52幕 ハデス教団再び?
「なんだ、次々と監視カメラが破壊されていくぞ?」
「あ? マーモットが悪さしてんだろ。それよりも見ろよ、この試合。第二王子と互角の戦闘をしてるぞ、この平民なかなかやるぞ。賭けの倍率はこの平民の方が高いんだよな」
「そりゃあ、第二王子は幼少の頃から最高の教育を受けてるからな。弓メインでも、少しできるからって、そこらの平民には負けないさ。だから俺は第二王子に賭けて、いやいやそうじゃない。見ろ、監視カメラが次々と破壊されてるんだ」
「だからマーモットだろ? 野良マーモットは一匹見つけたら、ビル全体を混乱させるって言われてるからな、あのデブリスは厄介な害獣だよ」
警備室にて、2人の警備員が配置されていた。1人は訓練場を映し出すモニターを食い入るように見ており、もう1人は横目で見ながら、他の監視カメラを確認している。先ほど始まった第二王子対平民の賭けバトルに2人とも賭けているのだ。
いつもなら2人ともバトルに集中していたのだが、今日は珍しく1人は他の監視モニターを確認していた。
そして、監視モニターが次々と黒くなっていることに慌てていた。
「いや、野良マーモットはセキュリティスネークに未だに追われてるから違う。再起動をすれば直るのか? 障害とか報告書作成するのかったるいぞ」
システム運用者あるある。機器に異常が出ても、まずはただの軽いエラーだと思う。次いで再起動をすれば直るのではと希望を持つ。それで直れば報告書などを作成しないで済むからだ。基本、無かったことにしたいのが、働く者の気持ちなのである。
その為、対応が遅れた。エラーを確認し、既知の問題ないエラー一覧に無いかなと検索し、無かったので機器の再起動をしようとし、ケーブルの抜けは無いかなと警備室のケーブルを確認した。本来は、カメラが映らなくなった時点で上司に連絡をし、警報を鳴らさなければならなかったが、そんなことをして、単なる機器の軽い異常ですぐに直った場合、上司からなぜ大ごとにしたと怒られるからだ。
「え~と、エラーメッセージ集にこのエラーあるかな」
「ケーブルの配置図を描いた構成図ってどこのフォルダにあるか覚えてるか?」
「再起動で直らんかなぁ」
2人の警備員は賭け試合に興じているが、それでもそこそこ真面目な警備員だ。カメラに不審者が映っていればすぐに対応した。しかしカメラが動かなくなった場合は、破壊されたのではと心の片隅に思っていても、もしも何事も無かったら、上司から嫌味を言われて再発防止策を考えろと言われることは確定なので、行動がかなり遅くなった。
その間も監視モニターは次々と暗くなっていく。2人の警備員は焦りながらも、未だに警報を鳴らさずに、現場で状況を確認してから警報を鳴らそうと、楽観的すぎる考えを持っていて、破壊されていく監視カメラがどこに向かっているのか、気づくのに遅れてしまった。
それでも通勤時に通る見慣れた廊下を映すモニターが黒くなった所で、ようやく破壊されていく監視カメラが警備室に向かっているのを気づく。
「まて、これ警備室に向かってないか?」
「……たしかに。し、しかしここはアカデミーだぞ? 最高峰の戦士や魔法使いが教師である施設なんだ。しゅ、襲撃じゃないよな? せ、生徒たちの悪ふざけだよな?」
お互いの声が震えて、顔が青褪める。賭け試合は未だに続いているが、もはや見る余裕はなかった。
アカデミーへの襲撃。警備員たちが口にしたように、アカデミーに襲撃するなど正気ではない。そんじょそこらのテロリストなど、教師どころか生徒たちに倒される、軍基地よりも強力な戦力を持つのがアカデミーなのである。
