31幕 リッチスレイヤーの噂
リッチを倒したカナタたちの噂は煙よりも早く広がった。モクモクと広がって、内容もまた煙に巻いたような内容で。
平民地区の冒険者たちのお気に入りの居酒屋。安くてうまいと、焼き鳥を中心にして、ハイボールが一番人気のお店では、卓についた冒険者たちが最近の噂話をしていた。
平民地区の冒険者たちはお世辞にも強くはない。一応身体強化は使えるが、魔物と対峙するには不安が残り、だからこそ情報を大事にしておるからこそ、このような居酒屋で情報収集に励む。
「なぁ、聞いたか、リッチスレイヤーの話?」
「あぁ、聞いた聞いた。あの『万人殺しの不死王レルム』を殺した奴らの話だろ?」
「モモ二本で1ドラだぞ、安いな」
焼き鳥のモモに食いつきながら、おっさんたちは面白そうに話す。ちなみにモモは一番安いので貧乏な冒険者に大人気だ。
『万人殺しの不死王レルム』は、冒険者界隈では有名な魔物であった。なにせ自分たちが冒険者になった頃には有名で数万人の人間を殺して自分の糧にしたと噂されている化け物だった。賞金首にされていたが、討伐しに向かった冒険者たちはことごとく殺されて、ゾンビウォーリアに変えられて報復として冒険者ギルドに襲撃しにきた経緯がある。その被害はとんでもなく大きく慌てて冒険者ギルドは賞金首からレルムを外したと言われている。
それほどの化け物が先日討伐されたというのだ。信じられないことではあるが、冒険者ギルドが討伐を確認したらしい。
「しかもたった3人で討伐したらしい。信じられるか?」
「どうもシン家が隠していた秘密のエリートらしいぞ」
「ネギマも頼まない?」
3人の冒険者は顔を突き合わせて、むしゃりと焼き鳥を食う。リッチを倒すなどSランクの冒険者パーティーが倒せるかというレベル。それなのにたった3人で倒せるとは正直言うと信じられない。
「しかも年若い3人の美少女らしい」
「あぁ、それぞれが特化した力を持っているとか」
「皮は塩とタレどっちにする?」
シン家は有名な拳王が1代で作り上げた家門。私設のアカデミーを建設した有名な男だ。だが息子は呪われて、拳王は見る影もなく狂って滅びるだけとも囁かれていた。その家門に隠されていた秘密兵器たち。他の家門が聞いたら、顎を外すほどに驚くだろう。
それは冒険者たちも同じ思いだ。
「噂によると、一人は神聖力を拳に宿すメイドモンク」
「金に意地汚いのに神聖力を使えるらしいな」
「つくねって生卵も一緒に頼む?」
リッチに対して特効である神聖力の使い手。だが普通の神聖力ではリッチを傷つけることもできないはずなのだ。リッチを超える神聖力を持つメイドモンクとはどれほどの使い手なのだろうか。
「二人目は希少な妖術を使い、自身は決して姿を見せない妖艶なる美少女」
「飴を舐めながらライフベッセンをあっさりと見つける魔法の使い手らしいな」
「豚バラって、脂がのってるけど少しくどいよな」
妖術。冒険者たちも噂でしか聞いたことのない魔法だ。噂によると、万能の魔法で探知や攻撃、さらには支援魔法や召喚魔法も使えるとか。そんな魔法を使える美少女とはどんな人なのだろうと、生ビールをお代わりする面々。
「3人目は最高位の神聖魔法を使えるらしいぞ。実際、戦闘のトドメは神聖魔法で倒したらしいし、大勢のスケルトンたちをも簡単に浄化したとか」
「なにせシン家の嫡男がかかったバジリスクキングの石化の呪いも解除しちまったらしいからな。治癒の家門が形無しだ」
「1代限りと噂されたシン家が復活する狼煙のような存在だから、他の家門が黙ってはいないだろう。またぞろ騒がしくなりそうだな」
「諍いも俺たちにとっては金のなる話だ。いいことじゃねーか」
「なんで最後になって気の利いたセリフを吐くの?」
と、三人娘の噂は広がるのであった。
冒険者たちは騒乱が来ると、悪そうな顔で嗤う。突然現れた優秀すぎる人間。そんな存在を貴族たちは見過ごさない。しかも成り上がりのシン家出身となれば、他の家門たちは面白く思わないし、シン家を牽制しようと考える者もいるだろう。
小さな嫌がらせから、殺しの依頼まで。冒険者たちは騒乱で落ちるだろう金を思って、皆が同じことを考えるのであった。
それと皮はタレにした。
◇
そんな噂が広がっているとは露知らず、カナタはのんびりと魔導書を読んでいた。
━━と優雅な生活をしていればよかったのだが、実際は執務室のソファに座り、魔導書ではなく出納帳をタブレットで見ていた。その手はプルプルと震えて、銀糸のような髪が揺れて、餅よりも白い肌のピチピチほっぺは震えて、口元は引き攣っていた。
「なんで貯金がいきなりゼロになってるんですか!? いや、ゼロならまだマシで、借金も増えてる!」
ペチペチとタブレットを叩いて、執務椅子に座るクオーンへと叫ぶ。子爵でお金持ちで実際にお金持ちだったのに、この1週間で空になってるよ!
