4幕 悪役人生始まります
「『記憶喰』を早速使いこないしていますね、カナタさん。小生、その適応力に感激しております。パチパチ〜」
「どうもありがとうございます。観客として喜んで貰えて何よりですよ」
セイへと多少の嫌味を言いながら、カナタは額の汗を拭う。ぶっちゃけ危ないところだった。相手が油断せずに最初から剣を抜いて、殺すつもりでいたら、カナタは死んでいた。
(先輩の忠告は正しかった……。これが目つきの悪い男の子なら殺されていたかも。悔しいけど、美少女だからこそ、あいつらは捕まえようしてきたんだ。これこそが僕の求めていたものか)
彼方が地球で三流だった理由を見事にカナタは解決したことに、内心はモヤモヤするが納得はしていた。
芸能の世界は顔である。悔しいがそこそこ演技のうまいブ男と演技が大根役者の美少女なら、監督は美少女をとるのである! 一流に繋がる道は特にビジュアルも重要となるのだ。
試しにさっきの場面を脳内再生してみよう。美少女の時は先ほどの通り。これがおっさんならどうだったか?
「金目の物をよこしな、いやおっさんなら生かしておいても仕方ないな、殺して奪おう。死ね『魔力弾』!」
「うわぁぁぁ」
ドカンと爆発して、おっさんの出番はおしまいである。常日頃の彼方のやる役と同じ展開である。僕の心は脳内記憶から今の一幕を削除することとした。
「まぁ、今はそれよりも収穫をしてしまいましょう。ムージも優秀でしたけど、デーンはもっと優秀のようですから、こちらに切り替えておきます」
はい、カットと言われたかのように笑うのをやめて、疲れた顔で美少女はデーンへと手を翳す。
『記憶喰』
名前は物騒だが実際は物騒でもない。
デーンの肉体がドロリと溶けていくと、魂が天へと昇っていく。彼は輪廻の輪に入り、いつか他の生命体に転生するのだ。それが人間か虫や動物かは分からない。しかしそれが定命の者の宿命である。
魂は輪廻の輪に戻る際に、記憶や力を全て捨てていく。
肉体は溶けると、小さなカードに変わり、カナタの手のひらに収まる。そう、このカードこそ、輪廻の輪に入る魂が捨てたものだ。僕はそれをデータ化して所有できる能力を持っていた。
そのカードは使えば本のようにその人の人生や思いを読むことができる。本という形式でなく、動画でもオーケー。必要なデータは検索して調べられる端末にもなる。記憶を覚えるのではなく、読むだけなので、記憶を奪い取り自分の能力として完全に操るというわけではない。だが、記憶を読めるので嘘はつけないし、どんな情報も手に入るのでチートなスキルと言えよう。
もちろんそれだけではない。
「ふむ……使ってみますか」
『記憶皮膚』
手に入れたデーンのカードを実体化させる。データと化した魂の残り滓。幽体というべきなのだろうか。このデータを肉体として召喚することができるのだ。
カナタの体は次元の狭間に封印されて、殺したデーンと髪の毛1本も違うところはなく、デーンの姿に変化した。服も剣も死んだ時とそっくり同じだ……と言いたいところだけど、持ち物は幽体の一部を使った偽物なので消耗品は使えないし、魔法の武器などはコピー不可である。幸い鉄の剣程度ならコピーできるけど召喚を解いたら同じように消えてしまう。
「肉体の能力も同じみたいだけど、身体強化は使えないか。残念だけど、仕方ない」
デーンの身体能力は全く同じだが、魔力はコピーできないので自前となるし、技や魔法も使えない。知識を読めば使い方は分かるけど本だけ読んでも達人とはなれないので、まさに見掛けだけと言えよう。
でも、何者にも変身できる。主役にも端役にもなれるので劇には重宝する固有スキルと言えよう。こんなスキルが欲しいですとセイにお願いしたら、アジャストして固有スキルとしてくれたのだ。
そのかわり等価交換で、出生が両親のいないスラム街になったけどね……。
「固有スキル『記憶喰』の取得おめでとうございます。それを使ってのオーディションもバッチリです。シグルドは初の仕事に浮かれていた気分を引き締めて、改めて英雄としての道を歩むことを決意します! 見事な悪役ぶりでした!」
「喜んで貰えて何よりです。これからも一層頑張りますよ」
「英雄譚には素敵な悪役が必須ですからね。小生としても期待しておりますよ、カナタ様」
空中を楽しげにくるくると回るセイは、世界を舞台に英雄譚を作ろうと悪役を必要として募集した変態である。変態であるが、報酬は良く、世界を舞台に演技をできる欲望に僕は進んで契約した。これからのことを考えると僕も悪辣だと言えよう。人類にとっては、悲劇になるか喜劇になるかは分からない。
だが、デーンやムージのように僕と出会ったことにより死んだ者にとっては、僕は邪神の使徒と言われても仕方ないことと理解している。なにせ人殺しもありなので悪魔に魂を売ったと言えるから。
「あぁ、ステータスボードも閲覧可能となりましたので、ご確認ください」
「そういえばそんなものもありましたね。『ステータスオープン』」
名前:カナタ・アマガミ
所持ポイント:100000
総合ランク:F
