62幕 ダンジョンと主人公
コメディ的にオルトロスを倒したけど、残念ながら現実なので理由はしっかりとある。
「あのオルトロスをたった一撃で倒した!? あの人は何者なんでしょうか」
「私も初めて見たよ。入学式で目立たなかった人の中にこんなに強い人がいるなんて……」
はわわとお手々を口に添えて、今見たものが信じられないよと驚愕する美少女2人。カナタとユリアだ。
目立たなかった生徒が突然強敵を倒し、仲間を助けてくれるシーン。単純にしてテンプレのシーンだけど、だからこそ手を抜けない。
「さっきの場面、編集でツインシュートの部分消したうさ?」
シーッ。編集は当然の権利。ここは活躍する謎の男子生徒と言うシーンなんだロロ。だからお口チャックしておいて?
「こういうのを手に入れたから、リアルタイムではなく編集可能となったんです」
僕の手にあるのは『編集権限チケット』。ポイント一億なり。超高額チケットだけど、このチケットを手に入れると、配信の編集権限が可能となり、都合の悪いシーンはカットできるようになるのだ。
なので、さっきのシーンはマモ男子が秘奥義魔守幻朧突進牙を使った際に『俺に力をくれてありがとうァァァァァァァァ』と叫んでオルトロスを倒したことになっているので、魔物愛護団体の方はこれはフィクションだと理解をお願いします。
昨今のコンプラの厳しさを考慮に入れるカナタだ。映画の中で人間を蹴っても抗議は来ないが、小動物を蹴ると抗議が来るからね。
「えっと、オルトロスを倒すなんて驚いたけど、この子は大丈夫なのかな?」
シグルドが頬をかきつつ、オルトロスの死体にめり込んだままのマモ男子を見る。
「大丈夫ですよ、シグルドさん。真の実力を見せたくないので、気絶したふりをしているだけだと思いますよ?」
ポケットに入れたクッキーを取り出すと、身体をくねらせてスポンと引き抜くとマモ男子はテチテチと近づき、僕の足にしがみついてきた。
「今起きたまきゅ。クッキーちょーだい?」
食べ物が見えたら元気になるのはペットあるあるだ。たとえ寝ていても飛び起きて、餌を強請るのである。
その平気な姿を見て、僕とユリアさんは一瞬頷き合う。
(この余裕の姿を見て、マモ男子が『主人公』が実力を隠す系統だと思ってくれれば良いけど……)
実力を隠す系統の『主人公』とは、本当は最強、学園に入るのは友達付き合いがしたいとか、子供らしくするためとか、お嬢様を守るためとか、何らかの理由で実力を隠す主人公のことだ。大体一話あたりで、ヒロインに見られる、10話辺りで、こいつ本当は強いのではと周りに思われて、一巻が終わるころには、やれやれと言いつつ実力を見せつけるタイプである。全然実力隠してないじゃんとのツッコミには、主人公を馬鹿にしていた人たちが主人公の無双する姿を見て驚く姿を視聴者が求めているからだ。ウケって大切なんだよね。
ここでシグルドが狙われるのは困るのだ。他の面々を見ると━━。
「あいつ、あんなに強かったのか?」
「入学式で殺されたような気が?」
「なに言ってるんだ、ピンピンと生きてるじゃん」
と、マモ男子を見て驚いていた。入学式で殺された生徒と入れ替わったとは誰も思っていない、存在の認識を変えてしまう恐ろしい世界だ。
モブ6人の中で刺客がいるとすると、これでマモ男子を狙うかもしれない。少なくとも、マモ男子が『主人公』だと上司に報告してほしい。
僕も入った『ここだけの話』サイトでは、『主人公』はシグルドかマーモットと思われてるからね。なんか、歴史を紐解くと、くたびれたおっさんは『主人公』の確率が極めて高いらしい。そしてマーモットに見えるが、その行動はくたびれたおっさんが憑依しているようにも見えるので納得だ。へーっ、僕は美少女だから分からないけど、そんなことがあるんだね。
「日本酒ほしいまきゅ」
壁に背をつけて座りながら、まきゅまきゅとクッキーを食べるマーモット。その手にカップ酒が幻視できる酔っぱらいのおっさんにしか見えなかった。主人公である確率大幅アップである。
「とりあえず、マモ男子は疲れをとってもらって、僕たちは先に進みましょう」
「あぁ、そうだね。どうやらオルトロスは入り口の門番みたいで、あとからくる奴らは━━」
僕が皆に提案すると、眼光鋭く坑道の奥へとシグルドが顔を向ける。
ワンワンと鳴き声が響き、坑道の奥から大型犬が姿を見せる。だが、その大きさは2メートルくらいで、口元から炎が漏れ出ているが、その脅威はオルトロスとは比べ物にならない。
「ヘルハウンド、Cランクのモンスターです! これなら行けるよ!」
「あぁ、これならなんとか倒せるな!」
「魔法を使うから前衛よろしくお願い!」
皆も戦意を高めて、ヘルハウンドの群れを恐れずに戦闘を開始するのであった。
◇
「この子が心配だから、私は後から追いかけるね〜」
モブ女子生徒が疲れて寝始めたマモ男子の傍らに座り、手を振って見送ってくれた。裾の裏に針が見えたり、腰に着けてあるポーションがやけに毒々しいが、マモ男子が心配なんだろう。後は任せたよと、僕たちは先に進む。
魔物は次から次に現れて、戦闘による血臭で鼻が麻痺するほどだ。
