44幕 タウロス三兄弟
「こ、こんな、こんなところで、この、この儂が、この儂が殺されるというのか、そんな、そんなつまらない終わり方を、この儂がぁァァァァァァァァッ!」
タウロス三兄弟の振り下ろす武器により、魔法を使えない学長は、その最高峰と呼ばれた力を発揮することもできずに、命を落とす。なんだか、ラスボスが倒される時のセリフのようにも聞こえたが、アトランティスアカデミー学長です。
断末魔の悲鳴も肉塊を叩く音が響くたびに弱々しくなり消えていった。残るはグチャグチャと肉を潰す音と、床に流れていく血のみとなる。
「グフフフ、こんな化け物をも殺せるとは我らは強いのぅ、弟たち」
「そうよ、兄者。我らにかかればどのような強者といえど、餌となる」
「油断するな、長兄、次兄、これはこの結界のお陰でもある。この結界があればこそ、敵を楽に殺せるというものだ」
驚くことにタウロス三兄弟は、人語を話し、返り血で濡れた肌を気にせずに嘲笑う。鼻息は汽車の吐く煙のように熱く、大型の武器は死を予感させ、ゾッとさせる。
僕たちがこの様子を見て、ゴクリと息を呑み、死の予感に慄いている様子に気づき、それぞれの武器についた血を振り落とし向き直る。
「グフフフ、驚いておるようだな」
「では、我らの自己紹介をさせてもらおうか」
「死にゆく獲物に勿体ないが、冥土の土産に教えてやるとするか」
タウロス三兄弟たちは、僕たちを睥睨すると、武娘を構えて、ニヤリと嗤う。
「我は長兄にしてタウロス最強の男、ミノタウロス!」
白い肌のミノタウロスが手に持つ大斧を構えて、人間の偉丈夫のように堂々と名乗る。
「次兄、槍と魔法を使えし、万能なるタウロス。その名はレバタウロス!」
黒き肌のレバタウロスが長槍を振り回すと構えをとる。
「怪力無双、何者をも我の力の前には膝を屈するのみ。その名はハツタウロス!」
大剣を上段に構えると、吠えるハツタウロス。
「我らタウロス三兄弟」
「無敵にして無双」
「魔獣王と呼ばれる我らに殺される栄光を手に冥土に行くが良い!」
タウロス三兄弟がそれぞれにポーズをとって、名乗りをあげるのであった。実に美味しそうな名前である。僕はモツは好きです。モツ焼きとか安くてサイコー。
でも、タウロスってモツ由来の名前だったのか、初めて知ったよ。
「た、タウロス三兄弟だと!? Aランクの化け物じゃないか」
「三兄弟が揃うとSランクとも言われてるのに……」
「俺たち魔法を使えねーんだぞ? こんなの屠畜場にいるようなものだろ」
生徒たちは青褪めて、絶望に身体を震わす。なにしろ、魔法使い最高峰と呼ばれる学長すらあっさりと殺されたのだ。学長は何個もの魔道具を持っているはずなのに発動した様子もなかった。それは生徒たちが持つ魔道具も無力なことを示していた。
抵抗など不毛なだけで逃げ回り、なんとか生き残るしかない。ほとんどの生徒たちは身体を翻し悲鳴を上げて開かないと分かっていても、扉や窓へと殺到する。押し合いへし合い、誰かが倒れても踏みつけて、助けることもせず、己の命を守るだけの行動をとるのであった。
「キョーホッホッホ、ゴーマ様、ご覧ください。まるで隅っこに集まれば命が助かるとばかりに身体を寄せ合ってますよ。いえ、寄せ合ってるのではなく、押しくらまんじゅうですか。キョーホッホッホ、押しくらまんじゅう、泣いたら死ぬよ。キョーホッホッホ」
「ふ、愚かな者たちだ。最高峰のアカデミーといえど、この程度よ。奴らには偽りの誇りがあるだけ、金と権力でこの場にいる者がほとんどよ。見よ、あの間抜けな奴らの姿を。残る骨のある者たちは教師も含めて数えるほど。全て生贄にするだけよ」
高笑いをするケルビムと、鼻で笑い軽蔑した目で逃げ回る人々を見るゴーマ。エリート揃いで、アトランティスの未来を担う者たちにしては、不様すぎる様子であった。
だが逃げ回る人々とは別に、タウロス三兄弟と戦おうと留まる人たちも数えるほどだが、教師にも生徒たちにもいる。
しかし戦う気のある者たちを前に、タウロス三兄弟は侮蔑の笑みを浮かべるのみだ。
なにせ、タウロス三兄弟の身体能力は人間などは比べ物にならない高さだ。背丈は三メートルを超えて、まるで鉄縄を束ねて身体として形成したような身体は、鉄のように強靭で、二百キロを超える体重を楽々に支えて、百キロを超える武器をも木の枝のように軽々と振るう。
身体強化を使わずとも、人間との身体能力の差は、大人とマーモットくらい違うのだ。しかもマーモットは鋭き牙を持つが、人間には鋭き牙も爪もない。手に持つ武器もタウロス三兄弟の鋼のワイヤーを束ねたかのような皮膚を貫くことは難しいだろう。
なので、タウロス三兄弟は余裕の笑みで、獲物を前に舌なめずりをしていた。
「さぁて、誰から殺す? あの冷静な顔の第二王子か? それとも、召喚士の大家の娘にするか?」
「待て待て、子供たちよりも先に、教師たちを殺さぬか? あいつらは生贄として相応しいだろう?」
「シン家の英雄の息子はどうだ? いや、噂に名高い裏聖女を……んん? 裏聖女はどこに、ん、何をしている!」
あ、バレた。
タウロス三兄弟の横をさりげなく通過するために、匍匐前進してたのに。ひよこのフリをして、ピヨピヨと鳴いてたのに、バレるなんて僕の演技もまだまだだな、反省。てか、なんでそんな知識を持ってるんだよ。間違った知識だよ? 市井の聖女と呼んで欲しい。
「ふざけるなよ、このっ!」
「ピヨッ!?」
ミノタウロスがなぜか怒った様子で大斧を振り上げる。光で照らされる大斧の鉛色がまるでギロチンのようだ。
「くっ、ヒヨコを殺すと動物保護団体に殺されますよ!」
「肉食動物に食われるのは自然の摂理ゆえ、動物保護団体は手を出すことはないわっ!」
振り下ろされる大斧を前に、床を蹴って跳ねるように横へとカナタはずれる。床へと大斧がめり込むと、木片が散らばり、蜘蛛の巣のようにヒビが放射状に広がる。
恐ろしい威力だ。あんな一撃を受けたら、か弱い僕はあっさりとゲームオーバーだよ!