体力:F
筋力:F
器用:F
魔力:F
固有スキル:『記憶喰』
メモリーチップ:『デーン』
スキルスロット:『』
なかなか泣けるステータスだね。低すぎて赤ん坊にも負けそうだ。
「では一応説明をば。所持ポイントは契約金ですので、ショップでご使用ください。ランクは分かりますよね。スキルは見ての通り。『』の分だけスキルを取得できます。貴方の空きスロットは1枠だけですね。『記憶喰』の保管可能記憶チップも現在は1枠です。これからカナタ様はポイントを使用して自分を成長させて、悪役として頑張ってください」
戦闘力Fにスキルも一つの枠のみ。これがゲームならクソゲー確定である。とはいえ、スキルとは別に普通にスキルを覚えられる。どう違うのか言うと、スキル枠で覚えたスキルは完全に記憶し、使えこなせるが、自前で覚えたものはどこかしら抜けがあるし、完全にマスターしているとは言い切れないだけだ。
例えば、『料理』スキルを手に入れたとする。その者は誰も知らないようなマイナーな料理方法も知っているし使いこなせるが、普通に覚えたスキルでは全てのレシピなど覚えられるはずがない。効果も上がるけど、その程度の違いで、さほど問題にもならない、と思う。使ってみないと分からないからだ。
「これにて契約金として、『健康体に回復』『ステータス閲覧』『固有スキル』『契約金』の全てをお渡ししました。以降はその時々における報酬をお支払いしますのでよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。悪役として、シグルドさんを輝かせてみせますよ」
この劇はシグルドを活躍させることだと僕は聞いている。活躍にも色々あるし上手くいくかは分からないけど、誠心誠意頑張るつもりだ。
セイはニコニコと満足そうに微笑み、カナタはその笑顔にブラックさを感じて嫌な予感を覚える。スタントマンが確保できないから、代わりに屋上からロープで降りてくれとか、燃え盛る家屋から脱出してくれとか、なんか無茶振りをしてくる監督の笑顔にそっくりなのだ。
「では、早速、次の依頼となります。ジャジャン!」
『2年後、アトランティスアカデミーに貴族として入学し、入学式で同じく入学したシグルドに絡み、決闘をしてボコボコに負けてシグルドの名を広めよう』
どこからか持ち出してきたクリップボードには、よくわからないことが書いてあった。わからないというか理解したくない。
「シグルドは冒険者になるのでは?」
「2年間冒険者として活動し、独学の限界を悟り師匠の推薦でアトランティスアカデミーに平民で入学するんです。当然無双します。無双してハーレムを作る王道展開ですよカナタさん。カナタさんは可愛い美少女を婚約者にして虐め抜くとボーナスです。決闘で負けて婚約者から婚約破棄されるパターンが希望」
「それ、婚約者はシグルドに惚れるパターンですよね? いや、そんなことはどうでも良いです。問題は僕が貴族として入学する!? だ、誰か支援があるんですよね?」
「やだなぁ、全て現地調達ですよ。頑張って貴族になってくださいね。方法は問いませんから」
声が震えないように辛うじて耐えながらカナタは死んだ目となる。スラム街の孤児から貴族か……。次の準備期間は2年間、失敗するのに期待しているのではと邪推しちゃうよ。
「分かりました。とりあえず街に戻ってから考えます」
「無理ですと拒否しないのがカナタさんのよいところだと思いますよ」
「絶対に不可能な仕事もしてきた経験がありますので」
自分でも不可能な依頼だと思っているのかケラケラ笑うセイにため息を吐くのを我慢するカナタであった。ディレクターに逆らうという意思は三流俳優にはないのである。
◇
森林を数時間歩き続け、カナタはようやく街に到着した。最初から、街からそう離れていない森林を目指したので当然だ。
「しかし、せっかく手に入れたデーンさんの身体に変身していなくて良かったのですか? その姿ですと、鴨が葱を背負って、羊の鳴き声をしながら狼の群れの中を歩くようなものですよ?」
「的確なる忠告ありがとうございます。ですがデーンは意外と強かったので、周りに知られている可能性があります。詳しくはデーンの記憶を読まないと分かりませんが、周囲の評判に気付かない場合もありますから、これはデーンの記憶を頼りにはできないんです」
「鈍感主人公がハーレムを築いて周囲の評判最悪なのに気づいていないのと同じですか」
「一歩間違えばドッペルゲンガーとかとして殺されそうな殺伐とした環境をハーレムラブコメと同じにしてもらわないでくれます?」
いい得て妙ですけどねと、カナタは街へと視線を移す。
遥か昔は高層ビル群で、現在は廃ビルとなって無惨にも半ばから折れたり崩れ落ちて天然の壁になっている外郭地区。魔物の群れを相手にする最初の地区、すなわちスラム街。
「剣と魔法とディストピアものの世界。もう少しおとなしいファンタジー世界が良かったのですが」
苦笑しながら、コートを深く羽織り顔を隠してスラム街へと美少女は戻るのであった。