「ガウッ!」
今はヘルハウンドとウェアウルフの群れと戦闘中。ウェアウルフは人型の狼で、坑道でも使いやすいように短槍を装備しており、鉄の胸当てをつけている。狼の素早さと狼男の怪力、そして噛みつきもできる鋭い牙を持つ厄介なタフなモンスターである。やはりCランクだが油断はできない相手だ。
「よっと」
風切音を立てて迫る短槍に、僕は前傾姿勢で踏み出すと、相手との間合いをずらし、横へとすり抜けて躱す。同時に、木の葉と呼ばれる魔剣をアイテムボックスから取り出すと、胴体を切り裂く。切られた痛みと躱されたことにより体勢を大きく崩すウェアウルフの目に鋭い突きを一撃。サクリと刺すとウェアウルフは脳を破壊されて息絶える。
「コヤツッ!」
片言の言葉に怒りを込めて、次のウェアウルフが爪を伸ばして引き裂きにくる。この距離なら短槍よりも格闘の方が有利なことをよく分かっているようだ。
だが、慌てることはない。この2年間で僕は鍛えられており、格闘戦は得意としているんだ。
足の親指に力を込めて踏み込むと、僅かに加速して爪に立ち向かう。袈裟斬りに振り下ろされる爪の一撃だが、たしかに命中すれば華奢な美少女の肉体は紙切れのように切り裂かれるだろう。だが、それも命中すればの話だ。
爪の間合いよりも奥に進み、僕の肩にはウェアウルフの腕が当たるだけに終わる。怪力とはいえ、爪ではなく腕が当たる程度ではダメージなんて無い。
そのままウェアウルフの胸に手を添えると、魔力を集める。
『掃除魔法・超高周波洗浄』
細かいところまで汚れを取る掃除魔法。手のひらサイズまで収束し威力を高めた一撃だ。
「ぐほうっ!」
微細な超高周波がウェアウルフの鉄の胸当てを超えて、心臓を破砕させる。ウェアウルフは口から血を噴き出すと、一瞬で即死する。
ヘルハウンドたちがそれを見て、口内に炎を溜め込むが━━。
「遅いです」
『超高圧水流』
冷徹な目をヘルハウンドへと向けて、指を突きつけると魔法を発動させる。
壁などの汚れを取る高圧水流。その水流を一点に集めて、レーザーのようにヘルハウンドたちへと向けたのだ。
チュインと静かな音がして、死の放水がヘルハウンドたちを切り裂き、肉塊へと変えていく。本来ならば鉄のように頑丈であるはずのヘルハウンドの毛皮だが、バターのようにあっさりと切り裂かれて逃げる暇もなく、数匹が倒される。
「やるね、カナタちゃん! それじゃ私も行くかな! オープン、死のロンド!」
片手にみんめー書房を持ち、ユリアが踊るようにウェアウルフたちの群れに突撃すると、指を揃えて手刀として繰り出す。
ただの手刀のはずなのに、切れ味の良い刀のようにウェアウルフたちを斬り倒していき、鮮血が花びらのように舞い散り、血の中で踊る姿は美しき死神のようだった。
「凄い! ユリア、だいぶ鍛えたな! 俺も負けてられないよ、シグルド流剣殺法一式閃空!」
シグルドも負けじと剣を振るい、輝線が空間を横薙ぎに奔るとヘルハウンドたちの身体を断っていく。
「ロロも負けてられないうさ。この間の報酬で進化したうさの力を見せるとき! キルミースタップ!」
『首刈りダンス』
うさ男子が活躍する皆に負けじと足踏みをすると、瞬間移動のように高速で空を駆けて、ヘルハウンドたちの首を蹴りで斬っていく。信じられないことに、弱々しい兎の蹴りなのに、その蹴りは大鎌のように強力であった。
「うさささ! 1日に1回しか使えないけど、強力でしょ? おひねりの人参をくれてもいーよ?」
強いけど雑魚に使わないで欲しかったかも。
高笑いするうさ男子に、人参スティックを渡しつつ、周囲の魔物がいなくなったことに一息つく。
「30匹近くいたけど、僕たちなら相手ではありませんね」
銀糸のような銀髪をかきあげつつ、優しく微笑む。背景が積み重なる魔物の死体というグロい感じだけど、それもまた危険な美少女ということで、良きシーンである。
「そうだなぁ、俺たちなら大丈夫みたいだな」
「うんうん、私たちって強いね。冷静に戦えばオルトロスも倒せたかもね」
「そもそもクリア不可能なダンジョンをアカデミー側が用意するわけなかったもんな」
落ち着きを取り戻し、魔物との戦闘も慣れてきたモブ生徒たちも、笑顔が浮かべられるくらいに余裕を持ってきていた。本来はアカデミーに入学できる凄腕たちだ。戦闘経験を覚えれば、これくらいは戦えるのだ。
ここに至って、皆が活躍し始めたので、シグルドは全く目立っていない。木を隠すなら森の中、実力者を隠すなら、同じくらいの実力者の中にまぜれば良いのだ。
『主人公』としての輝きが薄れているので、刺客も目をつけないだろう。
「この地図によると、もうそろそろボス部屋だと思う」
システムで買った『フルマップ生成スクロール』を広げて、ユリアさんが言う。責任を覚えて買ってくれたアイテムで使用するとダンジョンマップが作れるのだ。隠し部屋も宝箱も含めて表示される優れものである。
「このダークゾーンを越えるとボス部屋みたいですよ」
光源を消す『ダークゾーン』。暗闇の中を少し歩くと、巨大な扉が待ち受けており、ボス部屋に辿り着くのであった。
そこにカナタの姿は無かったが。




