3幕 楽屋はスタッフオンリーです
「へへっ、凄んでも無駄だぜ、おじょーちゃん。随分とみすぼらしい姿だが、私生児が捨てられたってどころか?」
「小銭を探して、宝石を見つけた気分だぜ。娼館の安っぽい女たちとは味も違うだろうなぁ。へへ、楽しみだ」
2人の男たち。名前はムージとデーンと言う。彼らはガーリーがシグルドを連れて森の穴場と言える場所に案内するのを見て、悪党の勘でピンと来て追いかけてきたのだ。
シグルドが薬草を抱えて街に帰るのを見て、恐らくはガーリーは返り討ちにあったのだろうと予想して、その死体から装備を剥ぎ取れば、今日の酒代くらいにはなると、こすい考えでやってきた。
そこでカナタを見つけて、自身の幸運を喜んでいた。
自分たちでは触れるどころか見たこともない銀のような髪を清流のように背中まで伸ばし、見つめていたらどこまでも心を吸い込まれるような紅い瞳、鼻筋はすらっと通っており、唇はささやかに咲く花びらのようだ。小顔に収まり、奇跡のような美しい顔立ちであった。小柄ながら、胸は目立ち、腰も細く抱くと折れそうなガラスのような繊細さを見せている。着ている服は汚らしく、古ぼけた雑巾の方がマシな服装だが、そんなことは全く気にならない美しさだ。
絶世の美少女との名はこの少女のためにあるのではと思わせる美貌の持ち主で、ムージとデーンは無意識に唾をゴクリと呑み込む。幼いけれども、彼女の魅力を前に2人は興奮していた。
「最初に捕まえた方が先にやるんでいいよな?」
「傷はつけるなよ? なるべく高値で売りたいからな」
美貌の持ち主であれど、服装を見るに攫っても問題はないと判断し、ムージとデーンはカナタが逃げられないように、ジリジリと近付く。
恐らくはハッタリが聞かないと悟り、脱兎の如く逃げ出すに違いない。そう考えて、逃げ始めたらすぐに追いかけられるように足に力を込めて、間合いを詰めていくが、不思議なことにカナタは逃げる様子を見せなかった。
それどころか、冷ややかな目で拳を構えて迎え撃つようだ。カナタの背丈は140センチと少しくらい。対して自分たちは背丈は180センチ程度。力も体格も勝っている。
「一番乗りだ! 子猫ちゃん、たっぷり可愛がってやるよ!」
ムージが我慢できないとばかりに鼻息荒く駆け出す。彼らは死体から金目の物を剥ぎ取るくらいにセコい小物だが、それでも荒くれ者たちの中で生きてきた男たちだ。それなりに力には自信があり、小娘の一人や二人、簡単に組み伏せることが出来ると信じていた。
乱暴に草むらを蹴り散らかして、ムージがカナタに掴みかかる。その細い腰を抱き寄せられると、鼻息荒く興奮で顔が真っ赤だが━━。
「さて、健康体の力を見てみましょうか。契約通りか試さないといけませんからね」
カナタは怯むことなく前に出ると、伸ばされた手を掻い潜り、ほっそりとした脚で鳩尾に蹴りを食らわす。
「グエッ!?」
革鎧の上からで、しかも相手は力のなさそうな少女なのに、強烈な痛みが鳩尾から奔り、ムージは驚愕と吐き気からよろけて、後ろへと下がってしまう。
その隙を逃さずに、カナタはさらに踏み込み、足をすくい上げて、よろけて頭の下がったムージの顎に一撃。重なる急所への攻撃に耐えきれず、ムージは無様に尻から地面に倒れる。
「ムージの間抜け野郎、油断してるからだ! わりぃが俺が頂きだなっ!」
「間抜け野郎は、ここにもいるみたいですよ?」
倒れたムージを見てチャンスとタックルを仕掛けてくるデーンに、カナタは素早く体勢を直すと、飛び込んでくるタイミングに合わせてデーンの顔を両手のひらで挟んでハエのように叩く。
「うおっ!?」
痛みよりも鋭い衝撃にデーンが思わず足を止めると、直上するかのようなアッパー。殴られた拍子でガチンと歯が組み合わされる音がして、クラクラと目眩がするデーンへとさらに横っ面にフックを入れる。
遂にデーンもムージと同じように無様に尻から倒れるのを見て、カナタはピエロでも観たかのようにいたずらに笑う。
たったの数秒の戦闘であったが、カナタが素人ではないのは明らかであった。
「おぉ、カナタさん、武術を習ってたのですか? なんともキレる動きで小生感服しました」
「三流役者は色々とできるんですよ。殺陣もできるように鍛えてましたし、武術も習ってました。達人とは言いませんけど、それなりに使えますよ」
