42幕 入学式再び
入学式は、1000名近い生徒を収容し、観覧する保護者や、護衛たちをもすっぽりと入れても、全然余裕のある講堂にて行われる。
講堂自体も荘厳な作りで、入ってくる人間に対して畏れと威厳を感じさせるように作られており、さながら王城の謁見の間をもっと広くしたかのようだ。
そこに僕たちは出席して、栄えあるアトランティスアカデミーの生徒になる。
カナタ・アマガミは、首席なので入学式での新入生挨拶をしなくてはならない。前世では首席とか、新入生挨拶とかからかけ離れていたので、ドキドキしている。だって、講堂といっても、体育館の延長にある施設と思ってたのだ。断じてシャンデリアが吊り下げられていたり、壁際には軽食が食べられるようにテーブルに並んでいたりはしない。
制服の規定はないため、ギラギラしたスーツを着たり、ドレスを着て着飾った人たちがいるのが入学式だとは思えない。思えないが、これが現実だ。これから夜会を始めるんじゃねーんだよ!?
その中で、首席挨拶をするプレッシャーを考えて欲しい。一幕終えたんだから、本当は楽屋で一休みするところじゃないかな?
だが、ここで怯んで聖女としての名を汚すわけにはいかない。僕は表向きは清廉潔白純粋培養深窓のお嬢様である神秘的な美しさを持つ聖女カナタであるのだ。誰にも僕が神聖魔法を使うどころか、冥府術をマスターしている詐欺聖女と疑われないようにしないといけない。
先程の騒ぎで結界の一つも解除できなかった学長を始めとする教師たちは、デスナイトが現れて、しかも入学前の生徒たちが討伐したことに対しても報酬を考えているようで、何人かの教師が慌ただしいが、それでも入学式は順当に始めるようだった。
護衛は入れないため、生徒たちと教師たちのみが講堂に入り、ずらりと整列している。
「新入生の諸君、入学おめでとう。このアトランティスアカデミーは世界一の最高峰の学び舎である。ここで学ぶ一年は外で学ぶ百年に匹敵すると断言しよう。優秀な教師、最新の設備を備えた研究室や、訓練場。最先端の技術が集まり、日々、生徒たちも教師さえも切磋琢磨しておる」
「ププッ、優秀な教師らしいですよカナタさん。小生は結界の一つも破壊できない学長さんを始めとする教師たちが優秀だとはとても思えませんがね」
上等な紫色のローブを羽織り、白いひげを生やすお爺さんが壇上で演説を始めると、空に浮くセイが小馬鹿にした表情でけらけらと笑う。
「あの結界術はルーンを数多く書けば書くほど強くなるんです。しかも欺瞞のルーン文字やマーモットや兎の足形も残してきましたからね。最高の魔法使いでも、解呪に半日は掛かる代物だったんですよ」
万人殺しの不死王の名は伊達ではない。本来のレルムは最高峰の冥府術の使い手であり、それらの知識を得た僕も多少劣化しているとはいえ、最高レベルの結界を張れたのである。
なので学長たちを馬鹿にするのは筋違いだ。
とはいえ、退屈だな……。
入学式あるあるで、学長は皆が眠くなる魔法の言葉を延々と語っている。魔力を込めなくても眠たくなる不思議。ここらへんは前世と変わらないな。
わたくし疲れてきましたわと、淑やかに口元を手で隠しながらあくびを噛み殺す。早く終わらないと寝ちゃうよ? 隣に立つ筋肉バカは既に寝てるよ?
………………。
「ぉぃ、ぉーぃ。ほら、呼ばれてんぞ、カナタ」
「んあ? なになに? 寝てない、寝てないよ? ちょっとオールの使い方を確認していただけ。ホントだよ? 寝てないよ?」
口元を拭いながら、脇腹をつついてくるアーシャへと真面目な顔で言う。少しカヤックの乗り方に思い馳せただけなんだ。
「カナタ・アマガミ。新入生挨拶をお願いします」
いつのまにか学長の睡眠魔法は終わっており、なんか皆がシンとしてる。唯一五月蝿いのは、筋肉鎧がグォォォォとイビキをかきながら寝てるだけだ。
「あー、こほん。わかりました、今参ります」
穏やかに清楚な雰囲気を見せながら、モーターボートの使い方を思い出すのを諦めて、しずしずと歩く。
このアカデミー、劇の世界だけあって制服が無い。皆はそれぞれ自身のアピールをするべく、優れた人ほど着ている服がへんてこだ。
へんてこだとは、言い得て妙と言える。だって僕はやけに裾が短い白金の聖女服で、歩くたびに太ももがチラチラ見れる見栄えのする服。でも、ほとんど水着だろという服装や、胸元がエグい服にパンツと言うエロチックな服もいるんだ。前世なら痴女と呼ばれるし、コスプレは認められた場所でと注意されるだろう。ちなみにアーシャが胸元がエグいタンクトップと、短すぎるタンクトップを着ています。勝家? 勝家の着ている服なんて説明いらないよね?
