60幕 ようやくの平和な日常
━━1週間後。アカデミーは平和になっていた。
「さて、今日からは命のやりとりを鼻紙のようにしてもらう。簡単であるが、難解な勉強だな」
たぶん平和に始まってます。
教室にてやる気のない風な担任が欠伸混じりに告げてくる。その顔に浮かぶ表情は怠惰で面倒だと書いてあるだけで、命の価値が鼻紙より軽いのは冗談ではないと示していた。小説やアニメで学園モノを見ていると、こういうパターンは数多く見てきたけど、実際に現実で言われるとドン引きどころか、怒りさえ湧いてくるよ。
「とりあえず、この1週間で基本的なことは教えた。これでこれから序列争いをしても死にはしねーだろうし、実践形式の授業で魔物に殺される可能性も低くなるだろう」
「せんせー、教わったのは受け身だけでーす」
「受け身を覚えりゃ後は大丈夫だろ。全ては受け身に始まり受け身に終わるんだ」
挙手するクラスメイトに、平然と答える担任。柔道じゃないんだよ? どうやって魔法攻撃や武器での攻撃を防げと? やっぱりとんでもない学校だな、ここ。もしかしてバトルロワイヤルで生き残った生徒たちだから卒業した時に、優秀なんじゃ……。
どんよりと心が曇るカナタです。こういう嫌な予感はことごとく当たるんだよな。まぁ、一度アカデミーに入ってしまったんだ。平和主義な僕は、影でコソコソ隠れて暮らそうっと。
「皆、状況は分かったな? それならば初の実践形式となる授業を開始する」
真剣な顔で皆が担任を注視するのを見て、担任はニヤリと嗤う。
「さぁ、お前たちには仮想ダンジョンを攻略してもらう。仮想とはいえ、ダンジョンボスを倒せば報酬が手に入る。もちろん魔物からの攻撃も本物だから死ぬこともあるがな」
そんなに楽しそうに笑いながら言うことではないと思うけどね。このサディスト教師め。
◇
『ダンジョン』とはなにか? 『ダンジョン』は世界の裂け目が生まれる歪みと言われて……。
「現代ものにダンジョンはつきものだよなと、本体が全財産を注ぎ込んで作った施設ですよ。報酬たっぷり、ダンジョンブレイクによるモンスターウェーブあり、そこには悲喜こもごものストーリーが生まれると考えまして。コンスタントに魔石を稼げるので、人類は鉱山代わりに使ってますので維持費を考えると収支トントンらしいですけど」
「辞めたくても辞めれない大規模アトラクションみたいなものだね」
「他の神に借金もしているので、全体的な収支は大赤字なんですけどね」
「経営の素質ないでしょ、邪神。なんでいつもいつも全財産を賭けるわけ?」
ダンジョンに移動しながら、ふよふよと浮かぶ巫女が親切に教えてくれる。けど、そういう裏話よりも、表向きの設定を教えて欲しかったよ。ファンタジーを崩すことはしないでほしい。ディステニーランドはお姫様の住むお城があって、ミッキーマーモットには中の人なんかいないし、ランドの中に何人も彷徨いていないのだ。
「邪神がこの世界を滅ぼそうと次元の裂け目を開けて作り上げたのが『ダンジョン』らしい。過去において、世界を崩壊させる出来事の半分は『ダンジョン』を中心にして発生している。魔物たちは邪神の魔力によって生まれてるらしいよ。『ダンジョン』の宝箱は人類を食べるための撒き餌と呼ばれてるね」
「ウンウン、そういう設定が聞きたかったんです。そうですよね、『ダンジョン』ってそういうものですよね」
てこてこと歩きながら、隣で歩く大御所先輩が、いや、第二王子が教えてくれる。決して劇の舞台として作られたわけではないのだ。
にしても『ダンジョン』か……。
周りを窺うと、僕と第二王子の近くには誰もおらず、距離をとられている。
「見てみて。もしかしてあのお二人って」
「腹黒聖女な私は第二王子に溺愛されてますってやつか?」
「寝室の愛と言い始めたら、ザマァされるパターンで危険だから少し様子見しましょう」
「それって18禁?」
皆のおしゃべりから、なんで距離をとられているかは分かるけど、腹黒聖女って誰だ。太陽の下で輝く銀髪、宝石のような瞳に優しい笑みを浮かべる清廉潔白の美少女なのにさ。
いや、それよりも確認しないといけないことがある。
「先輩、聞きましたか? 『厄者』が現れたので、『主人公』を殺すために動く者たちが現れたという話です」
第二王子の耳元に口を寄せて、コソッとは話しかけると、与一第二王子は真面目な顔で頷き、恋愛脳の周りから黄色い歓声が湧く。
「うん、私もその情報を得たよ。この世界の人間も結構考えてるんだね。『厄者』の存在に気づくとは思ってなかったけど、入学式はダブルブッキングしてしまったし、やりすぎたね」
「イベントでの報酬は絶対に欲しかったですからね。でも、どうします? 初のダンジョン授業でもイベントを起こそうと思ってたんですけど?」
なにせ二億あるのだ。こんなに大金があるならなんでもできちゃう。なので、ここは『簡単なはずの初心者ダンジョンにイレギュラーの強力な魔物が出現! シグルド大活躍!』のテンプレストーリーを予定していたのだ。
「うーん、今回は念のために止めておいた方が良いと思うよ。敵がどのような行動に移るか、『主人公』を探すのにどのような事をするのか分からないからね」
「そうですよね……残念ですけど」
せっかくドラゴンを配置しようと思ってたのにがっかりである。
