51幕 アカデミー侵入
宵闇が迫る時間。アカデミーは帰宅を始める生徒たちもポツポツと少なくなり、警備員も暇そうに欠伸をしても許される時間帯となる。
なぜならば、そろそろ夜勤チームと入れ替えの時間となり、彼らは帰る予定だからだ。
無論、ただ帰るわけではない。給料が出てから日も浅く、懐は余裕かある。しかも彼らはまだ若く独身だ。悲しいことに2人とも恋人もいなかった。
となれば、選ぶ選択肢は一つだけ。
「なぁ、今日はどこに飲みに行く?」
「格安焼き鳥の店はどうだ?」
「あそこ潰れたよ、最近は格安でまずい店よりも、少し高くても美味い店の方が流行ってるからなぁ」
「まじか、それじゃ、駅裏の刺身の安い店に」
「そこは並ばないと入れねーよ。美味くて安い店だって口コミで広がって、大繁盛してるんだ」
「それはまたままならない話だなぁ」
帰り道で一杯やる店を話し合うのであった。門番にとってはなによりも重要なことなので、それじゃあそこは? いや、あの店ならと話に集中しすぎて、警戒心をなくしていたら、声がかかる。
「すいません、校内に入ってもよろしいでしょうか?」
「え? まぁ、まだ時間は……えぇっ、だ、第二王子殿下っ! はいっ、大丈夫であります。まだ後2時間は校内にいても問題はありませんっ!」
声をかけられた相手を見ると、今年入学した第二王子であった。緩やかな金髪に人の良さそうな穏やかな瞳の第二王子は、にこやかな笑みで門番を見てくるが、おしゃべりに夢中になっていて、全然気づかなかったことに、怠慢だと怒られる、それどころか学校職員に告げられて減俸を受けるのはまずいと背筋を伸ばして、しゃちほこばってしまう。
「あはは、そこまで警戒なさらないで大丈夫ですよ。そろそろシフト交代の時間ですものね。私にもその気持ちは分かりますよ。特に気にしないので安心してください」
「は、はい。ありがとうございます。ただ、この時間から入り直すとすると一応となりますが、入る理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
空はオレンジ色に染まり始めて、学内の生徒たちも少ない。それに入学したばかりの生徒が校内に入り直す理由はないはずなのだ。
たとえ第二王子でも門番として最低限の仕事はしなければならない。それが最高峰アカデミーの警備員としての矜持なのだ。
なので2人は、先ほどとは違い、真剣な顔となり第二王子を見る。そこはかとない緊迫感が漂い、第二王子の後ろにいる護衛騎士たちがさりげなく柄に手を添える。
だが、ここで引くわけにはいかない。スゥと軽く息を吸うと、第二王子に怯むことなく話を続ける。
「一応お伝えしておきますが、ポイントは使用不可です。ご存じでしょうが、セキュリティと成績関連には買収は通用しないのです。買収が利くのは気に入らない相手の教科書を破ったり、階段から落とした際の罪の隠蔽とかですね」
俗にいう悪役令嬢ルールというものだと、真面目に伝える警備員であった。なぜか、第二王子の後ろにいる他の生徒たちが呆れた顔となるので、入学したてなのだと警備員はその新鮮な表情に笑みを浮かべてしまう。
「あはは、そんな気はこれっぽっちもありませんよ。実は秘密にしてほしいのですが、デスナイト事件やタウロス事件において活躍したシグルド君の力を見たくてね。今から訓練場で私と試合をするつもりなんだ。平民でありながら、星のように光る活躍をするシグルド君はどれくらい強いのかなって思ってさ」
「は、はぁ、なるほど。第二王子殿下直々に試合をするのですね。それは少年にとっても幸運なことですな。了解致しました、お通りください」
たしかにほとんど貴族だけが通うアカデミー、他に平民が通うとしたら、裕福な金持ち出身のはずなのに、言ってはなんだが、頑丈さと安さだけが取り柄の平凡な服を着ている少年が1人目立っていた。第二王子殿下の目にとまったことが嬉しいのだろう、照れくさそうに頭を掻いている。
門番の警備員だって、第二王子殿下と試合をするということがどれだけ凄いことかわかる。彼は勝っても負けても人々の注目の的となり、クランの勧誘も活発となるだろう。その際の契約金もかなりのものになるはずだ。即ち彼はこれから先薔薇色の未来へと一歩踏み出したのだ。契約金だけでも100万ドラはいくだろうし羨ましい。
「それでは入らせてもらいますね。あ、私が試合をすることは秘密でお願いします。もしもTNTとかで晒されたら、訓練場に学内の人たちが集まるでしょうし。こういうのって、何も噂されていなくても見学に現れる実力者もいますから、その方をスカウトしたいって気もあるんです」
「畏まりました。爆発炎上しないように誰にも言わないのでご安心ください」
「ありがとうございます。では失礼します」
警備員が敬礼で応えると、安堵の表情で第二王子殿下は門をくぐり、シグルドという少年と第二王子殿下の護衛や友達なのだろう生徒たちがついていくのであった。
「入学初日から第二王子殿下は活発な行動だな」
「継承権争いがあるから、学内で青田買いしたいんだろうよ。学内なら第一王子は手を出せないからな」
