5幕 ディストピアでは常に絡まれる
正式な壁などないため、街はいくらでも出入り可能だ。外に出るには街が管理している国道を通れば安全に出入りできるが、スラム街でも空白地帯は問題なく通れる。空白地帯を縄張りにすると、安全に通行をしたい冒険者たちがその勢力を潰しに来るからだ。なのでカナタはこの比較的安全な地区を中心に生きてきた。
「外から見ると、子供が適当に積み重ねて作った積み木細工のようだよ。よくこんな所にスラム街の住人は住んでるものです。まぁ、人のことは言えないけど」
縦横斜めと、折れた高層ビルが積み重なり、そこにスラム街の住人は住んでいる。もちろんこんな構造だから内部は迷路のようで、住んでいる住人ですら、その全貌は把握していない。
だからこそ、カナタは生き残ってこれたのだけど。はっきり言ってきつかった、死ぬかと思った回数は覚えていない。
「あの……セイさん。少し聞いても良いですか? この世界ってどんな世界観なんです?」
足に伝わる感触が土からコンクリートに変わるのを感じながらセイに尋ねる。巫女は泳ぐように空に浮いていて、ひらひらと短すぎる裾をはためかせる動作で視聴者の目を向けるやり方はファンタジーな演技のためになりますね。なにがとは言いませんが、青の縞々は好きな人は多いでしょう。
理由はないけど、チラ見しても通報されない美少女で良かったと思うカナタの質問に、セイは背泳ぎをしながら予想外の返答をしてくる。
「知りません」
「は?」
ぽかんと口を開けて、カナタが思わず立ち止まると、やれやれと呆れたように肩を竦めるセイ。
「知りませんったら。小生は完全自立型分体でして、本体と離れて行動しております。システムなどの最低限の情報は持っていますが、世界観などはクエスト発行時に知るだけですよ。世界観はこの5年間で知ってくださいと転移させる時に皆様へ説明したと思いますけど?」
「そ、それはそうですけど、スラム街の住人で、今日を生きることも難しい環境だったんですよ!? スラム街でまともな情報なんか得られませんでしたよ」
「それは貴方の出生ガチャがハズレだったのと、比例してスキルが強力な分で釣り合っております。残念ながら教えることはできませんね。知りませんし。なにせ人間はこちらの表情だけでも、知りたい情報を抜き取る狡猾な存在。特に貴方は悪役として雇用されるほどに頭が回りますから念のためです」
ぐうの音も出ない。確かにセイから僅かな会話で欲しい情報を得ようと考えてたよ? 口籠ったり、瞬きを多くしたりと、黙っていても手に入る情報というのは多いのだ。早速情報を得ようとしたのに先回りされていたか。がっかりである。
分かっていて受け入れたのはカナタであるので、これ以上文句は言えないので諦めて、振り向くと後ろへと手を振る。
「仕方ないですか。でも、この世界、とても変なんですよ。ほら、街の外を見てみて? そして街側と比べてみてよ」
街の外の周囲は薪や資材にと木々は伐採されて、猫の額ほどの草原となっているが、後はビル並みの太さの幹を持ち、見上げても天辺が見えないくらい背の高い木々が聳え立つ森林だ。街道らしきものもは森林を貫通して辛うじて存在していたが、車1台がギリギリ通れる程度だ。
「あの街道の細さを見るに、実質、この街だけしか世界に存在しないような気がします。以前、街の外周を歩き続けたんですけど、一周するどころか景色が常に変わっていて終わりが見えない広さでしたし」
対して街はどうかと言うと、横倒しになっている廃ビルの横幅だけでも百メートルはある。崩壊していなければ1キロメートルは高さを持つ高層ビルであったのだろう。地球なら世界一の高層ビルだって、そこまでは高くなかった。
「文明が一度崩壊したとかなんですかね? 小生も初めて見る光景に興奮して胸は高鳴り、頬は赤く染まっておりますよ」
上京したおのぼりさんのように、キョロキョロと周りを見ているセイは嘘を言っているようには見えなかった。即ち、この子は情報源としては全く役に立たないことが奇しくも証明されてしまった。
「まぁ、記憶を読むスキルを活用すれば欲しい情報はすぐに入りますか」
まるで迷宮のような廃ビルを歩きながら、カナタはセイに期待するのをやめて嘆息する。高さも広さも異次元レベルの廃ビルの内部に入ると、永遠に通路が続き、無限に続くかのような呑み込まれてしまう錯覚を感じる。そのため、安心感を得るために外が見える比較的歩きやすいところを選んでいたからだろう。
「おいおい、待ちなっ! ここを通るには通行料が必要だって知ってるだろ」
乱暴そうに荒い声音が廃ビル内に響くと、通路の影からバタバタと足音荒く、カナタを住人が囲んでくるのであった。
この道を通れば、見つかる可能性はあった。それでも迷宮並みに巨大な空間のため、出会う可能性は低いと思ってたけど、考えが甘かったらしい。
「これはこれは。アーシャさんじゃないですか、ここってそんなルールがあったとは初耳なんですけど」
フードを深く被り直し、目元だけ覗くようにして、通路を塞ぐ相手を見ながら冷ややかな声を出す。
「ここはあたいたち、ブラッディヴァンパイアのテリトリーなのさ! 知らなかったではすまさないよ!」
