34幕 本当の試験
「1次試験を終了する! 続いて2次試験。申請書を受け付けに出せれば合格とする!」
空に浮く試験官が手を振ると、倒れた人たちがテレポートで消え去り、アカデミーの扉が開く。開いた中は長い廊下となっており、奥に受付があるのが見えた。
細長い廊下は明かりもついておらず窓もないトンネルのようである。距離にして100メートルといったところだろうか。
「明らかに不自然な通路ですね」
「視力に魔力を集中させてみろよ、なんかあの廊下ドロドロした魔力が蔓延しているみたいだぜ」
アーシャの言うとおり、廊下は魔力を視認すると、公害レベルで廊下に真っ黒な煙のような物が充満していた。なんか呼吸すると身体に害がありそうだ。ケホケホ咳をしそう。
「おっしゃ、俺が一番に申請するぜ! てめえらは、指をくわえて見ていな!」
皆が様子を見ている中で、モブの男子が自信たっぷりに走り出す。100メートルの距離は身体強化をした人間にとっては数秒で駆け抜けられる距離だ。なにが起きても、数秒耐えられると計算に入れているに違いない。
「うぉぉぉっ、う、うぉぉ? な、なんだよ、身体が重、気持ちわる……」
しかし、廊下に一歩踏み入れるだけで顔が青褪めて、ふらふらと気持ち悪そうに足を止めて、その場にうずくまってしまう。
そして、ケロケロと蛙の真似をしようとして━━パタリと倒れた。
「そこの男、失格」
冷然たる目つきで試験官がパチリと鳴らすと倒れた男子は転移されて消えた。その様子を見て、残った受験者たちがざわりと騒がしくなる。
「なんだあれ?」
「魔力酔いだ。とんでもない濃度の魔力があの廊下には充満しているんだ」
「一歩入っただけで倒れるレベルかよ、とんでもないな」
口々に受験者たちが、2次試験の凶悪さに怯んで文句を言う。そりゃそうだ、あれだけ濃度の濃い魔力だと毒と言っても過言ではない。
「1次試験は肉体強度の確認をした。2次試験は魔力抵抗の強さだ。どちらも合格レベルに到達しなければアカデミーでは死ぬ可能性がある。ここで不合格になった者はアカデミーで死なずにすんでありがたく思うんだな」
試験官の含み笑いが苛つくが、それで怯んだらそもそも受験に来ていない。というか死ぬ可能性があるの? 僕は魔法を使って合格したんだけど?
「たった数秒耐えれば2次試験は合格だっ、耐えればいいんだ、数秒くらい!」
「その通りだ! こんな簡単な試験もないぜ!」
「そうよ、そうよ、水中でも息を止めれば数分は耐えられるのよ、魔力だって簡単よ!」
ぬぉぉぉと雄叫びをあげて、発情した牛のように走り出す受験者たち。たしかに数秒だ、防ぐことも簡単に見えるが━━。
「ゲフッ、ケロケロ」
「なんだ、この濃度……ぐふっ」
「気持ち悪……こんなの無理よ」
バタバタと倒れていく受験者たち。予想以上に濃度が高い模様。
それでも、廊下を平然とした表情で歩く人たちがいる。上等な服を着た貴族然とした人、勝家のように強者のようなオーラを持つ厳つい男、貧相な平民の服装だけど、軽々と歩く……あ、あれはシグルドだ。久しぶりに見たよ。
ケロリとした顔で、テクテクと歩くシグルドは、他の平民たちとは一線を画して、涼しげな様子だ。さすがは主人公、もう少し苦労した顔をしないと、いらぬ反感を買うよ。
「あ~、ちょっと厳しそうだな、あれ。あたいならいけそうだけど」
「うむ、この俺の鍛え上げた筋肉なら、あの程度わけもない。ガハハハ、二人とも背負っていってやろうか?」
「二人とも自信があるようでなによりです。でも僕はこのままだと苦労しそうです」
鍛え上げた二人は、僕と違ってステータスが高い。三流役者の僕とはスタートが違う。あれだ、アーシャたちはネームドキャラってやつ。
バタバタと倒れて、転移されていく受験者たち。考え込んでいる中でも、受験者たちはドンドン少なくなっていく。
「ふむ……アーシャさんたちは先に行ってください。僕は最後に行きますので」
「ん? それはいいけど大丈夫なのか?」
「はい。というか最後に行かないと試験官に怒られそうなので。さぁ、行ってください、サッサッと行ってください」
アーシャの背中をグイグイと押して、先に行かせる。二人とも戸惑った顔であるが廊下へと進み、一瞬顔を顰めるが、それでも立ち止まることなく歩き続けて受付まで見事到着するのであった。
そうして、受験者たちがいなくなり、ポツンと僕だけとなる。
「そこの少女、君は2次試験を受けないのかね?」
「はい。すぐに行きますので大丈夫ですよ」
試験官が僕に注意をする。周りに他の受験者たちはいなくなったので、そろそろ動くとするか。
廊下の前に立つと、ゆっくりと静かに呟く。聖女たるもの、このようなイベントは楽々にクリアしないとね。
「神よ、子犬がキューンと鳴いてます。お腹の空かせた子犬を助けるように、私も助けてください」
とりあえず神よと言っておけば良いよね。あとは呟きなんだから、周りには神聖さを感じさせる。
『換気』
使うのは掃除魔法なんだけどさ。
換気魔法。効果は簡単で部屋の空気を入れ替えるだけだ。掃除魔法では瘴気を浄化したり、呪いを解除したりはできない。だけど空気を入れ替えることはできる。魔力も同じく換気可能だ。
しかも魔力を薄めて、他へと散らせることができる。
廊下に充満していた魔力は換気されて、排気されていく。まるで空気清浄機に吸い込まれるが如く、魔力は外へと排出されて薄まって周りに散らばっていくのであった。
あっさりと魔力濃度が高すぎて歩くことも厳しい廊下は、森の中にいるかのように気持ちのよい空気と変わった。
もはや普通の廊下である。あっさりと受付に到達して、試験官は顔を引きつらせる。
「これが噂の聖女の力か……とんでもないな」
「申し訳ありません、試験官。でも最後まで待っていたんですから許してください」
換気をした以上、もうこの廊下は2次試験として使えない。だからこそ最後まで待っていたのだ。
澄ました顔でテクテクと廊下を通過して、2次試験突破!
