2幕 悪役としてとんでもないところに雇用されました
シグルドに倒されたガーリーの死体は溶けて、空間が裂けると手が這い出てくる。死体が蒸発して完全に消える頃には、手だけではなく、身体全体が姿を見せるが、その姿は痛々しくとても異様だ。
骨と皮だけのガリガリの手足に、穴だらけの汚れた毛布のような服を着ている肋の浮き出た身体、顔はヤケド痕が半分以上占めており髪の毛もチリチリで焦げているので、見た人は思わず顔を背けてしまうだろう。顔も体も傷だらけで生きているのが不思議なくらいであった。正直、悪霊かなにかだと思われても納得するレベルである。
「あはは、よく生きてくれましたね。もしかして井戸から抜け出してきたんですか? 小生、呪われたビデオは見ていないのですが?」
いつの間にか、空中には巫女服を着た少女が浮いており、腹を抱えてケラケラと笑っていた。今の少女の姿を見て笑えるとは、なかなかの性格だ。
やけにひらひらとした裾の短い巫女服を着たボブカットの美少女だ。歳は15歳くらいだろうか、背丈は150センチ程度で、胸元から零れ落ちそうね胸に、くびれた腰は巫女服に似つかわしくない肉感的などことなく背徳的な肢体で、黒髪黒目でパッチリとした瞳に、悪戯な笑みに覗かせる八重歯が牙のように見えてチャーミングな笑顔の女の子である。
「貴方が酷い存在だと、その態度を見れば納得できますよ。これは僕がこの5年間を生き残るためにとった立派な姿なのですけどね」
じっとりとした目で巫女を睨みつけて、少女は苛立ちを見せるように嘆息する。
「悪役として雇われたのは分かりました。……ですが、オーディションが始まるまで5年間待機とは初なんですが? どんな現場でも待機時間は最高で2日でしたよ」
「申し訳ありません。最初に伝えておくべきでしたね。それにしても、少女だとは遠目に見たらわかりませんよ? 雑巾のようにボロボロではないですか」
「出生がスラム街。しかも両親もおらず、頼れる者はゼロ。7歳の少女がこの先俳優業を目指して生き残るためには仕方なかったんです」
そう言われても仕方がないくらい痛々しいのはわかる。なにせ5年間のサバイバルの結果とはいえ、自傷もかなり含まれていたのだ。今だって、動くだけで何処かが痛い。
だが、顔を俯ける気は少女にはない。この姿は地獄でさえ生温い、スラム街で孤児の少女が身体を売ることもしないで生き延びた成果なのだから。
「女優は性のスキャンダルは駄目だとの強い意志で行動してましたね? その気持ちは分かりますが、そこまでする必要はあったんですか? 7歳にして貴方は目立つ容姿でした。生き残るためにとりあえず女を使う選択肢もあったはずです」
巫女は本気で聞いてくるようだが、一笑で返す。この巫女は女優業を分かっていないのだ。
「駄目ですよ。女優は、それも売れる前の女優は絶対に性関係でスキャンダルを残したらおしまいなんです。正直言うと、万引きをしていたとか、暴走族に入ってたとかはいくらでも誤魔化せるし、ファンもそこまで気にしません。ですが、身体を売っていたとかの話はアウトなんです。彼らは潔癖性を美少女に求めるのです」
スキャンダルで俳優業を引退していった者たちは大勢いる。だからこそ、少女は注意しなければならなかったのだ。その意思は金剛石のように固く強かった。
「だからこそ、顔を焼いて、身体を傷つけました。誰も手を出さないようにね。穴さえあれば大丈夫と考える変態でも、僕の姿を見れば萎えるような容姿にね」
その狂気じみた微笑みは、まるでゾンビのように不気味だ。だが、巫女はそれを見て満足そうに嗤う。この者は演技を渇望し狂ってもいる。しかしそれこそが巫女の求めた人材であった。
(スラム街であれだけの美少女がいたらすぐに死ぬかと思っておりましたが、自傷してまで生き残るとは。こんな人間がこの先どのような劇を作るか、怖くもあり楽しみでもあります)
なかなか面白そうだと内心で嗤いつつ、酷い姿の少女へと手を翳す。
「貴方の太陽のように輝く強い意志と空へも届く理想。小生、感動し感服いたしました。よろしいでしょう、天神彼方様。貴方をこの世界の悪役として雇用いたします。条件は面接の時に話したとおりです。では、お約束通り、契約の報酬の一つ、完全なる健康体を差し上げます!」
降りしきる雨の中で、雲に切れ目が出来ると一条の光が少女へと射し込む。
それは天の恵みか、悪魔の奸計か。その力がどこからもたらされたものであろうとも、幽鬼のような少女は生まれ変わる。
芋虫が蛹となって、美しい蝶へと羽化するように。
焦げてチリチリであった髪の毛は、星の光を織ったかのような美しい銀髪に戻り、背まで流れるように伸びると、その艶かさは銀粉を撒く蝶のようだ。
ヤケド痕が顔を覆い、潰れていた瞳も、血のように赤きルビーのような瞳になり、肌は新雪のように純白に変わる。
骨と皮だけの肉体は、ふっくらとして、艶めかしい健康的な肉体になり、胸の膨らみと腰のくびれがはっきりとして幼い中でも色気を魅せ、誰もが振り向くだろう。
光が収まった後には、誰もが少女の将来は国をも揺るがすだろう美女となると確信する存在が立っていた。
