かれた状態となって、即死しただろうとレオナは嗤うが━━。
「なっ!?」
目を疑う光景があった。たしかにカナタの胸を貫き、丸い断面となっていた。いや、断面は存在した。
「ふふふ、ふふふふふ、驚きました? 驚きましたよね?」
嗄れた老人の含み笑い。そして、ポッカリと穴は開いていたが、それは短剣により穴が開いたのではなく、最初から開いていた。
穴の周りは重なり合った細かな人骨となっており、髑髏がカタカタと嗤い、窪んだ眼窩には眼球ではなく青白い炎が灯っている。
「な、なんだ!? 面妖なっ!」
「まさかここに来るのに、なにも準備をせずにきたとでも思ってましたか? このリッチモードでお相手しましょう!」
「ぬぐっ!?」
レルムへと変身しているカナタは嗤いながら、穴の周りの人骨を狭める。
「まずはそのヤバそうな短剣を破壊させていただきます! 変幻自在の骨の脅威を見せましょう!」
『骨扉蓋閉鎖』
狭まる人骨の先端が牙のように鋭く尖り、レオナの腕に噛みつかんとする。
「ちっ、変身の術を使える厄者なのかい!?」
レオナは迫る牙の扉を前に、素早くバックステップを踏み、一瞬のうちに閉じる牙から逃れた。
が、瞬間移動のように素早く逃れてもなお、骨の閉じる速さは上回っていた。
「ぐうっ、しまった!」
浅くだが、腕が骨の牙により引き裂かれて、無惨にも肉が引きちぎられた跡が残る。ぽたりぽたりと血が腕から流れて、少なくない怪我を負ってしまったレオナだが、怪我よりも気にかけることがあった。
その手にあった傲慢の短剣が無かった。牙の攻撃を避ける際のダメージで手を思わず離してしまったのだ。
「ふははは、この短剣は私が預かっておきます! アイテムボックス! 大事に仕舞っておきます!」
危険な武器を奪ってご機嫌なカナタは短剣を手にすると、アイテムボックスへと素早く保管して━━。
コロン
傲慢の短剣はアイテムボックスを無効化して、地面に落ちた。
……なるほど、無効化アイテムってアイテムボックスには保管できないんだね。勉強になったや。
「……」
「……」
じっと見つめる2人。
「間抜けだね、この骨!」
「これは着ぐるみですぅ、というか拾おうとしないでくださいよ!」
レオナが短剣を目指して走り出し、僕も妨害するために、両手に力を込める。
『骨蛇乱打』
両腕を骨の蛇に変化させて、レオナを狙うべく攻撃を繰り出す。蛇の骨は這うように地面を駆けて、しなるようにゆらゆらと揺れて、坑道のどこにいても回避できないように。
「カナタさん、どう見ても美少女主人公の使う技ではないですよ!? 見た目悪すぎ!」
「悪役の演技中なので、耳元で怒鳴らないでくださいよ!」
セイのツッコミをいなしつつ、レオナを睨む。曲射のように坑道を動く骨蛇の腕は、単純に避けても、撓りながら追いかけて、対象を跳ね飛ばす。極めて厄介な攻撃だ。
「動きを止めりゃ良いと思ってるなら、あめーんだよ、骨野郎が!」
が、レオナは不敵な笑みを崩さずに蛇の牙をするりと逃れると、鋭角に跳ねて壁も天井も踏み台に高速で駆け抜ける。その動きは速すぎて、レルムの身体能力でも視認が難しく、蛇腕の追撃が追いつかない。
「くっ! 速すぎる!」
「ははっ、これでもあたしは7家でも最強と呼ばれるもんでさ! 貰った!」
哄笑しながらレオナは地面に落ちた傲慢の短剣を拾い、構え直すと迫る蛇腕へと振るってゆく。
「きゅ! にゅ! うさっ! いたっ!」
蛇腕を弾き返すごとに響く剣撃の音、いや、ウサギの鳴き声。
傲慢の短剣というか、手に持つのはウサギだった。耳を摑まれて、ぶらーんと揺れてきゅーきゅー鳴いて痛がっている。
「はぁっ! なんでウサギ!?」
自分の手に持つ物が傲慢の短剣ではなく、ウサギの耳であったことに、さしもの戦闘狂もあんぐりと口を開けて驚く。そりゃそうだ、さっきまではたしかに傲慢の短剣だったはずだからね。
「残念でしたね、戦いにおいて敵を誘導する一番の方法は、自身の武器を落とすこと。その武器を拾おうとする敵は隙だらけになってますから!」
「きゅー」
ウサギのちっこいお手々には『存在誤認識』のチケットがある。出演したいと駄々をこねるマーモットとウサギのために用意した100万ポイントのチケットだ。それを3枚目を交換して、陰に隠れていたウサギに持たせて傲慢の短剣とすり替えたのである。
今回のロロの役は傲慢の短剣役だったのだ。もちろん配役は僕が決めました。
「こいつっ、本物はどこにやった?」
激昂してロロを放り投げるレオナが怒鳴る。真っ赤に顔を染めて、怒りに燃えて炎のように魔力をオーラとして身体から噴き上げる。
まぁ、気持ちはわかる。世界でも1本しかない神器をウサギに変えられたら怒るよな。僕はウサギの方が可愛いから喜ぶかもだけど。
僕は腕を狭めて、レオナへと攻撃を再開する。蛇腕がしなり、隙を見せたレオナを囲む中で、種明かしをしてあげる。
