45幕 安いエキストラも重要です
「木がなぜここに!?」
身体強化がないミノタウロスは、己の大斧が目の前に存在する木に食い込む様子を見て、戸惑った顔となる。
目の前には二本の枝を広げる緑に溢れた三メートルほどの背丈の木が立っていた。木の肌に、節くれだった幹、木の葉が大斧の衝撃でハラハラと散っている。
「キー」
幹の真ん中に覗く兎の顔が小さく鳴くけど、紛うことなき木である。さしものミノタウロスでも一撃で破壊することはできないようで、木片が散らばるだけだ。
「くっ、召喚か!? だが、この結界で魔法は使えぬはずなのにナゼだ!?」
「手品師がネタバレするわけないですよね。それ、おかわりです!」
僕が手をひらひらと振るごとに、木は増えていき、ミノタウロスの行く手を阻む。
「キー」
「キー」
「キー」
木の皆さんは恐れを知らずに、それぞれがアピールする。木の真ん中に覗く頭は兎だけではない。マーモットや猫、くたびれたおっさんや若い女性もいた。
「面妖な! もしやトレントか? どうやって召喚したかはしらぬが、行く手を阻むなら全て打ち砕くのみよ!」
「増えていく木に負けないように祈るよ」
だが、ミノタウロスの目には、木の顔は認識できず、魔物のトレントに見えてるらしい。
その正体はというと、単なるエキストラだ。
『木のエキストラ。給与は一日10000ポイント。砕いて薪にしても、木のエキストラ役の人はアバターなので、死ぬことはありません』
木の役の人たちでした。彼ら彼女らは、将来一流役者になるため、端役でも喜んでやる人たちだ。僕も覚えがあるけど、たとえひと言しかセリフがない役でも役者は喜んでやるんだよ。売れない役者なら特にそう。過去でカラスの役をやった僕も、カーと鳴くだけの役でも嬉しかったよ。
役者希望はあらゆる種族がいるらしい。よくよく見るとエルフやドワーフも木の着ぐるみから顔を覗かせているので、かなりシュールな光景だったりする。
「この、邪魔な木め!」
「キー」
3回程大斧を食らうと、斬り倒される木。やはり脆さは変わらないらしい。
「だけど、たった一人を雇うとは言ってないよ! 木の皆さーん、出番ですよ!」
「キー」
と、99体の木を喚びだす。100万ポイントくらい、この危機を乗り越えられるなら安いものだ。どうやらシステムは魔力で動いているのではなく、結界に阻まれない。
ワサワサと木の枝を振って、木が大量に現れると、タウロス三兄弟たちの行く手を阻む。
「な、なんて多さだっ!」
「兄者、こいつら切っても切っても現れるぞ!」
「くっ、怯むなっ。こんなものは虚仮威しだっ、すぐに倒せるわっ!」
あまりの多さに混乱するタウロス三兄弟たちだが、攻撃の手を緩めないため、このままだと時間稼ぎにしかならない。
「でも、時間稼ぎが目的じゃないんだ。木の皆さーん、今こそ力を見せるときですよ! アマガミ流、劇、天上の伽藍!」
「キー」
「キー」
「キー」
僕の掛け声に従い、ワラワラと木が集まり、腕を組み、その上にさらに木が登っていくと、同じように組んでいく。
まるで積み木を積むように、組体操のように木たちは組み上がっていき、簡素な伽藍が作られる。見た目は小さな寺にも見える見事な出来だ。
「お疲れ様です、皆さん!」
組み上がった木組みへと足をかけると、僕は駆け登っていく。
「むっ、いけないデース! タウロス三兄弟、すぐにその貧相な建物を破壊しなさい!」
ケルビムは僕が伽藍を作った意味を理解して、タウロスへと騒ぎ立てるがもう遅い。伽藍の高さは5メートルを軽く超える。その意味はと言うとだ。
「キー」
「キー」
「キー」
皆は役者を目指すまだまだヒヨコの人たちだ。だがその熱意は一流と変わらず、完全なる木となっている。僕が踏み込む枝は撓りはするが折れることなく、幹を登っても気合いで耐えている。役者としての夢と誇りが彼らを鉄筋コンクリートよりも硬い建物へと変えていた。あと、日給10000ポイントも支えになっていると思う。前世の僕もそれくらいの日給が欲しかった。
何の不安を持つこともなく、僕は予定の高さまで登り切ると、ニヤリと笑みを見せる。
「結界の効果範囲から逃れさせてもらいました!」
ルーン文字の効果範囲は高さ5メートル程。それ以上の高さになれば、もはや影響を受けることはない!
