25幕 霧の中
「ひぇぇぇぇぇぇっ!」
腐った顔の運転手を見て、カナタは引き攣った顔で椅子に背中を押し当てる。演技ではない。カナタは演技には模倣を含めて時間を賭ける。脚本をくしゃくしゃにするほど読み込んで、何度も練習をして撮影に備える努力型タイプの美少女なので、突発的な出来事には極めて弱かった。ゾンビ映画物では偉そうにしていて真っ先に殺される役の驚き方である。美少女なので少しエッチにシャワーを浴びている最中に殺される役かもしれない。
「善き心に聖なる力が宿らんことを!」
『ホーリーフィスト』
その横を純白の光を纏わせる拳が過ぎていき、運転手の頭に炸裂すると、泡のように運転手の頭は消滅した。
慌てて横を振り向くと、天音が決め顔で拳を突き出していた。
「お嬢様、ご安心くださいませ。この天音はメイド兼護衛なのでゾンビくらいは相手になりません」
フッと笑ってドヤ顔を見せる天音。少しウザいけど、その構えは堂の入ったものでたしかな腕をもっていそうだ。
「すぐにここを出ましょう。どうやら恐れていた突発的事故が起きたようです」
「ゾンビに襲われる突発的事故ってある!?」
「先ほどお伝えした通り、普通ではない状況の人が現れると起こりますよ」
「殺伐すぎる世界で泣きたくなる!」
毎週殺人事件が起こる街と一緒だ。この世界の人たちは、こういったことに慣れすぎてる。
「さぁ、すぐに逃げましょう」
天音の言葉に頷き、すぐに外へと出るが、顔を顰めてしまう。霧は顔に触れるほどに濃く、まるで視界が通らないし、少しでも離れると、天音もマミともはぐれちゃいそうだ。
その上、霧の中から複数のうめき声が聞こえてくる。どうやらゾンビたちに囲まれているようだ。
「街中なのに、ゾンビたちに囲まれているよ?」
「恐らくは『迷宮霧』の効果で街中から離されてしまったのかと。この魔法を受けると、迷ってしまいいつの間にか別の場所に移動してるんです。暗殺などによく使われるので霧が発生したらすぐに解呪魔法を使うようにって、シン家のアカデミーで習いました。テストの補習で習いましたから覚えてるんです」
「補習ということは赤点をとったのね。で、赤点をとるということは……?」
「はい。解呪魔法は私は使えません。だって魔法ってとても難しいんですよ? 私は『身体強化』と『マナブレード』、それと強化付与系の魔法をいくつか覚えるだけで精一杯でした。これでもアカデミー出なんです、尊敬してもよいですよ?」
「赤点の自慢をされてもなぁ。護衛として活躍したら、横領する予定のアクセサリーとかはクオーンに黙っててあげるよ」
予想はしたけど少しポンコツそうな護衛メイドだ。横領に罪悪感を持たないのは問題だけど。
話している間にも、霧の中に人型の影が徐々に近づいて来るのが見えた。というか目の前だ!
「うぉぉぉぁぉ」
欠けた唇に腐った歯茎を剥き出しに、ヨダレと血を流しながら、ゾンビがカナタを食おうと噛み付いてくる。ゆっくりではあるが、のしかかってくるのは、それだけで威圧感があり、ゾンビ映画でなんでモブが逃げようともしないで噛まれるのかが分かる。恐怖から動けないのだ。それが実感できる。
なので、美少女は恐怖の叫びをあげちゃう。
「きゃぁ~!」
『身体強化』
魔力にて体内の細胞を強化して、スナップを効かせて左パンチ。シュッと風切音を立てると、ゾンビの顔にまともに決まり、仰け反らせるどころか、その頭がもぎ取れる。ゾンビは自身の頭が落ちたことに気づかずに、手を伸ばしてきて、力なく倒れ伏す。
「危なっ、新品の服が汚れちゃうでしょ! もぉ~、これはフルオーダーの高い服なんですからね」
「なんかパニック映画とかで、初めの方に脱落しそうな金持ち娘みたいなセリフですね、カナタさん」
「美味しいシーンは必ず拾うように気をつけてるんです。こういう小さなことが偶然監督の目に止まって役をもらえたりするんですよ」
「ここに監督はいないと断言できるんですけど」
セイさんや、売れない俳優は苦労を糧に成り上がるんだからほっておいて。
「まだまだ来ます、お下がりください、お嬢様!」
セイと軽口を言い合っている中で、真剣な顔で天音が前に出て構えを取ると、漫画のボクサーのように鋭く速い動きで拳を突き出し、死神が振るう鎌のように蹴りを繰り出すと、次々と現れるゾンビたちを雑草を刈るかのように倒していく。神聖付与されているために、ゾンビたちは攻撃が命中しただけで泡のように消えていくので、不謹慎だけど不思議な光景だ。
神聖魔法を使わないと、ゾンビはなかなか死なない。カナタがもぎ取った頭なんて、まだ地面でカチカチと口を動かしてるし。
「まーちゃんぱーんち」
「まーちゃんは危ないから、私の背中にはりついていてね」
「あい! まーちゃん、おんぶされるね」
あたちもあたちもと、幼女もゾンビを倒そうとするので、背中に乗せつつ周りを確認する。一寸先も見通せない霧の中にぞろぞろとゾンビたちが迫ってくる。
