26幕 ゾンビ映画のエキストラ
皆がビル内に飛び込み、素早くドアを閉める。閉じるのはギリギリで、すぐに鉄の扉をドラムのように叩くゾンビたちの拳の音が聞こえてきた。正直言うとめちゃくちゃ怖いです。現実でゾンビに囲まれる経験をするとは思ってもなかったよ。
「なんてあんなにゾンビがいるんですか? 放棄された地区って、どういうことですか?」
「少しお待ちを。はっ!」
矢継ぎ早の展開についていけないカナタはプルプル震えて早口となるが、天音さんは答える前に放棄されていたロッカーの下に足を入れると、まるでボールのように軽々と持ち上げて浮かせると鉄の扉に叩き込んだ。怪力のうえに、巧みさも魅せる動きだ。
放棄されていたロッカー類はあっという間に扉の前に山と積まれてバリケードとなる。ガラガッシャンと大きな音を立てて、鉄屑の重しとなると、揺らいでいた扉を押さえつけてくれるのだった。
「お嬢様は放棄地区をお知りにならないのですか? 時折出現するダンジョンに繋がるゲート。そこから溢れ出る魔物によって放棄されてしまった地区です。軍を整えたり、冒険者たちが数を揃えて奪還するまでは無人になるのが一般常識です」
「修羅の国にきちゃったの、僕?」
そんな一般常識は嫌だけど、真面目な顔で言う天音さんは冗談を言っているようには見えなかった。スラム街での5年間はサバイバル技術は上がったけど、当初の目的であるこの世界を知るといういうことはまったく出来ていないことが悔しいけど判明しました。
「うぇぇぇぇ」
「あぅあぅあぅ」
「あ〜あ〜」
外からゾンビたちのうめき声が聞こえてきて、ガタガタと扉が揺れる。死者が生者を地獄へと引きずり込もうとする憎しみと怨念の声は耳に入れるだけで呪われそうで、気持ち悪い。
(くっ、役に入り込まないと恐怖で動けなくなっちゃうよ。でもこのシーンの悪役的な行動は思いつかないし脚本もないし困ったな)
殺人鬼役なら殺人鬼役で、その役に没頭できるからゾンビに囲まれても、人に剣を向けられても恐れることはない。なにかの役であれば、怖さは忘れることができるが、今の状態で市井の聖女役はちょっと弱い。例えていえば、ヒーローショーで怪人の着ぐるみが半壊して中の人が見えてる状態だ。
脚本がないと動けない美少女。それがカナタ・アマガミであった。
「ここはゾンビに囲まれて死ぬモブ役とかどうでしょうか、カナタさん? 美少女が囲まれてゾンビに食われるシーンとか、泣き喚いて手足をジタバタ、ブラチラ、パンチラを見せつつエログロ的展開を魅せると、コアなファンがつきますよ?」
ゾンビに食われるというシーンでは、そういったわざとエッチな展開を見せるパターンがあるのは知ってる。たしかにこの服装なら、セイの言うとおりの姿を魅せることができるだろうけどね!