◇
残った受験者は千名程度。申請書を出した後は、僕たちは学舎の前に集められた。
「2次試験通過おめでとう! 今年度、アカデミーの募集人数は300人。残りは倍率3倍で君たちは合格まであと一歩となったわけだ」
ふむふむ、たしかに3倍だと合格しそうな気がする。反対にここで落ちるととんでもなく落ち込むだろう。オーディションで主役を狙って最終選考まで残りながら落ちるくらい落ち込む自信がある。結婚できないしがないおっさん役だから受かると思ってたのにね……。
思わず遠い目をしちゃうけど、ここで油断して落ちるとか絶対にやらない。
「ここで落ちると、斬新な展開として多くの投げ銭を貰えるかもしれませんよ、カナタさん」
「ここでもらえても後が続かないでしょ。僕は一発屋には絶対になりませんからね」
「そういえばカナタさんも前世で一度だけ主演を」
「シャラップ!」
小悪魔な巫女がケケケと痛いところを突いてこようとするので、お口にチャックさせて、試験官を見る。あの映画は僕のトラウマなんだ。黙ってて。
「3次試験は人工ダンジョンの突破である! タイムの良い順に300名が合格とする。しかしダンジョンは深い迷宮であり、踏破時間の平均は3日。死亡者は2割に達する! 致死レベルの罠や凶悪な魔物、そして、食料などの補給はないので飢えとも戦わなければならない。それでも良ければ3次試験を受けるが良い!」
試験官のとんでもない非常識な説明。だが、ここにいる受験生たちは騒ぐこともなく冷静だ。
なぜならば過去から同じ試験が繰り返されているから。繰り返されているのだから攻略は簡単かというとそうではなく、常に悪意たっぷり、殺意マシマシの創意工夫のされたダンジョンなので、死人は多い。でも、それも想定通りだから皆はしっかりとした準備をしてきているのだ。
「ふっ、どうやら怖じ気づくものはいないようだな! では、この先の体育館に入り給え。既に人数分のダンジョンゲートは作成済みだ」
人工ダンジョンゲート。中身は本物そっくりの魔物と危険な罠で、この試験で本当に死ぬ人間がいる。というか、マジに2割死ぬとか危険すぎる試験だろ。まぁ、常に世界滅亡を起こそうとする危険な組織や、突然現れる街を呑み込むレベルの強大な魔物たちと戦うエリートたちとなるのだ。その育成に耐えられる精神と肉体を持つ者を選抜するのだから、これくらい当然と考えられるのがこの世界の恐ろしきところである。
「フフッ、受かるのは当然、首席になるのがわたくしの定められた運命。そこの有象無象、少しどいていただけませんこと?」
受験者たちの中から、冷徹にして人を見下す少女の声が聞こえてくる。振り向くと、ハーフアップにした青髪の少女だった。一目見ただけでわかる強力な魔力が付与されたドレスを着ており明らかに高位の貴族出身。顔立ちは美人だけど冷徹な目つきで、冷たそうな雰囲気を与えてくる。
「あの子は召喚魔法が得意な名門家門である泉家のローザ・泉だな」
「召喚魔法?」
「あぁ、見ているといい。名門と呼ばれるだけの召喚獣を呼び出すはず」
勝家の説明を聞いて、ローザさんを眺めていると、モーゼが海を割るかのように受験者たちが2つに割れて、ローザが一番前に来る。
周囲の視線をものともせずに、薄っすらと笑みを浮かべると、ローザは宝石を削ったような小さなワンドを取り出して、小さく詠唱を始める。
少女の身体から突風のように膨大な魔力が吹き荒れて、周囲の人々を驚愕させる。たった一つの魔法であるのに突風を巻き起こすレベル。僕では絶対に不可能な信じられないほど多い魔力量だ。正直、妬ましい。
『サモン:水龍召喚』
そして空中に美しい絵画のように魔法陣が描かれると━━。
「ぎゃぉぉぉぉぉぉん!」
辺りを威圧する咆哮をあげた水龍が姿を現すのであった。20メートルはあるだろう背丈に、強大な魔力、美しい青き龍鱗を持つ水龍だ。空中を気持ちよさそうに遊弋していた。
「では、皆様お先にごめんあそばせ」
信じられないことに、本物の水龍だ。ドラゴンはこの世界でも最強レベルなのに、簡単に召喚するとはね……。
なるほど、簡単には試験はクリアできないようだね。
「でも僕にも使い魔はいるんだよね。聖女としてアピールするためにも、ここで負けていられないよ」
僕はリュックサックを下ろすとニヤリと嗤うのであった。