このままでは優雅な暮らしをしつつ、ポイントを稼いで願いを叶えて貰う演技をする予定だったのに、スケジュールが変わってしまう。サマーチェアに寝そべって、ジュースを飲みながら、黒幕っぽく作戦を練るつもりだったのに!
己の分身であるのに、今や本物のクオーンとなったおっさんは難しい顔で腕を組む。
「実は、生贄魔法にて操られていた頃にだいぶひどいことをしていたようで、その証拠を消すのにかなり金を使ってしまったのです」
「そこは被害者へと補填とかで使ったと言ってほしかった」
「あと、離れていった騎士たちを連れ戻すのにも使いましたね。あいつらしっかりと再契約の契約金をぼったくったので」
「忠誠心はお金で買ってるのね」
「それとアカデミーの資金を横領もしてたので、補填と証拠も消すのにもかなりかかりました」
「そっちの補填!? ツッコミが終わらないよ!」
「まぁ、実際に生贄となった被害者たちは孤児で、知り合いもいない者たちばかりだったので、補填する相手がいなかったということもあります」
「この世界って本当に残酷だよね……」
ため息をつきつつ、ソファにゴロリと寝そべる。このような事件が日常茶飯事であることも今なら知っているカナタは呆れるしかなかった。
ありきたりの治安の悪さではない。イベント的な事件が多いのがこの世界の特徴だ。毎週殺人事件が起こるコメ花町みたいなもんである。実に住みたくない世界ナンバーワンと言えよう。
「借金と言っても、すぐに返せるので問題はありません。しかしながら、カナタ様を無制限の資金で支援することは不可能となりました」
「装備から札束がなくなっちゃったのね。そうそう簡単には行かないってことかぁ」
敵の頬を殴れる札束は最強の武器だと心強く思っていたけど、そうそう上手くはいかないらしい。
「うひひ、カナタさん、残念でしたね? ですけどご安心を。ポイントをドラに変えればあっという間に資金問題は解決ですよ? なにせ100万ポイントといえば、一億ドラの価値がありますからね?」
「ポイントはなによりも大切だしお金になんか絶対に変えないよ」
邪悪なる巫女がお空に浮きながらケケケと嗤うが、考慮の価値もない。そんなにもったいないことするわけないでしょ。
「なら、これからはなるべく独力でお金を稼がないとだめなのかぁ」
「生活に必要な支援はできます。ですが大金を使った支援はできないと記憶してください」
「はぁぃ」
重々しく頭を下げるクオーンを前に、何とかしろと迫るわけにはいかない。もう服とかは買ってもらったし、衣食住の心配をしなくてもよい。その上身分証明書も手に入れたのだ。
「最初のクエストで大きな報酬が手に入ったと思ったら取り上げられたー」
にしても悔しいことは悔しい。ゲームとかで最初は最強装備だったのにイベントですべてを失うチュートリアルみたいなもんだ。
「ま、なにやら怪しい力学が働いたような気もするしね」
「そんな怪しい力学があるなんて、この世界はさすがは魔法の世界ですね、小生もそんな力学があるなんて恐ろしく思って、プルプルお尻が震えてしまいますよぉ」
あざとくお尻をフリフリと揺らせる巫女である。最も容疑者に近い少女だが、深くは突っ込むまい。
「来月から、私の経営する私立アカデミーにご主人様は編入してもらいます。そこで地力を鍛えていただき、2年後にアトランティスアカデミーに入学してもらう予定です」
「ふむ……まぁ、『記憶閲覧』を使える僕はカンニングができるし楽勝でしょう」
なにせチートなスキル持ちのカナタちゃんだ。不安はないと、寝起きの子猫のように背をそらして、伸びをする。可愛い美少女が伸びをするシーンはそれだけで、投げ銭を貰えて良いレベルだと思うんだ。
楽勝楽勝と鼻歌交じりに、勉強する気ゼロのカナタだが━━。
「そうはうまくいかないと思われます。ご主人様の能力は素晴らしく、誰にも真似できない模倣能力はひとえに感心いたしますが、それでも実力はつかない」
厳しい声でクオーンが眉をしかめる。
「? 身体強化とかも、見るだけで覚えた僕だよ? 剣士の能力とかも読めば使えるようになるよ?」
「ご主人様は、見ただけで前世では達人になれたのですか? 違うでしょう? しっかりと訓練を重ねて来たと思います」
「ムッ……たしかに。でもその力が基礎になってるから、僕は剣技とかも覚えられると思うんだけど?」
模倣するにも、しっかりとした地力がないとできない。マラソン選手を真似するには長距離を走ってスタミナをつけないといけないように、僕は頑張ってきたよ。
「言いにくいのですが、この世界では魔力により体の動かし方から、体術も違います。アカデミーでは誰もが身体強化を使います。これまでの覚えた体術をすべて忘れていただかないと落ちこぼれるでしょう」
「……マジ?」
「残念ながらマジです。というか、今のままなら編入試験も受からないでしょう」
力は弱くても技で勝つ、巧みな戦士カナタを狙っていたけど、クオーンの顔は真面目そのもので、カナタは青褪めてしまうのであった。