「そういったシーンを好む層があるのは認めますが、ここでそれをやると、僕は死にます。オーディションに受かって1週間でこの世界から退場とか、報酬が無くて、僕の来世の願いを叶られないでしょ!」
人の不幸でご飯を3杯は食べられそうなニヤニヤ笑いを見せるセイを睨んでから、この危険な状況を考える。
「僕たち狙われたんですよね? まだ恨みを買うほど、活動はしていないのですが、なぜここに誘い込まれたのでしょうか?」
「お嬢様、途轍もない美少女がパタパタ手を振れば、ハリケーンが起こったり、邪神が降臨したりと、それだけで世界の運命は変わると言い伝えられています。美少女フライ効果というわけですね」
「もうこの世界を嫌になってきたよ」
「ぶっちゃけ言いますとご当主様の息子様を治したことが、誰か、もしくは組織にとっては困ることだったのかと。それで暗殺されるのか、そもそもそんなことは関係なく聖女を狙う組織がいたりとかするかもです」
「僕の美貌は傾国レベルと言うわけか。納得だね」
大御所の言うとおり、この外見だけで劇での役を取れるらしい。悔しいけど、外見は俳優にとっては非常に大きな比率を持ってるから。
だが、それだと今は困る。まだ全然準備ができていないのに、敵の行動が素早すぎる。回帰物の漫画でもここまで早い対応は見たことないよ。
「ヴァァァァァァァァァ」
溜息を吐く僕の耳に、遠くからゾンビの声が聞こえてくる。扉からではない。ビル内からだ。しかも聞こえてくる足音がピタピタピタピタと段々と近づいてきてかなり速い。
「どうやら話し合いの時間はなさそうです。お嬢様、私の後ろに。まーちゃんはお嬢様の頭の上に。必ずお守りしますので、ついてきてください」
天音の目が鋭くなり、声が本気を表すように硬くなる。拳を構えて近づく足音を待ち受けると、薄暗い通路から高速で這ってくる四つん這いのゾンビが姿を表す。
「きしゃぁぁ!」
ゾンビは口を大きく開けると、鞭のように長い舌を矢でも放つかのように突き出す。舌先は尖っており、まるで槍のようだ。
「パリィ!」
対してホーリーエンチャントをしている天音は、その動きについてきており、舌先に拳を合わせると弾き飛ばし、返す刀で半ばからズバッと切り落とす。
「きぃぃぃ」
「はっ!」
切られた舌から血を噴き出して、苦痛にのたうつゾンビへと、天音は大きく踏み込むと空中を縦回転して十メートルはある間合いを瞬時に詰めて、振り上げた脚でマサカリのような一撃を繰り出してゾンビの頭を叩き潰すのであった。
「グールです。このゾンビは一定の知恵を持ち、その動きは速く、肉体は強靭で麻痺毒を持ち、殺した相手をゾンビにする恐ろしいモンスターですね。ゾンビよりも遥かに危険で普通なら自然発生しないのに……」
「リッ」
「グールです」
「リッ」
「グールなんです」
「グールが自然発生しないアンデッドだとするとネクロマンサーが創り上げたんだろう。急いでここを離れないと状況はますますまずくなるだろうし、援軍を待って立て籠もる選択肢はないかな?」
「はい。ネクロマンサーなら『生命感知』を絶対に使うことができますので、いくら隠れていても無駄です。ですがネクロマンサーと戦うのも不可能でしょう。彼らは数の力で勝負しますし、攻撃魔法もそこそこ強い。『迷宮霧』を使える魔法使いなら、かなりの腕前と推測できますし」
「ならどうするの?」
「廃ビルを登って行きましょう。ある程度上に登れたら隣のビルに飛び移って移動していき、この放棄地区から脱出するしかありません。身体強化をした私たちなら、10メートルや20メートル離れていても余裕で移動できますがゾンビたちはそうはいきませんからね」
「その作戦乗りました。頼りにしてますよ天音さん」
思っていたよりも遥かに護衛として頼もしい天音さんにニコリと信頼の笑顔を向ける。その笑顔を見て、僅かに顔を赤らめると、ごまかすようにコホンと咳払いをして、天音さんは階段へと走り出す。
一歩で数メートルは移動する高速の移動だ。埃の積もった階段を踏み込みつつ、躊躇いなく走っていく。
「きしゃぁぁ」
「キィキィ」
まるでガラスを引っ掻くかのような鳴き声をあげて、グールたちも床を這い、天井にしがみついて、新たに姿を現すとまるでゴキブリのような速さで追いかけてくる。
「ちっ、邪魔です!」
舌が飛んでくるのを、天音さんは全て弾き、手刀で切り裂き、または舌を掴んで、跳ね上がった筋力で引っ張ると階段下へと落としていく。動きを止めることなく、敵を倒していく姿はまるでアクション映画の主人公のようだ。ちなみに僕は守られるヒロイン役です。途中で転倒したりして、主人公の足を引っ張るテンプレ展開を思いついたけどやめておこうかな。
