36幕 ローザ・泉
薄暗い通路。燃え盛る松明。炎に照らされてゆらりと揺れる影。黴びた臭いが僅かにする武骨な石造りの通路。まるで人を吸い込む深淵のようなダンジョンにて、爆発音や剣撃の音が響いていた。高難易度のダンジョンと言われてもおかしくないダンジョンで、一人の少女が戦闘を繰り広げていた。
その少女の名はローザ・泉。アトランティス帝国を支配する7家の家門の一つ、召喚獣を操る名門の泉家の長女だ。
その少女はこのダンジョンに侵入して丸一日経過している中で、ほとんど休むことなく進んでいた。
「ブッヒィー!」
ローザが対峙しているモンスター、オークたちが怒りの声で咆哮をあげる。身を震わせるほどに威圧と恐怖を与える大音声の雄叫びがダンジョンに響きわたり、ビリビリと通路を震わす。
オーク。巨大な猪が二足歩行した魔物で、猪本来の毛皮は強靭で斬撃も打撃もその威力を大きく減じる。しかもローザの対峙しているオークたちは、金属の胸当てや小手、兜を装備しており、手にはよく磨かれた鉄の大剣を持っているオークの中でも高位にあたるオークナイトだ。本来はCランクの冒険者6人パーティーで戦う相手であり、1人で戦う相手ではない。
少なくともアカデミーの試験を受ける受験者では決してない。だが、ローザはたった1人でオークナイトたちと戦闘を繰り広げていた。
「くっ、水龍を使えれば、こんなダンジョン簡単なのにですわ。それなのにこんな狭い廊下だったなんて!」
内心で罵りながらローザは、向かってくるオークナイトたちに、レイピアを構えて迎え撃つ。その手に持つレイピアは淡く光り、強力な魔法剣であることを示している。
「巻き起これっ、旋風の衝撃っ!」
レイピアを振るうと、レイピアから突風が巻き起こり、竜巻となって向かってくるオークナイトたちの行く手を阻む。
オークナイトたちが竜巻を前に足を止めると、ローザは目を光らせて隙を見逃さず、念話にて指示を出す。
『シャドウマンティス! 剣風陣!』
オークナイトたちの影が揺らめくと、死神の鎌にそっくりのカマキリの前脚が飛び出し、オークナイトたちの頭や胴体を切り裂いていく。
「ぶほっ!?」
口から血を噴き出して、倒れていくオークナイトたち。その中で影から二メートルほどの大きさの暗闇色のカマキリのモンスターが飛び出してきて、オークナイトたちを次々と倒していく。
鋭い鎌は、鉄の胸当ても猪の毛皮もものともせずに切り裂き鮮血が舞う。斬撃の速さにオークナイトたちは対応できずに倒されていくが、いかんせん数が多かった。他のオークナイトを切り裂くシャドウマンティスを後ろから攻撃するオークナイト。
まるで鉄の板をぶつけるかのような一撃は、シャドウマンティスの身体を折り曲げて、体液を零れ落とす。
攻撃力に反して脆すぎる防御力がシャドウマンティスの弱点だ。本来は不意打ちによる暗殺がシャドウマンティスの戦闘スタイルであり、オークナイトたちと正面から戦うような性能を持っていないので、当然と言えば当然の結果であった。
それでも昆虫特有の痛みを感じる機能が鈍い所が長所となって、さらにシャドウマンティスは攻撃を繰り出していく。当初の速さは見る影もなくなってはいるが、それでもオークナイトを傷つけることが可能のため、オークナイトたちは攻撃の手を止めることなく、シャドウマンティスをタコ殴りにするのであった。
しかし、集団でシャドウマンティスへと攻撃を集中させて、ローザをフリーにしたのが致命的となった。
「風よ、竜巻となって、敵を切り裂け!」
『サイクロン』
溜めが必要な高位風魔法をローザは発動させ、物理的な力を宿した竜巻がシャドウマンティスへと集まっていたオークナイトたちを巻き込む。風は鋭き刃となり、ミキサーのようにオークナイトたちを細切れへと変えてゆく。残っていたオークナイトたちは抵抗もできずに全員が風の刃により肉片となって、竜巻が収まる頃には血風だけが空中に残るのであった。