「とはいえ、お財布にはパンパンにポイントが入ってますし、余裕はありますから、第二王子の言うとおりにします」
あぁ、懐が温かいとは余裕が生まれるものだ。カツカツな生活さようなら。今の僕は億万長者です。
◇
空中が裂けて、裂け目から森林が垣間見える。『ダンジョン』だ。仮想として作られた練習用らしいが、危険なことは変わりない。
「さぁ、お前ら、このダンジョンに飛び込め。魔物を倒して、または貴重な品物を採取すると加点。このダンジョンの核を見つけて破壊したものは満点だ」
さすがに緊張しており、ゲート前に並ぶ生徒たちの顔は硬い。しかも、『厄者』を殺すための刺客もいるかもしれない。
背景を知らないシグルドは、ユリアと緊張感なく、のほほんとおしゃべりをしているが、僕と第二王子はこの劇が台無しにされないように気をつけないといけないのだ。嫌でもプレッシャーは感じる。
「それじゃ、森林ダンジョン、レベルは初心者用ヘルモード、授業開始!」
担任の言葉を合図に、一年生たちは一斉に飛び込むのであった。今回はまともに授業を受ける真面目な聖女です。
━━と、僕たちは一つ忘れていた。もう一人、ここにはキーマンがいることを。いや、キーレディを。
ゲートに足を踏み入れた途端に、放電を始めて強い衝撃が体を走る。
「ダンジョンって、入る時にこんな衝撃があるものだっけ!?」
嫌な予感がする。体調が悪いので欠席しますと口にしようとした時には既に遅く、僕の視界は暗転するのであった。
◇
森林ダンジョンはその名の通り、広大な森林のダンジョンだ。大木が並び、草むらが鬱蒼と茂る。魔物たちは大木の陰や、木の枝の上、草むらに隠れて、不意打ちをしてくるため、歩くだけでも警戒を緩めることのできない危険なダンジョンである。
森林であるならば。
「ねぇねぇ、なにこれ〜!? 全然森林じゃないよ? 森林って、鉱山じゃないよね?」
「そうだよ、ユリア。ここは見たところ鉱山ダンジョンだ。道が複雑に入り組んで、明かりもなく、森林ダンジョンよりも遥かに危険な場所だよ。……ここはなにかおかしい」
「うぅ、す、少し怖いかも。しーちゃん、私の側から離れないでよ?」
シグルドとユリアが周りを見て、動揺している。他の面々もそうだ。森林ダンジョンなどどこにもなく、岩を掘られて作られた細い坑道に、明かりが入り口の松明のみで、奥は暗闇に支配されている。空気は淀み、危険な臭いがぷんぷんするダンジョンだった。
「どうやら中に入った生徒たちはランダムに分けられるようです」
「大御所さんや勝家さん、アーシャさんたちとは別のパーティーになってしまったようですよ、カナタさん」
セイの言うとおりだ。シグルドとユリア、そして僕以外に7人の生徒たち。
(どうやら主人公候補たちは分断されたというわけか。大御所が殺される可能性は……ないな。マネーパワーでなんとかできるだろうし。ということは、シグルドが危険ってことか。アカデミーも思い切った方法をとったこと)
ダンジョン内で死亡しても証拠はないし、誰もアカデミーを咎めはしない。と言ってもアカデミーの評判は下がるだろうに、それだけ『厄者』が邪魔ということか。
怪しい人物がいないか、チェックチェックとモブ生徒たちを観察する。男子生徒も女子生徒も平凡な顔で、いかにもエキストラって感じだ。
普通に考えると、平凡なモブキャラに見えて、実は刺客とかありがちなんだけど、劇の場合、名前のしれた役者がモブに扮しているのでメタ的な見方でわかる。それを抜いても、顔立ちが整っていたり、あからさまに悪人顔の場合もあるんだけど……。
2人ほど怪しい。瓶底眼鏡にマスクと顔を隠して、制服の隙間から覗く茶色い毛皮と白い毛皮、背丈は僕の膝くらいでテチテチ歩いている生徒たちだ。
だが、刺客の可能性はゼロなので、とりあえず放置しておく。ろくなことはしなさそうだから目は離せないけどね。
それよりも情報共有をしておかないとまずい人がいる。ユリアさんだ。
さりげなく近づいて、声をかける。
「ユリアさん、ユリアさん」
「ん? なにかな、カナタちゃん?」
「ユリアさんは『厄者』って知ってますか? 厄災の者と書いて『厄者』です」
「『厄者』? なにそれ、面白そうだね! 語呂も良いし、心が沸き立つネーミングだよ!」
「実はですね……」
僕や第二王子と違い、やはり平民に近いユリアさんは情報を持っていなかったらしい。楽しそうにウキウキ顔になるけど、僕が説明していくと、段々と顔が青ざめていく。
「『主人公』を殺そうとする動きがあるの!? それまずいじゃん。来世も記憶を持って転生できるようにするポイントがまだ足りてないよ!」
「そうなんです。なので暫くは様子見でおとなしくしようと大御所先輩と話がつきました。……もしかして?」
「うん、もうやっちゃった……」
ユリアさんの手には『極悪難易度変更チケット』と書かれているプラチナチケットがあった。既にチケットは切られており使用済みだ。
「ポイント一千万使って買ったんだけど……まずかったかな?」
「今の状況だとまずいかもですね……」
ダンジョンが変更された理由が判明した。そして、通路の奥から、魔獣の鳴き声も響いてくる。
今回は、『主人公』的な活躍をシグルドにはさせてはいけない。その難易度の高さにカナタとユリアは青ざめるのであった。




