48幕 アカデミー生活の始まり
クラスはガヤガヤと騒々しい。ここらへんはエリート揃いと言われても変わらない学校の風景だ。
カナタもちょろちょろと歩いて、愛されマスコットタイプとしてクラスに入っていった。クラスに入ると、皆がカナタを注視してくる。その視線は、尊敬と好意がほとんどで、警戒や敵意がほんのちょっぴりだ。
「あれが裏聖女か……」
「今回は大活躍したな。本当は聖女なんじゃないか?」
「彼女は金に汚いだけで、神聖力は高いらしいからな」
「新興のシン家の勢力が増したということだから、油断はできないぞ」
「見てみろよ、泉嬢の視線を。あのトレントの召喚で、召喚士の大家の息女としての面目丸潰れだからな」
鋭い視線と、雑多なおしゃべり。僕を褒めそやす声がほとんどのようだね。
「ぷぷーっ、カナタさんへの視線を見てくださいよ。ほとんどが敵意と警戒ですよ。これだけ警戒されている子供も珍しいんじゃないですか?」
警戒とかはほんのちょっぴりだと思うのに、セイは僕とはまったく違う意見を持っているらしい。心外である。僕は愛されマスコット聖女タイプだよ?
「ガハハハ、このクラスは成績の良い奴らが集まっておる。それはこの国を支配する王家と最高位貴族7家とどこかしら繋がる貴族たちがほとんどだということだからな。シンオー家から出て、新興の家門を建てた父上のシン家が後援する者を警戒するのは当たり前だ」
「クラス中に聞こえる大声で説明してくれてありがと。たしかに成績の良い人たちは十全に教育を受けた者たちとなるのが普通ですからね。成績が悪いと後継者とかだと下手したら廃嫡、最悪病死とか事故死になりますしね」
この世界は魔物が蠢き、一人の人間が強力な魔法を扱い、数に勝つ質の世界。傲慢で愚かな高位貴族はいても、力のない高位貴族はいない。いや、いないということになる残酷な世界なのだ。高位貴族に生まれたから幸運だと喜ぶのは才能があり、少なからず努力をできる子供たちだけなのである。
ゆえに勝家の説明通り、このクラスは高位貴族がほとんどを占める。例外はたった2人。平民のシグルドと没落貴族のユリアだけだ。そして、新興貴族のシン家の勝家と僕も入るのか。
だからカナタ自身に敵意を持つ者はちょっぴりなのだ。政治的な問題により敵意を持たれてるのだ。美少女カナタちゃんにはまったく瑕疵はないはずだ。
「カナタさん……小生はその楽観的な現実逃避的な思考をするカナタさんが時折羨ましくなりますよ」
「そんなに褒められると照れちゃいますね」
褒めてないですよと幻聴が聞こえてきたがスルーして、クラスメイトたちへとニコリと花咲くような優しい笑みで挨拶をする。カナタの笑みを見て、ほとんどの男子生徒たちは顔を赤くし、女子生徒たちの何人かも頬を赤く染める。
ふふふ、見ましたか? これが美少女パワー53万のカナタですよ。前世でこんなことをしたら、おっさんの微笑みはセクハラですと訴えられる可能性あり。やはり美少女に限る行動は存在するのだ。
気分良く、肩にかかった髪を払いつつ、黒板を見る。
『生徒たちはあいうえお順で、椅子に着席するように。これからはその場所が定位置となります。面倒なので席替えはしません』
と、書かれていた。
ふむふむ、なるほど? 席替えないとか、このクラスの担任はそういうとこは気にしないタイプなのかな?
周囲を見ると、教壇前の椅子が一つだけふかふかのソファになっていた。他の椅子は前世と同じ学校の椅子なのに、あれだけ少しおかしい。小型の冷蔵庫も置かれており、もしやあれがファーストクラスというものだろうか。
もちろん、その椅子には与一・アトランティス第二王子が座っており、アカデミーが身分差別をしない平等な世界だと教えてくれた。
「あの箱、巣穴にぴったりまきゅ」
「お菓子とかも完備されてて、ロロにピッタリの箱……うさ、耳を掴むの無しうさよ〜」
早くも不敬なことをしそうな小動物がいたので、ぽいっと窓から捨てておく。
「どうやら、席順は第二王子は抜かして考えるようですね。それにどうも様子がおかしいです」
黒板にはしっかりと席順について書いてあるのに、第二王子以外は座ろうとしない。いや、それはそうか。苗字順とはいえ、誰が誰だか分からないもんね。最初に座る人がいないと七並べみたいに困るってことか。
となると、恐らくはアマガミという苗字を持つ僕が一番のはず。
なので、トコトコと僕は窓側一番後ろに座るのであった。
「えっ!? そこに座りますの?」
青髪のちょっと性格がきつそうな顔立ちの美少女が僕が座った場所を見て驚く。なんか驚くところあったかな?