「近いです。美少女に触ると、もれなく警察官が笑顔で姿を現しますよ? お勧めしないから近づいてくるのやめてもらえませんか?」
手を伸ばしてきて掴もうとするゾンビの腕をはたいてウサギのように跳ねると、顎をかち上げる肘の一撃。腐っているゾンビは脆く、枯れ木を折るかのように乾いた音を立てて首の骨を折ると地面に倒す。
次いで現れるゾンビたちに、左足を支点に蹴りを槍のように突きだして、胴体を蹴り飛ばしていく。
「1体や2体ならともかく、これだけの数では、頭だけを狙うのは無理ですか」
美少女の足はほっそりとしていて長い。だがそれは12歳の小柄な体格を考慮しての全体のバランスを見ての話だ。普通に見るとリーチは短いので、懐に入り込めないと頭を狙うことは不可能だ。
「あぁぁぁぁァァァァ」
「ゔぁァァァァ」
「ウリぃぃぃい」
しかし現れるゾンビの数が異常だった。朝のラッシュという程ではないけど、かなりの数で隙間を縫うように移動していくと捕まってしまうくらいに多い。
なので、近寄らせないために、蹴りにてノックバックさせるだけに留める。身体強化をしているので、後ろに押し下げるどころか、鈍い音を立てて内臓を破裂させて、数メートルは吹き飛ばせるので、時間稼ぎがやりやすい。
その間に天音さんがゾンビたちを倒していき数を減らしていく。その動きは拙い身体強化しか使えないカナタと違い、風を巻き起こし、視認も難しい速さだ。
「ナイスです、お嬢様。ですが予想よりも遥かに数が多いです。2.30体くらいなら問題ありませんが、この様子だと100体は超えていて、魔力が保ちません」
「エンチャントは一度かけたらしばらくもつんじゃ?」
「私のエンチャントは一分間くらいしか続かないので、かけ直しているんですよ。断じてホーリーエンチャントなんか役に立つ場面が少ないから適当に覚えておけば良いやとかアカデミー時代に思ってませんよ?」
「たしかに不死系に特攻って、あまり使わないよね」
納得の自白をする天音さんだけど、僅かに息切れを始めている。倒しても倒しても、ゾンビたちは現れるし、長期戦は不可能だな。
「なんとかこの場を離れないといけません。天音さんはなにか方法がありませんか?」
襲いかかってくるゾンビたちを蹴り飛ばしながら、少し焦りを覚えて尋ねる。アンデッドたちは諦めと疲労という感覚がないので、数で押されるこのような場合は極めて不利だ。しかも霧の中から急に現れるとなれば、精神的にも辛いものがある。
「ターンアンデッドは使えないのでしょうか、お嬢様? 聖女の基本魔法だと思うんですけど」
「僕の魔法は状態異常回復特化なんです」
「そんな特化があります?」
あるんだよ。余計なことを聞かないで、他の方法を考えてほしいんだけど?
「そうですね……車で移動したとはいえ、『迷宮霧』は人を誘導するだけで転移をする魔法ではないのです。車の移動時間を考慮すると、ダンジョンが現れて放棄した地区かと思います。だとすると、すぐそばに廃ビルがあるはずなのですが、この霧だとどちらに向かえばよいのか」
「こっちにドアありゅお! まーちゃんみつけました! でもおててがドアノブにとどかにゃいの」
迷いを見せる天音さんに、霧の向こうから無邪気な声が聞こえてきた。そういえば、幼女の重みが背中から感じられないや。どうやらてこてことお散歩に行った模様。敵にも気づかれないって、チートスキルを持ってる幼女だ。
「オーケーです。向かう場所が分かれば、なんとかできます。アカデミーの一年生一学期の時、首席をとった私の力をお見せしますよ」
「首席をとって余裕が生まれてその後にサボって、みるみるうちに成績が下がったパターン」
クッキーのようにサクサク感のあるやりとりをしつつ、天音さんは大きく息を吸うと、力を込め始める。
「私は『魔法解呪』は使えません。使えませんが、このような霧は他の方法で一時的に打ち破れます」
メイドの身体から湯気のようにオーラが立ち昇り、気合を込めた呼気を吐くと、足を振り上げる。
「シン家三式、物理で解決脚!」
『震脚』
天音さんの踏み込みはアスファルトにヒビを入れて、暴風が巻き起こる。霧は暴風に絡まれると霧散して、一時的に視界がクリアとなった。
恐ろしい踏み込みの威力。前世の人間では絶対に不可能な一撃。魔力を込めて、脚に圧縮させた踏み込みは、数トンの重みを持ち、爆弾の如き威力を備えていた。
霧が霧散した後に見えた光景はというと、リムジンは廃ビルに囲まれた空き地に停車していた。そして、カナタたちを囲むゾンビは数百人はいることも確認。
「こっちだおー。まーちゃんとどかないの。あけて〜」
そして廃ビルの通用口にいる幼女の姿。
「みつけました! 一気に進みますので、転ばないでくださいよ、お嬢様!」
「了解しました。天音さんこそ、買ったものを諦めてくださいね。トランクに入っているので回収は不可能です」
が~んとショックを受けるメイドがふらつきながら走る傍ら、カナタはゾンビたちを蹴り飛ばしつつ、ドアを素早く開けるとビル内に飛び込むのであった。




