37幕 首席合格
『カナタ・アマガミを首席合格とする。あと、使い魔に幼女を使用するのを特別に禁ずる』
「特別の使い方間違ってないかな? このアカデミー大丈夫? 特別扱いじゃないよね?」
カナタ・アマガミ。気立ても良くて優しくて純粋すぎる心を持つ慈愛の女神とも呼ばれる美少女の僕は、試験結果を貰って哀しく思って膝をついていた。
「悪意のある妨害があったに違いありません、僕の美少女っぷりと、優れた能力に嫉妬した他の人が邪魔してきたんですよ! きっとそうに違いありません。『市井の聖女』を妬んだ無能なのに家の力はあるだけの悪役に違いないです。なにそれ、羨ましい、僕もその役やりたかった!」
床に寝そべり、子供のようにバタバタ手足を振って暴れる美少女だ。銀髪が床に広がり、か弱い顔が悲しそうになり、胸が揺れて、裾がめくり上がりそうなカナタです。きっとカメラアングルは横から足元からと撮影ポイントはたくさんあるだろう。
「おねーたん、かわいしょ〜、まーちゃんもかなしいでしゅよ」
「まーちゃん〜、うわ~ん」
「おねーたん〜、うわ~ん」
ひしっ
二人で抱き合って悲しみに暮れる。これからは使い魔として面倒なイベントを一緒にクリアはできないんだ。こんなに悲しいことはない。
「まーちゃんとアカデミー武道大会とか一緒に出場してブイブイ言わせたかったのに残念です」
「その場合、幼女を攻撃するなんてひどい奴と相手が責められるんじゃねーの? そんな非道なことばかりするから、カナタは『裏聖女』とか噂されるんだよ」
「なんのことやらさっぱりわかりませんね。そんな悪意ある噂は真実はカケラもなく、きっと僕を陥れるために画策した敵の仕業だと確信しています」
僕とまーちゃんが泣いて悲しんでるのに、茶々を入れないでほしいなアーシャさん。呆れた様子で後ろ手に眺めてきているけど、噂なんて当てにならないよ。
「冒険者ランクを上げるために、スラム街の人間をタダでこき使って、常駐クエストの薬草集めをさせたのは?」
「タダとは失礼な。死体置き場を僕が浄化する時の参加券と引き換えです」
「参加補助券とか言って10枚集めないと参加券にならなかったよな?」
「福引って、そうゆうものですよ。たくさん商品を買って補助券を集めないとダメなんです。買い物かごに残っている補助券を集めたりするちゃっかり者も昔はいましたね」
「幽霊屋敷に突撃させて、レイスが現れるまでどんちゃん騒ぎさせたのは? 何人かレイスの精神吸収で数日間ぐったりしてたけど」
「炊き上げです。お腹の空いた人たちにご飯を配っていたんです。実に聖女らしい優しい心根。幽霊屋敷の攻略はかなり美味しい報酬でしたし。金持ちってお金に糸目をつけませんよね」
「炊き上げって言葉違わないか? 炊き出しじゃね?」
聖女らしい行動をとっているのに、アーシャはなんか不満らしい。どこにも不満な所なんてないはずなのにひどい。
「そんなことよりも、まーちゃんを使い魔にするのを禁じられたのは悲しいです。ごめんね、まーちゃん。こんなとこしかできないか弱い聖女を許してね」
まーちゃんのお胸についている『つかいま』と書かれた名札をそっと外して、『せんぞくじじょ』と書かれた名札に付け替える。これだとイベントには参加できないけど仕方ない。
付け替えられた名札を見て、コテンと首を傾げるまーちゃん。
「せんぞくじじょって、なぁに?」
「3食昼寝オヤツ付き、お仕事は良く学び良く遊ぶことです。そして僕と一緒に行動することですね。月給は三千ドラ。福利厚生完備、賞与は年3回。お盆年末年始は2週間の休暇をプレゼントします」
「おねーたんといっしょにいれりゅの! しゅる! まーちゃん、せんぞくじじょやりゅね! ママにせんぞくじじょになったよって、いってくりゅね!」
まーちゃんはいっしょにの部分だけ理解して、ポテポテと走って、テーブルに料理を並べているメイドとして雇われたちづるさんへと突撃するのであった。
そう、今日は全員が合格したので、お祝いの宴会なのだ。そのため、今は食堂でせっせと料理が並べられて、お祝いの空気に当てられて、皆は笑顔である。
テストに合格するのに苦労した甲斐があったというものだ。
「カナタお嬢様、この天音も専属侍女ですよね? 頼れる存在護衛もできる天音さんですよ?」
「専属侍女候補にしておいてあげるね」
天音さんや、専属侍女の道は幼女以外は厳しいものなのです。
◇
食堂は明るい楽しげな空気に染まり、皆は笑顔で長テーブルに集まっている。クオーンをはじめとして、カナタや勝家、召使いたち、元スラム街の孤児たち。そして、あたいアーシャ・上野だ。
アーシャはテーブルに並ぶ大量の料理をぼーっと見ながら、2年前を思い出す。2年前までは今日食べるものにも苦労していたのに、今は明らかに食べきれないだろう大量の料理が目の前にある。みずみずしいシャキシャキのサラダ、ジュウジュウと音を立てて熱々の鉄皿に乗せられたステーキ、スープは具沢山で湯気が揺らめき、生クリームたっぷりのケーキは見るだけで頰がその甘さを想像して緩む。
これだけの料理を前に、実は自分は死んでいて、最後に見る走馬灯のようなものではないかとの疑いもあるが、そうではないのはテストで傷ついた身体の痛さが教えてくれる。ダンジョンをクリアするのにアーシャは3日かかったし、たくさんのモンスターと戦ったのだ。
「ねぇねぇ、アーシャの姉御はなにから食べる? やっぱり唐揚げだよなぁ、知ってたか、レモンかけると美味いんだぜ」