「ハッハッ……よ、ようやく倒せましたわ。試験のモンスターにしては強すぎませんこと?」
額から流れ落ちる汗を拭い、大量の魔力を失った喪失感に手が震える。吐く息は荒く、一瞬クラリと目眩が襲う。
オークナイトたちはそれだけ強敵であった。本来は一介の受験者が倒せる相手ではないのだから当然だ。一つ間違えばローザもオークナイトたちに殺されていただろう。
「ふぅ……少しだけ休みますわ。新たな召喚獣も召喚しないといけませんし。……にしても、ここでシャドウマンティスが倒されたのは痛かったですわね」
壁にもたれたかかり、水筒から勢いよく水を飲む。ゴクゴクと喉が鳴り、冷たい水が疲労を溶かすかのようで心地よい。
「ここまででおよそ3割の魔物を失いましたわ……。また魔物と契約しないといけないことを考えるとウンザリですわね」
脳内で召喚獣の残りを数えて嘆息するローザ。泉家の召喚魔法は、まずは野良の魔物と契約しなければならない。異界の門を開けて喚び出した魔物を屈伏、もしくは交渉して契約をするのだ。そのため、一度倒された召喚獣は消滅し、再度新たに契約をしなければならなかった。
丸一日、ろくに休むことなく進み、出現する魔物たちを倒しながら出口へと向かっていた。
「本来は倒せない魔物は迂回して進むのが正解なのでしょうね。そのようなギミックもありましたし」
ダンジョンで出会った魔物は突然現れて襲ってくるものと、固定位置に立っており、近づかないと反応しない二タイプに分かれていた。そして固定位置に存在する魔物たちはどれも受験者たちに倒せないだろう強さを持ち、壁を動かしたり罠を使って迂回すると思われるギミックが数多くあったのだ。
だがそんなことをすれば大幅にタイムロスとなる。首席を目指すローザにとって、そのタイムロスは許容できなかったため、無理を承知で魔物たちを倒してきたのだ。
その結果、ローザは疲れ果てて魔力も残り少なく、召喚獣も大きく減ってしまった。
「でも、無理をしてきただけあって、後はラスボスだけですわ」
チュウと小さな鳴き声がしてネズミが通路の影からチョロリと頭を覗かせる。もちろんローザの召喚獣であって、斥候として先を調べさせていた。
視覚共有によると、もう少し先に出口があった。そして出口を塞ぐガーディアンの姿も。
リュックサックから貴重な魔力ポーションを取り出すと首筋に当てて引き金を引く。プシュッと空気を圧縮する音がすると、爽快感と共に魔力が回復したことを感じる。
「これならいけますわね。ガーディアンも倒して突き進みますわ」
腕時計を見ると、まだ侵入してからの時間は30時間程度。これなら首席は間違いない。
「確か過去の最高攻略時間は36時間14分。ふふっ、これからはわたくしの名前が最短攻略時間保持者として刻まれると思うと気持ちが良いですわね」
圧倒的な速さでの攻略時間。皆がローザを褒め堪える未来を予想して、ニヨニヨと口元を笑みに変えると、立ち上がる。
「ガーディアンはミノタウロス……。どうやら床を壊す金の斧や、動きを止める罠がありそうですけど、そんなギミックを解放する時間はありませんわ。なら、正面から戦闘できる魔物を召喚するのみ!」
指で魔法陣を描くと、喚び出すべき魔物へと念話を送る。
「出でよ、アーマードベア。その強力な力でわたくしを助けてちょうだい」
『アーマードベア召喚』
ローザの呼び声に従い、光と共に新たなる魔物が姿を現す。
ロボットかと勘違いするような金属の毛皮は、物理、魔法の両方に耐性を持ち、伸びる爪は金属塊もやすやすと切り裂き、その腕力でハグされれば、大木すらも粉微塵となる。その牙はドラゴンすらも噛み砕き、その嗅覚は一度獲物とした存在を逃がすことはない。爛々と光る瞳には獣の王としての力が込められていた。