セイの褒め言葉を受け流し、カナタは2人を見ながら、ため息を吐く。三流役者は仕事を得るために、それはそれは頑張って様々なスキルを覚えたのだ。頑張る方向が違うのではと忠告されたこともあったが、それで幾つかの仕事を得られたのも真実だった。それらの経験が無かったら、5年間を生き延びてこられなかった。
「こ、この小娘護身術かなにかをやってやがるぞ」
「子猫ちゃんじゃねぇ、どうやら虎の子供らしいぞ」
あっさりと倒されたことに驚きを見せながらも、大したダメージもなく、2人は立ち上がる。今度は警戒して、無闇矢鱈に飛び込むのは止めたのだ。
「骨くらい折れちまうだろうが後悔するなよ? あんたが下手に抵抗するからいけねぇだ」
「冒険者がなんで冒険をできるか知ってるか? 本当の冒険者ってやつを見せてやるぜ」
2人は四肢に力を込めていく。冒険者の力を見せると言ったのは伊達ではない。
「はぁぁぁっ!」
「ふぬぬぬぬぅ」
2人の身体に魔力が巡っていき、体内に筋肉や骨とは違う魔力の力が加わっていく。ぎしりと筋肉が膨れ上がり、五感を含めた全てが素人とは違うレベルに強化される。
『身体強化魔法』
彼らが本物の冒険者と呼ばれるために必須の魔法である。身体強化が発動すれば、彼ら冒険者は熊とも力比べできるし、狼と速さを競うこともできるようになる。
「へぇ~、意外でした。『身体強化』を使える冒険者を僕は何人も見たことがありません。小物のように見えたのに意外とランク高いんですね」
スラム街では、島を持つボスやその幹部数人が使えて力を誇っていたのに、小物のチンピラが使えることにカナタは失礼だけど驚いてしまう。こーゆー奴らって、弱者から掠め取るだけでなんにも使えないと思ってたのだ。見直さなくてはならないかも。
「俺たちはDランクだぜ、おじょーちゃん。人間がどこまで耐えられるか教えてやるよ」
「身体強化した冒険者に抱かれた娼婦がどうなるか知ってるか? ポキポキと骨が折れる音がするんだよ、喘ぎ声が悲鳴か分からなくて笑えるんだ」
前言撤回。ゴミであるとカナタは見直すことをやめた。手加減する必要はないなと。まぁ、最初から手加減するつもりもなかったけど。
せせら笑う2人は、先ほどとは全く違い、猪のような速さでカナタに迫ってくる。地面を削り土塊を撒き散らかして、別人のようだ。
「ですが、人の動きをかけ離れてはいないようですね。冒険者の力を見せてもらいますよ!」
カナタはムージたちの迫るスピードを観察し、その速さを予測して迎え撃つ。
「捕まえるのはやめだっ! 殴って気絶させてから楽しんでやる!」
小娘はまともな武術を習っている。その場合はいくら身体強化をしても無防備に抱きつくのは愚かだと悟り、拳での戦闘へとムージたちは変更する。
お互いが本気となり、先ほどの軽い空気とは違い、殺気で覆われた殺伐とした空気の中でぶつかり合う。
「ふんっ!」
先程までとは違い、ムージの繰り出すストレートは羽根の生えた鉄槍のように速く鋭く迫ってくる。
「よっ、とっと、やぁっ」
後ろに下がりつつ、カナタは体捌きで拳をなんとか躱していく。命中したら少なくても骨は折れるし、下手をしたら内臓すらも破れるかもしれない。
「ははっ! 力の差がわかったか? おとなしく股を開いて命乞いをすれば、命も助けてやるし、気持ち良い思いもさせてやるぞ?」
自身が優位であることを確信し、ムージは下衆な事を言いながら右に左にとワンツーをしてきて、攻撃を繰り返す。確かに言うだけのことはある。これが冒険者というものなのかとカナタは感心はするが絶望はしなかった。
(なるほど、実際に戦うとレベルが変わったことがわかります。でも、それだけです。人間相手でもその身体能力だけでゴリ押しで勝ってきたのでしょうが、僕はそうはいきません)
タイミングが単調で読みやすいのだ。虚実の必要のない魔物を相手にしてきた冒険者の攻撃はタイミングさえ読めば問題ない。
このように。
カナタが逃げるだけだと思ったのだろう。ムージは大きく振りかぶり、隙を見せる。そのような隙を見逃すことなく、カナタは大きく踏み込むと、ムージの顎にアッパーを食らわし━━。
「硬いですね!?」
顎に当てた拳が痺れて、まるで鉄板を叩いたのような感触に舌打ちをする。
「はっ、俺の息子はもっと硬いぜ!」