ろくなことを考えない三流俳優である。
「くっ、マミーもいるとは! ちょっと殺意高めではないですかね!?」
グールを倒し進む天音が舌打ちをする。見ると前方に上半身だけが筋肉で膨れ上がったいびつな体型のゾンビが立ちはだかっていた。その丸太のように膨れ上がった腕には短剣のように長く、切れ味鋭そうな爪が生えている。縦長の爬虫類のような瞳に僕たちを映しつつ、鶏のような鳴き声を吐く。
「ハ」
「マミーはグールよりも遥かに強いので、絶対に私の後ろから離れないでください!」
「ハン」
「マミーが来ます!」
まるで蛙のように跳ねると、大きく腕を広げてマミーは襲いかかってくる。天音さんも待ち受けることはせずに飛翔するとマミーが腕を閉じる前に、その胴体に蹴りを叩き込む。
だがさっきまでは一撃で粉砕していた威力の蹴りなのに、床に叩きつけられたマミーは胴体は陥没はしたが、すぐに起き上がってくる。どうやらここまでのゾンビたちとは耐久力がそもそも違うらしい。
「はぁぁぁ、シン家二式破邪双糸!」
裂帛の声を上げる天音さんが手のひらに宿るオーラを細長い糸へと変えると、糸をマミーへと向ける。糸は意思を持っているかのようにマミーを絡め取り空中に浮かすと一気に引き絞る。絡め取った糸はマミーの肉体に食い込むと、次の瞬間にはバラバラに引き千切るのであった。
おぉ、ファンタジーと感心しちゃう光景だけど、天音さんのこめかみに汗が滴り落ち、その顔にも余裕がない。どうも連発できる技ではないらしい。
「階段はもう敵に回り込まれているようです。もう少し登りたかったのですが、隣のビルへと移動しましょう」
「お任せします」
非常扉を蹴り開けると、使う人がいなくなったデスクが並ぶ、ガランとしているオフィスルームが目に入る。まだここには敵を配置していないようだ。
「そりゃ」
躊躇いなく天音さんはデスクを掴むと埃で曇ったガラス張りの壁へと投擲し砕く。パリンと音がしてガラスが外へと落ちていくのを横目に天音さんはカナタに顔を向ける。
「全力でダッシュして、隣のビルに飛び移ります!」
答えを待つこともなく、天音は駆け出す。目に見える隣のビルとの距離はざっと30メートルはあるのに躊躇いがない。こっちは飛び移るにはあり得ない距離で足が竦むんだけど?
「でも、ここでまごまごしてると殺されるだけか!」
階段からグールやマミーが追いかけてくるのを見て苦笑するとカナタも全力で駆け出す。ビルを登った分、飛ぶ距離も稼げれるはず。たぶん、恐らく、メイビー。
「なによりも、アクション映画にはこんなシーンはいくらでもあった!」
ゾンビたちのうめき声を後ろに残して、カナタはオフィスルームを走っていく。徐々に近づく窓、そして遥かに離れた隣のビル。地上に落下したら確実に死ぬ高さ。
だが恐怖をのみ込み、スカートを翻し、縞パンをチラチラさせて、カナタはジャンプした!
後ろでは床に突き刺さる舌や、爪で切り裂かれるデスクがあったがそんなことに割く余裕はない。
「きゃぁぁぁ!」
「きゃー、まーちゃんとんでう!」
空へと飛びだし、冷たい風が銀髪を激しくはためかす。心臓がギュッと掴まれるような恐怖が襲い、顔が引き攣る。
だけど、それ以上に楽しかった。これこそが求めていた光景だ。まるでアクション映画の主人公みたいだ! 幼女もはしゃいでいるしね!
長い時間滞空していた感じがしたが、時間にして数秒だったのだろう。窓際で手を伸ばす天音さんへとカナタも手を伸ばすと、ギリギリで手を掴めた。
天音さんが手を引いてくれて、二人で抱き合って床を転がるのであった。
「ふへぇ〜。た、助かりました、天音さん」
「お嬢様はもう少ししっかりと『身体強化』を学ぶ必要がありますね」
「たのちかったよ! もーいっかいしよ?」
2人で見つめ合いクスクスと笑う。まーちゃんは僕の髪の毛を引っ張るけど、もう一回するつもりはない。緊張感が失われて、力を抜いて笑ってしまう2人だが━━。
「ご苦労さまであった。護衛の逃走経路など簡単に分かるのだよ」
嗄れた老齢の声が聞こえてきて、床が魔法陣の形で赤く光る。
「くっ、何者で!?」
すぐに立ち上がると天音さんが厳しい声をあげて━━。
「吾輩の名はレルム。偉大なる血と死を司る神ハデス様に仕える大司教である」
漆黒のローブを羽織った骸骨がカタリと骨だけの口を鳴らすように告げてくるのであった。