ローザの持つ召喚獣の中でも水龍に次ぐ強力な召喚獣だ。
「まきゅー」
断じてこんな可愛い鳴き声をあげる存在ではない。
「なぜ毎回毎回、わたくしが召喚すると邪魔をするんですの? マーモットのくせに!」
ジロリと睨む先には背丈が50センチほどのマーモットがいた。茶色いもふもふの毛皮、リスの出っ歯に何を考えているか分からない虚無の瞳の小動物だ。両手を広げて威嚇してくるがこれでは幼女でさえ、怖がらない。
「えっと……マモもそろそろ活躍したいなと思ったまきゅ。あとキャベツください」
あざとく、お尻をフルフリ振って見つめてくるマーモット。
「あなたはクビ。召喚リンクを解除しますわ」
「がーん!」
毎回毎回、本命の召喚獣を召喚すると横入りしてくるマーモットをローザはクビにした。なぜこの子と契約したのかあの時は焦っていたのだろうと後悔している。無駄に魔力を消費するお邪魔虫なのだ。
『アーマードベア再召喚!』
哀れそうにキューキュー鳴くマーモットを無視して再召喚をする。今度こそは━━。
「うさー!」
白い毛皮に、赤い瞳、長い耳を生やす小さな獣。その名も兎が現れた。
「あなたもクビ」
「うさ!? まだ何も言ってないうさよ?」
マーモットに次いで邪魔をする存在を切って捨てる。ウサギも契約したことを後悔してる。
3回目にして、ようやくアーマードベアを喚び出すと、ローザはミノタウロスの待つ部屋へと入る。
小部屋にはミノタウロスが情報通り待ち受けていた。斧を片手に立っている。ガーディアンに相応しい強さの魔物だ。普段のローザなら戦いを避けるだろう。
「ですが、歴代最高の攻略時間保持者と首席がかかっているのです。命を賭けるだけの価値はありますわ!」
自身に気合を入れて、ミノタウロスへと指を向ける。
「アーマードベア、ガンガン攻撃しなさい!」
「ぐぉぉぉぉ!」
「まきゅー」
「うさー」
「媚びてもクビは撤回しませんわ」
約2匹ほど、部屋の隅っこに移動して叫んでいるがガン無視して、ローザは戦闘に入る。ミノタウロスもアーマードベアも攻撃力が高い。勝負はすぐにつくだろう。
残りの魔力を全て込めた魔法の一撃をローザも準備する。アーマードベアがその巨体に似合わない速さでミノタウロスへと駆けてゆき、ミノタウロスも迫る脅威に反応し、アーマードベアの進路に斧を振るう。
本来のミノタウロスの斧の一撃は強固なるダンジョンの床さえも砕く。だがアーマードベアの魔力により強化された金属の毛皮は、斧の一撃を防ぎ、食い込むだけで終わってしまう。
「ぐるぅぅぅぅ!」
斧の一撃を防がれて、身体が硬直するミノタウロスに袈裟斬りに爪を振り下ろすアーマードベア。だがミノタウロスの皮膚も筋肉組織が束ねられた天然の防刃性能を持っており、ひっかき傷しかつかない。
お互いに致命傷を与えることができずに、ミノタウロスもアーマードベアも攻撃をし続ける。斧により金属の毛皮がめくり上がり、血を流すアーマードベア。繰り返される爪の攻撃により、満身創痍となり、片目すらも潰されるミノタウロス。
激しい戦闘が巻き起こり、数分経過した経過しただろうか。
「よくやりましたわ、アーマードベア。ご褒美に最高級牛肉を後であげますわよ!」
詠唱を終えたローザがレイピアをミノタウロスに向ける。既にレイピアは注がれた魔力により放電しており、爆発的なエネルギーを内包している。
「くらいなさいなっ、わたくしの最強魔法を!」
『冥府の暴風』
漆黒の風がミノタウロスに集中し、その肉体を侵食していく。風が触れた箇所が崩れていき、悲鳴を上げる間もなく、ミノタウロスは砂のように崩れ去るのであった。
「ふふっ、これでわたくしの首席は間違いないわ」
無理をしすぎて、口元から血が流れ落ちる中で、ローザは壮絶なる笑みを浮かべて出口に向かうのであった。
その結果は歴代2番目の攻略時間とされた。