一瞬反撃されたことに顔を歪めるムージだが、欠片ほどもダメージは負わなかったことで立ち直り、もはや警戒する必要もないと思ったのだろう、再度全力のストレートを繰り出してくる。
そして、ポンと身体が浮くと、地面に叩きつけられていた。雨雲が視界に入り、自分が投げられたと察するムージにクスクスと笑う声が耳に入る。
「は!?」
「一本背負い投げというものですよ、冒険者さん。それに硬いことは確かですが、もっと硬いもので貫かれはしないんですかね?」
「お、俺の剣!」
鞘にしまっていた剣がいつの間にか目の前の少女の手にあった。慌てて起き上がろうとするムージだが、その時には首に剣を突き立てられ、皮膚が貫かれて骨が嫌な音を立てるのを最後に聞くのであった。
「よくもムージを!」
ムージが取り押さえられると思い、様子を見ていたデーンが手のひらを向けてくる。
「まさか!?」
その構えからなにをするのか悟り、カナタは身体を投げ出して地面に伏せると同時に、デーンの手のひらからエネルギー弾が撃ち出されて、カナタの目の前で爆発するのであった。
「お、驚いたか! これこそ俺がDランクに上がった力。『魔力弾』だ!」
魔力を手のひらに収束させて解き放つ『魔力弾』。ただ魔力を集めてエネルギーとして放つため、コストパフォーマンスは最悪でデーンは数回しか撃てないが、もしもの時の切り札として今まで活躍してきたのだ。
冒険者であっても重傷、一般人なら即死レベルの攻撃に、爆煙は舞い上がり白い雲のように辺りを覆う。
「も、もったいねぇが捕まえるのは無理そうだ。ここで殺すしかねぇ」
もしも逃げられて冒険者ギルドに密告されたら人生はおしまいだ。デーンは再度手のひらに魔力を収束させようとして━━。
「お~い、待てよデーン。俺も殺すつもりかよ!」
聞き慣れた声に手を止めて、戸惑い誰何する。
「ムージか? お前剣を突き立てられて死んだんじゃ?」
聞き慣れた相棒の声に安堵するデーンに、白煙の中からムージが喉を押さえて出てくる。
「んなわけねぇだろ。軽く喉を切られただけだっつーの。それよりもあの小娘はここで逃げるつもりだぞ。お前の全力の魔力弾で奴をあぶり出すんだ。今度こそ油断しねー」
「あぁ、そうだな。少し待ってろ、魔力を全て魔力弾に注ぎ込む。そうしたら身体強化まで止まるから守ってくれよ?」
「おぅ、それよりも早く撃てよ! 逃げられちまうぞ!」
「おぅ! 少し待ってろよ、はぁぁぁ!」
濡れ雑巾を絞るように、自分の体内の魔力を全て注ぎ込むと、1メートル大まで魔力弾を大きくさせて、デーンは木々に投擲する。
轟音が響き、木々が折れて草むらが弾け飛ぶ。草むらに隠れていた兎が逃げ出し、リスや鳥が離れていく。
Dランクには本来出せない威力。デーンにとっても会心の一撃で、これからも出せないだろうと確信させる出来だった。
「やったか!」
息を切らしながら、爆煙を見て叫ぶデーン。
「えぇ、やりました」
だが、自分の横から少女の声が聞こえてきて━━喉が熱くなり、何かが零れ落ちていく。
「そ、その声……ムージじゃねぇのか」
零れ落ちていくのは血であった。自身の命が流れていき、口に血が溢れてゆく中で、手で喉を押さえながらデーンは相棒へと顔を向ける。
ムージは人間とは思えない顔全体が歪んだ笑みを向けていて、その手に持つ剣は血が滴り落ちていた。デーンの喉をかき切った剣が。
「まさかここまでとは。冒険者というものは油断できませんね。でも、意外に優秀な体のようで何よりです」
デーンの目の前で、ムージの身体が笑いながら顔が崩れていき、胴体が萎むように溶けていく。デーンは雨に濡れた粘土細工のようにドロドロと溶けていく相棒の姿が信じられなかった。だが、その声が相棒ではなく、あの少女だと気づく。
「お、おびあえ、ま、魔物だったの、か」
最後の言葉を口にして、恐怖に満ちた表情でデーンは倒れ、その命はろうそくの火のように消えた。
ムージの身体が完全に溶けてなくなると、空間にヒビが入ると砕け散り、美しき少女が銀髪をふわりと靡かせると着地する。
「もちろん魔物ではありません。僕は人の記憶を喰い荒らし欲望のままに暴れる悪役、カナタ・アマガミと言うんだよ。地獄でこの名前を広めてもらえると助かるんだけどね」
デーンの死体を前に、カナタはクスクスと無邪気に笑うのであった。