組み上がった伽藍は軽く5メートルの高さを超えている。結界を超えた瞬間、僕の身体を抑えていた力がなくなり、綿菓子のように軽くなる。爪先だけで、トトッと軽やかに移動できるようになる。
「ふふっ、どうやら稚拙な結界を乗り越えたようです。蛹から孵る蝶のように、カナタ・アマガミ復活です!」
伽藍の上に立つと、裾をふわりと翻し、蝶のように羽ばたき、太腿をチラリと見せて、ピシリと指をゴーマたちに突きつける。完全完璧美少女戦士カナタちゃん参上だ。不思議なことに僕の周りはキラキラと輝いてます。美少女スキル可愛いのポーズだ。
「チクショー、なんだ、なんだ、その力は!? ぼくちん、怒ったんもんね!」
「……ふむ」
顔を真っ赤に地団駄を踏むケルビムと、冷めた目で僕を見つめるゴーマ。ケルビムは両手に炎を作り出して、撃ち出そうとする。
「くらいなさいな、ここで落として、また地べたに這わせてやるもんネー!」
『火球』
優れた魔法使いなのだろう。普通なら一発しか撃てないはずの火球がいくつも生まれて飛んでくる。
だけど、僕ももはや無力な美少女ではない。蝶としての活躍を見せて━━
「なるほど、これなら結界の効果も逃れることができるんだね」
『雷の天穹』
横から声が聞こえると、雷の矢が通り過ぎ空中で火球の数だけ分裂すると、火球を全て撃ち落とす。
ドカンドカンと、空中で迎撃された火球が爆発して、噴煙が巻き上がる。
「ごめんね、便乗させてもらうよ」
そして、僕の横にはいつの間にか男子が弓を構えており、ペロリとイタズラそうに舌を出してきた。
「……なっ、僕のカッコいいシーンを奪い取らないでくださいよ! これ幾らかけたと思ってるんです? 100万ポイントですよ! 入場料取りますよ!?」
(これは第二王子、拝謁できて光栄です。お気になさらずに。危機的状態ですので幾らでも使ってください)
そこには中性的な顔の第二王子が立っていた。宝石がゴテゴテと付いた白金の弓を手にして笑っている。
「カナタさん、カナタさん、心の声と、建前が反対になってますよ」
「モノローグとして第二王子はスルーしてくれますよ」
セイのツッコミをスルーして、軽く睨む。ううっ、キラキラと自然な顔の良さだ。少女異世界漫画なら、女主人公が顔を赤らめるシーンだ。羨ましい、妬ましい、僕も王子役やりたかった。
三流役者は、嫉妬の魔女となり第二王子を睨むが、すぐに気を取り直す。まだまだ戦いはこれからだ。
「ほっ、よっと、カナタちゃん、私も使わせてもらうね」
「これは良いものですね、すまないけど俺たちも使わせてもらって良いかな?」
「おぉ、相変わらずカナタってわけわからん力を使うよな、これどうなってるんだ?」
「ガハハ、理論などどうでもよかろう、要は戦えるようになれば良いのだ!」
ユリア、シグルド、アーシャ、勝家もよじよじ登ってきていた。なんてこった、僕が作ったんだぞ、地獄に垂らされた蜘蛛の糸じゃないのに酷い。
「くぅ、仕方ありませんね、重量オーバーで崩れないようにお願いします、木さん」
「キーキー」
伽藍が6人の重さに耐えかねてグラグラ揺れるが頑張って欲しい。日給1万ポイントも払ってるんだし。
下積みは無茶振りをされるので大変なんだと過去を思い出しつつ、ケルビムへと顔を向けると、手のひらを揺ら揺らと振る。
「6対4となりましたが、文句は言いませんよね? クレームはカスタマーサービスにお願いします」
6人が揃ったけど、遠距離攻撃を持つのは第二王子のみ。ならば、次は僕のターンだ。
「はぁぁぁ、水甕召喚!」
ショップで自分と同じくらいの水甕を買うと、空中に取り出す。1万ポイントはボッタクリの予感。
「壺を喚び出して、なにをっ!?」
「こうするんです!」
壺へと蹴りをいれると、さらに空高く浮かせる。身体強化を使えるようになった今、これくらいは楽々だ。ケルビムが叫ぶが、笑みで返して僕は壺を追いかけるように飛翔する。
「アマガミ流、虚空壺破砕脚!」
鶴の嘴のように鋭い蹴りを壺をへと叩き込む。壺はその威力に耐えられず、ピシリと微細なヒビが入ると、爆発するように破壊された。
「あれは壺を破壊してその破片で相手を倒す、毎回壺代で破産しそうになる奥義だよ! みんめー書房に書いてあった!」
ユリアが破壊された壺を見て説明係として皆へと教えてくれる。
そのとおり、この奥義によりタウロス三兄弟もゴーマたちも破片で一網打尽!
ガラガッシャン
「いて、いてて」
破壊された壺の破片は僕へと振り注ぎ、後は少しだけ飛んで地上に落ちていった。
「……まぁ、普通はそうなるよな」
アーシャさん、冷静なご指摘ありがとうございます。たしかに漫画とは違ったよ。
「でも、僕の狙いはこれじゃなかったりする! 天よ、美少女の願いを聞き入れて、この悪しき結界を破り給え! 聖なる水流!」
壺の中はたっぷりと水が詰まっている。その水が床に落ちる前に手を添えると魔力を流し込む。
神聖なる破邪の魔法だ。手に水が蛇のように巻き付くと、魔法が発動する。
『高圧水流掃除』
水はレーザーのように細くなると、床へと放たれる。結界により、魔法は消え去るが、この水は実体なので消えない。そして、慣性の力も消えることはない。
床へと高圧水流は飛んでいき、床の汚れを落としていく。埃やシミももちろんのこと、落書きすらも。
そう、ルーン文字という落書きも。
大量に存在する落書きを全て消すことはできない。だが、伽藍を中心とした範囲くらいは消すことができる。
ルーン文字という名の落書きは、高圧水流により消えていく。一つが消えるごとに結界は力をなくしていき、その範囲はドンドン増えていく。
少しして、伽藍を中心とした範囲のルーン文字は全て消えて、魔法の力をも取り戻した。
「ムキー、なんだよ、なんなんだよおまえ! ふざけるなよ、ぼくちん怒ったもんね!」
ケルビムが怒り狂い魔法を放つが、矢により迎撃されていく。
「ここは私に任せて、力を取り戻したタウロス三兄弟を倒してくれ!」
矢を撃ちながら第二王子が僕を見る。
「了解です。聖女の力を見せてあげるとしましょう!」
伽藍から飛翔すると、僕はタウロス三兄弟へと向けて蹴りを繰り出すのであった。