しかし反対に言えば、アカデミーの戦力を上回るテロリストならば襲撃できるということであり、その場合は中級レベルの力を持つ警備員とはいえ、あっさりと殺されるだろう未来は簡単に予測できた。
だからこそ、警備員たちは現実を受け入れたくなかった。手が震えて脂汗をかき、顔は貧血のように真っ青となっていても。モニターの一つでセキュリティスネークに追われて、必死になって二本足で爆走しているマーモットのコミカルな様子が、現実とは思えない重い空気を警備室に蔓延させた。
そうしてさらに無駄な時間が経過する。
「お、俺、夢を見てるのかな? ピザ屋の深夜バイトで、人形が迫ってくるゲームをやりすぎたかな?」
「あのゲームならバッテリーはあるが、隔壁もあるからかな。俺たちは耐えられるけど……」
ゴクリとツバを飲み込む音が警備室にやけに大きく響く。
後一つの監視カメラが破壊されると警備室にたどり着く所で、ようやく警備員の1人が決意した。
「くそっ、監視カメラの様子なんか見に行ける余裕はないぞ。上司に怒られてもいい、酒を飲みながら、再発防止策を考えてやるよっ。警報を押すぞ!」
「あ、あぁ、仕方ないなっ、押すぞっ!」
端末にある目立つ赤いボタンに手を伸ばす。プラスチック製の保護カバーを毟り取ると、思い切り赤いボタンを手で叩く。
これで校内全域に警報が鳴り響き、アカデミーの私設兵士たちが集まってくる。
……そう思っていた。思っていたのだが、スイッチはカチカチと軽い音がするだけで、静かなものであった。
「なんだ? これは警報は鳴ってるのか?」
実は警報を鳴らすのが2人は初めてのため、キョロキョロと辺りを見渡す。警報は最大級の危険を表す。野良マーモットが出現した時の緩い注意とは違うのだ。
だからこそめったに押されることはなく、押されたのも十数年前の話だった。なので警報が鳴ることは知っているが、どのように鳴るかは知らない警備員たち。一度押したのだから、もう何回押しても気にしなくて良いよねと、連打をするが静かなものであった。
違和感。恐らくは校内に五月蝿いほどに響くだろう警報が鳴らないことに、警備員たちはますます顔を青褪める。
「チゥ」
部屋にネズミの鳴き声が聞こえて、2人は硬直する。
「ここは害獣、害虫祓いの結界が張られているはず……」
「ネズミがいるわけないのに、まさか……」
すぐさま身構えて探知を使う。波紋のように魔力が広がり━━。
「うっ、既に何匹もネズミが入り込んでいる!? 死ねっ!」
壁に立てかけてあった短槍を手に持つと、素早く突きを繰り出す。部屋の隅に見えた小さな影を見事に貫くと小さな鳴き声がして、貫いたものは脚を痙攣させると動かなくなるのであった。
「ただのネズミじゃないぞ、こいつら……まさかゾンビラット!?」
穂先に刺したネズミは、顔の半分が砕けており、身体も肉が抉れて骨が覗いている。どう見ても普通のネズミではないことが一目で分かった。
そしてゾンビラットの危険さも思い出していた。
「まずいぞ、ゾンビラットに噛まれるなよ。状態異常『ゾンビ』になっちまうぞ!」
状態異常『ゾンビ』。不死者のゾンビの前段階。毒と同じで噛まれると一定の確率で『ゾンビ』となり、治さなければ10日ほどで本物のゾンビと同じ不死者になる恐ろしい状態異常だ。
「魔力障壁を展開させるんだ。それだけで噛まれても……おい、リチャードどうした?」
頭を俯けて、人の話を聞いてない風の仲間の肩を叩こうとして━━。
「ぶ、ブラッド……。お、それは遅かった」
「リチャード!?」
「腹ヘター!」
頭を持ち上げたリチャードの目は真っ赤に染まり、口からよだれを垂らして襲いかかってきた。飢餓に苦しみ狂気に陥った男にブラッドと呼ばれた警備員はのしかかろうとするリチャードを跳ね除けようと手で抑える。
「ガルルル」
