63幕 ダンジョンと刺客
『主人公』とはなにか? 表向きは世界を救う英雄。裏では世界を滅亡させる元凶。人類が3割生き残っても、世界は救われたが、人類的には滅亡と言って良いからだ。
生き残った人類は、救世主だと褒めそやすだろう。たとえ経済がめちゃくちゃになって、文明が崩壊し、原始時代に戻っていても、生き残れたとの幸運が、主人公を英雄と認識し、語り継がれる救世主とするだろう。
しかし、戦争においては、3割の死傷者で全滅と認定されるとおり、人類が3割生き残ったのは滅亡と言って良い。なので、裏では主人公は魔王と同じく危険な存在、いや、魔王は最初から強く脅威を与えてくるが、主人公は最初は少し腕の立つ戦士などに見られて、関心を向けないので、たちが悪い。
だが、実は『主人公』を許せない3つ目の理由があることは知られていない。裏では世界滅亡を防ぐためと噂を流しているからだ。
それはなにかと言うとだ。
『主人公は悪人を殺す。善側であれば正義感から。悪側であれば世界を裏から支配するために』
そして、この劇の世界『ファンタズマ』は、悪人が極めて多かった。これは主人公が倒す悪人がいつでも用意でき、視聴者にインスピレーションを与える為に作られた土壌で、雨後の筍のように、悪人たちは存在していた。
彼らは自分たちが、狩られるためだけに存在していることを、魂レベルで無意識に認識している。認識しておらずとも、歴史上、悪人は主人公に殺されることが確定しているので、脛が傷だらけの悪人たちは早急に『主人公』を殺す必要があったのだ。
そのため、早くも『主人公』を殺すべく、刺客が忍び寄っていた。
マーモットのもとに。
◇
「ァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「こら逃げるな! おとなしく殺されなっ、主人公! はやっ、なんで二本足であんなに早く走れるんだよっ、あいつ四本足で走るより速いんじゃ!?」
坑道をマモ男子が叫びながら、両手を振って足をダイナミックに踏み出し、オリンピック短距離選手もビックリな速さで逃げていた。逃げた後の壁に時折火花が散り、細長い針が弾かれる。
「くっ、これならどうだっ! 雨雪崩!」
追いかけているのは、先ほど残った女子生徒だ。手に複数の針を持ち、マモ男子を狙って投擲する。手慣れた動きで、投擲された針は数本の針は物理法則を無視し、数十本に分裂し、豪雨のようにマモ男子を襲う。
逃げることが不可能だと悟ったマモ男子は急ブレーキで足を止めて床に手を添える。
「ここで殺られるマモじゃないまきゅ!」
『土壁』
床が迫り上がり、針を防ぐ。土魔法は坑道では地形的有利、防御においては追随を許さない。
「ちっ、さすがは主人公か!」
「マモが主人公だとよく見抜いたまきゅね! そのとおり、これも主人公の試練だから、お前は踏み台まきゅよ!」
主人公だとバラすマモ男子だ。陰に隠れて無双する主人公タイプであると、調子に乗って足をパタパタと振り回す。
「ふん、やはり中身はおっさんなのね! ボスの読んだとおりだ、でも、ここで終わりだよっ」
「まきゅまきゅ。ここから逆転勝ちするパターンだから━━」
瞳を細めてマモ男子は女子生徒を睨む。
「まずはこの土壁を退かして?」
針の攻撃により倒れた土壁に埋もれて、マモ男子は瞳を潤ませるのであった。小動物なので少し土壁が崩れても埋まってしまう弱点が存在していた。
「大丈夫、このポーションなら骨も残さずに溶けるから誰にもバレないさ。皆が探したら、マーモットは野生に帰ったって言っておくよ」
「それ絶対にポーションじゃないし、ぬくぬく暮らせる家ペットが野生生活に戻るわけないまきゅよ! たーすーけーてー」
女子生徒がポーションを垂らすと、ジュッと煙を立てて、地面に穴が開く。マモ男子は慌てて逃げようとするが、土壁から逃れることはできない。
トドメとばかりに女子生徒がポーションをぶちまけようとして━━。
「そこら辺で許してあげてください。その子は僕のペットなんですから」
からかうような少女の声に、ピタリと腕を止めて女子生徒は鋭い視線を坑道奥に向ける。
「何者だっ!」
「聞かなくても分かっているのでは? それよりもお名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか? 僕、クラスメイトの名前は全員覚えていたのですが、そこの紛れ込んだマーモットとウサギ、そしてあなたの名前を知らないんです」
コツコツと足音が聞こえてきて、銀髪の少女が薄笑みを浮かべて姿を見せる。微笑む姿は女神と見間違えるくらいなのに、その微笑みの裏に隠されているナニカに女子生徒は無意識に恐怖し、顔を険しく変える。
「……お前は、裏聖女。ここで邪魔をしにくるってことは、お前はまさか」
「聞き返さずともよいではないですか、わかっているはずです、このタイミングで主人公を助けに来るのが誰かを」
「『厄者』か!? 世界を混沌に引きずり込もうとする魔の者━━」
唸るように口にする女子生徒に、手をパタパタと振ると銀髪の少女はニコリと優しく笑う。