というわけで、モブとキーマン、レギュラー候補の役者を見分けるコツの一つが、服装だ。同じような量産型の服を着ている人はモブかモブのフリをする人ね。
てこてこと歩いて、壇上に上がる。千名の生徒たちが僕を注視している様子が見える。
(むふふ、僕を皆が注視してる。前世ではなかった良い気分だよ。やっぱり役者は皆に注目されてナンボだよね)
三流役者が目立つ場所に立つという快挙。ワクワクしちゃうね。
千名の生徒たちは、好意と悪意、警戒と牽制、尊敬と嫌悪と、様々な表情が垣間見えている。教師たちも、僕の力を測ろうとしているのか、眼光鋭く見ているし、軽食のテーブルにはマーモットと使い魔が乗っており、夢中になって料理を食べている。シャンデリアの上は蜃気楼のように空間が揺らいでおり、講堂全体に彫られている壁絵の中に、巧妙に見慣れたルーン文字が何個も描かれている。
すぅと息を吸うと、思考をクリアにして万民に好かれるような慈愛の笑みを魅せて、口を開く。
「はじめまして皆様方。私はカナタ・アマガミ。どこにでもいる平民にすぎませんが、今回幸運にも、この栄光あるアトランティスアカデミーに入学できました。これから私は━━」
演説をしている最中━━。
講堂内に配置されていたルーン文字が光り始めると、闇のオーラが広がっていき、ドームとなって皆を覆っていく。
「な、なんだこれ!?」
「さっきも見たよ、これと同じようなの」
「またかよ、少し休憩させろよ」
生徒たちがドームを前に騒ぎ始めて、教師たちはすぐに魔法を唱え始め、マーモットと兎は料理を背負って、講堂の窓から素早く飛び出して行った。
そして━━。
「ふはははは。ようこそ冥府の饗宴へ。汝らはハデス様へと捧げる生贄となるであろう!」
シャンデリアの上の揺らいでいた空間が解き放たれて、ローブを着た人間たちが哄笑をし始める。
「我ら死と血の教団『ハデデス』。その教祖であるゴーマが金と権力により腐った醜悪なるアカデミーに終わりを告げようではないか!」
教祖と思わしき男がフードをとり、蛇の入れ墨を入れたスキンヘッドの顔を見せるのであった。
うん、天丼天丼。これ、ダブルブッキングしちゃったか。たしかに入学式って、外せないイベントだもんね。
カナタは同業他社の姿を見て、講堂でなくて、正門前で劇を始めて良かったと内心安堵するのであった。
◇
「何者だっ。ここはアトランティスアカデミー。最高峰の戦士や魔法使いが教師として存在している軍の基地よりも強力な武を持つ場所じゃ。よくぞまぁ、入学式にこのような愚かなことをしてくれたものよ」
白ひげの学長がペペペと唾を吐きながら、怒りで顔を真っ赤にしている。どうやら、入学式を邪魔にされたことに怒り狂っている模様。
たしかにそのとおりだ。
(僕が正門前で騒ぎを起こした理由の一つだ。このアカデミーの教師たちは強い。たとえデスナイトといえど、あっさりと倒される可能性があったからな)
シグルドと戦闘をしないといけないのに、もっとも盛り上がる時に、教師がデスナイトを倒しちゃったでは、まったく劇として面白くない。
(でも反対にいうと、学長たちを倒せる自信があるからこそ、この騒ぎを起こしたともいえる。気をつけないとヤバいね)
こっそりと腰に下げているワンドを引き抜いて構える。
「ふっ、ハハハハハハ。そこの爺、我らが何の備えもせずにこのようなことをしでかしたとは思っておらんだろう? この結界がどんな効果を持つか、我らの戦力がどれくらいなのかを測っておるな?」
「だとすればどうすると言うのじゃ? 罠をしかけておれば儂らを倒せると思っておるのなら間違いじゃ」
空間を割ってアイテムボックスから杖を取り出すと、学長は魔力を溜め始める。僕のように小さな魔力しかない者でもわかるとんでもない量の魔力だ。
空気が震えて、空間が震える。学長の周囲から突風が巻き起こり、カナタも風圧に負けないようにと腕で顔を防ぐ。
「この儂の魔法を受けて、灰も残さずに消えるが良い!」
『フレア』
ゴーマの周囲が炎へと変わり、凝縮されてゴーマを包み込む。太陽のような光と熱。それでいて、周囲へと被害を出さない完璧に制御された炎系統最高の魔法。
ゴーマは一瞬のうちに消滅するだろうと思いきや━━ゴーマを守るために、一人のローブ男が合間に入り、フレアを代わりに受け止める。
そうして庇った男が焼き尽くされると思いきや、超熱で形成された炎は最初から存在しなかったかのように消え去る。
「なにっ!? ならばこれでどうだ!」
『連続魔』
『コメット』
『コキュートス』
『アークサンダー』
学長はフレアをかき消されたことに動揺を隠せずに本気の力を見せる。生徒たちの前もあり、圧倒的な自身の力を見せつけようとしたのだろう。短絡的な行動に出てしまった。
空間の裂け目から隕石が落下してきて、全てを凍らせる吹雪が舞う。雷が空間を埋め尽くし、全てを破壊しようとする。
短絡的ではあるが、最高の魔法を瞬時に使うその実力はとんでもないレベルだ。たとえ軍隊でも倒せるだろう魔法が飛び交う。
だが、絶大な力を発揮するはずの魔法は、やはり先程と同様に消え去ってしまった。
学長が信じられないと目を見開き、他の皆も啞然とする中で、ゴーマを守った男がフードを取り払う。
「にょーほほほほ。愚か、愚かな爺ですね。この結界がどんな効果を持つのかも知らずに」
白粉で顔を真っ白にして、真っ赤な口紅を塗りたくった男が嗤う。
「これなるは魔法生贄の結界。あなたはたった今、大量の生贄を供えてくれたのです!」
ゲラゲラと嗤うと、虫でも見るかのような目で見下ろしてくる。
「シンジラレナーイ、オロカモノー!」
闇のドームの色が血の色へと変わり始めて、なにかが空間を割いて現れ始めるのであった。