「こやつ、子鼠か!」
ミノタウロスがめり込んだ大斧を引き抜こうとして、レバタウロスが槍を繰り出す。単なる突きの一撃だが、戦車の装甲すらも貫きそうな迫力の突き。
「くっ! それを受けるのはまだ早いっ!」
レバタウロスの踏み込んだ足は床を震わせて、ドシンと足音には聞こえない音を立てる。人間では絶対に不可能な膂力、花壇に生える白百合のように儚い美少女にはきつい。
(でも、魔法が使えないデメリットを自覚してないな! 一撃に力を入れすぎだ!)
槍の突きは瞬きの間に人の身体を貫く速さ。だが、レバタウロスの筋肉の動き、足の踏み込み方、腕の構え方。どのような軌道で繰り出されるか僕にはよくわかる。
遥かに低い身体能力でも、軌道を予測できれば先回りして行動できる。前傾姿勢で槍へと飛び込み、槍が最速になる前に間合いを詰めると、槍へと両手を添えて、受け流しながら横を走り抜ける。
「!?」
レバタウロスは予想外であったのだろう。目を見開き、動揺を露わにして、槍の威力を止められず、前へと体を揺らしてたたらを踏む。
「何をやっておるのだ、兄者たち。間抜けにも程があるぞ!」
走り抜けようとする僕を見て、ハツタウロスが大剣を横回転させて振り回す。あっさりと輪切りにされそうな大剣の攻撃。しかし、息を止めて頬を膨らませて、気合いを入れている様子が、滑稽なほどにどのようなタイミングで振り回すか教えてくれた。
「身体強化ができないのに、いつものように振り回すから!」
トンと跳躍すると、大剣の上に足を乗せる。回転する大剣はグラリと揺れて、さすがのハツタウロスの膂力でも耐えられない。大剣が床へと近づき、無理をして振り回すが、その回転を利用して僕は目的の場所へと吹き飛ばされるのであった。
タウロス三兄弟の弱点は、その人間を遥かに上回る身体能力だ。それゆえ、ブルドーザーのように力強く動けるし、原付バイクのように足も速い。
しかしそれが弱点なのだ。魔獣は無意識に身体強化を使っている。タウロス三兄弟も同じだ。今はその身体強化を使えないのに、いつものように動いている。それだけの身体能力があるからだ。あるからこそ、自分の動きに適応できていない。走れば止まる時に転びそうになり、武器を振るえば隙だらけの攻撃となる。
それがタウロス三兄弟の弱点であった。いつもは力押しで敵を屠る戦法が通じないのだ。
「それじゃ、これはどうかな?」
手のひらから、煙幕弾を取り出すと足元へと叩きつける。シューと乾いた音がすると煙幕が広がっていく。
「これは煙幕!? しゃらくさい真似を!」
「煙幕弾、1万ポイントだ!」
ポイントを費やして買った煙幕弾だ。ゆっくりと味わってほしい。
視界が煙で覆い尽くされて、タウロスたちが振り払おうとしている中で足元に目を向ける。
そこには顔を恐怖と悔しさで歪ませた学長の姿があった。もはや四肢は原形を留めておらず、服と肉の境目も真っ赤な血に染まり判別できない。
「あなたはどう考えても敵に収穫されるとヤバいので、僕が救ってあげますね。その知識と共に」
『記憶喰』
学長の姿が溶けていき、僕がその全ての力と知識を手に入れる。さすがは最高峰アカデミーの学長というだけあって、その知識は膨大だ。
「おぉ~、魔法も僕が知らないものばかりだし、隠し財産とかもあるんだな。これはラッキーだったね」
「さすがはカナタさん。どさくさ紛れにしっかりとしてますね」
「もっと褒めても良いですよ。これでアカデミーの表も裏も僕のものです」
セイへと笑うかけると、煙幕へと冷ややかに目を向ける。
「では、貰えるものはもらったので、タウロス三兄弟を倒させてもらいますか」
ニヒルに呟くと、煙幕の中から大斧が飛びててくる。気配で察知したのか、僕へと命中する軌道だ。
「もらった!」
ミノタウロスの勝ち誇った声。迫る大斧。僕の命はロウソクの炎のようにかき消えそうだった。
ガツン
だが、大斧は僕の前で止められた。いや、防がれたと言い直そう。
「これは、木か!? なぜこんなところに!?」
大斧は僕の前に突然現れた木に食い込んでいた。
「ふふ、僕の魔法は魔力を使わないものもあるんですよ」
驚くミノタウロスへと、冷笑を持ってカナタは応えるのであった。
モブな主人公のコミカライズ2巻が7月31日発売です。電子のみなのですが、よろしかったらお手に取ってくださいませ。