「黒板には前から順にとは書かれてません。ですので最初の席は四隅みのどこから座っても、まったく問題はないのですよ」
このはし渡るべかざると書かれた看板を見て、橋の真ん中を歩いて倒壊させた一休さんのようにトンチを働かせればいいのだ。
「これは担任から僕たちに向けた試験と言えるでしょう。ここは世界最高峰と呼ばれるアカデミーの一番成績のできる生徒たちが集まったクラス。これくらいは考えないといけません」
人差し指をチッチと揺らしながら、ドヤ顔カナタちゃんだ。どう見ても担任が書き忘れただけなのに、重箱の隅をつつくかのように、屁理屈をつける美少女にしか見えないが、カナタは悪気なく平然としていた。
だって、廊下側一番前とかとんでもない場所だ。ドアを閉めろという指示とか序の口で、教材を持ってくるから手伝ってとか、移動教室だから、先に準備してくれとか、面倒な仕事を教師から押し付けられるのだ。そんな席には絶対に座りたくないね。
「な、なるほど、一理ありますわ」
一理ない。屁理屈です。
「そうですか……たしかに単純に受け取ってしまいましたわ。さすがは首席合格といったところですわね、平時も油断せずに常在戦場の心を持つ、わたくし参考にさせていただきますわ」
カナタを参考にすると、性格の悪い悪女となる可能性があるが、青髪美少女はコクコクと頷き感心していた。
「すげぇ……あれだけ強引だけど正しいような論理を展開する奴初めて見たぜ」
「あの笑顔を見ろよ。純粋で裏なんかないようにしか見えないぞ。本心からそう思ってるかのようだ」
「あれが裏聖女。詐欺師も裸足で逃げ出すという噂が正しいという片鱗を見せつけてきたな」
もちろん、他のクラスメイトたちも納得してくれたのである。なので、僕が座ると続々と同じように座り始めた。
「ふむ……首席のカナタ・アマガミ嬢、よろしくお願いしますわ。わたくしの名前はローザ・泉。お知りでしょうが、最高位貴族7家の一つ、召喚士の大家、泉家の長女です。ぜひお見知りおきを」
スカートをちょこんとつまんで優雅に挨拶をしてくる少女。冷徹そうな瞳が僕を上から下まで観察してくる様子がよく分かる。
「よろしくお願いいたします、泉姫。僕の名前はカナタ・アマガミ。聖女として、人々の救済をするべく、常にどうすれば良いか考える心優しい少女だとご認識ください。どうか僕のことはカナタと呼んでください」
「そこまで自分を褒め称えるセリフをいえるとは、ご認識ではなく誤認識しているのではと思いますが、わかりましたわ」
ローザさんは僕の前の席に座ると振り返ってくる。意外とおしゃべり好きなのかな?
「泉姫、仲良くなる手段として持ってきたお菓子を食べませんか? ふ菓子とか、この端っこのカリカリが甘くて好きなんです」
さっそくお菓子を展開させるカナタです。友達作りにはお菓子が一番だ。
「これ食べられますの? ポテチとかケーキは食べますけど、これは初めて見ましたわ」
ふ菓子を見たことがないのだろう。ちょんちょんとつついて不思議そう。たしかにふ菓子ってお菓子のチョイスとしては珍しいかも。
「美味しいですよ、ほら、こんなふうにサクサク食べられます」
細長いふ菓子をカリカリと端っこからリスのように食べてみせる。外はカリッと中はふんわりとしていて、黒砂糖の甘みがちょうど良い。
「あら、本当に美味しいですわね。へー、市井ではこんな物が食べられてますの」
「えぇ、きな粉のわらび餅とかもありますよ、泉姫。あとソースセンベエも」
「これはうちでも食べますわ、でもうちで食べるよりも、小さくてチープな感じがしますわね。わたくしのこともローザでいいですわよ。このソースセンベエはどうやって食べますの?」
「これはですね、この小さな袋に入っているソースをかけて重ねてシャッフルしてから食べるんです。梅ジャムタイプもありますのでどうぞ」
冷徹な見かけと違い、意外と素直なローザさん。箱入り娘という感じがして、なんか楽しくなってきた。良かった、お菓子を持ってきて。
「ほら、そろそろホームルールを始めるぞ〜、皆席につけ〜。席に……んん? なんか席順変じゃないか?」
ボサボサ頭に無精ひげを生やした猫背のおっさんが教室に入ってくる。シャツもヨレヨレで、やる気なさそうな感じにする人だ。
目元は前髪に隠れて、よくわからない。たぶん髪に隠れた目は鋭いんだろうね。
「先生、席順に座りましたので、まったく問題はありません。カナタ・アマガミはちゃんと端っこに座ってまーす」
「あん? ……あぁ、そういう……悪知恵働くなお前。まぁ、それでもいいか、席順なんか適当で良いもんな」
出席簿で肩をたたきつつ、先生へ肩をすくめてスルーした。え~、と絶望の顔をする廊下側の一番前の男子。先生が怒って席順を直すと思ってたんだろう。本来は僕の席に座るはずだったので、その絶望はわかるよ。大人はわからんだろうけど席順って学生生活において、結構重要だからね。
「さて、お前らをこれから一年間担当する担任のボンタ・平野だ。よろしく頼む。これから一年間でどれだけの奴らが生き残るかを楽しみにしている」
壇上に立つ男はそういうと冗談ではない本気のセリフと感じさせるただ者ではない危険な笑みを見せるのであった。
どうやらアカデミーでの学生生活は楽しくなりそうだね。
◇
「な、なぜか喉が渇きましたわ……水、みずぅ」
ローザさんがなにか呟いていたけど聞こえなかった。僕のせいじゃないよ。