「お馬鹿ねぇ、レモンは邪道、マヨネーズをつけて食べるのが正道なの」
「お前ら、二人とも邪道! 唐揚げは何もつけずに食べるのが正道なんだよ」
元スラム街の仲間たちがワイワイと唐揚げ談義をしているのを見てクスリと笑ってしまう。2年前の自分たちが見たら信じられない光景だ。あの頃は、食べられればなんでも食べて、食べ方を考えることなんてしたことなかった。
仲間たちは、この2年間で痩せこけた身体もふっくらとして、健康な身体になっている。毎日お風呂に入っているから石鹸の匂いが身体から漂うし髪も艷やかだし、着ている服も綺麗なものだ。ゴワゴワした髪に、いつ洗ったかも思い出せない臭い身体に、穴だらけのボロボロだった服の時の酷い姿はもうない。
これも全てカナタのお陰だ。今は裏聖女と言われて、貧しい人から搾取して肉盾として戦闘をすると酷い噂も流れているが、いや真実のような気もするが、それでもアーシャたちも、搾取されたと言われている人々も感謝している。
金を稼ぐ手段も与えられないし、ご飯をタダで貰える機会もないのがスラム街の住人だ。口さがない奴らは酷いと噂するが、それはスラム街の現実を知らないからだ。もしも、アーシャがカナタに救われずに、スラム街の一住人だとしたら、カナタの依頼を喜んで受けていただろう。
まぁ、本人には絶対に言わないけど。あいつは調子に乗るから、絶対に言わない。
「さて、皆のもの、準備は整ったようだな。では、それぞれ盃を持つが良い」
準備が終わり、スラム街から救ってくれた恩人のクオーンさんの掛け声を受けて、めいめいにコップを手にする。アーシャは大好きなアップルジュースだ。
それぞれにコップを手にした様子を見て、強面の口を傾けて笑うクオーンさん。
「今日はアカデミーを受験した3人全員が合格したお祝いの宴会だ! 全員が合格するという偉大な結果を残してくれたことに、私も嬉しい。アトランティスアカデミーの受験倍率を考えると、驚異的だ。名門と呼ばれる家門でも合格した者は少ないのに素晴らしい!」
クオーンさんの誇らしげな顔を見て、少しでも恩返しができたかもと嬉しく思う。今は貰うばかりで、なにも返すことができない自分だけど、少しずつこれから返していくつもりだ。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「かんぱい!」
チャリンと、ガラスを打ち合う涼やかな音が響き、皆がゴクゴクと飲み干す。本来なら貴族様の宴会には召使いを参加させることなどしない。だがクオーンさんはそんなくだらないしきたりを気にはしないので、皆を参加させている。
これだけ立派な人格なのに、2年前までは酷い性格であったとの噂だ。呪われていたという噂も真実なのだろう。
そして、その呪われたクオーンさんを助けたのがカナタだ。
「あいつ、どーなってるんだろうなぁ」
切り分けられたステーキ肉を頬張りながら、グラタンのマカロニを纏めて何本フォークに刺せるかチャレンジしている銀髪の少女を見つめる。
相変わらず、キラキラと輝く銀髪は空気を清浄にするかのように神秘的で、どこまでも深い赤色の瞳は、吸い込まれそうだ。横顔は女神のようでろくなことを考えなければ、深窓の美少女といえる。ろくなことを考えなければ。
(でも不思議なんだよなぁ、あいつはどんな秘密があるんだろ?)
たしかに2年前までは、グールと揶揄されるほどに酷い姿だった。顔は火傷で魔法の魔の字も知らなかった少女だ。早晩死んでしまうだろうと、一緒のチームに入るように勧めたのに、断って一匹狼として行動していた少女。
神聖なる力に覚醒して、身体を癒し、クオーンさんの呪いを解呪したという話になっている。
だがアーシャは知っている。それが嘘であると。
カナタの説明に納得したフリをしていたけど、本来覚醒とは、そんな強力なものではない。力に覚醒しても、初級魔法を使える程度。火傷を癒やし、呪いを解くほどの力になるには、厳しい訓練と、積み重ねる努力が必要である。どんな天才でもそれは変わらない。
そのことをクオーンさんも知っている。これは基本を知っていれば誰もが気づくことであり、そのためカナタはシン家の秘密兵器とか、禁忌の魔法にて生み出した人ならざる人造人間とも陰で噂されていた。だからこその裏聖女なのだ。
しかしそれは全て的外れだ。カナタは自分自身の力で高位魔法を使っている。
その秘密がなにかアーシャは分からない。聞いても答えてくれないだろうし、聞く資格もない。アーシャはカナタに救われた存在だからだ。
恩返しをするのは、これからだ。クオーンさん以上にカナタには借りがある。
ポケットに入っていた紙を取り出して、記載されている内容に目を通す。
「アーシャ・上野の順位は300人中、279位……か。ヘヘッ、最下位に近い順位だよな」
カナタは首席、勝家も10位だ。それに比べると落ちこぼれと言っても良い。
グラタンのチーズがどこまで伸びるか試しているカナタ。肉塊を噛みちぎろうと豪快にかぶりついている勝家。エリートには見えないが、それぞれ天才と呼ばれるだけはあるエリートだ。
だが、己を省みて落ち込むことはしない。
「なにせ、最下位ってことは後は上がるだけだからな。気合も入るってもんだぜ」
不敵なる笑みを浮かべてアーシャは思う。これから努力を重ねていけばよい。
恩を返すべくカナタの隣に立てるまで、アーシャは努力をすることを誓うのであった。