「やれやれ秘密裏にってやつか。大変だな」
警備員は第二王子殿下たちの集団が遠ざかるのを見て、お互いに頷く。
「秘密にしなくちゃな」
「あぁ、第二王子殿下直々のお言葉だからな」
絶対に誰にも言わないぞと、2人は決意するのであった。
「お~い、お疲れ様〜。シフト交代するぞ〜」
「もうそんな時間か。それじゃよろしくな」
ちょうどタイミング良く、交代が来たので入れ替わる。
「よし、仕事は終わりだな」
「そうだな。どこの店に行く?」
スマホを片手に、素早く操作する。
『緊急告知! 1人100ドラで、現在進行系のマル秘情報売ります! 時間制限あり! 30分以内にしか効果のない驚きの情報!』
すぐにピコンピコンと通知が大量に来るので、思わず顔がにやけてしまう。
「今日は叙々の奇妙な焼肉屋に行こうぜ」
「あぁ、これいくらぐらいになると思う?」
「無駄無駄無駄肉セットを食えるくらいにはなるだろうよ」
「俺たちの月収の値段のあの高級肉セットか!」
秘密裏にするつもりだが、それも金次第なのである2人は、続々と振り込まれる入金に顔をにやけさせるのであった。
◇
「大勢の人たちが訓練場に走っていくうさ。生徒も教師もうさよ」
「くくく、第二王子殿下の目に止まりたいのだろう。第二王子がさりげなく言った情報通の実力者なら訓練場に密かに見学にくるタイプだとアピールしてな」
「あんなに大勢で陰に隠れて見守るなんてできるまきゅ?」
こっそりと校内の窓から地上を眺める3人の姿があった。眼下では、予想通り門番が売った情報を見て集まる人々の姿がある。
訓練場で密かに第二王子とシグルドが戦うが、そのバトルを陰からこっそりと観覧する実力者。よくあるテンプレパターンだ。それを人々はやろうとして向かっていた。
「……観客席を売る人も現れるかもね」
「転売ヤー死すべきうさ」
ロロとマモが窓枠に登って、脚をプラプラ振ってるラブリーな光景を満喫しながら、カナタはパチリと指を鳴らす。
「作戦スタートだ。皆が第二王子たちの試合に集中している間に、我々はサーバー室に侵入する。ゆくぞ」
いつもの風鈴が鳴るような可愛らしい声ではなく、嗄れたガラスをひっかくような声音だ。その姿も美少女ではなく、スケルトンであった。いや、ただのスケルトンではない。骨であるのに、鋼よりも硬い身体を持ち、人間を超えた魔法回路を身体に宿す化け物、不死系統最高ランクのリッチである。
『記憶皮膚』により、先日討伐したリッチのレルムの姿に変身しているカナタである。見かけは強力そうなローブを羽織り、骨の杖を持ち不吉なる禍々しい空気を醸し出している。
「あらほらうっさー」
「了解まきゅねん」
ノリノリで部下のロロとマモが手を上げて、ガランとした校内を歩く。退館時間ギリギリで、少ない生徒たちも訓練場に行ってしまったので、誰もいない。
「サーバーまでの道のりは学長の記憶から抽出しておる。まずは警備室に向かい、警備員を無効化する。等間隔に置かれている監視カメラを自然な形では破壊しつつ、侵入する。マモ、『ネズミケーブル齧り』だ!」
「まきゅ!? マモはネズミじゃなくて、リス科まきゅよ? そこら辺のドブネズミと同じにしてもらっては困るまきゅ! リス科最高の種族マーモットをネズミ扱い」
「ごめんごめん。それじゃ華麗に頼む」
「ふふん、自然な形で監視カメラを壊すマモの姿に喝采するまきゅね」
命令すると、ピキーと怒るマーモットだ。タプタプのお腹を揺らして、なにを考えているか分からない虚無の瞳に鈍い光を宿らせて、二本足でのそのそと歩く。その姿はまるで酔っぱらいのおっさんの如し。
テチテチと歩くと、廊下の天井に配置されている監視カメラの下に辿り着くと、餌を貰うかのようにお手々を伸ばす。
天井の高さは大体4メートルほど。マーモットの背丈は30センチ程。
ふりふり
ふりふり
なぜかウンウンと頷くマーモット。
『ストーンスピア!』
お手々から石の槍を撃ち放ち、監視カメラはメキョッと凹み、バラバラに壊れて床に破片が落ちるのであった。
「どうまきゅ! 自然、とっても自然な感じだったまきゅね!」
ドヤ顔で、自分のやらかしたことを疑問に思わない獣であった。
『野良マーモットを発見。第一防衛システムを稼働させます。校内にいる生徒は避難をしてください』
警報が鳴り響き、床から金属製の蛇が続々と現れてくると、瞳をマモに向ける。
『野良マーモットを発見。駆除します』
蛇の瞳から光線が放たれて、マモを狙う。
「まきゅ!? ちょ、マモは野良マーモットじゃ、あちっ、アチチッ」
光線にお尻を焼かれて、慌てて二本足で逃げ出すマモに、金属製の蛇たちは追いかけていくのであった。
「……マモよ、貴様の尊い犠牲は無駄にせぬ。召喚ゾンビラット」
冥府術の一つを使い、ゾンビラットを喚び出すと、他の監視カメラを破壊させる。ゾンビラットは高性能で、天井まで張り付いて走れる優れものなのだ。
「……あのうさ」
「人参スティックあるよ」
「尊い犠牲だったうさ」
マモとの悲しい別れを振り払いカナタたちは校内を進むのであった。