「魔の者とか、そんなおためごかしは結構です。要は貴方は悪人なので主人公を排除したい。そういうことでしょう? 貴方の上司が悪辣な真似をして集めた財産を守るために、ここにいらしたんだと推察しています。僕の推察当たってますか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなします。ではさようなら、貴方の記憶は有効活用いたしますので、来世で元気に暮らしてください」
『ダークスピア』
銀髪の少女、カナタが躊躇なく掌を向けると闇の槍が女子生徒に放たれる。中級闇魔法はアカデミーの生徒レベルでは防ぐことも困難。女子生徒では躱すこともできずにまともにくらい、闇が爆発し、静寂が訪れる。
はずであった。
「やれやれ、やっぱり『厄者』がいたわけね。かーっ、バカな奴らの言うとおり、腕の立つ部下を送り込んでいたら、『主人公』の糧にされて失敗していただろうさ」
爆煙が広がる中で、さっきとは違い、蓮っ葉などこか世界を斜めに見ているかのような乱暴な女性の声が聞こえてくると、1人の女性が頭をかきながら歩いてきた。ボサボサの黒髪と死んだような仄暗い瞳を持つ女性だ。着ていた制服は消えており、ぴったりと肌に張り付くレオタードのようなスーツを着込んでいて、その手には血を固めたかのような赤黒い不気味な刀身の短剣を手にしていた。
「あ~、聖女ちゃん。一応自己紹介をしとくとさ、あたしはこのアトランティス帝国を支配する7家の一つ、クジン家の当主レオナってーんだ。すぐに死んじまうだろうけど、少しの間よろしくな?」
まるで獲物を見つけたヴァンパイアのように、黒い瞳に仄暗い炎を灯すと、レオナは嗤うのであった。
◇
どうやらカナタたち『厄者』がどう動くか予想されていたらしいと、カナタは内心で舌打ちする。
そのとおり、テンプレ展開だと思ってたよ。主人公を殺そうとする敵対組織がいる。でも彼らはまだ主人公がそこまで強くないだろうと、そこそこの腕前の刺客を送りつけるのだ。そうして激戦の末に主人公は刺客を倒して、その経験を糧に大きく成長する。ちなみに刺客が少女とかだと主人公に助けられてハーレム入りします。おっさんの場合、容赦なく殺されもします。
「もしかしたらさぁ、最初に送りつけようとしていた刺客を倒すかもしんないじゃん? 絶対に倒せないレベルの腕前だけど、100が1程度は倒される可能性があるとあたしは見たのよ。そうしたら『主人公』は強くなるかもだしねぇ、ウサギに対してドラゴンが出るとは恥ずかしいとか、格が合わないとか他の家門はうるさかったけどさぁ、あたしの勘は当たるんだよな」
「レオナ・クジン……12歳で他の兄弟たちを皆殺しにして、当主についた戦闘狂と噂を聞いたことがあります」
「あ~、そんな噂があるんだ。それ間違ってるよ?」
クジン家についても調査済みであったと思ってたけど勘違いだったかと疑問が顔に浮かんだのだろう、レオナはニヤリと嗤う。
「兄弟たちだけでなくて、後援してた親戚たちも殺したのさぁ。お陰でうちは当時勢力を大幅減してさ、あたしも殺しすぎたと後悔したもんさ」
前言撤回。さらに酷い内容なだけであった。
「今回は『主人公』はいなかったようだけど、あんたの首を持って帰れば、あたしの面子も立つし、手柄を立てたことにもなるもんさ」
「……まさか当主様がいらしてくれるとは光栄ですと一応は言っておきます」
ヘラヘラと笑っているが、正直獲物をなぶる猫にしか見えない。しかもこの猫はライオンかなにかときたもんだ。
レオナはクジンの当主を力尽くで奪い取っただけあって、その力は最強レベルと聞いている。せめて7家でも最弱の当主とかにしてほしかった。
「それじゃサクッと殺すけど、恨みに思わないでよっ!」
言うが否や、レオナの姿がぶれて、まるでテレポートでもするかのように、次々と地面を蹴る姿が瞬くように現れて、間合いを詰めてくる。
「負けイベント以外で、序盤に強敵が現れるのは視聴者を無くすと思いますよ!」
『ダークマイン』
速すぎて、レオナを捉えることは不可能だ。なので、坑道に闇の球体を展開する。港を塞ぐ機雷のように闇の球体は坑道内を埋めていき、レオナの動きを阻もうとする。
触れれば、敵の魔力を削りながらダメージを与える設置罠型魔法だ。いかに素早くとも転移でも使えなければこの罠は躱せない。
と、思ってたら、闇の球体に輝線が奔ると次々とぶった斬られて、綺麗に半球となって消えていってしまう。
「ははっ、どいつもこいつも、速さに対抗できないとわかると同じような魔法を使うもんだ。でも、この『傲慢の短剣』はいかなる物も無効化する能力があるのさ!」
赤黒い短剣を振りながら、闇の球体を切り裂くレオナが獣のように嗤う。あの短剣、ヤバい能力を持っている模様。
「そして、この短剣に切り裂かれた箇所は綺麗に断面を残していくから、あんたも綺麗な死に方をできるだろうさ!」
『瞬烈風剣』
突風が巻き起こり、レオナの姿が再び消えて、カナタはその速さに大きく後ろにジャンプするが━━。
レオナの姿が眼の前にあった。
既に短剣は胸を狙って突き出されて回避しようがない。
「終わりだっ!」
「!?」
レオナの勝利を確信した声が響き、カナタは身体を突き刺されてしまうのだった。