「骨の腕って、隙間だらけなのが弱点で、そして長所でもあるんですよ。これ、なぁんだ?」
蛇の頭と変化した掌。その蛇の口がパカリと開くと、鈍く輝く傲慢の短剣があった。
『冥府術・闇蛇の舞踏』
蛇腕がぶれると、先ほどとは比べ物にならない速さで坑道を駆け抜ける。反射レーザーが跳ね返り、輝線を残していくように、坑道は蛇腕で網の目のように占めていき、レオナはその網の目の前に、動揺と驚愕から大きく目を見開く。
「て、てめえっ! さっきまでは下手こいてやがったな!」
「乱暴な言葉って、僕はよくわからないんですよ、ごめんなさい」
憎々しげに言うレオナ。蛇腕は容赦なくレオナの身体を削っていく。傲慢の短剣の力は確かなものであり、防御魔法を展開しても全て破壊して意味を成さない。
最強と呼ばれていたレオナは削れていく。
削れていく。容赦なく。その存在を弾かれていく。最強と呼ばれる存在は肩を削られ、足を抉られて、血に染まっていく。
美女を痛めつける骨の化け物。他者から見たらどっちが悪人かわからない。
「レオナ・クジン、ここで最後です!」
『クロスブレイド』
蛇腕が交差して、速さも威力も跳ね上がり、全てを噛み砕くべく、レオナへと肉薄し、その体を貫く。
「勝った! レオナ・クジン討ち取ったり! 第二章完っ!」
なので、僕は決めポーズでびしりと告げるのであった。
そう思っていたのに、もう勝ったと思ったのに━━。
ピシリピシリと嫌な音がして、傲慢の短剣にヒビが入っていく。レオナが構えた短剣とぶつかり、両方の短剣が壊れてゆく。
「なんであらゆる存在を否定する傲慢の短剣が壊れて!?」
その光景を見ても信じられずに、わなわなと震える骨カナタ。ついに傲慢の短剣が完全に砕けて、ちりへと変わってゆく。
「クロスブレイドが完全に入ったと思ったのに!」
「へっ、あたしも負けるかと思っちまったよ。やっぱり油断はよくねーよな。せっかく切り札にとっておいた『嫉妬の短剣』が壊れちまったぜ」
「『嫉妬の短剣』!? えっとこういうレアアイテムって本数的にも7家それぞれが持ってるんじゃないですか? なんで2本も持ってるんですか! 持ってない家門が可哀想でしょ!」
ストーリー展開にしてもおかしいよ! 序盤の敵が7罪の武器を持つとか、あるっちゃあるけど、2本は持たないよ? 脚本家出てこい!
僕の憤る様子を見て、何を勘違いしたのか、レオナは顔を緩ませて得意げに語り始める。悪人あるあるの、自分の秘密を語ることが大好きなタイプである。
「7罪の武器を持っていても活用出来るかは別なんだよ。この『嫉妬の短剣』はあらゆる能力をコピーできるけど、一つしかコピーできないし、多少不便なのさ。だから他の家門が同盟代わりにくれたってやつ」
それ、脅して手に入れたってことだろ? コピーしてもオリジナルには弱いかもしれないし、スキル関係無しにレオナは強そうだからね。勝てないと悟って渡したアホがいるんだろう。
「今のは『傲慢の短剣』の力をコピーして、相討ちにしたってところですね? 最強の矛がぶつかり合ったように」
「そのとおり。スカスカの骨頭の癖に頭が回るじゃないのさ」
マジかよ。『傲慢の短剣』も『嫉妬の短剣』もチートな力を持ってたのに、殺されそうだからって使うわけ? ……使うか。ちくせぅ、エリクサー症候群だったらよかったのに。
うぬぬと悔しがるカナタを見て、ますます嬉しそうに顔を歪めると、レオナは魔力を溜め始める。
「傲慢の短剣がなけりゃ、これからはお互いのガチンコ勝負ってやつさね。それじゃ、まずはこの怪我だらけの身体を治すとするかっ!」
「まきゅ!?」
土壁を布団代りにして、すよすよと気持ちよさそうに寝ていたマーモットを持ち上げるレオナ。
そうして紫色の魔力を身体から噴き上げると叫ぶ。
『ライフスティール』
「まきゅ〜……」
マーモットのお腹のぷよぷよした脂肪が減っていき、スリムになっていき、反対にレオナの抉れた肩や足の肉がついていき、回復していく。
「まぁ、こんなもんか。これくらいあれば、戦闘に支障はねーだろ」
「まきゅ」
肩を回して、さっきまでの傷をほとんど治したレオナは余裕の表情を浮かべて、ダイエットに成功したマーモットを放り投げる。
「『ライフスティール』はほとんど吸収できない死に魔法のはず、今の力は?」
「これこそクジン家の力。『ライフドレイン』の威力を百倍にするのさ。敵がいればいるだけ、無限に回復できて、無限に戦えるのさ。7家最強なのは伊達じゃないんだよ」
「なんというチート。でも、ダイエットに成功したマーモットはもうライフスティールは使えないですし、アンデッドの僕から吸収もできない」
「そのとおり! だからアンデッドは大嫌いなんだけど……あんたは強そうだから許してあげるさ!」
レオナの足元が爆発すると、地面が砂煙に覆われる中で、突風と共に突撃してくるのだった。