手を噛んでくるが痛くも痒くもない。ブラッドはこれでも中級ハンターの実力を持つ。鋼鉄よりも硬い魔力障壁をもちろん展開できるのだ。油断しなければゾンビ如きには毛の一本も傷はつけられない。
本来ならばリチャードも同じであったが、油断して魔力障壁を展開していなかったのだ。その隙を狙われて、ゾンビラットに噛まれてしまったのだろう。
「こ、殺すわけにはいかねーし、すまん、リチャード! 少し痛くても我慢してくれ」
ブラッドは短槍に魔力を込めると、己の得意とする武技を発動する。
『スタンスクライド』
短槍が微細に振動し、放電を放つ。槍の穂先から雷の槍が矢となって撃ち出されリチャードの身体を貫くと、リチャードは痙攣しながら、椅子を蹴倒して倒れるのであった。
「ふぅ……この技は一般人が受けても麻痺するだけで怪我はしない。後でお前持ちで神官に治して貰えるようにお願いするからしばらくそのまま倒れていてくれよ」
ビクンビクンと痙攣し、気絶したリチャードへと謝罪すると、外の様子を窺う。ここまでゾンビラットが現れるのは異常だ。とすると校内の様子は━━。
「うっ、酷いもんだ。生徒たちはゾンビになったか? いや、これは元々ゾンビ? とすると校内にネクロマンサーが侵入しているのか!?」
言葉を失うほど衝撃的な光景がブラッドの目に入る。ぅぅーと唸り声をあげて、そこら中にゾンビたちが徘徊していた。最初は状態異常ゾンビになった生徒たちかと思ったが、頭から脳が垣間見えて、服は血だらけで、首があらぬ方向に折れているゾンビや内臓を引きずりながら歩いているゾンビもいる。
本物のゾンビだと一目で分かった。そしてゾンビはいきなり発生するものではない。術師が必ずいるはずである。
即ち、これはテロだ。
「外はまだ大丈夫そうだ。校内だけにゾンビが徘徊しているのか……」
あまりにも酷い光景だが、モニターに映るゾンビは校内だけで外は平和なものであった。校内でこんなことが起きているなんて誰も思わないだろう。
ブラッドは深刻な表情で考え込むが、答えは一つしかなかった。壁に隠されている引き出しを引くと、レバーが現れるので、目をつむりながら思い切り引く。
「すまない、校内にいる奴ら。こうするしかなかったんだ!」
悲痛な叫びをあげるブラッド。レバーの効果はすぐに現れる。
『マジカルハザードが発生しました。繰り返しますマジカルハザードが発生しました。緊急プロトコルにより、隔壁を閉鎖します。繰り返します━━』
機械音声と共に、モニター越しに校内に分厚い隔壁が閉まっていく。窓もシャッターが下りていき、校内はあっという間に閉鎖されるのであった。
緊急プロトコル発動用レバーをブラッドは引いたのだ。これは中から外に出さないように作られたシステムで、魔法実験や違法召喚で危険な魔物や呪いが発生した時に発動させる。勤続十年のブラッドも数回しか引いたことのないレバーであった。
「早く逃げないと。屋上にあるヘリコプターに乗って脱出だ。えぇと脱出マニュアルはこれだっけ。えぇと屋上の隔壁を開くにはエンブレムを3つ集めないとダメなんだよな」
戸棚に置かれている埃をかぶった本を手にして、ブラッドは警備室から出ようとして━━。
「ほう、なかなか面白いギミックを備えておるのだな」
「うぐっ!?」
何者かに顔を摑まれて持ち上げられる。なんとか逃げようとするブラッドだが、掴んできた相手を見て蒼白となる。
「ふむ、そなたはここで眠るがよい。ご苦労だった」
「う、ぅぅ、ぅぅ」
相手は人骨であった。白い骨がやけにきれいなスケルトンで、羽織っているローブから簡単に素性が推測できる。
(リッチ、なぜここにリッチが……)
それが意識を失う前のブラッドの最後の記憶となった。