腕組みをして尊大な態度で胸を張るのは、赤毛の少女だった。年齢は知らないけど、15歳くらいに見える。真っ赤な炎のような髪の毛をショートにして、鼻のそばかすが少し目立つ少女だ。薄汚れて穴だらけの服に、足指が穴から覗くボロボロの靴を履いたスラム街の少女だ。
カナタは彼女をよく知っていた。この5年間で何度か話したことがあるからだ。
「ブラッディヴァンパイア? 随分と洒落た名前ですが、前回会ったときはファイアフェニックスと言ってませんでしたっけ? チームの名前変えるの、今年は何度目です?」
「う、うっさいな! チーム名はいつも変えてないとろくな奴らに目をつけられ━━んん? あんた、その声と皮肉げな口調……もしかして『グール』かい?」
恥ずかしさから顔を赤くして誤魔化すように声を荒げるアーシャは、カナタの態度に違和感を覚えたのだろう。声も以前とは変わったのになかなか勘が良い子だ。
「グールと言われるのは心外ですけど、私の二つ名と言えば、グールが相応しいですね」
「なんだ、グールか。珍しく外から戻ってきたスラム街の子供だと思って見れば、あんたか」
グールは、顔はヤケド痕が広がり、服装もボロ切れを羽織って、痩せ衰えて、あまりにも酷い姿からつけられたカナタの渾名だ。年若い女の子につけるには酷すぎる渾名だけど、この渾名はここら辺でスラム街の住人が耳にする程度には、少しだけ売れていた。
「ほーん、……なんか空気が違うような気が……気の所為か? まぁ、あんたなら話が早いや。通行料をよこしなっ」
「そーだ、そーだ、通行料だしなよ!」
「外でなんか良いもん見つけたんだろ、少しわけて!」
包囲していた人たちからも次々と声が上がる。包囲していると言ったら脅威に思えるかもしれないが、囲んでいるのも年端のいかない子供たちばかりだからだ。アーシャと同じくスラム街に住む孤児たちである。
「通行料をよこすか、あたいたちのチームに入るか、どちらかを選びなよ」
少女たちのリーダーがアーシャだ。睨みつけて凄んでくるが、痩せっぽちで手の持つのは棒切れ一つ。まるで脅威には思えない。
「何回誘われても嫌なものは嫌なんです」
「そんなこと言わないでさ! あんた、その容姿で生き抜いてきただろ? あたいはそれを評価してるのさ。それに1人でいつまでも生き残れるわけないだろ?」
バッサリと断ったのに、諦めないアーシャ。周りも同調して、うんうんと頷いている。
このスラム街では、性別が女というだけで、生き残れる可能性は低い。しかもひ弱な子供たちときた。その多くは女というだけで襲われるか、丁稚奉公という名の奴隷にされて売られるか。魔物に食われることもある。
だからこそ、アーシャはこの空白地帯でチームを作り、子どもたちを保護していた。すぐにカラスに狙われる雛のようなチームであるのに見上げたものである。尊敬しても良いくらいだ。なにせグールと呼ばれるくらいの誰もが見捨てる少女すらも自分のチームに入れようというのだから。
だが、尊敬したからと言っても、仲間になる選択肢を選ぶわけには行かない。
「もう一つ選択肢はありますよね? いつものことですけど、力で押し通ります」
「はっ、いつものようにボコボコに痛い目をみないと分からないようだね! いいよ、それならあたいの棒術を見せてやるよ」
アーシャは棒切れをくるりと回すと構えをとる。その姿は、誰かに学んだことが分かる堂の入ったものだ。元々スラム街の出身ではないアーシャは3年前にこのスラム街に来てから、チンピラたちから子供たちを守れる腕を持っていた。そして、スラム街ではそこそこ強いレベルにあるカナタと何回かぶつかってきた。
「親切心も度が過ぎると迷惑だって、前に伝えましたよね? 下手に怪我をすると損しますよ?」
「ふふん、前戦ったのは3日前だっけ? あの時よりあたいは腕を上げてるよ! 痛い目を見るのはあんただけさ!」
何回とかじゃないや。数え切れないほどいつも絡んでくるのだ。
「出会って数時間で貴方は何回戦ってるんですか? 胸躍るスラム街生活を観るのを楽しみにしている小生のことを気にしてくれています?」
約1名、雑音を出すけど、絡まれたんだから仕方ないです。それにこの子はコツがあって簡単に倒せるんだ。
「いくよっ、はっ!」
呼気を吐き、鋭い突きをアーシャは繰り出す。足の踏み出しから、回転力を伝える腰の回転、腕へと集約させる一撃はなかなかなのものだ。チンピラ程度では敵わない。
脇腹を狙う一撃。喰らえば悶絶するのは間違いない。
間違いないので、両手を広げて無防備となる。
「なっ!? 危ないでしょっ!」
慌てて突きを止めるアーシャに薄笑いで止めた木の棒を握りしめ、思い切り引き寄せると、カナタは引き寄せたアーシャの頭に頭突きした。ゴチンと痛そうな音を立てて倒れるアーシャを見て、フッと嗤う。
「きゅう」
目を回しバタンと倒れるアーシャ。この子は学習能力が全くないのだ。
「この子は弱い子に手加減するんです。なので無防備になると必ず寸止めするですよ」
「うわぁぁ、悪役として雇って良かったと思ってます。あははっ、サイコ~です!」
ドヤ顔でフンスと胸を張るカナタに、なぜかセイは大笑いをしていた。
なにか言いたいことがあるなら言っていいよディレクターさん?