「これが魔法……。この5年間でそれなりに見てきましたが、本当に素晴らしいものですね」
銀糸のような髪を風に靡かせて、ふわりと消えるような儚さを魅せる笑みで少女は満足そうにするのであった。
少女の名前は『天神彼方』。未来において絶世の美女として名を残すかもしれない転生者である。
中身は三流俳優で、怪しげなチラシを見て、ノコノコと応募に来た元おっさんであるのは、誰にも言えない秘密です。
「餓死しそうな時も、魔物の群れに食われそうな時も、この前払いがあると信じて生きてきた甲斐がありました。……本当に良かったぁ」
健康体となって、耐えられず膝から崩れ落ちてぺたんと座り込むと彼方は嬉し泣きをしてしまう。
「オーディションまでの待機時間が5年間とか、死ぬかと思いましたよっ! しかも7歳の将来有望な美少女とか! 野良犬だって求愛するレベルの可愛らしさだったんですよ、セイさん! 面接を終えてから、5年間の条件を口にするのは卑怯ですっ」
巫女服を着た少女。空中にプカプカと浮く少女の名前はセイ。彼方をこの世界に連れ込んだ謎の存在だ。
「少々うっかりしておりましたが、契約内容に不備はなかったはずですよ、彼方さん。いえ、今日からはカナタさんとお呼びします」
テヘペロと舌を出す巫女は小悪魔的で可愛いが、今回の場合は殺意しか沸かない。
「えぇ、えぇ、契約内容は何度も確認しましたからね。不備はありませんでしたが、それはオーディションを受けて合格したあとの契約。待機時間は契約に含まれておりませんよね?」
「やだなぁ。待機時間がお金にならないのはご経験がたくさんあるのでは? それに、5年間を通じてこの世界の環境を知ってほしかったのですよ。しかも、こんな仕事嫌だと一言でも口にすれば元の世界にお戻ししたのに、貴方は決して口にしなかった。合わせてビジュアルは貴方にお任せしました。美少女であるのは小生のせいではありません」
セイはニヤニヤ笑いで、鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけて告げる。
「ぐっ、待機時間はそのとおりです。美少女なのは先輩に決められたから逆らえなかったんです……」
正論のように追い詰めてくるセイにカナタはグゥの音も出ない。芸能界では、ちょい役が監督や主演の都合で何時間も待たされるのは日常茶飯時なのだ。それに確かにカナタは報酬に釣られて5年間を歯を食いしばって耐えた。それだけ報酬は夢のように大きいから。
でも、美少女になるつもりはなかった。最初は鋭い目付きのクールな男を演じるつもりだったのだ。なのに━━。
「応募で一緒だった先輩が『お前は華が無いから、一目で分かりやすく目立つ美少女にしろよ』と忠告してくれたんです。俳優業は体育会系で先輩の言う事は絶対だし、先輩も善意で勧めてきたとわかるから……」
先輩が勧める通りに美少女となったのだ。しかも銀髪赤目の絶世の美少女だ。クールな男どころか性別すら変わってしまったが、断るという選択肢はなかったのである。
確かに、野次馬のモブ役でもこんな可愛い容姿ならレギュラーとして現れるだろうと、観客は勝手に推測するだろうからね!
「それでも、オーディションまで固有スキルも使えないのは酷いですよ。固有スキルさえあれば、生き残るのも簡単でしたのに」
固有スキルとやらも使えない縛りプレイであったので愚痴を言うカナタであるが、セイは肩を竦めて呆れるだけであった。
「なにを仰る。固有スキルはオーディションからに決まっているでしょう? オーディション前から前払い金を支払うことなど誰もしないと思いますよ。それに……初めて使う固有スキルなのに、上手く使えていたじゃありませんか」
「悔しいですけど正論です。……では、改めて、ここからは契約したということで、提供される固有スキルは自由に使用可能。良いですね?」
「はい、その通りでございます。それと合わせて、他の契約報酬も━━」
説明を続けようとするセイを制止して、カナタは木々の合間に顔を向ける。
「まずはそれだけ知ればオーケーです。どうやら、楽屋に来てはいけない人たちが訪れたようですので」
カナタの睨む先、木々の合間から2人の男たちが姿を見せる。
「なんだなんだ? 初心者狩りを失敗したやつから金目の物を貰おうと思ってたら、予想以上のもんがいるじゃねぇか」
「あぁ、ガキの癖にむしゃぶりつきたくなる美貌だ。あいつは奴隷商に高く売れるぜ?」
「もちろん、俺たちがたっぷりと可愛がったあとにな。へへ、なんでこんなところにいるか知らねーが運がなかったな、おじょーちゃん?」
ガーリーと同じような服装をした男たちは、カナタを見て、下衆な笑みで近寄ってくる。どうやらガーリーの姿の時につけられたようだった。
年端もいかない小柄な美少女に対して、2人の大人。どう見ても少女は危機であるが、カナタは恐怖するどころか、ふわりと綿のような微笑みを見せる。
「悪役人生初の舞台。貴方たちは不運でした。この時、この場所にいなければ良かったのに。申し訳ありませんが、目撃者は消させていただきます」
気品ある礼をして、カナタは二人に告げるのであった。
三流役者、アマガミカナタはどんな時でも魅せる演技に命をかけている。




