39幕 入学式
入学式。
アトランティスアカデミーの入学式は特別なものだ。この世界にて最高と呼ばれるだけあって、入学式一つとっても、大規模なものであり、生徒たちとは関係ない者たちも加わり、さながら祭りのようになっていた。
なにしろ、アカデミーは表向き平等の理念を掲げている。そのため、通学は全て車の乗り入れは禁止であり、寮生活を勧めている。そのため、入学式には王族貴族平民全ての生徒たちが徒歩で正門前に集まっている。
そして、当然と言えば当然だが、王族貴族、裕福な平民たちは護衛や召使いを引き連れている。その様はまるで大名行列のようで、一目見ようと観光客たちも集まる。その結果、正門前に続く道路脇には観光客目当ての屋台が並び、王族貴族にアピールして仕官を求める人たちも大勢おり、混沌とした祭りとなっていた。
正門が開くのはお昼過ぎ。普通の学校では考えられない遅い時間だが、これは表向きは遠方から訪れる生徒を考慮してとされている。本当の狙いは多くの人々にアカデミーが最高であることをアピールするためであった。
そのため、生徒たちは衆目の目に晒されることになる。優秀であるが臆病な子供などは視線を逃れるために召使いの陰に隠れたりもしている。
その中で、平民の中でも、裕福でもなくコネもない、冒険者からの叩き上げの少年が正門前に訪れていた。
装飾もない実用一辺倒の長剣を腰に挿して、着ている服は見た目よりも頑丈さを考慮した野暮ったい厚手の服だ。ブーツはよく磨かれているが、小さな傷跡が残り、使い慣れたものである。背丈は180センチほど、細身に見えるがよく見ると鍛え上げられた凛々しさがわかる。人を見る目がある者ならば、その戦いを繰り広げてきた血の匂いを感じさせ危険な空気を醸し出す雰囲気から冒険者出身の叩き上げと見抜くだろう。その雰囲気とは反するように、顔は平凡なものであった。表情からは凛々しさと優しさを感じさせるが、それだけであり、醸し出す雰囲気を裏切っている。彼を見たら、ほとんどのものは気の弱そうな少年と思うだろう。
だが、彼は冒険者ランクCの期待の有望株と呼ばれる男、シグルドであった。
「わぁ、見てよユリア。こんなに多くの人たちが入学するのかな? 定員を超えていない?」
少年は上京したての田舎の人のように正門周りに集まった人々を見て、ワクワクと期待の籠もった目を輝かす。
シグルド。かつて、どこかの詐欺聖女がチュートリアルとして襲いかかった英雄候補である。
彼は冒険者として出発して、この2年間で様々なクエストをクリアして、最年少での冒険者ランクCに達成していた。だが、いや、だからこそ━━。
「これだけの人たちと切磋琢磨して強くなるんだ。俺、ドキドキが止まらないよ。どんなに強い人がいるんだろうね」
彼は自身の強さに壁を感じてアカデミーに入ることを決めたのである。
「最初はドンドン強くなっていくなぁと思ってたけど、シグルドったら1年前くらいから、ほとんど成長しなくなったもんねぇ、私はドンドン強くなったのに」
隣を歩く少女がシグルドの顔を覗き込んで、からかうように笑う。その言葉は、的を射ており、シグルドは思わず子供のようにムッと頬を膨らませる。
「たしかにそのとおりだけど、ユリアは魔法を覚えたばかりだからだろ。初級とはいえ、全属性を覚えた優秀であることは認めるけど、俺は一段階も二段階も上の段階で苦しんでるんだよ」
「わぁ、そういうの負け犬の遠吠えってゆーんだよ? わんわんっ」
子犬の吠え真似をする可愛らしい少女に、シグルドはそれ以上言い返すこともできなくなり、苦笑気味に笑うだけとなる。
少女の、いや幼馴染のユリアの言うとおりであった。冒険者となって2年。最初の1年は良かった。モンスターと戦えば戦うほど自分の剣の腕も上がり、魔法も威力を増していった。トントン拍子にCランクまで上がり、冒険者の新たなる星とまで噂されるようになった。
自身もこのままランクを上げていき、数年でAランクとなり、英雄の道を歩むだろうと思っていた。
全魔法属性を使いこなす幼馴染のユリアが仲間に入ってくれたことも大きかった。二人でこのまま成り上がっていくと思っていたのだが━━それは少年特有の極めて楽観的な見方であった。
Cランクからは護衛任務も入り、素材採取も高ランク、ダンジョンも罠が多くなり、ギミックも複雑となる。単に剣の腕が良いから、魔法を多彩に使えるから、だけでは対応できなくなったのだ。盗賊やレンジャーを仲間に入れようとしたが、そもそも急にランクを上げて、しかも若い。そのような冒険者は信用がなく、ベテランは仲間になってくれなかった。
そのため若い子でパーティーを組んだのだが、シグルドのランクに釣り合う者はおらず、低いランクの仲間であったために、クエストを失敗するにいたり、決心した。基礎からやり直そうと。
剣の腕だけではない。様々な知識を取り入れて、初めて壁を越えられるようになるのではないかと思ってアカデミーの試験を受けたのだ。
そうして3位という輝かしい結果をもってシグルドは入学試験を突破したのである。
気楽そうに笑いながら、隣を歩く少女の名前はユリア・バータ。没落した男爵家の一人娘であり、しかしそのことを気にもせずに、いつもニコニコと微笑んで、元気をくれる愛らしい少女だ。魔法の才能があったようで、普通は1属性、多くても2属性しか覚えることができないのに、初級とはいえ全属性を覚えた才女である。彼女もシグルドの話を聞いて、同じくアカデミーに入学した。
そうして、二人仲良く入学式に訪れたのだ。
「にしても、貴族様って凄いねぇ、ほらあれ見てよ、従者何人連れてるわけ? あれかな、従者がいないと暮らせない人なのかな?」
「ユリア、周りに聞こえないように小声にしてよ。相手に聞かれたら不敬だって怒られて、いらぬ恨みを買うかもしれないしね」
「んもう、小心者なんだから。ここは平然とした顔で憎まれ口を叩いて、無駄に絡まれるところでしょ?」
「その可能性を予想してるなら、もっと小声でいてよ。そういった考えなしの冒険者が貴族を相手にして、いつのまにか行方不明になった事件がどれくらい多いかわかる?」
「反対に貴族が没落したパターンもあることを知ってる?」
小悪魔が牙を魅せる幻視をユリアの笑いから見てシグルドは肩を落とす。これ以上言っても、無駄であろうことは分かるのでシグルドはこれ以上は反論することを諦めるのであった。
「やれやれ、俺はいざというときはユリアから離れて他人のフリをするからね?」
「そんなことを言っても、いざというときは助けてくれるくせにぃ」
うりうりと、肘でついてくるユリアに、適当にあしらいながら周りを再度窺う。
「見てよ、噂だけでも知っている人たちがたくさんいるよ」
「本当。どんな悪いことをすれば噂なんてひろがることやら」
正門前で待っている生徒たち。そのなかでも一際輝いている人たちがいる。その生徒たちを眺めてひそひそと話す人たち。
「おいおい、彼女を見ろよ、歴代2位の攻略時間を叩き出したローザ・泉じゃないか。なんかあの子の周りだけ凍っていそうな雰囲気だよな」
「あんな権力も財産も魔法の才能も美貌も持ったS級の少女と付き合えたら人生薔薇色に違いない」
「高嶺の花どころか、天上の花だから目指す気もねぇよ」
人々の見る一人は、青髪の美少女だ。氷でできているかのように冷たい空気を醸し出していて、有象無象が近づくことを防いでいる。
「あっちは第二王子の与一・アトランティス様じゃないか。聞くところによると弓の腕は百発百中らしいぞ」
「その上、光の矢を使って、その威力はドラゴンの鱗も貫くらしいぞ。もちろん文武両方に長けている方らしい」
金髪が太陽の光に照らされて、その微笑みはまるで太陽のような少年を見ている人たちの声が耳に入る。今回の学年は王族が入学するらしいと聞いていたが本当らしい。
早くも顔を売るために、十数人に囲まれている少年。その様子を見て、大変そうだなぁとシグルドは羨ましがるのではなく、その苦労を思って同情する。
「あの娘も可愛いな! SS級じゃ無いか?」
「あれは裏聖女だ。おとなしそうな見た目と違って、裏聖女近づくの禁止と言われる狡猾な聖女で……」
なんか最後のセリフは小声になり、シグルドの耳には残念ながら聞こえなかった。
とはいえ、綺羅星のごとく、多くの才能ある人たちが集まっていることがわかりシグルドは期待に胸を膨らませる。冒険者ギルドでは天才とか英雄候補とか騒がれたが、ここでは一介の生徒に過ぎず、噂にのぼることもない、平凡な存在となったことが嬉しい。
「そろそろ時間じゃない?」
「ん? うん、そうだね、ようやくアカデミーに入れ━━」
ユリアの言葉に頷いた時であった。正門前の広場が突然光り出す。その光はまるで血を混ぜたかのように禍々しく、人々は騒然となる。
「なんだこれは?」
「見ろ、広場が光で覆われるぞ!」
「王子を守れ! これは危険な魔法だ!」
祭りのはしゃいだ空気がかき消えて、人々は混乱して周りを見る。その間も光は人々を包み、広場を覆い、ドーム状になるのであった。
「これは!? 一体なにが起きたんだ?」
「しーちゃん、これ、なんか力が抜けていくよ……」
ユリアが脂汗をかき、辛そうに膝をつく。シグルドも力が抜けていく感じがして、慌ててマナで肉体を強化すると、なんとか耐えるのであった。
そうして、辛さを耐えていると、広場の周囲からルーン文字が輝くと、赤き光がルーン文字を繋げていき、魔法陣を描き出す。
完成した魔法陣の中心から、なにかがせり出してくる。
糸で乱雑に皮をつなぎ合わせたスキンヘッドの頭、意思を感じさせない光のない瞳、青白い肌の顔。鉄で作られたかのような頑丈そうなロングコートを着込んだ二メートルを超える背丈の大男だ。
「あ、あれはデスナイトまきゅ!」
「どうしてこんなところにデスナイトがうさ?」
その姿を見て、恐怖に満ちた声音で誰かが叫ぶ。
そうしてデスナイトと呼ばれた大男はゆっくりと口を開く。
「この栄えあるアカデミーに平民は不要ぅぅぅぅぅぅぅぅ」
地獄の底から絞り出したような悍ましい声にシグルドは戦慄するのであった。




